39 / 66
第三章:演じる仮面の下で
7
しおりを挟む
文化祭が終わった夜。片付けも一段落して、生徒たちは次々に帰っていった。騒がしかった校舎は、嘘みたいに静まり返っている。残っているのは、俺と佐伯だけだった。
「……疲れただろ。委員長、今日ずっと気を張ってただろうし」
窓際の机に腰をかけて、カーテン越しの月明かりをぼんやり眺めながら声をかける。舞台の熱気はすっかり消えたはずなのに、胸の奥だけが妙に熱いままだった。佐伯は椅子に腰を下ろし、目を伏せたまま静かに言った。
「……思ったより、悪くはなかった」
「ん?」
「演劇だ。即興は予想外だったが……結果的には、良かった」
その言葉を聞いた瞬間、俺の口元が僅かに緩む。
「おー、褒められたの初めてかも」
「褒めたつもりはない」
「いやいや、十分だって」
軽く返したつもりだったのに、声がほんの少し震えた。自分でも驚くくらい、今夜は冗談だけで済ませられなかった。
「なぁ、委員長……」
気づけば、真剣な声が出ていた。佐伯が顔を上げ、まっすぐこちらを見る。その視線を受けながら、俺は机から立ち上がり、数歩で距離を詰めた。
「俺さ。今日、舞台でお前の手を握ったとき……本気で思ったんだ」
佐伯の喉が微かに鳴る音が聞こえた。夜の教室に響くその音が、やけに鮮明に感じられる。
「俺、ずっとお前に笑ってほしくて、ちょっかいばっか出してきた。でも――ただのおもしろ半分じゃねぇ」
手が震えているのがわかる。それでも、佐伯の肩にそっと触れた。逃げるつもりなんてなかった。今だけは。
「……好きだ。委員長のこと」
その言葉が夜の教室に落ちた瞬間、明らかに空気が変わった。佐伯の目が大きく見開かれて、呼吸が乱れ始める。舞台で見つめ合ったときよりも、ずっと近い距離。俺は目を逸らせなくなっていた。
「――榎本、お前……」
佐伯の声が震える。でもそのあとに続いた言葉は、俺の胸に鋭く突き刺さった。
「……やめろ」
やけに乾いた声。心臓を掴まれたみたいに、一瞬で呼吸が止まる。
「俺は、お前のおふざけに付き合うつもりはない」
「ふざけてなんか――」
「演劇の余韻に酔って、気分が高揚しただけだろう。くだらない」
その冷たい断定に、何も言い返せなくなった。舞台のときみたいに強く言い切る言葉が、ひとつも出てこない。
「……そっか」
何とか笑ってみせた。肩を竦めるいつもの癖で、ごまかすように。だけどその笑いは、自分でもわかるくらい力がなかった。
「悪ぃ、邪魔したな。忘れてくれよ」
背を向けて歩き出す。教室を出る前、ほんの一瞬だけ振り返りそうになったけど――やめた。もしあの顔を見たら、引き返してしまいそうだったから。
(……やっぱり、ダメか)
階段を降りながら、心臓はずっと騒がしいままだった。さっき自分で言った「忘れてくれよ」なんて、俺自身が一番、忘れられるわけがない。
「……疲れただろ。委員長、今日ずっと気を張ってただろうし」
窓際の机に腰をかけて、カーテン越しの月明かりをぼんやり眺めながら声をかける。舞台の熱気はすっかり消えたはずなのに、胸の奥だけが妙に熱いままだった。佐伯は椅子に腰を下ろし、目を伏せたまま静かに言った。
「……思ったより、悪くはなかった」
「ん?」
「演劇だ。即興は予想外だったが……結果的には、良かった」
その言葉を聞いた瞬間、俺の口元が僅かに緩む。
「おー、褒められたの初めてかも」
「褒めたつもりはない」
「いやいや、十分だって」
軽く返したつもりだったのに、声がほんの少し震えた。自分でも驚くくらい、今夜は冗談だけで済ませられなかった。
「なぁ、委員長……」
気づけば、真剣な声が出ていた。佐伯が顔を上げ、まっすぐこちらを見る。その視線を受けながら、俺は机から立ち上がり、数歩で距離を詰めた。
「俺さ。今日、舞台でお前の手を握ったとき……本気で思ったんだ」
佐伯の喉が微かに鳴る音が聞こえた。夜の教室に響くその音が、やけに鮮明に感じられる。
「俺、ずっとお前に笑ってほしくて、ちょっかいばっか出してきた。でも――ただのおもしろ半分じゃねぇ」
手が震えているのがわかる。それでも、佐伯の肩にそっと触れた。逃げるつもりなんてなかった。今だけは。
「……好きだ。委員長のこと」
その言葉が夜の教室に落ちた瞬間、明らかに空気が変わった。佐伯の目が大きく見開かれて、呼吸が乱れ始める。舞台で見つめ合ったときよりも、ずっと近い距離。俺は目を逸らせなくなっていた。
「――榎本、お前……」
佐伯の声が震える。でもそのあとに続いた言葉は、俺の胸に鋭く突き刺さった。
「……やめろ」
やけに乾いた声。心臓を掴まれたみたいに、一瞬で呼吸が止まる。
「俺は、お前のおふざけに付き合うつもりはない」
「ふざけてなんか――」
「演劇の余韻に酔って、気分が高揚しただけだろう。くだらない」
その冷たい断定に、何も言い返せなくなった。舞台のときみたいに強く言い切る言葉が、ひとつも出てこない。
「……そっか」
何とか笑ってみせた。肩を竦めるいつもの癖で、ごまかすように。だけどその笑いは、自分でもわかるくらい力がなかった。
「悪ぃ、邪魔したな。忘れてくれよ」
背を向けて歩き出す。教室を出る前、ほんの一瞬だけ振り返りそうになったけど――やめた。もしあの顔を見たら、引き返してしまいそうだったから。
(……やっぱり、ダメか)
階段を降りながら、心臓はずっと騒がしいままだった。さっき自分で言った「忘れてくれよ」なんて、俺自身が一番、忘れられるわけがない。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
運命を知らないアルファ
riiko
BL
オメガ嫌いの西条司は女性アルファとしか付き合わない、そんな中やたらと気になるオメガを見つけた。
運命やフェロモンという不確かなモノではなく、初めて本気で惹かれた唯一のオメガにはとんでもない秘密があった!?
オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω
オメガ主人公がお好きな方は『運命を知っているオメガ』をお読みくださいませ。こちらはその物語のアルファ側のお話です。このお話だけでも物語は完結しますが、両方読まれると答え合わせが楽しめます。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。
コメント欄はそのまま載せておりますので、ネタバレ大丈夫な方のみご覧くださいませ。
物語、お楽しみいただけたら幸いです。
【完結】イケメン天才画家に溺愛されて、灰色の世界が色づきました
砂原紗藍
BL
描いて、触れて、好きになる。
“色が見えない僕”を、イケメン天才画家が全力で甘やかす。
大学生の七瀬ユウは、透明感のある美少年としてちょっとした噂の的。
けれどユウは“色”が見えない。
一年前、心が壊れ、灰色に沈んだ日々を送っていた。
そんなユウの前に現れたのは、イケメンの若手画家・高来 湊。
出会って早々、湊はユウをモデルにスカウトしてきて――
「君、すっごく可愛い。俺に描かせて?」
強引だけど面倒見がよく、意外と優しい湊。
実は彼は、作品が三億で落札されるほどの“とんでもない天才画家”。
そして、週一のセッションで、ユウの世界は少しずつ“変化”し始める。
ところが、とあるトラブルをきっかけに距離が縮まりすぎてしまい、湊の溺愛スイッチが完全に入ってしまって……?
「ユウは俺が守る。絶対に」
これは、色を失っていた大学生が、イケメン天才画家に甘やかされて恋に落ちていく物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
大型犬系部下はツン猫系隊長の虜。~陰謀で殺されかけた王子は、復讐を為して愛する部下の腕の中で眠る。~
竜鳴躍
BL
大型犬系部下×つんつん猫系美人上司(実は正統な王子だが、亡き父の双子の弟が乗っ取ってた)。第二部は元王子と廃嫡された元男爵子息の甘々。
隊長の出生にまわる事件に巻き込まれながらも、二人は徐々に愛を育み、ザマァに向かって話が進みます。
☆9月12日改題しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる