(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依

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第五章:壊したい未来、守りたい人

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***

 冷たい雨が、街の輪郭をぼんやりと滲ませていた。アスファルトを叩く雨音、遠くでぼやける車のライト。俺と佐伯は慌てて、近くのひさし付きのベンチに駆け込む。髪から滴る水が頬を伝い、冬の冷たさを肌に刻んだ。

「委員長、行くとこあんのか?」

 息を弾ませて訊ねると、佐伯は短く息を整えてから静かに頷いた。

「ある……俺の隠れ家みたいな場所だ。たぶん、父も知ってるだろうけどな」

 そう言って、ポケットからスマホを取り出す。濡れた黒髪が額に張りつき、白い指先が滑るように画面をなぞる。
いつもの冷静な横顔――それが今夜は、やけに艶やかに見えて、思わず視線を逸らした。

「タクシーをお願いします。……場所は、せせらぎ公園の駐車場まで」

 淡々とした声の中に潜む微かに滲む焦り。その音のひとつひとつが、耳の奥に残って離れなかった。

(なんで、こんなに意識してんだ……。胸が痛ぇほどドキドキしてる)

 体は雨で冷えているのに、胸の奥だけが熱い。そんな俺を見て、佐伯は短く言った。

「榎本、このままじゃ風邪を引く。一緒に来い」

 そう言って俺の腕を掴む。その手は驚くほど熱く力強い。降りしきる雨の中を、佐伯に手を引かれるまま俺は歩き出した。

 公園の駐車場に着く頃には、靴の中までぐっしょりだった。それでも、不思議と寒くはなかった。前を歩く佐伯の背中が、ほんのり灯りのように温かかったから。

「すぐにタクシーが来る。それまで我慢してくれ」

 息を白くしながら言う佐伯の横顔。普段は誰も寄せつけない壁のような男なのに、今はその壁が少しだけ、俺の方へ開かれている気がした。

「……わかった」

 それだけを返す。声が震れそうで、それ以上は何も言えなかった。

 やがて、タクシーのヘッドライトが夜気を裂いて近づく。佐伯が小走りでドアを開けてくれる。その仕草が、やけに自然でずるいと思った。

 車に乗り込むと、雨音が遠くなる。佐伯が低い声で運転手に住所を告げる。その声に混ざる微かな香りが、俺の呼吸を乱した。

(……今日の佐伯、いつもより近いだろ)

 窓の外を眺めながら、俺は知らない場所へ走り出す車の振動に身を委ねた。行き先も、気持ちの行方もわからない。だけど不思議と怖くなかった。佐伯の隣にいられることが、どんな安全よりも安心だった。




 榎本と一緒に向かった高層階のマンション。夜の帳が落ちた部屋に、淡い橙の灯りがともる。外の喧騒は遠く、静けさだけが俺たちを包んでいた。榎本の登場により会食の場をめちゃくちゃにして、逃げるように辿り着いたここは、俺を産んだオメガの親が住んでいたところだった。

「……榎本、先にシャワーを浴びろ」

 そう言って、タオルと一緒に着替えを押しつけるように手渡した。俺と榎本は身長が同じくらいだが、コイツの方が肩幅や胸板、腕の太さが俺よりもしっかりしている。なので俺の着替えじゃなく、俺よりも大柄なオメガの親の着替えを手渡した。

「や、ここは先に委員長がシャワーを浴びて――」
「俺の見合いの場を壊した責任をとって、お前が先に浴びろ。これは命令だ」

 わざと強い口調で言うと、榎本は苦笑して風呂場へ消えた。扉の向こうで水の音が響き始める。その音に混じって、胸の奥がじくじくと疼いた。

 鏡に映る自分の顔が、ひどく険しい。父への怒り、家への罪悪感、そして榎本へのどうしようもない想い。全部が入り混じっていた。

「さて、このあとどうするか――」

 父と許嫁とその家族を相手に、啖呵を切って飛び出してしまった。今後のことを考えると、まずは父に謝罪するところから始めなければならないだろう。

 佐伯家のメンツを、俺の手で潰してしまった。謝罪と同時に、榎本のこともきちんと伝えなければならない。自分の意思で榎本と一緒に、会食の場から出てきた。アイツが現れたことによって、心の奥底にしまっていた本来の自分を引き出すことができたのだから。

「佐伯……お先に悪ぃな」

 先にシャワーを浴びて出てきた榎本は、まだ髪が少し濡れていた。柔らかく濡れた金髪から滴る水が首筋を伝い、白い肌に線を描く。その様子に、視線が自然と吸い寄せられる。

「委員長……見すぎ」
「悪い」
「それとさ……借りた服、ちょっときついかも」
「似合ってる。俺の親が着ていたものなんだ」

 榎本はタオルで乱暴に髪を拭きながら「そうか」と呟き、気まずそうに笑った。けれどその頬は、うっすらと朱に染まっている。その赤みは熱ではなく、羞恥と何か甘い反応の色だった。

 それを意識した瞬間、部屋の空気が少しだけ熱を帯びる。微かに漂う熱を孕んだ香り。それは俺のフェロモンだった。抑えようとしても、どうしても滲み出る。

 榎本が目を瞬かせてから、まるで無意識に引き寄せられるように、俺の傍へと歩み寄った。

「佐伯、アルファの匂いが……」

 声がえらく掠れている。榎本の瞳が潤み、息が少しだけ乱れていた。その姿があまりにも無防備で、理性がぐらりと揺らぐ。

「悪い、今……抑えきれなくて」
「ううん、嫌じゃない。むしろ、俺は落ち着く……」

 榎本は頬を染めたまま、ゆっくりと手を伸ばす。指先が俺の頬に触れた瞬間、肩がぴくりと震えた。拒絶とも捉えることができる反応がわかっているのに、榎本は俺の体を痛いくらいにぎゅっと抱きしめる。体温が混ざり、アルファとオメガの香りが絡み合う。俺はそっと腕を回し、榎本の背を撫でた。

 鼓動がふたりの間でひとつになるように、静かにゆっくりと呼吸が重なった。

「榎本……いや、虎太郎」
「うっ? えぇっ?」

 初めて名前を呼ぶと、榎本は驚いて顔を上げた。照れくさそうなその表情が、愛しくて仕方ない。

「……俺と番にならないか?」
「佐伯、それって――」
「お前、俺のことが好きなんだろう?」

 思ったよりも甘ったるい声を出した俺に、榎本は耳まで顔を赤くさせる。

「す、好きだよ。好きじゃなきゃ、あんな場所に突撃なんかしないって」
「だったら……番になるか?」

 返事を聞く前に、目の前にある唇に自分の唇を押しつけた。ぎこちなく、でも確かに――柔らかくてあたたかな榎本の唇に触れた。それだけで胸が痛くなる。触れるたびに、心臓の音が速まった。呼吸が絡まり、空気が熱を帯びていく。榎本の首筋に頬を寄せると、微かな匂いが鼻先を掠めた。

 本能が、コイツをもっと欲しいと囁く。けれどその奥で、別の声が聞こえる。榎本を“壊したくない”っていう、俺の本音だった。

「虎太郎……お前が欲しい」

 耳元でそう言うと、榎本の指が俺のシャツを強く掴んだ。

「涼……後悔しないか?」
「するわけない。お前じゃなきゃ俺はダメなんだ」
「だったら番になってやるよ。そんでもって、涼のいろんな表情を引き出してやる!」

 ドキドキをひた隠しながら告げたというのに、榎本は淫靡な雰囲気をぶち壊すような言葉を大声で告げた。

「まったく。お前と言うヤツは――」

 俺は榎本の首筋に、そっと唇を寄せた。このまま噛みつけば、コイツと番になれる。だが流れるように行為に至るのも、正直おもしろくない。あえて噛みつくことをせずに、その場所に「自分の存在」を残すように呼吸を重ねてやった。

「んっ……涼?」
「虎太郎、お前の香りが好きだ」

 うなじに唇を寄せてちゅっと吸った途端に、榎本の呼吸が浅くなる。そして恥ずかしそうに目を伏せたまま、照れくさそうに笑った。

「涼ってば、そんな顔で見んなよ」
「かわいいから、見たい」
「ばっ……かわいいなんて言うな……」

 その反応が、たまらなく愛しかった。俺は榎本の頬を両手で包み、もう一度そっと唇を重ねる。どちらからともなく、抱きしめ合った。それは所有ではなく、祈りにも似た抱擁だった。何も言わず、ただ温もりの中で心を通わせる。

 外の世界がどうであれ、今この瞬間だけはふたりでいられる。理屈も、境界も、すべてが溶けていく。

 榎本の胸に顔を埋めながら、小さく囁いた。

「これからは、俺が虎太郎を守る」
「うん。俺も涼を離さない」

 互いの想いが重なったのを機に、俺は榎本のうなじに噛みついた。抱きしめる体がその瞬間熱を帯び、榎本の体から発せられるオメガのフェロモンの香りが、さらに濃くなったのがわかった。

「これでお前のフェロモンが、ほかのヤツを惑わせることがなくなった」
「涼と番になったから……」
「そうだ。だから今後、外での暴力行為は禁止だからな」

 榎本の顔を見ながら、しっかりお願いする。コイツが暴力を振るわれてボロボロになる姿は、もう見たくない。

「確かに涼と番になったことで、オメガのフェロモンが他のヤツに効かなくなるから、襲われることがないだろうけどさ」
「お前がどうして不満そうにしてるのか、俺には理解できない」

 見るからに不貞腐れた表情の榎本。なんでそんなに暴力を行使したいのやら。

「涼が他校のヤツらに狙われた時くらい、俺がこの手で守りたい!」
「残念だが、お前に守られるほど俺は弱くない」

 医学の数値上ではギリギリアルファだった俺が、秘めた力を持っているのがわかったことがキッカケとなり、自信がついた。もしかしたら自分だけじゃなく、守るべき相手が見つかったことで、才能が開花したのかもしれない。

「せっかく頑張って鍛えたこの体は、何に使えば――」

 言いかけた榎本の視線が、斜め下に注がれる。何を見ているのかとそこに導かれるように視線を動かして、ガン見してるモノがわかったけれど。

「……虎太郎ひとつ言っておく。この家に避妊具はない」

 見つめられるのがどうにも恥ずかしくなり、前を隠しながら後退りする。

「アルファのクセに、用意してないのかよ」
「オメガだからこそ、お前自身が用意するものだろ」
「番とか恋人とか、こんなに早くそんな関係になるなんて思ってなかったんだって!」

 照れた顔を隠すように両手で顔を覆って声を荒らげる榎本に、俺はよくわかるように告げる。

「ちなみに、お前が学校でオメガのフェロモンを放った時に、周りにいたアルファ達はラット状態になってたぞ」
「それって今の涼のものすごく大きな下半身と、同じってことなのか?」
「ああ、確実にオメガを妊娠させるためのアルファの変化だ。なので、今夜の接触はこれで終いにする」

 ビシッと言い放ったというのに、榎本はますます頬を膨らませた。

「大好きなお前と番になれたっていうのに、何もせずに終わるとかそんなんありかよ!」
「危険が危ないから、ヤらずに我慢する俺の気持ちくらいわかれって!」
「俺なんか体中が疼いて、このままじゃガマンできないっていうのに、何言ってんだよ……」

 太い二の腕がいきなり俺を掴み、動けないようにホールドされた。そして傍にあるソファに押し倒される。

「おおぉい、ちょっと待て! 何をする気だ」
「ちょっとくらい、味見したって減るもんじゃないだろ。先っぽだけで勘弁してやるよ」
「なっバカを言うな! そんなので終わるわけがないだろ!」
「大丈夫だって。痛くない痛くない♡ まずは俺の大胸筋をフルに使って、ウヒヒヒ!」
「待て待て待て! やめろ~‼」

 俺の叫び声が部屋に響く中、榎本の大きな体が俺の上に覆いかぶさってきた。ソファのクッションが沈み込み、見事に逃げ場を失う。避妊具なんてものはない状況で、コイツが本気で暴走したらどうなるか……考えただけで背筋が凍る。でも榎本の目は熱く、俺を捕らえて離さない。

 榎本の熱い視線と、俺をソファに押し倒そうとする力に、俺は一瞬身を任せかけた。

(待てよ、俺はアルファだ。番としてコイツを守るのは俺の役目だし、主導権は俺が握るべきだろう。避妊具がない状況で、無茶なことはさせない)

「待て、虎太郎。俺がやる」

 俺は榎本の腕を振り払い、逆に彼の体をソファに押し倒した。榎本の目が驚きで見開かれる。いつも強がってるくせに、こんな時だけ素直な表情になるんだな。

「お、おい涼……何だよ、いきなり」
「危ないって言ってるだろ。お前が暴走する前に、俺がコントロールする。挿入はなしだ。約束しろ」

 榎本は頷きながら、俺の視線に捕らわれて体を固くする。俺は彼の上に覆いかぶさり、シャツの裾を捲り上げて腹筋に指を這わせた。熱い肌が、俺の指先に吸い付くように反応する。

「ん……涼、触るなよ……恥ずかしい」
「黙れ。俺の番だろ? 好きにさせてもらう」

 俺は榎本の首筋に唇を寄せ、軽く息を吹きかける。榎本の体がびくんと震え、甘い匂いが漂う。オメガのフェロモンが、俺の理性を刺激するけど今日は何としてでも抑える。手で彼の胸を撫で、突起を指で優しく弾いた。

「あっ……は、待て……」
「待たない。感じてる顔、かわいいな」

 榎本の息が荒くなり、俺はさらに手を下ろす。ズボンの上から彼の下半身を優しく揉み、布越しに熱を感じ取る。榎本は腰を浮かせて反応し、声を抑えようとするが、漏れ出る喘ぎが俺を興奮させる。

「虎太郎、ここ……硬くなってる。俺のせいだな」

 俺は自分の体を榎本に密着させ、腰をゆっくりと揺らす。互いの熱が擦れ合い、甘い摩擦が生まれる。榎本の手が俺の背中に回り、爪を立てるように抱きついてくる。

「涼……もっと、強く……」
「欲張りだな。でも、いいぞ。俺が与えてやる」

 俺は榎本のズボンを少し下げ、下着の上から直接刺激する。優しいストロークをゆっくり繰り返し、彼の反応を観察する。榎本の目が潤み、唇を噛む姿がたまらない。俺もズボンを緩め、互いのものを布越しに重ねて動きを同期させる。

 汗が混ざり、部屋に湿った音が響く。榎本の喘ぎが大きくなり、俺は彼の耳元で囁く。

「一緒にイけよ、虎太郎。俺のタイミングで」

 動きを速め、頂点に導く。榎本の体がびくんと跳ね、白い熱が下着を汚す。俺も続いて放ち、余韻に体を重ねる。避妊具のない夜は、俺が主導する甘いイチャイチャで満たされた。榎本の体を抱きしめ、俺は満足げに息をつく。

 やがて疲れ果てた榎本の呼吸が穏やかになり、俺の胸の中で眠りにつく。その髪に指を絡めながら、そっと囁く。

「おやすみ虎太郎。……俺の番」

 そう言葉にした瞬間、胸の奥に静かな安堵が広がった。この夜を境に、俺たちは“ふたりで生きる”ことを選んだ。それは、“番”という名の絆の始まりだった。
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