(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依

文字の大きさ
57 / 66
第五章:壊したい未来、守りたい人

11

しおりを挟む
 その日、昼休みの教室には、いつもよりざらついた空気が漂っていた。どこかで仕入れた噂を、おもしろ半分に拡散する声があちこちで弾ける。

「榎本、佐伯のことを完全に飼ってるらしいぜ」
「どっちがアルファでどっちがオメガかわかんねーよな」
「まぁ榎本ならやりかねない」

 榎本は「ははっ」と軽く笑って受け流していたが、その笑みの端がほんの少しだけ震えているのを、俺は見逃さなかった。

(まったく……これ以上、黙っていられない)

 気づけば立ち上がっていた。椅子の脚が床を大きく鳴らし、クラス中の視線が一斉に俺に向く。鼓動が早鐘のように響いて、手のひらがじっとりと汗ばむ。それでも、胸の奥からこみ上げる衝動を抑えきれずに声を張った。

「――根拠のない噂を口にするな!」

 声が裏返るほど強く叫んでいた。怒りよりも先に、榎本を守りたいという気持ちが口を突いて出た結果だった。教室が一瞬、息を止めたように静まり返る。傍にいる榎本が驚いたように俺を見上げた。

「榎本は、そんな卑劣な真似をする人間じゃない!」

 静寂を裂くように、次々と言葉が落ちる。その瞬間、自分でも驚くほど胸の奥が熱を持った。

「俺が選んだ相手だ。それをお前らが侮辱する権利はない!」

 すべてを吐き出した途端に、全身に熱が駆け巡った。視線も嘲笑も怖くない。ただ榎本を傷つける声がこれ以上響くことに、どうしても耐えられなかった。

 一拍の沈黙のあと――。

「……っぷ、委員長マジか!」
「“俺が選んだ相手”って……今の聞いた!?」
「やっべー、本気じゃん!」

 どよめきが波のように広がる。榎本は黙ったまま俺を見ていた。驚きと、どこか誇らしげな光がその瞳に宿っている。震えていたはずの彼の指先が、机の上でそっとほどけたのを横目が捉えた。

(――これでいい。噂がどう広がろうと構わない。俺は恋人として、番である榎本を守る)

 その日のうちに、俺の叫びは校舎全体を駆け巡った。「佐伯委員長がオメガの榎本を選んだ」と。そして噂はすぐに尾ひれをつけた。

「委員長、オメガのフェロモンにやられたらしい」
「アルファのくせに主導権を握られてるってさ」

 くだらない憶測と嘲りの中で、俺と榎本の名前は校内の話題になっていった。

 翌日になり、俺と榎本は教頭に呼び出された。ブラインド越しの光が白く室内を斜めに切り裂き、職員室の空気は妙に冷たかった。

「……佐伯。お前は次期生徒会長候補だ。そんな噂が立てば示しがつかん」

 低く響く教頭の声が耳に届く。榎本は隣で腕を組み、ふんぞり返っている。一見いつも通りだが、彼の膝の上で拳が静かに震えているのが見えた。

「俺は、事実を否定するつもりはありません」

 そう告げると、教頭の眉が険しく動いた。

「軽々しく言うな。お前の立場を理解しているのか。佐伯家はこの地域に――」
「立場立場って、うるせぇな!」

 榎本が前のめりに身を乗り出した。その声は低く、だが確かに怒気を含んでいた。

「涼は誰よりも真面目に頑張ってる。ソイツが選んだことに、なんでお前らが口出しすんだよ」
「やめろ、榎本!」

 咄嗟に名前を呼ぶ。教師に楯突くなど無謀だ。それでも胸の奥が熱くなった。彼の言葉は怖いほどまっすぐで、何よりも俺を“守るため”のものだったから。

 だが、この件はそれで終わらなかった。数日後「佐伯がオメガと淫らな交際している」という噂は、保護者会の議題にまで上がった。

 そしてその報告が、ついに佐伯家の当主である父の耳へ届いた。静かに、しかし確実に。何かの歯車が動き始めた音が、胸の奥で鈍く響いた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

運命を知らないアルファ

riiko
BL
オメガ嫌いの西条司は女性アルファとしか付き合わない、そんな中やたらと気になるオメガを見つけた。 運命やフェロモンという不確かなモノではなく、初めて本気で惹かれた唯一のオメガにはとんでもない秘密があった!? オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω オメガ主人公がお好きな方は『運命を知っているオメガ』をお読みくださいませ。こちらはその物語のアルファ側のお話です。このお話だけでも物語は完結しますが、両方読まれると答え合わせが楽しめます。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。 コメント欄はそのまま載せておりますので、ネタバレ大丈夫な方のみご覧くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。

【完結】イケメン天才画家に溺愛されて、灰色の世界が色づきました

砂原紗藍
BL
描いて、触れて、好きになる。 “色が見えない僕”を、イケメン天才画家が全力で甘やかす。 大学生の七瀬ユウは、透明感のある美少年としてちょっとした噂の的。 けれどユウは“色”が見えない。 一年前、心が壊れ、灰色に沈んだ日々を送っていた。 そんなユウの前に現れたのは、イケメンの若手画家・高来 湊。 出会って早々、湊はユウをモデルにスカウトしてきて―― 「君、すっごく可愛い。俺に描かせて?」 強引だけど面倒見がよく、意外と優しい湊。 実は彼は、作品が三億で落札されるほどの“とんでもない天才画家”。 そして、週一のセッションで、ユウの世界は少しずつ“変化”し始める。 ところが、とあるトラブルをきっかけに距離が縮まりすぎてしまい、湊の溺愛スイッチが完全に入ってしまって……? 「ユウは俺が守る。絶対に」 これは、色を失っていた大学生が、イケメン天才画家に甘やかされて恋に落ちていく物語。

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

大型犬系部下はツン猫系隊長の虜。~陰謀で殺されかけた王子は、復讐を為して愛する部下の腕の中で眠る。~

竜鳴躍
BL
大型犬系部下×つんつん猫系美人上司(実は正統な王子だが、亡き父の双子の弟が乗っ取ってた)。第二部は元王子と廃嫡された元男爵子息の甘々。 隊長の出生にまわる事件に巻き込まれながらも、二人は徐々に愛を育み、ザマァに向かって話が進みます。 ☆9月12日改題しました。

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

処理中です...