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第1部
第1話:前世の記憶
俺の名前はリュンヌ・フローライト。
父親であるペール・フローライト伯爵の1人息子だ。
その日は朝早くからとにかく憂鬱であった。
何故ならここフローライト家に、新しい家族であるお父様の再婚相手とその息子……義母と義弟がやってくる日だからだ。
俺を生んだお母様は、数年前に事故で亡くなってしまった。再婚を告げられた当時の俺は、その事実を受け入れられず、結局事前の顔合わせも全て拒否した。なので今日が、その2人と初顔合わせの日となる。入り口付近でペールお父様と2人が来るのをため息を吐きながら待っていた。
しばらくして豪華な装飾が施された美しい馬車が入り口の門の前で止まる。御者に扉を開かれ外に降り立つ人物を見た時、何故か胸の奥がざわりと揺れて目の前が真っ白になった。
本当に……それは突然だった。
彼を見た瞬間、まるで滝に打ち付けられるようにものすごい勢いで俺のものではない記憶……前世の記憶が蘇っていく。
目の前に居るのは優しく微笑む義母と、どこか怯えたような瞳で俺を見る義弟の幼い姿……。
義母はお父様に以前に言われた通り、異性が放っておかないような素晴らしい美貌の白髪の女性であった。だがそんなことより、俺は義弟の姿に釘付けになっていた。
シミひとつない綺麗な真っ白なフリルのついたシャツに首元に大きめの黒のスカーフを付けた少年だ。
首元に掛かるくらいの長さのふわふわで柔らかそうな銀髪。長めの前髪の隙間から覗くエメラルドグリーンの瞳は、不安げに揺れている。視線を逸らすようにやや俯かれた顔は、義母の美しさをしっかり引き継いだ儚げな美少年であった。
今日初顔合わせのはずなのに、強い既視感がある。
そう、そうだ……
妹から借りた乙女ゲーム、『月下のロマンティカ』の記憶だ!!
ゲームスタート時よりかなり若いようだが、義母や義弟の姿には見覚えがある。目の前の光景はそのゲームで見た状況と一致している。
そして目の前にいる義弟の名前が『アンヘル』である事、彼が攻略対象の1人である事を思い出してしまった。
「あぁ……アンヘルだ……」
突然の出来事に混乱していた俺は思わず呟いた。その言葉に、俺の隣に立つペールお父様は驚いたように僅かに目を見開く。
「なんだ、知っていたのか」
「あっ……」
俺は慌てて口を手で押さえた。
まだ自己紹介されていないのに、相手の名を知っているなんておかしいと思われるに決まっている。だがそんな俺の様子を見て、お父様は照れ隠しだと解釈してくれたらしい。少しクスリと笑われただけでそれ以上追及されなかった。
「ずっと顔合わせを拒否していたから心配だったが、お前なりに新しい家族の事を気にして調べてくれたのかな? 不要かもしれないが、一応紹介させてくれ。お前の新しい母のメェールと、弟のアンヘルだ」
「あ……アンヘルです。よろしくお願いします……」
お父様の紹介の後、アンヘルが弱々しい声で挨拶をする。声は震えており、俺の顔色を窺うように上目遣いで俺をジッと見ている。
やっぱり彼の名前はアンヘルで間違いないようだ。という事はここはあの乙女ゲームの世界の中という可能性が一気に高まる。いろいろ疑問は残るが後で考える事にして、とりあえず一旦この場を乗り切らなければ。
「ああ、リュンヌ・フローライトだ。よ、よろしく」
俺は握手を求めるように手を前に出すと、アンヘルはおずおずと俺の手を握る。ギュッと握ると、アンヘルは安心したようにニコリと微笑んだ。その顔を見て、俺は口元がにやけそうになるのを必死に堪えていた。
アンヘルは前世の俺の最推しだった。
―――――――――
初顔合わせの後、ペールお父様とメェールお母様とアンヘルは観光を兼ねて町へ行っている。「一緒に町へ行くか?」と聞かれたが、頭を整理するのに時間が欲しかったので頭痛がすると言い訳して休む事に。
俺はベッドの上で思い出した情報と現状をまとめて整理する事にした。
まず前世の俺は、何処にでもいるようなゲーム好きの男だった。給料が入るたびにゲームを買い、課金もするタイプだったので常に金欠だった。
それでもゲームを止められるわけもなく、妹からこの『月下のロマンティカ』というタイトルの乙女ゲームを借りた。
このゲームは、男爵令嬢である主人公が王宮の舞踏会に招待されるのがきっかけで、数人いる攻略対象と恋を育んでいくゲームだ。
その攻略対象の1人が、俺の義弟となった男のアンヘル・フローライト。
そして俺はそのゲームのお邪魔キャラの悪役令息であるリュンヌ・フローライトである。主人公の恋路を邪魔する迷惑で我儘なお坊ちゃん。当然アンヘルの恋路も邪魔するキャラクターである。
「でもアンヘルも俺も、ゲームが始まる時点よりかなり幼い……」
ゲームやパッケージに描かれたアンヘルを思い浮かべながらぽつりと呟く。カレンダーを確認し、今日の日付とオープニングで語られた日付を照らし合わせると、どうやら舞踏会が行われるのは今から5年後である。
ゲーム内のアンヘルパートで『フローライト家に引っ越してきたのは5年前』と語られていたし、間違いないだろう。
「そしてその5年の間、リュンヌはアンヘルを虐げていたと……」
作中のリュンヌは義母と義弟を受け入れられなかった。だからアンヘルに優しくすることもなく、傲慢な態度をとって数々の嫌がらせをしていた。
元々弱気であるアンヘルはひどく傷つき、人間不信の引っ込み思案で根暗な貴族になってしまった。それを主人公が救い、自信を取り戻したアンヘルは堂々とリュンヌに立ち向かう。
最終的にリュンヌは数々の悪行が災いして僻地へ飛ばされる事になる。
邪魔者の義兄が居なくなったアンヘルは、訳あって別荘に引っ越した両親の代わりにフローライト家の当主になり、主人公と幸せに過ごすという王道のハッピーエンドだ。
「このアンヘルが少しずつ自信を取り戻してリュンヌに立ち向かうシーンがまた格好いいんだよなぁ!」
美麗なスチルを思い出しながらジーンとしているとふと我に帰る。
俺がそのリュンヌじゃん、と。
「どうしよう……今の俺はアンヘルがどれだけ苦しんできたかをゲームを通して全て知っているし、何より彼は前世の俺の最推し。僻地に飛ばされるのも嫌だが、それ以上にアンヘルを虐めるなんて無理だ!!」
今までのリュンヌの自我は残っているが、どうも突然思い出した前世の俺の自我が色濃く混ざり合ってしまっているようだ。
未来を知っているからこそ、アンヘルには何不自由なく幸せなハッピーエンドを迎えてほしい。主人公の令嬢と無事に結ばれて、美しいエンディングを見たくなってしまった。
となれば、俺のやる事は一つだ。
「よし、アンヘルを最高のハッピーエンドに導くために、ひと肌脱ぐか!!」
アンヘルを虐めようなんて考えていない。舞踏会は王家が決めたパーティーだ。俺が何をしようと開催する事はどうせ変わらない。だったら必要な事は主人公とアンヘルがくっつくよう手助けすること。
新たな人生の目標に、俺はワクワクした気持ちを抑えられずにいた。
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