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第五章:壊したい未来、守りたい人
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――あのあと、俺たちは言い合いのまま別れた。佐伯の「来るな」という言葉が、耳の奥で何度も反響している。
そのせいで、俺の心は全然静まらなかった。
(来るなって、なんだよ……俺は、ただ助けたいだけなのにさ)
喧嘩したままの状態が、どうしようもなく胸を締めつける。教室で見かけても、佐伯は一切目を合わせなかった。あの日の言葉が、壁になってしまったみたいに。それでも、何もしないまま見てるなんてできなかった。“来月の顔合わせ”なんてそんな未来が来るのを、絶対に認めたくなかった。
放課後になり、俺は迷わず佐伯の家へ向かった。この時間の佐伯は、間違いなく塾に行ってる。それは前に本人から聞いて知っていた。だから、今なら――彼に会わずに済む。
重たい門をくぐると、初めて来たときのことを思い出す。佐伯がアルファの力を使いすぎて倒れ、俺を庇って意識を失った日。そのとき、必死に動いてくれた家政婦が出迎えてくれた。
「まあ、榎本さん……! お久しぶりですね」
俺の来訪に、柔らかな笑みを見せてくれる。変わらないその声に、少しだけ救われた気がした。
「突然すみません。佐伯は……塾ですよね」
「ええ。今日は帰りが遅いですよ」
予想どおりの答えに、ほんの少しだけ胸が軽くなる。でも、ここからが本題だった。
「――ひとつ、聞きたいことがあるんです」
家政婦の表情が、少しだけ曇る。俺の真剣な顔を見て、何かを悟ったのかもしれない。
「榎本さんそれは……坊ちゃまの顔合わせのことですね?」
それを口にする前に家政婦が答えを言ってしまったことで、思いっきり言葉に詰まった。
「佐伯の顔合わせのこと、何か知ってるんですか?」
「少しだけですけど。お忙しい旦那様に代わって、奥様が準備を進めておられますから」
(そうか。やっぱり本当なんだ……)
第三者から顔合わせの事実を聞いて、胸の奥がざらつくように痛んだ。
「お願いです。場所を教えてください」
迷うことなく頭を下げた。家政婦は驚いたように目を見開いたが、すぐに小さくため息をついた。
「あなた、本当に坊ちゃまのことを……」
「好きです!」
自分でも驚くほど即答だった。迷いなんて一秒もなかった。家政婦は、少しだけ目を伏せてから静かに口を開く。
「坊ちゃまは、笑うことがほとんどないでしょう? でも、この前倒れたとき……お部屋で横になっている際に見せた坊ちゃまの安らかな寝顔を、久しぶりに見ることができました」
あの時のことを思い出したのか、家政婦の表情がさっきよりも明るいものになったことで、俺の胸の奥が温かく弾けた。
「お願いです。俺、このまま黙って見てるなんてできない。アイツが望まない未来に縛られるなんて、絶対に嫌なんです」
家政婦はしばらく沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。
「わかりました。ですがこのこと、奥様には内緒ですよ」
そう言って小さな紙片に何かを書き込み、それを差し出した。そこにはホテルの名前と日付が記されていた。手の中の文字を見つめながら、強く拳を握りしめる。
(絶対に止めてみせる。今度こそ、俺がアイツを守る番だ!)
夜風が吹き抜ける門の外で、ひとり静かに誓った。
そのせいで、俺の心は全然静まらなかった。
(来るなって、なんだよ……俺は、ただ助けたいだけなのにさ)
喧嘩したままの状態が、どうしようもなく胸を締めつける。教室で見かけても、佐伯は一切目を合わせなかった。あの日の言葉が、壁になってしまったみたいに。それでも、何もしないまま見てるなんてできなかった。“来月の顔合わせ”なんてそんな未来が来るのを、絶対に認めたくなかった。
放課後になり、俺は迷わず佐伯の家へ向かった。この時間の佐伯は、間違いなく塾に行ってる。それは前に本人から聞いて知っていた。だから、今なら――彼に会わずに済む。
重たい門をくぐると、初めて来たときのことを思い出す。佐伯がアルファの力を使いすぎて倒れ、俺を庇って意識を失った日。そのとき、必死に動いてくれた家政婦が出迎えてくれた。
「まあ、榎本さん……! お久しぶりですね」
俺の来訪に、柔らかな笑みを見せてくれる。変わらないその声に、少しだけ救われた気がした。
「突然すみません。佐伯は……塾ですよね」
「ええ。今日は帰りが遅いですよ」
予想どおりの答えに、ほんの少しだけ胸が軽くなる。でも、ここからが本題だった。
「――ひとつ、聞きたいことがあるんです」
家政婦の表情が、少しだけ曇る。俺の真剣な顔を見て、何かを悟ったのかもしれない。
「榎本さんそれは……坊ちゃまの顔合わせのことですね?」
それを口にする前に家政婦が答えを言ってしまったことで、思いっきり言葉に詰まった。
「佐伯の顔合わせのこと、何か知ってるんですか?」
「少しだけですけど。お忙しい旦那様に代わって、奥様が準備を進めておられますから」
(そうか。やっぱり本当なんだ……)
第三者から顔合わせの事実を聞いて、胸の奥がざらつくように痛んだ。
「お願いです。場所を教えてください」
迷うことなく頭を下げた。家政婦は驚いたように目を見開いたが、すぐに小さくため息をついた。
「あなた、本当に坊ちゃまのことを……」
「好きです!」
自分でも驚くほど即答だった。迷いなんて一秒もなかった。家政婦は、少しだけ目を伏せてから静かに口を開く。
「坊ちゃまは、笑うことがほとんどないでしょう? でも、この前倒れたとき……お部屋で横になっている際に見せた坊ちゃまの安らかな寝顔を、久しぶりに見ることができました」
あの時のことを思い出したのか、家政婦の表情がさっきよりも明るいものになったことで、俺の胸の奥が温かく弾けた。
「お願いです。俺、このまま黙って見てるなんてできない。アイツが望まない未来に縛られるなんて、絶対に嫌なんです」
家政婦はしばらく沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。
「わかりました。ですがこのこと、奥様には内緒ですよ」
そう言って小さな紙片に何かを書き込み、それを差し出した。そこにはホテルの名前と日付が記されていた。手の中の文字を見つめながら、強く拳を握りしめる。
(絶対に止めてみせる。今度こそ、俺がアイツを守る番だ!)
夜風が吹き抜ける門の外で、ひとり静かに誓った。
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