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好きだから、アナタのために

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  今の僕の日常――昼間はピアノ講師として働き、夜は智之さんのお店でピアノを弾く。その傍ら、コンテストの練習を、叔父さんの自宅で頑張った。

 以前よりも、ピアノに触れる機会が増えたからか。あるいは僕の弾くピアノを大好きだと言ってくれた人と、一緒にいることができているからなのか。とにかく僕の奏でるピアノがガラリと変わったのが、コンテストにて賞をとれたことで証明された。

 大賞ではなかったけれど、審査員特別賞という、今まで絶対に呼ばれることのない賞で自身の名前が告げられたときの驚きは、心臓が飛び出しそうなほど、そりゃもうドキドキした。

「よかったな、聖哉。おまえのがんばりが、みんなに認められたってことだぞ!」

 コンテストの結果をいち早く知らせたくて、会場から智之さんのスマホに連絡した。そしたら、まるで自分のことのように大喜びし、耳に聞こえてくる智之さんの歓喜の声が、僕の鼓膜に突き刺さるくらいに、すごかったんだ。

 スピーカーで会話してるんじゃないのに、スマホの向こう側から聞こえる、興奮しっぱなしの智之さんを落ち着かせるのに、心底困り果ててしまった。

 智之さんの溢れんばかりの興奮は、コンテストの結果を大きな紙にプリントするということに発展し、それをお店で一番目立つところに貼り付けただじゃなく、お客さんにわざわざ口頭で教えるという、僕にとっては恥ずかしい行為につながってしまった。

「聖哉くん、おめでとう! これ、ハナと私から」

「聖哉くんにバッチリ似合うように、私がセレクトしたんだからね。特別賞おめでとう!」

 絵里さんと華代さんがお店に現れたと同時に、ピアノを弾いてる僕の手を取り、プレゼントを渡してくれた。

「よかったな、聖哉」

 カウンターから声をかけてくれた智之さんに、照れくささを隠しながら目礼した。

「ありがとうございます。開けていいですか?」

 おふたりが目を合わせて大きく頷いたのを見、震える手で真っ白い小箱を開けてみる。

「蝶ネクタイがふたつ?」

 手触りがシルクと思しき、漆黒の蝶ネクタイを手にしたら、絵里さんが嬉しげに告げる。

「もうひとつは、マスターにあげて。聖哉くんとマスターのお揃いだよ」

「智之さんとお揃い――」

「このお店の2大看板をお祝いしなきゃ、でしょ?」

「僕がこのお店の看板?」

 キョトンとした僕の肩を、華代さんは大笑いしながらバシバシ叩いた。

「マスターの美味しいカクテルをいただきながら、聖哉くんが奏でるピアノを聞いてまったり過ごすのが、ここでは当たり前になってんのよ」

「どちらが欠けても、このお店の味がなくなっちゃうんだから。これからもよろしくね」

「お客様、お待たせいたしました。いつものです」

 絵里さんと華代さんにお祝いされてる間に、智之さんがやって来て、ボックス席にカクテルを手際よく置いていく。

「智之さんの分って、これいただきました」

 智之さんの手元が空いてから、プレゼントされた蝶ネクタイを手渡した。

「俺の分まで?」

 小首をかしげて不思議そうにする智之さんに、絵里さんが親指を立てて見せる。

「このお店に聖哉くんを連れてきた、マスターの功績も称えてるの。たまにでいいから、その蝶ネクタイを締めて、カウンターで格好良くカクテルを作ってね」

 その言葉で頭の中に、智之さんの姿を思い浮かべる。

(うわぁ、どこかにある高級カクテル専門店のバーテンダーみたいに見えるかも!)

「聖哉は、一流ピアニストに見えるかもな」

「へっ?」

「今度タキシードにそれをつけて、ここで演奏してみてくれ」

「だったらマスターも、今より格好よく髪型を整えて、私たちをお出迎えしてよね!」

 華代さんからのツッコミに、智之さんは満面の笑みを浮かべて、丁寧に頭を下げる。

「かしこまりました。ということで聖哉、いつ着てくるんだ?」

 なぁんて自動的に話が広がり、正装する日を決められてしまった。でもちゃっかり智之さんのカッコイイ姿が見れることに、胸が高鳴っていたのは内緒だったりする。

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