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14.街の危機を告げる鐘
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その日、大雨の中、街を見下ろすように建てられている見張り塔の鐘が鳴り響いた。それは有事を告げるサインだ。
実は予兆は数日前からあった。
「最近、ズクロスが数を増やしている。住民からの目撃情報が後を絶たない。巡回の際など見かけたら迷わず叩き斬れ」
団長直々にお達しがあったのだ。
ズクロスとは以前僕とミハイルが演習の際に森で遭遇したネズミ型の魔獣だ。
数を増やしやすく、極まれに集団で人を襲うこともある厄介な魔獣だ。だけど実際のところ彼らが人前に姿を現すことはほとんどない。そのズクロスが街中にも現れたというのだ。長年騎士団に身を置いている団長ですらこんなことは初めてだという。
「何だか嫌な感じがするな」
眉根を寄せてぼやいていた団長の姿に、僕の心も不安で埋め尽くされる。
そして、団長の予感は現実のものとなってしまった。
僕達は黒狼騎士団の大ホールへと集められる。相変わらず外では不安を誘う塔の鐘が鳴り続けている。団長は険しい表情で口を開いた。
「街の外の森に大量のズクロスが現れたと銀熊騎士団より報告があった。巡回中の団員数名が負傷。行方が分からなくなった者もいる。不安を煽りたいわけじゃねえが、巣に連れ去られた可能性もある。……食料としてな。これより黒狼騎士団は新人の団員を除き全員で奴らの討伐に向かう。新人共は住民に家の外へ出ないよう呼びかけを行え。それ以外は準備が整い次第出発するため門へ集合。シド、ミハイル、お前ら二人はついて来い。以上だ!」
団長は簡潔に指示を飛ばすと、準備のために身を翻し去っていく。
動き始めた先輩達とは対照的に新人である僕達は団長の口から語られた恐ろしい話に身を震わせて立ち尽くしている。
「食料として巣に連れ去られたって……嘘、だろ」
誰かが呆然とつぶやく。
魔獣による襲撃はいつかあるかもしれないと覚悟はしていた。だけど、それは漠然ともう少し先のことのようにも感じていた。遠い場所の出来事だと。何故ならこれまで街は大きな魔獣の被害もなく平和な日々が続いていたからだ。
それがこうして身近に迫り、シドやミハイル達が真っ先にその脅威にさらされることに恐怖を覚えた。
あぁ、せめて僕もついて行ければ良かったのに。
「フェリクス、大丈夫か」
傍に歩み寄って来たシドは心配そうに僕を見下ろす。僕などよりシドの方が危険な場所へ行くのに、どうしてこんな時まで心配してくれるのだろう。
バタバタと団員達が走り回る喧噪から逃れるように手を引かれてホールの壁際へと促される。壁際までたどり着いたところで、繋がれた手に力を込めて握り返した。
「シド……どうか、気を付けて。怪我なんてしないで無事に戻って来て欲しい」
シドがとても強いことを知っている。だけどとても心配だ。
「分かってる。団長達だっているんだ、俺のことはあまり心配するな。それよりもお前が心配だ。数は少ないが街中にもズクロスは現れているらしいから気を付けろよ」
シドの言葉に頷く。シド達に付いていけないのはまだ僕の実力が不足しているためだ。だから、せめて僕は僕の出来ることを精一杯しよう。街の人達に呼びかけて安全を確保するのだって立派な仕事だ。
「これまでシドにたくさん鍛えてもらったんだ。弟子を信じて街のことは任せてくれ」
シドの心配を少しでも軽くしようと軽口を叩く。僕の気持ちが伝わったのか、シドはやさしく微笑んだ。
「それじゃあ、行ってくる」
離れる間際に、シドが掠めるように唇を落としていった。
「……!」
ホールは喧噪に包まれているし、シドの陰に隠されるように立っているから誰も僕達の姿に目を止めていない。繋がれた手が離れて行く。
どうか気を付けて、シド。
去っていく背中を視線で追いかけて、心の中でもう一度つぶやいた。
残された僕達新人は団長に指示された通りそれぞれ自身の仕事をこなしていった。
担当地域を決めて、鐘の音に不安を覚えて家から外へ出てくる住民達に声掛けをして回る。数日前から続いている大雨のせいもあって、彼らは大人しく従ってくれた。
そうしてずぶ濡れになりながら街中を駆け回っていると、ちょろちょろと動くズクロスの姿を何匹か見かけた。だが、ズクロス達は脇目もふらずに逃げ出していく。
呆気にとられる。
前回森で見かけたズクロスはこちらを見ると襲い掛かって来たからだ。街中で何匹も見かけたズクロスは、全て同じような動きで、同じような方向へと必死で逃げ出していく。そちらの方はシド達がズクロス討伐へ向かった森だ。
まるで何かから逃げるような動きをしている。
「どういうことだ」
こんなの普通じゃない。とても嫌な予感がする。
僕は休憩時間になると共に図書館へと駆け込んだ。ズクロスについて書かれた書物をあさっていく。ズクロスが揃って逃げ出して行くのには絶対に理由があるはずなんだ。
残念ながらズクロスについて書かれている本に僕の求めている情報は書かれていなかった。
今度は見方を変えて災害について書かれてある本を探る。大きな自然災害の前には予兆が現れることもある、以前読んだ本の中に書かれてあったことを思い出したのだ。僕はある種の確信を持って洪水のページを捲っていく。
その本では洪水に襲われた街の名前と被害の状況が書かれてあった。今度はそれらの街について調べていく。何を調べるかと言うとその街に出現した魔獣のことを。
魔獣被害の記載の欄には共通して「ズクロス」の文字が書かれてあった。指が震える。
ズクロス出現の日付は、いずれも洪水の起こる前と一致していた。
洪水に見舞われた街に数日前から現れたズクロス。今回のオレイユ王国と限りなく似た状況だ。
地図を広げながら確認すると僕がズクロスを見かけた地域は、いずれも川沿いだった。
そこから導き出される答えは、一つ。
間もなく川が氾濫して、オレイユ王国に洪水が起こるということだった。
それを察知したズクロス達は住み着いていた街から安全な森に逃げ、新たな巣に食料を持ち込むために人間を襲っているのかもしれない。そう考えると今回の出来事と辻褄が合う。
急いで黒狼騎士団の詰め所に戻って、残っている者達にこのことを話す。
「川が氾濫する? そんな馬鹿な。あんなに高く丈夫に造られた堤防が崩れる訳ないだろ」
初めは鼻で笑って僕の意見を一蹴していたラル達だったが、地図と本を広げながら説明をしていくと「俺も…その地域でズクロスを見かけた」と徐々に顔色が変わっていく。
全て話し終える頃には、神妙な面持ちで地図を見下ろしていた。どうやら僕の話を信じてくれたようだ。
「どうする、団長に相談して指示を仰ぐか」
「それでは間に合わない! ここに戻る前に川を見たけれど、かなり水位が上がっていた。住民を避難させることを考えると、もう動かなければ」
雨はいまだに降り続けているし、空は暗くて重たい雲が立ち込めている。雨が止む可能性は限りなく低い。
僕の言葉に皆は難色を示す。
「だが……他の騎士団もほとんどズクロス討伐に出ていて、残っているのは僅かだ。果たして新人の俺達の言葉を住民が聞き入れてくれるだろうか。それに勝手に動いていいものか」
彼らの不安はもっともだ。団長の命令は「住民を家に留めて置け」だったのだ。それと反することをこれから新人の僕達だけでしなければならない。
「責任は全て僕が負う。何も起こらなければそれでいい。万が一洪水が起こって人の命が失われるよりずっといい」
僕は住民達を避難させるために再び大雨の降り続ける外へ駆け出した。一人で行くことを覚悟していたのに、後からはラルを始めとする皆が続いてくる。
「みんな……」
「勘違いすんなよ。話に信ぴょう性があったから乗っかるだけで、お前を認めた訳じゃないからな」
「分かってる」
ラルはそう言うけれど、話を信じてこうしてついて来てくれただけで十分ありがたいと思った。
実は予兆は数日前からあった。
「最近、ズクロスが数を増やしている。住民からの目撃情報が後を絶たない。巡回の際など見かけたら迷わず叩き斬れ」
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ズクロスとは以前僕とミハイルが演習の際に森で遭遇したネズミ型の魔獣だ。
数を増やしやすく、極まれに集団で人を襲うこともある厄介な魔獣だ。だけど実際のところ彼らが人前に姿を現すことはほとんどない。そのズクロスが街中にも現れたというのだ。長年騎士団に身を置いている団長ですらこんなことは初めてだという。
「何だか嫌な感じがするな」
眉根を寄せてぼやいていた団長の姿に、僕の心も不安で埋め尽くされる。
そして、団長の予感は現実のものとなってしまった。
僕達は黒狼騎士団の大ホールへと集められる。相変わらず外では不安を誘う塔の鐘が鳴り続けている。団長は険しい表情で口を開いた。
「街の外の森に大量のズクロスが現れたと銀熊騎士団より報告があった。巡回中の団員数名が負傷。行方が分からなくなった者もいる。不安を煽りたいわけじゃねえが、巣に連れ去られた可能性もある。……食料としてな。これより黒狼騎士団は新人の団員を除き全員で奴らの討伐に向かう。新人共は住民に家の外へ出ないよう呼びかけを行え。それ以外は準備が整い次第出発するため門へ集合。シド、ミハイル、お前ら二人はついて来い。以上だ!」
団長は簡潔に指示を飛ばすと、準備のために身を翻し去っていく。
動き始めた先輩達とは対照的に新人である僕達は団長の口から語られた恐ろしい話に身を震わせて立ち尽くしている。
「食料として巣に連れ去られたって……嘘、だろ」
誰かが呆然とつぶやく。
魔獣による襲撃はいつかあるかもしれないと覚悟はしていた。だけど、それは漠然ともう少し先のことのようにも感じていた。遠い場所の出来事だと。何故ならこれまで街は大きな魔獣の被害もなく平和な日々が続いていたからだ。
それがこうして身近に迫り、シドやミハイル達が真っ先にその脅威にさらされることに恐怖を覚えた。
あぁ、せめて僕もついて行ければ良かったのに。
「フェリクス、大丈夫か」
傍に歩み寄って来たシドは心配そうに僕を見下ろす。僕などよりシドの方が危険な場所へ行くのに、どうしてこんな時まで心配してくれるのだろう。
バタバタと団員達が走り回る喧噪から逃れるように手を引かれてホールの壁際へと促される。壁際までたどり着いたところで、繋がれた手に力を込めて握り返した。
「シド……どうか、気を付けて。怪我なんてしないで無事に戻って来て欲しい」
シドがとても強いことを知っている。だけどとても心配だ。
「分かってる。団長達だっているんだ、俺のことはあまり心配するな。それよりもお前が心配だ。数は少ないが街中にもズクロスは現れているらしいから気を付けろよ」
シドの言葉に頷く。シド達に付いていけないのはまだ僕の実力が不足しているためだ。だから、せめて僕は僕の出来ることを精一杯しよう。街の人達に呼びかけて安全を確保するのだって立派な仕事だ。
「これまでシドにたくさん鍛えてもらったんだ。弟子を信じて街のことは任せてくれ」
シドの心配を少しでも軽くしようと軽口を叩く。僕の気持ちが伝わったのか、シドはやさしく微笑んだ。
「それじゃあ、行ってくる」
離れる間際に、シドが掠めるように唇を落としていった。
「……!」
ホールは喧噪に包まれているし、シドの陰に隠されるように立っているから誰も僕達の姿に目を止めていない。繋がれた手が離れて行く。
どうか気を付けて、シド。
去っていく背中を視線で追いかけて、心の中でもう一度つぶやいた。
残された僕達新人は団長に指示された通りそれぞれ自身の仕事をこなしていった。
担当地域を決めて、鐘の音に不安を覚えて家から外へ出てくる住民達に声掛けをして回る。数日前から続いている大雨のせいもあって、彼らは大人しく従ってくれた。
そうしてずぶ濡れになりながら街中を駆け回っていると、ちょろちょろと動くズクロスの姿を何匹か見かけた。だが、ズクロス達は脇目もふらずに逃げ出していく。
呆気にとられる。
前回森で見かけたズクロスはこちらを見ると襲い掛かって来たからだ。街中で何匹も見かけたズクロスは、全て同じような動きで、同じような方向へと必死で逃げ出していく。そちらの方はシド達がズクロス討伐へ向かった森だ。
まるで何かから逃げるような動きをしている。
「どういうことだ」
こんなの普通じゃない。とても嫌な予感がする。
僕は休憩時間になると共に図書館へと駆け込んだ。ズクロスについて書かれた書物をあさっていく。ズクロスが揃って逃げ出して行くのには絶対に理由があるはずなんだ。
残念ながらズクロスについて書かれている本に僕の求めている情報は書かれていなかった。
今度は見方を変えて災害について書かれてある本を探る。大きな自然災害の前には予兆が現れることもある、以前読んだ本の中に書かれてあったことを思い出したのだ。僕はある種の確信を持って洪水のページを捲っていく。
その本では洪水に襲われた街の名前と被害の状況が書かれてあった。今度はそれらの街について調べていく。何を調べるかと言うとその街に出現した魔獣のことを。
魔獣被害の記載の欄には共通して「ズクロス」の文字が書かれてあった。指が震える。
ズクロス出現の日付は、いずれも洪水の起こる前と一致していた。
洪水に見舞われた街に数日前から現れたズクロス。今回のオレイユ王国と限りなく似た状況だ。
地図を広げながら確認すると僕がズクロスを見かけた地域は、いずれも川沿いだった。
そこから導き出される答えは、一つ。
間もなく川が氾濫して、オレイユ王国に洪水が起こるということだった。
それを察知したズクロス達は住み着いていた街から安全な森に逃げ、新たな巣に食料を持ち込むために人間を襲っているのかもしれない。そう考えると今回の出来事と辻褄が合う。
急いで黒狼騎士団の詰め所に戻って、残っている者達にこのことを話す。
「川が氾濫する? そんな馬鹿な。あんなに高く丈夫に造られた堤防が崩れる訳ないだろ」
初めは鼻で笑って僕の意見を一蹴していたラル達だったが、地図と本を広げながら説明をしていくと「俺も…その地域でズクロスを見かけた」と徐々に顔色が変わっていく。
全て話し終える頃には、神妙な面持ちで地図を見下ろしていた。どうやら僕の話を信じてくれたようだ。
「どうする、団長に相談して指示を仰ぐか」
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雨はいまだに降り続けているし、空は暗くて重たい雲が立ち込めている。雨が止む可能性は限りなく低い。
僕の言葉に皆は難色を示す。
「だが……他の騎士団もほとんどズクロス討伐に出ていて、残っているのは僅かだ。果たして新人の俺達の言葉を住民が聞き入れてくれるだろうか。それに勝手に動いていいものか」
彼らの不安はもっともだ。団長の命令は「住民を家に留めて置け」だったのだ。それと反することをこれから新人の僕達だけでしなければならない。
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僕は住民達を避難させるために再び大雨の降り続ける外へ駆け出した。一人で行くことを覚悟していたのに、後からはラルを始めとする皆が続いてくる。
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