エロサーガ 童貞と処女の歌

鍋雪平

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第二章「童貞の子」

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 別れの時は、ある日突然やってきた。
 以前から持病を患っていた当代の聖女メディナが、老衰により身罷ったのだ。生年月日は不明だが、在位三十余年の長きにわたる治世だった。
 このころ帝都エルドランドでは、暴君ダリオンが宗教勢力に対する締めつけを強めており、高齢のうえに心労も重なったと思われる。
 古くからの慣例にならい、次の後継者が現れるまで死去の事実は伏せられた。
 聖女とは、この世界の創造主にして破壊神たるドラゴンの怒りを鎮めるべく、女神の身代わりに生け贄として捧げられる存在だ。
 ゆえにその候補者の選定は秘中の秘とされ、どのような経緯でもって宣託が下されたのかを知るのは難しい。
 北方山脈の霊峰で分け火を守っている修道女フローディアのもとへ、早馬で訃報が届いた。急いで支度をととのえ、葬儀へご出席願いたいという。
 フローディアは、ささやかな決意とともに聖なる象徴を胸に秘め、誰にも悟られまいと普段通りに振る舞う。
 思えば、騒がしくも平穏な日々だった。
 世の中では、帝国の覇権をめぐって相変わらず戦乱が続いている。
 あれから、暴君ダリオンに対して反旗をひるがえした帝国各地の諸侯たちは、四方八方を取り囲んで有利な状況にありながらも、軍事的な衝突を避けるべく政治的な駆け引きを繰り広げ、街道の関所を通行止めにする経済制裁で対抗した。
 ところが、禁輸措置に乗じてひそかに金儲けをする不届き者が現れ、とうとう味方同士で言いがかりをつけて仲間割れを始める始末だった。
 今は亡き皇帝アクセル一世の姻戚に当たるエゼキウス王を連合の盟主と仰ぐものの、肝心要のエゼキウス王はなかなか重い腰を上げず、相次ぐ離反によって帝国全土はさながら群雄割拠の様相を呈しつつある。
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