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第六章 かめ、茶話会に参戦する
もう待てないんだ
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横峯侯爵邸は徳川公爵邸と同じように洋館と和館に分かれていて、あたしたちは洋館の来賓室に招かれた。
今日のあたしは、細身の鶸色のスーツの上下に同色のクロッシェハットを目深に被り、ウェーブをつけた前髪を少し額に垂らしている。
大粒の真珠のネックレスと指輪で高貴な雰囲気を残しつつ、巷で流行している洗練されたモダンガールのような装いに、いつもより背筋をシャキッと伸ばして廊下を歩いたわ。
新一は簡潔に黒地のスーツに光沢のあるネクタイを締めて、伊達眼鏡をかけている。
いつも洗いざらしの長い髪は、今日は後ろできちんと束ねられていたの。
でもね、逆にその簡潔さが、新一の美しさを露呈している気がしてならないのよね。
現に新一が入室した途端、着飾った令嬢たちの黄色い歓声や溜め息で部屋が埋め尽くされたのも、100%共感できるわ。
「菊子様、ごきげんよう。
隣に居る方は、もしかしたら新一様?」
櫻子は飾り毛のついた扇子で口元を覆いながら、沸き立つ感情を抑えられないようだ。
「ごきげんよう、櫻子様。
本日はお招き頂きありがとうございます。
そうです。この者は、舞踏会の時にご紹介した私の教育係の犬養です。」
「おっふ、やはり新一様は極上の色男だったのね♡
・・・ッ、失礼。皆様がお待ちかねでしてよ。」
色男は得よね~。
中身を知らなくても、最初から得点が高いじゃない。
そのおかげで令嬢たちの関心は新一への質問ばかり。
あたしの容姿やマスクについては、いっさい咎める人が居なかったのが、救いだった。
あたしに関しては「そのレースのマスクがお洒落だからマネしたいわ。」なんて、まるで服飾先駆者のような羨望の眼差しを受けてしまい、苦笑いをするのが精一杯だった。
しばらくの間、キャッキャウフフと閑談した後、女中が紅茶とお菓子を持ってきたの。
キャア♡ 待っていました‼ やっぱりあたしは花より団子!
男子よりダンゴよ!
目の色を変えて身を乗り出したあたしに、新一がテーブルの下で密かに足で小突いてきた。
イタッ! 何するのよ。
「菊子様は小食だから、食べきれるか心配ですね。
私がお手伝いをいたしましょう。」
そう言うと、あたしが食べようとしたカステラの皿を新一がかっさらった。
そうして優しく甘くあたしに微笑みかける教育係に、令嬢の1人の感情が極限に達したみたい。
「ずるいわ、菊子様!
あたくしにも新一様を貸出ししてください‼」
か、勘違いよ、みんな!これは厚く塗り固めた表の顔。
今現在、テーブルの下ではあたしと新一の足の蹴り合いが過熱しているのにッ!
わーん、甘味くらい好きに食べさせて!
※
新一の鉄壁の防御のせいで紅茶ばかりでお腹を満たしていたあたしは、ついに中座してお手洗いに立ったの。
歩くたびにお腹からタプンタプンと悲しい音がするわ。
それにしても新一ったら、またあたしの邪魔ばかりして。
タガが外れた令嬢たちが、獣のように襲いかかってきても、助けてなんてあげないんだから!
思いのたけと物理的に出すものを全部お手洗いに流してスッキリしたあたしは、気分転換に勝手に侯爵邸にある中庭を散策させてもらうことにした。
中庭にはガラスで覆われた小さな温室があったわ。
二重扉の外側の入り口は開け放たれていたので容易に入ることができた。
そこには見上げるほどの大きな花や肉厚の葉を持つ巨木が鬱蒼と生い茂り、面白い色と形の様々な植物が育成されていた。
汗ばむくらいの気温に調整された室内の中、たくさんの蝶々が幻想的に舞っていたのよ。
「きれい・・・。」
あたしは非日常の光景に目を奪われ、少しのあいだ時を忘れた。
確か当主である、横峯侯爵は博士号を持つ医師だったはず。
この植物は何かの研究に使う薬草なのかしら。
「誰か居ますか?」
男の人の声にハッとして、蝶々に見惚れていたあたしは急に現実に引き戻された。
「あ、怪しい者ではありません。
櫻子様の茶話会に招待されている者なのですが・・・。」
大きな声で答えると、目の前に着物姿の紳士が現れた。
「あ。」
まさか、こんなところで会えるなんて。
胸の高鳴りが、口から弾け出しそうだった。
「大蒼、どうして?」
※
「かめ?」
訝しがりながら距離を置いて言葉を発する大蒼に、あたしは慌ててマスクを外して大きく手を振った。
「ごめんなさい。
事情があって、新一の弟に美人になる詐欺メイクを施してもらっているの。
あたし、かめです。」
「本当に? 信じられない・・・。」
大蒼はあたしに足早に近づくと、身をかがめて顔を寄せてきた。
きゃあ!
距離の詰め方が早すぎるわッ。
待って、心の準備が必要よ‼
色男は殺傷能力が高いんだから、自重してよねッ!
「まるで別人みたいだ。
綺麗だけど・・・君らしくないな。」
大蒼が新三郎と同じ反応をしたことに驚いた。
綺麗だと思うなら、喜べばいいのにとも思うのだけど・・・。
うーん。男ってよく分からないわ。
「でも、会えて嬉しい。
例え見た目が男だったとしても、中身が君なら私は甘んじて受け入れるよ。」
大蒼は甘い黒い瞳にキラキラした光を浮かべて、あたしの両手を取り自分の指を絡めてきた。
わっ! 積極的‼
心拍数が一気に上昇するのを感じながら、あたしは大蒼を見上げた。
今日の大蒼は無地の紬の着流しに銀の絹糸が織り込まれた角帯を合わせ、羽織を着た正式な装いだ。
髪もオールバックに撫でつけられていて、惜しみなく端正な顔立ちを露わにしている。
ぐうう、格好いい。
色男に着物は鉄板ね。日本人バンザイ。
「大蒼は? お仕事で侯爵邸に来たの?」
「そう・・・仕事だね。
こちらの当主とは昔からの付きあいがあって、誘われると断れないんだ。
あまり乗り気ではなかったのだけど、久しぶりにかめに会えたから感謝しなくてはね。」
「あたしも、来て良かったわ。
知らないところに来ると不安だけど、知り合いが居ると嬉しいもの。」
「知り合い、ね。」
大蒼の寂しそうな顔に胸がチクッとした。
こんな表情をさせたのは、あたしの言葉のせい?
「君は不思議な女性だね。
会えば会うほど、もっと知りたいと思うし、もっと話したいと思う。」
絡めた指先に熱がこもり、大蒼は紡ぐ言葉に切ない吐息をにじませた。
「こうして側にいるだけで、胸が苦しいよ。」
「じゃあ、あたしたち友達になりましょうよ。
あたしも、大蒼のことが知りたいわ。」
あたしは我ながらいいアイディアだと思いながら言ったのだけど、大蒼は苦しそうに首を振った。
「私のことを知りたいと思ってくれるのは嬉しいけど、曖昧な感情じゃもうダメなんだ。」
ええ?
じゃあ、あたしは一体どうしたらいいのよ⁉
その時、チリンと鈴が鳴って大蒼がフッと力を抜いた。
「鈴を持っているの?」
「あたしがすぐに居なくなるから新一に持たせられたの。
失礼よね。まるで幼い子供みたいでしょ。
あの人、見た目は大人みたいだけど、中身はすごく子供っぽいのよ。」
「妬けるな。かめを束縛したいのだね。」
大蒼は、急にムッとして絡めた指に力を込めた。
「しかるべき時が来たら、君を迎えに行くつもりだったけど、もう待てない。」
大蒼は指を絡めたまま、自分の唇にあたしの手の甲を押し付けた。
「ねえ、君を好きになったのだけど、どうしたらいい?」
今日のあたしは、細身の鶸色のスーツの上下に同色のクロッシェハットを目深に被り、ウェーブをつけた前髪を少し額に垂らしている。
大粒の真珠のネックレスと指輪で高貴な雰囲気を残しつつ、巷で流行している洗練されたモダンガールのような装いに、いつもより背筋をシャキッと伸ばして廊下を歩いたわ。
新一は簡潔に黒地のスーツに光沢のあるネクタイを締めて、伊達眼鏡をかけている。
いつも洗いざらしの長い髪は、今日は後ろできちんと束ねられていたの。
でもね、逆にその簡潔さが、新一の美しさを露呈している気がしてならないのよね。
現に新一が入室した途端、着飾った令嬢たちの黄色い歓声や溜め息で部屋が埋め尽くされたのも、100%共感できるわ。
「菊子様、ごきげんよう。
隣に居る方は、もしかしたら新一様?」
櫻子は飾り毛のついた扇子で口元を覆いながら、沸き立つ感情を抑えられないようだ。
「ごきげんよう、櫻子様。
本日はお招き頂きありがとうございます。
そうです。この者は、舞踏会の時にご紹介した私の教育係の犬養です。」
「おっふ、やはり新一様は極上の色男だったのね♡
・・・ッ、失礼。皆様がお待ちかねでしてよ。」
色男は得よね~。
中身を知らなくても、最初から得点が高いじゃない。
そのおかげで令嬢たちの関心は新一への質問ばかり。
あたしの容姿やマスクについては、いっさい咎める人が居なかったのが、救いだった。
あたしに関しては「そのレースのマスクがお洒落だからマネしたいわ。」なんて、まるで服飾先駆者のような羨望の眼差しを受けてしまい、苦笑いをするのが精一杯だった。
しばらくの間、キャッキャウフフと閑談した後、女中が紅茶とお菓子を持ってきたの。
キャア♡ 待っていました‼ やっぱりあたしは花より団子!
男子よりダンゴよ!
目の色を変えて身を乗り出したあたしに、新一がテーブルの下で密かに足で小突いてきた。
イタッ! 何するのよ。
「菊子様は小食だから、食べきれるか心配ですね。
私がお手伝いをいたしましょう。」
そう言うと、あたしが食べようとしたカステラの皿を新一がかっさらった。
そうして優しく甘くあたしに微笑みかける教育係に、令嬢の1人の感情が極限に達したみたい。
「ずるいわ、菊子様!
あたくしにも新一様を貸出ししてください‼」
か、勘違いよ、みんな!これは厚く塗り固めた表の顔。
今現在、テーブルの下ではあたしと新一の足の蹴り合いが過熱しているのにッ!
わーん、甘味くらい好きに食べさせて!
※
新一の鉄壁の防御のせいで紅茶ばかりでお腹を満たしていたあたしは、ついに中座してお手洗いに立ったの。
歩くたびにお腹からタプンタプンと悲しい音がするわ。
それにしても新一ったら、またあたしの邪魔ばかりして。
タガが外れた令嬢たちが、獣のように襲いかかってきても、助けてなんてあげないんだから!
思いのたけと物理的に出すものを全部お手洗いに流してスッキリしたあたしは、気分転換に勝手に侯爵邸にある中庭を散策させてもらうことにした。
中庭にはガラスで覆われた小さな温室があったわ。
二重扉の外側の入り口は開け放たれていたので容易に入ることができた。
そこには見上げるほどの大きな花や肉厚の葉を持つ巨木が鬱蒼と生い茂り、面白い色と形の様々な植物が育成されていた。
汗ばむくらいの気温に調整された室内の中、たくさんの蝶々が幻想的に舞っていたのよ。
「きれい・・・。」
あたしは非日常の光景に目を奪われ、少しのあいだ時を忘れた。
確か当主である、横峯侯爵は博士号を持つ医師だったはず。
この植物は何かの研究に使う薬草なのかしら。
「誰か居ますか?」
男の人の声にハッとして、蝶々に見惚れていたあたしは急に現実に引き戻された。
「あ、怪しい者ではありません。
櫻子様の茶話会に招待されている者なのですが・・・。」
大きな声で答えると、目の前に着物姿の紳士が現れた。
「あ。」
まさか、こんなところで会えるなんて。
胸の高鳴りが、口から弾け出しそうだった。
「大蒼、どうして?」
※
「かめ?」
訝しがりながら距離を置いて言葉を発する大蒼に、あたしは慌ててマスクを外して大きく手を振った。
「ごめんなさい。
事情があって、新一の弟に美人になる詐欺メイクを施してもらっているの。
あたし、かめです。」
「本当に? 信じられない・・・。」
大蒼はあたしに足早に近づくと、身をかがめて顔を寄せてきた。
きゃあ!
距離の詰め方が早すぎるわッ。
待って、心の準備が必要よ‼
色男は殺傷能力が高いんだから、自重してよねッ!
「まるで別人みたいだ。
綺麗だけど・・・君らしくないな。」
大蒼が新三郎と同じ反応をしたことに驚いた。
綺麗だと思うなら、喜べばいいのにとも思うのだけど・・・。
うーん。男ってよく分からないわ。
「でも、会えて嬉しい。
例え見た目が男だったとしても、中身が君なら私は甘んじて受け入れるよ。」
大蒼は甘い黒い瞳にキラキラした光を浮かべて、あたしの両手を取り自分の指を絡めてきた。
わっ! 積極的‼
心拍数が一気に上昇するのを感じながら、あたしは大蒼を見上げた。
今日の大蒼は無地の紬の着流しに銀の絹糸が織り込まれた角帯を合わせ、羽織を着た正式な装いだ。
髪もオールバックに撫でつけられていて、惜しみなく端正な顔立ちを露わにしている。
ぐうう、格好いい。
色男に着物は鉄板ね。日本人バンザイ。
「大蒼は? お仕事で侯爵邸に来たの?」
「そう・・・仕事だね。
こちらの当主とは昔からの付きあいがあって、誘われると断れないんだ。
あまり乗り気ではなかったのだけど、久しぶりにかめに会えたから感謝しなくてはね。」
「あたしも、来て良かったわ。
知らないところに来ると不安だけど、知り合いが居ると嬉しいもの。」
「知り合い、ね。」
大蒼の寂しそうな顔に胸がチクッとした。
こんな表情をさせたのは、あたしの言葉のせい?
「君は不思議な女性だね。
会えば会うほど、もっと知りたいと思うし、もっと話したいと思う。」
絡めた指先に熱がこもり、大蒼は紡ぐ言葉に切ない吐息をにじませた。
「こうして側にいるだけで、胸が苦しいよ。」
「じゃあ、あたしたち友達になりましょうよ。
あたしも、大蒼のことが知りたいわ。」
あたしは我ながらいいアイディアだと思いながら言ったのだけど、大蒼は苦しそうに首を振った。
「私のことを知りたいと思ってくれるのは嬉しいけど、曖昧な感情じゃもうダメなんだ。」
ええ?
じゃあ、あたしは一体どうしたらいいのよ⁉
その時、チリンと鈴が鳴って大蒼がフッと力を抜いた。
「鈴を持っているの?」
「あたしがすぐに居なくなるから新一に持たせられたの。
失礼よね。まるで幼い子供みたいでしょ。
あの人、見た目は大人みたいだけど、中身はすごく子供っぽいのよ。」
「妬けるな。かめを束縛したいのだね。」
大蒼は、急にムッとして絡めた指に力を込めた。
「しかるべき時が来たら、君を迎えに行くつもりだったけど、もう待てない。」
大蒼は指を絡めたまま、自分の唇にあたしの手の甲を押し付けた。
「ねえ、君を好きになったのだけど、どうしたらいい?」
応援ありがとうございます!
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