53 / 66
第五章:壊したい未来、守りたい人
7
しおりを挟む
次の日の朝。教室に入ると同時に、いつものように教科書を机に並べた。榎本と番になって、本音を漏らした夜から、まだ数日しか経っていない。
父への謝罪、そして新しい関係の始まり――考えることが多すぎて、寝不足が続いていた。胸の奥が、ずっとざわついている。
「おーっす、佐伯! 昨日はよく眠れたか?」
その声が、やけに明るく響く。教室の空気が一瞬で榎本のものになる。それは、いつもの日常のはじまりだった。
「榎本、声がでかい。クラス全員に聞かせてどうする」
できるだけ冷静に返したが、心臓はうるさいほどに鳴っていた。眉をひそめながらも、視線を逸らせない。
「おいおい、そこは『おはよう』だろ? カレシに向かってよ」
にやりと笑い、顔を覗き込む榎本。隣の席のベータが「え、今、カレシって……?」と囁くのが聞こえた。空気が一瞬、ざわめく。
(――やめろ、その言葉を人前で使うな)
「榎本!」
思わず強めに声を出す。榎本は「悪ぃ悪ぃ」と肩を竦め、まるで悪びれもせずに笑った。
「まだ慣れてなくてさ!」
――それは俺も同じだった。今まで“問題児”としてしか見ていなかった相手が、突然“恋人”になった。どう振る舞えばいいのか、正解がまったくわからない。
(俺は……ちゃんと恋人として、榎本に向き合えているのか?)
昼休みになった途端に、B組に現れた榎本に強引に腕を引かれ、購買へ行くことになった。いつものように彼はパンを二つ買って、一つを当然のように俺へ差し出す。
「ほら、半分こな」
「俺は弁当が――」
「いーから食えって。カレシの分だろ」
さらっと「カレシ」と言う榎本に、周囲の視線がまた集まる。胸の奥がざわめき、どうにか無表情を保ちながらパンを受け取った。ほんの少しだけ、指が触れる。そこから僅かな熱が伝わってきて、喉が詰まった。
渋い表情を決め込んで一口かじると、榎本が期待通りの反応を求めるようにニヤつく。
「どうだ?」
「……悪くはない」
短く返すと、榎本は満足げに笑い「だよな!」と声をあげる。そんな彼の屈託のなさに、俺は少しだけ唇を噛んだ。
(……こんなにも気持ちが揺さぶられるのに、俺はまだ“恋人らしいこと”ができていない)
榎本の笑顔を見ながら、ふと気づく。その明るい表情の奥に、ほんの少しだけ不安が隠れている。自分がどう思われているのか、彼もまた探っているのだろう。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
言葉にできないまま、俺はパンをもう一口かじった。甘い香りが喉を通り抜ける。
(……俺が自分の気持ちを、ちゃんと伝えなきゃいけないんだな)
その思いが、静かに胸の底に沈んでいった。まだぎこちない関係だけど――この手で、確かに育てていかなければならない。
父への謝罪、そして新しい関係の始まり――考えることが多すぎて、寝不足が続いていた。胸の奥が、ずっとざわついている。
「おーっす、佐伯! 昨日はよく眠れたか?」
その声が、やけに明るく響く。教室の空気が一瞬で榎本のものになる。それは、いつもの日常のはじまりだった。
「榎本、声がでかい。クラス全員に聞かせてどうする」
できるだけ冷静に返したが、心臓はうるさいほどに鳴っていた。眉をひそめながらも、視線を逸らせない。
「おいおい、そこは『おはよう』だろ? カレシに向かってよ」
にやりと笑い、顔を覗き込む榎本。隣の席のベータが「え、今、カレシって……?」と囁くのが聞こえた。空気が一瞬、ざわめく。
(――やめろ、その言葉を人前で使うな)
「榎本!」
思わず強めに声を出す。榎本は「悪ぃ悪ぃ」と肩を竦め、まるで悪びれもせずに笑った。
「まだ慣れてなくてさ!」
――それは俺も同じだった。今まで“問題児”としてしか見ていなかった相手が、突然“恋人”になった。どう振る舞えばいいのか、正解がまったくわからない。
(俺は……ちゃんと恋人として、榎本に向き合えているのか?)
昼休みになった途端に、B組に現れた榎本に強引に腕を引かれ、購買へ行くことになった。いつものように彼はパンを二つ買って、一つを当然のように俺へ差し出す。
「ほら、半分こな」
「俺は弁当が――」
「いーから食えって。カレシの分だろ」
さらっと「カレシ」と言う榎本に、周囲の視線がまた集まる。胸の奥がざわめき、どうにか無表情を保ちながらパンを受け取った。ほんの少しだけ、指が触れる。そこから僅かな熱が伝わってきて、喉が詰まった。
渋い表情を決め込んで一口かじると、榎本が期待通りの反応を求めるようにニヤつく。
「どうだ?」
「……悪くはない」
短く返すと、榎本は満足げに笑い「だよな!」と声をあげる。そんな彼の屈託のなさに、俺は少しだけ唇を噛んだ。
(……こんなにも気持ちが揺さぶられるのに、俺はまだ“恋人らしいこと”ができていない)
榎本の笑顔を見ながら、ふと気づく。その明るい表情の奥に、ほんの少しだけ不安が隠れている。自分がどう思われているのか、彼もまた探っているのだろう。
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
言葉にできないまま、俺はパンをもう一口かじった。甘い香りが喉を通り抜ける。
(……俺が自分の気持ちを、ちゃんと伝えなきゃいけないんだな)
その思いが、静かに胸の底に沈んでいった。まだぎこちない関係だけど――この手で、確かに育てていかなければならない。
0
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
運命を知らないアルファ
riiko
BL
オメガ嫌いの西条司は女性アルファとしか付き合わない、そんな中やたらと気になるオメガを見つけた。
運命やフェロモンという不確かなモノではなく、初めて本気で惹かれた唯一のオメガにはとんでもない秘密があった!?
オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω
オメガ主人公がお好きな方は『運命を知っているオメガ』をお読みくださいませ。こちらはその物語のアルファ側のお話です。このお話だけでも物語は完結しますが、両方読まれると答え合わせが楽しめます。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。
コメント欄はそのまま載せておりますので、ネタバレ大丈夫な方のみご覧くださいませ。
物語、お楽しみいただけたら幸いです。
【完結】イケメン天才画家に溺愛されて、灰色の世界が色づきました
砂原紗藍
BL
描いて、触れて、好きになる。
“色が見えない僕”を、イケメン天才画家が全力で甘やかす。
大学生の七瀬ユウは、透明感のある美少年としてちょっとした噂の的。
けれどユウは“色”が見えない。
一年前、心が壊れ、灰色に沈んだ日々を送っていた。
そんなユウの前に現れたのは、イケメンの若手画家・高来 湊。
出会って早々、湊はユウをモデルにスカウトしてきて――
「君、すっごく可愛い。俺に描かせて?」
強引だけど面倒見がよく、意外と優しい湊。
実は彼は、作品が三億で落札されるほどの“とんでもない天才画家”。
そして、週一のセッションで、ユウの世界は少しずつ“変化”し始める。
ところが、とあるトラブルをきっかけに距離が縮まりすぎてしまい、湊の溺愛スイッチが完全に入ってしまって……?
「ユウは俺が守る。絶対に」
これは、色を失っていた大学生が、イケメン天才画家に甘やかされて恋に落ちていく物語。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました
こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
大型犬系部下はツン猫系隊長の虜。~陰謀で殺されかけた王子は、復讐を為して愛する部下の腕の中で眠る。~
竜鳴躍
BL
大型犬系部下×つんつん猫系美人上司(実は正統な王子だが、亡き父の双子の弟が乗っ取ってた)。第二部は元王子と廃嫡された元男爵子息の甘々。
隊長の出生にまわる事件に巻き込まれながらも、二人は徐々に愛を育み、ザマァに向かって話が進みます。
☆9月12日改題しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる