ビザンティンの風 ~歴オタ少年は、滅亡に瀕したローマ帝国を救えるか?~

灯水汲火

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第2章 僕が摂政をやらなければならないの!?

第23話 初めての神聖術

 休憩の後、いよいよプレミュデス先生による、神聖術の実技訓練が始まった。


「私からは、殿下に3種類の神聖術をお教えし、そのうち2種類を実践して頂きます」
「残りの1種類は実践しなくていいのですか?」
「しなくて構いませんというより、実践されては大変なことになります。理由は、後で術の効果についての説明を聞いて頂ければ分かります。
 それではまず1つ目、『通話』の神聖術をお教え致します」
 『通話』か。あのイレーネがアクロポリテスと通信していた術のことだな。ちなみに、術の名称についてはそれぞれギリシア語の正式名称があるんだけど、いずれも呼びにくいし馴染みにくいため、僕の方で日本語または英語の適当な名称に訳してある。

「通話の神聖術は、遠隔地にいる他の神聖術士と通話することのできる術です。推奨適性は50、すなわち術士であればこれを使えない者はまずいない、極めて簡単な術です。
 発動方法は簡単、神具に向かって自分の神聖術士としてのランクと名前、通話をしたい神聖術士のランクと名前を告げると、その者との通話が可能になります。ただし、相手方を特定するのに差し支えなければ、ランクについては省略することも可能でございまする。

 では試しに、私は隣の部屋に参りますので、隣の部屋にいる私と通話の術で会話をしてみましょう。殿下の場合、『神聖術士見習いミカエル・パレオロゴス、ニケフォロス・プレミュデス博士に告ぐ』といった感じで結構です」

 そう言って、プレミュデス先生は隣の部屋へ移動していった。いよいよ、人生で初めての神聖術を使うとき。なんか緊張するな。僕は、自分の腕輪に向かってこう告げた。

「神聖術士見習いミカエル・パレオロゴスです。博士ニケフォロス・プレミュデス先生、ご機嫌いかがですか」

 すると、プレミュデス先生の声が聞こえてきた。

「こちら、ニケフォロス・プレミュデス。私は相変わらずです。泣いてる日もあります、笑う日だってあります」
「……先生、今のお返事には何か突っ込んだ方がいいんですか?」
「気にしなくて結構です。とりあえず殿下、『通話』の術は無事習得されたようですな。通話を終了いたしますぞ」

■◇■◇■◇

 その後間もなく、プレミュデス先生が戻ってきて、次の術の実習が始まった。
「次にお教えするのは、『パッシブ・ジャンプ』の術です。神聖術の中で、瞬間移動を可能にする術は『アクティブ・ジャンプ』と『パッシブ・ジャンプ』の2種類がございます。このうち、今回殿下に習得して頂くのは、簡単な『パッシブ・ジャンプ』の方になります」
「その2つはどう違うの?」

「まず、パッシブ・ジャンプの方からご説明致しますと、この術は任意の場所から、帝国内に設置されております移動拠点まで、瞬時に移動することができます。推奨適性は50、これも術士であればほぼ誰でも簡単に使うことが出来ます。
 ただし、現在では利用する者がほとんどおりませんので心配はないと思いますが、移動先の拠点が混雑している場合、拠点管理官の判断により順番待ちをさせられることがございます」

「それで、アクティブ・ジャンプの方は?」
「アクティブ・ジャンプは、移動拠点の有無に関係なく、任意の場所から任意の場所へ瞬時に移動することができる術です。
 ただし、この術は青学派に属する高等術の1つでありまして、推奨適性も80以上と高く、また移動先の安全も保障されておりませんから、非常に危険な術です。アクティブ・ジャンプの習得方法や使用方法を記した論文は書かれているのですが、実際にこの術を使いこなせる神聖術士は現在のところ未だおりません」
「……とりあえず、僕には縁のなさそうな術ですね」
 僕の適性があと1高ければ、僕にも使いこなせる可能性があったのに。でも、季布の統率なんかと違って、事後的に適性を高める方法がない以上は仕方ない。男性の中ではかなり高い方なのだから、それで良しとするか。


「では、パッシブ・ジャンプの使い方をご説明致します。現在稼働中の移動拠点は、ニケーアの宮殿内に設置されている一か所しかございません。移動拠点の名称も単なる『ニケーア』です。
 そのため、神具に向かって「ニケーアへ!」と唱えれば、どこからでも瞬時に移動拠点へと移動することが出来ます。では、私が先に術を使って移動拠点へと参りますので、殿下も付いてきて下さいませ」

 プレミュデス先生はそう言うと、杖をかざして「ニケーアへ!」と叫び、瞬時に何処かへと姿を消していった。
 僕も先生の真似をして、腕輪に向かって「ニケーアへ!」と叫んでみた。


 その瞬間、周囲の風景が変わり、僕は初めてテオドラやイレーネにあった場所、すなわち宮殿内で大きなクリスタルが安置されている部屋にある、魔法陣の上に立っていた。
 そこにはプレミュデス先生と、もう1人の術士らしき人がいて、僕はその術士から「殿下、他の者が移動してくる可能性がありますので、魔法陣からは速やかに離れてください」と注意され、僕は慌てて魔法陣からプレミュデス先生の許へと移動した。

「これで、パッシブ・ジャンプも習得完了ですな。なお、この術を使うときの注意点として、今拠点管理官が申しましたとおり、他の者の邪魔になりませんよう、移動が終わった後は速やかに魔法陣から離れるよう注意してくださいませ」
「分かりました」
 なんか、どちらもあっけないほど簡単だな。

■◇■◇■◇

「残る1つの術ですが、これは説明のみになります。
 これは通称『自爆』の術と呼ばれており、術者の生命及びすべての魔力と引き換えに、広範囲の敵に強力な攻撃を加えることができます。
 他の攻撃術と異なり、味方を巻き込むこともないという長所もございますが、この術を使った術士はその場で死んでしまい、『自爆』の術を使って死んだ術士を蘇生させる方法はございません。
 一応、使い方としては呪文を唱えた後、『父なる神よ、我が生命とすべての力と引き換えに、邪悪なる敵を撃ち滅ぼし給え』と唱えることで発動することができますが、特に殿下は絶対にこの術を使わないでくださいませ。
 もし殿下が亡くなられることがあれば、この帝国はお終いですからな」

「はい。というかそんな術、言われなくても怖くて使えませんよ」
 自分だけじゃなく、他の術士にもそんな術は極力使わせたくない。僕は敵に対しては容赦ないけど、味方を平気で犠牲にする、神風特攻隊みたいな戦い方は大嫌いなのだ。

■◇■◇■◇

「これで、私が担当する共通科目の講義及び実習は以上になります。講義の内容については、いつでも復習できるよう後で教科書をお渡し致します。
 今後の流れとしては、後日赤学派、白学派、緑学派、青学派の担当講師による講習を受けて頂き、すべての講習が終わりましたら修了考査を受けて頂き、これに合格されましたら晴れて学士号取得となります。何かご質問はございますかな?」
 うーん。結構色々聞きたいことはあるんだけど、ここではどうしても聞いておきたいものに絞ろう。


「先生、この移動拠点なんですけど、他の場所に設置することは出来ないんですか?」
「出来ますぞ。魔法陣を築いて移動拠点の名称を定め、移動拠点を管理する『拠点管理官』の術士を配置することで移動拠点を稼働させることが出来ます。
 複数の移動拠点がある場合、拠点間の移動は術士でない者でも、皇帝陛下、または摂政として皇帝の職務を代行されている殿下の発行する使用許可証を得れば、拠点管理官の指導下で利用することができます。
 また、洞窟や敵の拠点など危険な場所に少人数で侵入する場合、入口に臨時の移動拠点を設置し、危険に遭遇したときにはパッシブ・ジャンプの術で脱出するなどという使い方も出来まする。
 移動拠点の作り方については、青学派を選択すれば専門講座で習得することが出来ます。その他、瞬間移動の神聖術に関しては青学派の専門分野に属しますので、詳しくは青学派の担当講師に聞いてくださいませ。
 ほかにご質問はございますかな?」


「はい。さっきの『通話』といい、『パッシブ・ジャンプ』といい、どちらも簡単に使える割にはものすごく便利な術で、かなり色々な使い道があるような気がするんです。
 ぱっと僕が思い付くだけでも、例えば戦争で各部隊に1人ずつ連絡用の術士を配置しておけば、伝令なんか使わずに僕からの指示を瞬時に伝えられますし、離れた場所にいる各部隊からの報告も瞬時に受けることが出来ますし、国境の砦などに術士を配置しておけば、敵襲の報告もすぐに受けることが出来ます。
 パッシブ・ジャンプについても、帝国各地の要所に移動拠点を作っておけば、僕も軍隊も瞬時に移動させることが出来そうですし、かなりの使い道があると思うんです。でも、この国にそうした発想が全く見られないのは、どうしてなのですか?」

「……難しいご質問ですな。
 単刀直入に申し上げますと、この国の神聖術は積極的に活用することよりその秘密を守ることに重点が置かれておりまして、殿下の仰られたような積極活用を考える皇帝陛下はほとんどおられませんでした。
 ただし例外として、先程の講義でも取り上げましたアンドロニコス帝は、神聖術をかなり積極的に活用され、今殿下が仰られたようなことも、ある程度実行に移されたようでございます。
 アンドロニコス帝の御代には、聖なる都だけで13の移動拠点があり、さらに私は軍人ではないので詳しいことは存じませんが、戦争でも様々な神聖術を有効に活用されていたそうでございます」

「その、アンドロニコス帝が作った伝統はどうして残らなかったんですか?」
「アンドロニコス帝は、有能な女性術士のほとんどを自らの愛人としていたこともあり、聖職者や修道士たちから『神聖術を乱用する者』などと猛烈な非難を受け、最後は反対勢力の支持を受けたイサキオス帝のクーデターによって命を落とされました。
 そして、イサキオス帝以後の歴代皇帝陛下は、神聖術の積極活用というより、政治そのものにほとんど関心を示されませんでしたので、アンドロニコス帝のご考案された活用方法は、現在ではそのほとんどが忘れ去られてしまいました」
「神聖術の有効活用には、聖職者や教会勢力が障害になってしまうんですか?」

「はい。殿下が、アンドロニコス帝のような神聖術の積極活用をお考えになるのであれば、それは帝国摂政である殿下のお考え次第であり、殿下の家庭教師に過ぎない私めがとやかく申し上げることではございません。
 ただし、神聖術を様々な目的で積極活用される場合、神聖術の秘密が他国に漏洩する危険性が高まること、また聖職者や修道士、教会勢力を敵に回す危険性が高まるということは、よくお考えになってくださいませ」


「分かりました。あと1つだけお願いします。以前から気になっていたのですが、この部屋にある、あの大きなクリスタルは何のためにあるのですか?」
「あのクリスタルは、主にこの町を防衛するための特殊な神具です。
 ロシアの奥地でしか採れないと伝えられている特殊な水晶で作られており、この町が敵の攻撃を受けたときにはあのクリスタルを発動させることになっております。
 あのクリスタルが発動すると、この町の城壁はあらゆる物理攻撃、神聖術や魔術の攻撃を受け付けなくなり、城壁を破壊することは不可能になります。
 また、クリスタルは膨大な魔力を持っているため、平時には他の術に転用することも可能であり、テオドラ皇女様とイレーネ様が殿下を召喚された際にも、あのクリスタルの力を利用したと聞き及んでおります。

 クリスタルは非常に希少で高価なものであるため、帝国内でもここニケーアの他には、スミルナと現在ラテン人の支配下にある聖なる都、アドリアヌーポリ、テッサロニケの5か所にしか置かれておりません。
 各地の都市を守るクリスタルは、たしか帝国の全盛期にあたる、小バシレイオス帝の時代に設置されたと聞き及んでおりますが、現在における帝国の財政事情下では、新設はほぼ不可能とお考え下さい」

「分かりました。でも、そんな凄い神具のある都市が、どうして敵の手に落ちたのですか? 確か、このニケーアも、一度はトルコ人の手に落ちたと聞いたことがありますし」

「クリスタルで守られている都市であっても、敵に城壁をよじ登られて侵入を許したり、町の住民が自発的に降伏したりすれば陥落しますので、無敵というわけではありません。昔ニケーアがトルコ人の手に渡ったのは、たしかニケフォロス・ボタネイアテス帝が帝位簒奪のため聖なる都へ進軍する際、ニケーアの留守をトルコ人に委ねてしまったことが原因と聞き及んでおります」
「何ですか、その駄目な人。この国では、一体何があったんですか?」
「政治史については、あまり深入りすると長くなりますが、要するに大アレクシオス帝が即位される前の帝国は、政治の混乱がひどく、国内もまとまりを欠いていたのでございます」


「ありがとうございます。最後にあと1つだけ。現在敵の手に渡っている聖なる都、アドリアヌーポリ、テッサロニケにあるというクリスタルは、既にラテン人の手によって破壊されている可能性はないのですか?」
「いずれも無事のようです。ヴェネツィア人は昔帝国の支配下にあり、長い間帝国とも友好関係にあったこともあって、どうやら一部の者がクリスタルの効用を知っているようです」

「そうなると、神聖術に関する秘密は、既にヴェネツィア人とラテン人にはある程度漏れていて、少なくともその3都市を攻略するには、投石器も神聖術による攻撃も意味を成さないと考えた方がよいわけですね」
「残念ながら、おそらく殿下の仰るとおりかと考えられます。ご質問は以上で宜しいですかな?」
「以上です。長時間ありがとうございました」


 こうして、プレミュデス先生による「共通科目」の講座は終わった。神聖術の習得自体も大事だけど、その活用についてもこれから考えること、やることが一杯ありそうだ。
 既に、神聖術の秘密が一部の敵に渡っている以上、この国が生き残るには、敵を上回る勢いで神聖術の力を徹底的に活用するしかないのだから。

(第24話に続く)
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