貴方が残してくれたもの

相沢蒼依

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鏡花水月~Imitation Black~(山上達哉の高校生時代の話)

Imitation Black:本当の姿

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 二週間の期限付きの教育実習生が、あと三日でいなくなる昼下がり。

 購買に行こうと廊下をダラダラ歩いていたら、目の前にある渡り廊下を険しい顔をした実習生に、強引な感じで腕を引っ張られる山上を偶然発見してしまった。

 そのただならなぬ雰囲気に眉根を寄せながら駆け寄って、山上の反対の腕をグイッと引っ張った。

「痛っ!」

 山上の声に振り返った実習生は、俺がいるのをやっと認識し、掴んでいた腕を放す。

「君は……」

「山上、嫌がってるだろ。どこに連れて行く気だ?」

 山上の腕を引いて背に隠し、難しい顔をした実習生と対峙した。正直ちょっとだけ、ビビりながら。

「ちょっと話したいことがあるだけだから。悪いけど、山上を貸してくれないか?」

「また視聴覚室に連れ込んで、いかがわしいことをするんだろ? 山上はお前のことなんか、何とも思っちゃいないよ。そんなことしても、虚しいだけだって」

 俺よりも少しだけ背の低い実習生を見降ろしながら、強い口調で言い放った。

 長くバスケをやってて、良かったと思った瞬間。じゃないとこんな風に、年上に対して話が出来ないから。

「そんな……だって達哉はお」

「先生っ! ごめんなさい」

 強引に俺を押し退けて、ぎゅっと実習生の体を強く抱きしめた山上。目の前の光景を見たくなくて、顔を背けるしかない。

「松田も悪かった。ちょっとした痴話喧嘩なんだ。いろいろ行き違っちゃってさ」

「そうか……」

「きちんと話し合えば、解決することだから。先生、行こうか?」

 実習生の左腕を掴んで別棟に連れて行くのか、足早に歩いて去って行った。
 
 だけど数歩進んでから、俺に振り返る。

「松田……有難う」

 どこか寂しそうな顔をしながらいつもよりトーンの低い声で告げると、逃げるような足取りでその場から立ち去る。
 
 らしくないその様子に、何だか胸騒ぎがしたのだった。
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