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監察日誌:決定的な失恋と唐突な脅迫事件
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「あっ、もう、そんなトコ……」
「君が、ここを放っておくからいけないんだろう?」
「だからって、そんなぁ……えっ、ここも!?」
「どこもかしこも隙だらけだ。取ってくださいと言ってるようなものだぞ」
「だって関さん、めっちゃ強いんだもん。手を広げて、囲もうと思ったんだって」
何故だか車の中で、趣味の話をしたんだ。関さんは職務質問をするみたいに、いろいろ俺から聞き出すべく、話を展開させていき――
生年月日から、家族構成や友人関係、そして趣味の話にまでたどり着いた。
「超下手っぴなんですけど、囲碁をやってるんです。じいちゃんがくれた年代物の、かやで出来た足つきの囲碁盤が、すっごくいい音がするんですよ」
「関西に住んでた時、関西棋院に在籍していた。学生の頃の話だがな……」
「関さんってば、プロを目指してたんですか? あそこに入るのは、至難の業だって聞いてます」
「一時はな……。いろいろあって、数年で辞めてしまったよ。君の家にある碁盤、ちょっとだけ見せてもらえないだろうか?」
「ぜひ!」
――ってなワケで、関さんをまんまと家に、招き入れることに成功したんだけど……
一局打とうって話になり、現在に至る。ド素人相手に、プロを目指した人が容赦ない手で、どんどん俺を窮地に追い込んでいく。
こんな風に恋愛も攻めていけば、きっとあの彼だって、手に入ったと思うんだけどなぁ。
「余計なことを考えているだろう? スカスカだぞ」
「だって関さんってば、強過ぎるんだもん」
「俺が手を抜いているところがあるのも、分からないのか?」
「分かっているさ。そんなお情け、俺はいらない。自分で切りこむのみ!」
パチン!
俺の一手にメガネをクイッと上げて、真剣な眼差しで盤上を覗きこむ関さんの姿に、自然と胸が熱くなる――
やっぱり、カッコイイなぁ。この人の身体の熱は、どれくらいのものなんだろう? どんな抱き方をするんだろうか?
触れられたい……触れて、みたい……
「そんなにじっと見つめるな。穴が開く」
チラリと俺の顔を見てから、すぐ盤上に戻る視線。心なしか、少し頬が赤い。
「いいじゃん。見るのは俺の特権なんだから。穴が開いたら、塞いであげますよ」
「穴が開く前に、終わらせるさ」
パチン!
切りこむ俺の手を華麗にかわして、攻撃につなげられる。
投了したらホントに、それで終わりだから、何とかして必死に食いつなげた。
パチン!
「俺が棋院を辞めた理由……聞かないのか?」
「知りたいけど、関さんがイヤそうだったから、あえて聞かない方向でいた」
パチン!
「聞けよ。俺のこと、何でも知りたいんだろう?」
「いいの? 俺、ストーカーなんだけど?」
「君になら……いいと思った。俺に似ているから」
パチン!
話が終わるまで、絶対に耐えてやる。
「教えて下さい。関さんのことを……」
「高校生のとき、師匠だったプロ棋士を好きになってしまったんだ。始めは、ただ憧れだった」
パチン!
「先生に近づきたくて、必死に練習してどんどん強くなって、誰にも負けないくらい強くなったある日――」
パチン!
震えそうになる手で、一生懸命に打った。
「俺のことが好きなのかい? と先生が聞いてきたんだ。迷わず、はい。と返事をした。一度くらいこうして、相手をしてやるぞって、その後に言ってきた」
「それって――」
「ああ。君がさっき言った言葉と同じだ」
パチン!
関さんは碁石に手を置いたまま、動きを止めて深いため息をつく。つらそうな顔が、どうにも堪らない。
「おれは喜んで先生を抱いた。だけど本当に、それで終わってしまって……終わらされてしまったんだ」
「まるで関さんを、弄んだみたいに見えます。その人……俺、許せない……」
「俺が辞めた後、仲の良かった友人が教えてくれた。先生がメンタル面の弱い俺を、わざわざ鍛えてやったのにって言ってたって。そんな鍛え方あるのかって、俺は――」
「それ以上言わないで下さい! もう十分に分かりましたから。つらそうなアナタを……これ以上見たくないです」
碁石に置かれたままの右手を、両手で包み込むようにそっと握りしめた。
――冷たい関さんの手。俺が温める事は、許されるんだろうか?
「それから俺は、人を信用出来なくなった。想いを伝える事も、素直になる事も出来なくなってしまって。人をキズつけてばかりいた」
「関さん……」
「だから君は俺と一緒にいたら、キズつく事になる。碁盤を見れば、一目瞭然だろ?」
投了間際まで、追い詰められた俺。勝敗なんて、ぱっと見れば分かるくらいに、差は歴然としてて。容赦のないその手に、ずっと翻弄されっぱなしだった。
「キズついて、冷たくなった関さんの心……俺が温めちゃダメですか?」
握っている手に、ギュッと力を入れる。困惑したメガネの奥の瞳を、じっと見つめた。
「逃げるなら、追いかけます。だって俺は、関さんのストーカーだから」
「随分押し売りする、ストーカーだな」
「本当は見てるだけにしようと思ってたのに……関さんが捜しだすもんだから、俺のヤル気スイッチに火がついたんです」
この囲碁の勝負のように、結果は見えている。でも俺の気持ちを今、ここで伝えなきゃ、きっと……後悔する。
「関さんの好きなあの彼と俺じゃあ、全然タイプが違うの、分かってるんです。彼の代わりにはなれないけど、付き合ってはもらえないでしょうか?」
俺が握っている関さんの手が、急に温かくなった。そして俺をグイッと引っ張る腕に、驚いて立ち上がる。
気がついたら、関さんの胸の中にいた。
「君は温かいな。夏場は迷惑だが、冬場には重宝しそうだ」
「関さん……?」
言ってる意味が、まったく分からない。
きょとんとして関さんの顔を見上げると、まっすぐ前を見たまま、何故だか険しい顔をしていた。でもその頬は、いい感じに桜色をしている状態。
「囲碁の筋、悪くなかった。もっとしっかり練習すれば、きっと強くなれるだろう」
「はぁ……」
どうして、囲碁の話になるのかな?
「君の囲碁の打ち方、俺は好きだ。あと、あの脅迫文……」
「脅迫文じゃないです。れっきとした俺の気持ちなんですよ。何かキズつくなぁ」
「だろ? 俺といると、どんどんキズつくんだ。だから」
「俺の囲碁の打ち方見て、分かってるでしょ? どんな状況でも、諦めが悪いって。関さんに、キズつけられるのなら本望だよ」
ぎゅっと関さんの体に腕を回す。それだけでもすごく幸せだった。
「あの脅迫文、内容は最悪だが筆跡に好感が持てた。字の綺麗なヤツに、悪いヤツはいないからな」
「結局、脅迫文にされてるし……内容最悪って、俺の想いは一体……」
俺がしかめっ面をして、ぶーたれると頭上でクスリと笑う声がした。前を見ていた関さんが、俺の顔を面白そうに見つめている。
「キズつけられるのが、本望だと言ったじゃないか。喜べ」
そう言って、俺の頭を優しく撫でてくれる。意外とゴツい掌が頭を撫でるたび、鼓動がどんどん早くなっていく。
「綺麗な髪をしているな。無駄に長いのは、この丸みを帯びた頬を、隠すためなのか?」
頭を撫でていた手を頬に移したと思ったら、ムニュムニュと引っ張りだす。
さっきから意味不明……褒められてるのか、けなされてるのか分からなくなってきた。
つか、俺の付き合って下さいの返事は、スルーする気なのか?
何だか切なくなって、関さんの体に回した腕を解こうとした時――
頬を引っ張っていた手が、顎に移して上を向かされた瞬間、関さんの顔がグッと近づいた。間近で見る関さんの瞳が、澄んでいて綺麗だと思ったら、唇に柔らかい感触が……
心臓がぎゅうっと、鷲掴みにされた感じがした。
(何だよ、この不意打ちは――俺のことをどう思っているんだ?)
荒々しく合わせてくる唇とは裏腹に、割って侵入してきた舌は、優しく俺の舌に絡ませてきて。
「ん……っ……」
鼻から抜ける様な、甘い声が出てしまった。
その優しい仕草が逆にもどかしくて、関さんの舌を追いかける。もっと俺を、求めて欲しいと願ったから。
追いかけた矢先、体と一緒に解放された唇。やっぱりこの人は、どこまでも意地悪だ……
俯きながら濡れた唇にそっと手をやり、キスされた事をつい、確認してしまう。
「囲碁が上手く打てたご褒美だ。喜べ」
そう言ってカバンを手にし、玄関に向かう関さん。こんなのって、ズルイよ。勝ち逃げなんて。
どうする事も出来なくて、ただ立ちつくす俺に背を向け、さっさと靴を履く。
付き合うかどうかの返事くらい、くれたっていいのに。
俺が下唇を噛んだら、振り返った関さんは笑いながら俺の手に無理矢理、何かを握らせた。
「ご褒美、その二だ。良かったな、俺の名前が分かって」
「はぁ……」
手渡されたのは、関さんの名刺。関 鷹久――たかひさっていうんだ。監察官って仕事してるんだ、何か難しそうな事をしてそうだな。
「俺のホークアイにかかったんだ。これから覚悟しろよ?」
「何がですか?」
「ストーカーし返してやる。逃げても無駄だからな」
また、意味不明な言葉を言ってるし……
眉間にシワを寄せて、関さんをじっと見つめた。そんな俺の頭を、優しく撫でてくれる。
「君の事は嫌いじゃない。だからキスした」
「はぁ……じゃあ、好きなんですね?」
「言葉の裏の裏を読め。鈍いんだな」
「裏の裏って、表ですよ。さっきから言ってる事とやってる事が、かなり矛盾してます……」
「俺は素直じゃないと、宣告しただろう」
しただろう。の「う」で、俺のオデコをデコピンした関さん。
「囲碁盤に負けない、いい音がしたな」
「酷いですよ、もう!!」
「君が暇な時に、そこに連絡を寄こせ。仕事が忙しくなかったら、囲碁の相手してやるから」
「囲碁の相手……だけ?」
両手で関さんから貰った名刺を持ちながら、そっと顔色を窺う。
「どちらも君の努力次第で、何とかなるんじゃないか。じゃあな」
俺の返事を待たず、風のように去って行った。努力次第で恋って、どうにかなるモノなのか!?
俺は難しい顔をしたまま、また名刺を見る。これのお陰で、関さんとは繋がったままになった。
「嬉しい……見てるだけで、終わってしまうんじゃないかって思っていたから」
だけど素直じゃない関さんと付き合うのは、さっきの囲碁のように、翻弄されるのが目に見える。近づくと逃げていくし、追わないでいると優しくされる。
俺はこれから、どうすればいいんだろう?
「あっ、もう、そんなトコ……」
「君が、ここを放っておくからいけないんだろう?」
「だからって、そんなぁ……えっ、ここも!?」
「どこもかしこも隙だらけだ。取ってくださいと言ってるようなものだぞ」
「だって関さん、めっちゃ強いんだもん。手を広げて、囲もうと思ったんだって」
何故だか車の中で、趣味の話をしたんだ。関さんは職務質問をするみたいに、いろいろ俺から聞き出すべく、話を展開させていき――
生年月日から、家族構成や友人関係、そして趣味の話にまでたどり着いた。
「超下手っぴなんですけど、囲碁をやってるんです。じいちゃんがくれた年代物の、かやで出来た足つきの囲碁盤が、すっごくいい音がするんですよ」
「関西に住んでた時、関西棋院に在籍していた。学生の頃の話だがな……」
「関さんってば、プロを目指してたんですか? あそこに入るのは、至難の業だって聞いてます」
「一時はな……。いろいろあって、数年で辞めてしまったよ。君の家にある碁盤、ちょっとだけ見せてもらえないだろうか?」
「ぜひ!」
――ってなワケで、関さんをまんまと家に、招き入れることに成功したんだけど……
一局打とうって話になり、現在に至る。ド素人相手に、プロを目指した人が容赦ない手で、どんどん俺を窮地に追い込んでいく。
こんな風に恋愛も攻めていけば、きっとあの彼だって、手に入ったと思うんだけどなぁ。
「余計なことを考えているだろう? スカスカだぞ」
「だって関さんってば、強過ぎるんだもん」
「俺が手を抜いているところがあるのも、分からないのか?」
「分かっているさ。そんなお情け、俺はいらない。自分で切りこむのみ!」
パチン!
俺の一手にメガネをクイッと上げて、真剣な眼差しで盤上を覗きこむ関さんの姿に、自然と胸が熱くなる――
やっぱり、カッコイイなぁ。この人の身体の熱は、どれくらいのものなんだろう? どんな抱き方をするんだろうか?
触れられたい……触れて、みたい……
「そんなにじっと見つめるな。穴が開く」
チラリと俺の顔を見てから、すぐ盤上に戻る視線。心なしか、少し頬が赤い。
「いいじゃん。見るのは俺の特権なんだから。穴が開いたら、塞いであげますよ」
「穴が開く前に、終わらせるさ」
パチン!
切りこむ俺の手を華麗にかわして、攻撃につなげられる。
投了したらホントに、それで終わりだから、何とかして必死に食いつなげた。
パチン!
「俺が棋院を辞めた理由……聞かないのか?」
「知りたいけど、関さんがイヤそうだったから、あえて聞かない方向でいた」
パチン!
「聞けよ。俺のこと、何でも知りたいんだろう?」
「いいの? 俺、ストーカーなんだけど?」
「君になら……いいと思った。俺に似ているから」
パチン!
話が終わるまで、絶対に耐えてやる。
「教えて下さい。関さんのことを……」
「高校生のとき、師匠だったプロ棋士を好きになってしまったんだ。始めは、ただ憧れだった」
パチン!
「先生に近づきたくて、必死に練習してどんどん強くなって、誰にも負けないくらい強くなったある日――」
パチン!
震えそうになる手で、一生懸命に打った。
「俺のことが好きなのかい? と先生が聞いてきたんだ。迷わず、はい。と返事をした。一度くらいこうして、相手をしてやるぞって、その後に言ってきた」
「それって――」
「ああ。君がさっき言った言葉と同じだ」
パチン!
関さんは碁石に手を置いたまま、動きを止めて深いため息をつく。つらそうな顔が、どうにも堪らない。
「おれは喜んで先生を抱いた。だけど本当に、それで終わってしまって……終わらされてしまったんだ」
「まるで関さんを、弄んだみたいに見えます。その人……俺、許せない……」
「俺が辞めた後、仲の良かった友人が教えてくれた。先生がメンタル面の弱い俺を、わざわざ鍛えてやったのにって言ってたって。そんな鍛え方あるのかって、俺は――」
「それ以上言わないで下さい! もう十分に分かりましたから。つらそうなアナタを……これ以上見たくないです」
碁石に置かれたままの右手を、両手で包み込むようにそっと握りしめた。
――冷たい関さんの手。俺が温める事は、許されるんだろうか?
「それから俺は、人を信用出来なくなった。想いを伝える事も、素直になる事も出来なくなってしまって。人をキズつけてばかりいた」
「関さん……」
「だから君は俺と一緒にいたら、キズつく事になる。碁盤を見れば、一目瞭然だろ?」
投了間際まで、追い詰められた俺。勝敗なんて、ぱっと見れば分かるくらいに、差は歴然としてて。容赦のないその手に、ずっと翻弄されっぱなしだった。
「キズついて、冷たくなった関さんの心……俺が温めちゃダメですか?」
握っている手に、ギュッと力を入れる。困惑したメガネの奥の瞳を、じっと見つめた。
「逃げるなら、追いかけます。だって俺は、関さんのストーカーだから」
「随分押し売りする、ストーカーだな」
「本当は見てるだけにしようと思ってたのに……関さんが捜しだすもんだから、俺のヤル気スイッチに火がついたんです」
この囲碁の勝負のように、結果は見えている。でも俺の気持ちを今、ここで伝えなきゃ、きっと……後悔する。
「関さんの好きなあの彼と俺じゃあ、全然タイプが違うの、分かってるんです。彼の代わりにはなれないけど、付き合ってはもらえないでしょうか?」
俺が握っている関さんの手が、急に温かくなった。そして俺をグイッと引っ張る腕に、驚いて立ち上がる。
気がついたら、関さんの胸の中にいた。
「君は温かいな。夏場は迷惑だが、冬場には重宝しそうだ」
「関さん……?」
言ってる意味が、まったく分からない。
きょとんとして関さんの顔を見上げると、まっすぐ前を見たまま、何故だか険しい顔をしていた。でもその頬は、いい感じに桜色をしている状態。
「囲碁の筋、悪くなかった。もっとしっかり練習すれば、きっと強くなれるだろう」
「はぁ……」
どうして、囲碁の話になるのかな?
「君の囲碁の打ち方、俺は好きだ。あと、あの脅迫文……」
「脅迫文じゃないです。れっきとした俺の気持ちなんですよ。何かキズつくなぁ」
「だろ? 俺といると、どんどんキズつくんだ。だから」
「俺の囲碁の打ち方見て、分かってるでしょ? どんな状況でも、諦めが悪いって。関さんに、キズつけられるのなら本望だよ」
ぎゅっと関さんの体に腕を回す。それだけでもすごく幸せだった。
「あの脅迫文、内容は最悪だが筆跡に好感が持てた。字の綺麗なヤツに、悪いヤツはいないからな」
「結局、脅迫文にされてるし……内容最悪って、俺の想いは一体……」
俺がしかめっ面をして、ぶーたれると頭上でクスリと笑う声がした。前を見ていた関さんが、俺の顔を面白そうに見つめている。
「キズつけられるのが、本望だと言ったじゃないか。喜べ」
そう言って、俺の頭を優しく撫でてくれる。意外とゴツい掌が頭を撫でるたび、鼓動がどんどん早くなっていく。
「綺麗な髪をしているな。無駄に長いのは、この丸みを帯びた頬を、隠すためなのか?」
頭を撫でていた手を頬に移したと思ったら、ムニュムニュと引っ張りだす。
さっきから意味不明……褒められてるのか、けなされてるのか分からなくなってきた。
つか、俺の付き合って下さいの返事は、スルーする気なのか?
何だか切なくなって、関さんの体に回した腕を解こうとした時――
頬を引っ張っていた手が、顎に移して上を向かされた瞬間、関さんの顔がグッと近づいた。間近で見る関さんの瞳が、澄んでいて綺麗だと思ったら、唇に柔らかい感触が……
心臓がぎゅうっと、鷲掴みにされた感じがした。
(何だよ、この不意打ちは――俺のことをどう思っているんだ?)
荒々しく合わせてくる唇とは裏腹に、割って侵入してきた舌は、優しく俺の舌に絡ませてきて。
「ん……っ……」
鼻から抜ける様な、甘い声が出てしまった。
その優しい仕草が逆にもどかしくて、関さんの舌を追いかける。もっと俺を、求めて欲しいと願ったから。
追いかけた矢先、体と一緒に解放された唇。やっぱりこの人は、どこまでも意地悪だ……
俯きながら濡れた唇にそっと手をやり、キスされた事をつい、確認してしまう。
「囲碁が上手く打てたご褒美だ。喜べ」
そう言ってカバンを手にし、玄関に向かう関さん。こんなのって、ズルイよ。勝ち逃げなんて。
どうする事も出来なくて、ただ立ちつくす俺に背を向け、さっさと靴を履く。
付き合うかどうかの返事くらい、くれたっていいのに。
俺が下唇を噛んだら、振り返った関さんは笑いながら俺の手に無理矢理、何かを握らせた。
「ご褒美、その二だ。良かったな、俺の名前が分かって」
「はぁ……」
手渡されたのは、関さんの名刺。関 鷹久――たかひさっていうんだ。監察官って仕事してるんだ、何か難しそうな事をしてそうだな。
「俺のホークアイにかかったんだ。これから覚悟しろよ?」
「何がですか?」
「ストーカーし返してやる。逃げても無駄だからな」
また、意味不明な言葉を言ってるし……
眉間にシワを寄せて、関さんをじっと見つめた。そんな俺の頭を、優しく撫でてくれる。
「君の事は嫌いじゃない。だからキスした」
「はぁ……じゃあ、好きなんですね?」
「言葉の裏の裏を読め。鈍いんだな」
「裏の裏って、表ですよ。さっきから言ってる事とやってる事が、かなり矛盾してます……」
「俺は素直じゃないと、宣告しただろう」
しただろう。の「う」で、俺のオデコをデコピンした関さん。
「囲碁盤に負けない、いい音がしたな」
「酷いですよ、もう!!」
「君が暇な時に、そこに連絡を寄こせ。仕事が忙しくなかったら、囲碁の相手してやるから」
「囲碁の相手……だけ?」
両手で関さんから貰った名刺を持ちながら、そっと顔色を窺う。
「どちらも君の努力次第で、何とかなるんじゃないか。じゃあな」
俺の返事を待たず、風のように去って行った。努力次第で恋って、どうにかなるモノなのか!?
俺は難しい顔をしたまま、また名刺を見る。これのお陰で、関さんとは繋がったままになった。
「嬉しい……見てるだけで、終わってしまうんじゃないかって思っていたから」
だけど素直じゃない関さんと付き合うのは、さっきの囲碁のように、翻弄されるのが目に見える。近づくと逃げていくし、追わないでいると優しくされる。
俺はこれから、どうすればいいんだろう?
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