スライムは敵であるはずの勇者を育ててしまったようです

倉くらの

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 今日は、村の広場がにぎやかだった。
 月に一度の「モンスター市」ってやつが開かれていて、みんな思い思いの品を並べて、わいわいがやがややってる。

 大きな体のリザードが誇らしげに釣った魚を店に並べて、羽根の生えたピクシーたちは空の上でお菓子を投げ合ってる。
 俺はお店を眺めながら、生活に必要なものを買い出しに来ていた。

「おい、子分! もっとしっかり声を出して客を呼び込まんかい!」

「へい親分っ! すんません親分っ!!」

 声の方を見れば、店主らしきオークがゴブリンに客を呼び込む方法を教えていた。
 彼らは親分、子分の関係のようだ。
 親分子分の関係は俺達にとって特別で、家族と同じぐらい絆が深いとも言われていて、全モンスターの憧れだ。

「……いいなぁ」

 思わず、ぽつりと呟いた。

 『親分』って呼ばれるの、めっちゃカッコいいじゃん。
 「おっ、親分!」「さすが親分!」って持ち上げられて、「お前はまだまだだな~」とか言ってニヤつくの、憧れるじゃん。

 俺もいつか親分になってみたい。
 だけど俺は一番弱いモンスターなんて言われているスライムだ。
 誰かの子分になることはできても、親分にはなれない。分かっているけど、俺はどうしても子分が欲しいのだ。
 子分にちやほやされたい。


 住処の洞窟には木の看板に『子分になる人、大募集』って書いて立てているけど、今のところだ~れも、来てくれやしない。

 友達のガイコツ剣士は「今日は子分になる奴、来てくれたか?」って定期的に気にかけてくれているし、他のみんなも「どうだった?」って言ってくれるけど……でも、子分にはなってくれないんだよなぁ。

 それはやっぱり、俺が弱いからなんだろうな。

「ふーんだ、ふんだ。べつに子分なんてうらやましくないし」

 俺なんか、子分ができるような『すごいヤツ』じゃないんだ。

「…ううぅ。ウソ。本当はすごくうらやましいぃぃぃ」

 いつか、いつかきっと、俺だけの子分ができたら――そいつのこと、めちゃくちゃに甘やかして、守って、「親分、だいすき!」とか言われてみてぇなぁ……!

 夢見がちに空を見上げながら、俺は、ひとりぽてんと跳ねた。


***


 ある日のことだった。火のにおいが鼻をついた。
 焼け焦げた木々の間を抜けて、森の外れまで来た俺は――ふと、空を見上げた。
 黒煙が、空に向かってのろのろと立ち昇っている。

「……何だ? 火事……?」

 森の中の小さなモンスターには関係ないこと。
 体はぷるぷるしているが、中に詰まっているのは水じゃない。
 だから俺にはこの火を消すことも、どうすることもできないちっぽけな存在だ。
 それなのに、なぜか、体はぷるぷると揺れながら勝手にそっちへ向かってしまう。

 身を翻して自分の村に逃げたらいいのに、胸の奥がざわついて、じっとしていられなかった。

 しばらくして、俺は見た。
 人間の村が――燃えているのを。

 普段なら人間の村になど近づいたりしない。
 最弱モンスターの俺が、のこのこと人間の村に近づこうものなら彼らに見つかって、斬り捨てられてしまうのがオチだ。

 こんな悪夢みたいな光景によって、俺の思考は停止し、これが現実とは受け止められないでいる。

 家は崩れ、地面は赤く染まっている。
 明らかに炎で崩れ落ちた感じではない。何か大きな力がぶつかって、吹き飛ばされたような崩れ方だ。
 モンスターの襲撃にでもあったのか?

 でも、この辺には村に火を放つような凶暴なモンスターなんていなくて、俺みたいな温厚な奴らしかいないはず。
 だったら、どうして?

 そのときだった。
 考え込んでいた俺の耳に微かな物音が聞こえた。

「……っ」

 草むらの奥で、小さなうめき声がした。

「生きてる奴がいるのか!?」

 俺は跳ねるように草むらへ近づく。
 そこにいたのは、ぐったりと倒れ込む人間だった。体が小さいからきっとまだ子供だ。たぶん男。
 服はあちこちが破れて、腕には火傷と切り傷があって痛々しい。

「……おい、死ぬなよ」

 彼の顔を覗き込んだ。
 熱で赤くなった頬。恐怖で震える唇。ぎゅっと目を閉ざしている。
 まだ小さいのに、こんなひどい目に遭って―――。
 胸に何とも言いようのない気持ちが広がる。

 これは人間だ。
 村のみんなからも人間には近づくなって言われてる。こんなやつ、助けても何にもならないどころか、むしろ助けたらこっちが困ることになるっていうのに……。
 それなのに、どうしても背を向けることができなかった。

「……ああもうっ! 仕方ねえな!」

 俺はぴょん、と彼のそばに飛び上がると、ぷるんと体を広げて小さな体を包み込んだ。

「おい、聞こえるか。お前、せっかく生き残ったんだ。勝手に死ぬのは許さねぇぞ……! だから……生きろ。これは命令だ」

 そう言った俺の体に、微かに、小さな手が触れた気がした。



 相手は小さな子供とはいえ、運ぶのはけっこうキツイ。くたびれた身体をぷるぷる引きずりながら、何とか自分の村まで戻ってきた。

 俺が暮らしている場所は色々なモンスターの集まる森の中の集落だ。
 ゴブリンとかピクシーとか…まあ、色々な種族がいる。
 ただ、スライムは俺だけしかいない。

 みんないい奴らで、俺が一番弱いモンスターであるスライムだからって馬鹿にしてくることもない。
 むしろ「一人で外に出ると危ないぞ!? 人間に襲われてしまうぞ」なんていつも心配してもらっている。


 そして俺達の王は『魔王様』である。
 とはいえ、こんな辺境の田舎の集落の中に住んでいるから直接魔王様の顔を見たことなんてない。
 魔王様からは人間を見たら襲え、特に勇者を見つけたら捕まえて魔王城に連れてこいという命令が出ている。

 みんな命令は知っているけれど「人間を襲いに行くなんて嫌だよな」って言って、その命令からは目を背けている。
 もちろん魔王様のことは心の底から尊敬している。

 だけど、みんな知っているんだ。
 嫌なことをしたら嫌なことが返って来るって。
 人間を襲ったら、いつかは自分も同じ目に遭う。それは自分かもしれないし、家族かもしれない。
 誰だって自分の大切な人に傷ついて欲しくない。

 だから俺達は魔王様の命令には従わず、森の奥で平和にのんびりと暮らす道を選んだ。


***


 俺の家は洞窟の中だ。苔がほどよく生えたじめじめとした居心地のいい家。 
 他の連中からは「暗い」とか「湿気がある」とか不評の家だが、きちんと綺麗に片付けてあるんだ。

 いつか、子分ができたときのためにって……。

 家族は巣立ちの時を迎えたらいつか離れてしまうけど、親分と子分の関係ならずっと一緒にいられるだろう?

 大人の人間は反撃に遭いそうだから無理そうだけど、こんなちっさな子供だったら……今のうちから恩を売っておけば俺の子分にできるんじゃないか?
 こいつを助けたのは、そんな下心によるものだ。それ以外にはないっ。

「ま、今日がその『いつか』ってことだな。綺麗に片づけておいて良かったぜ」

 地面に寝かせるのはかわいそうだから、特別に俺のベッドを使わせてやった。こいつは小さいから俺のベッドでも充分だ。
 子供の隣に滑り込むと、体をぷるぷる広げて火傷を負った子供の腕ごと包み込む。
 まだ小さなその身体は、熱くて、痛々しくて……それでも震える指先が、俺を求めるみたいにすり寄ってくる。

「はあ……ったく、まだ小さいくせに、こんなになって……。可哀想になあ」

 柔らかく、ちょっと冷たい自慢のぷるぷるボディで火傷の部分を冷やしてやる。
 俺の体液には微弱な再生力がある。たいしたことはできねぇけど、せめて痛みだけでも和らげばいいと思った。

「どうだ……すごいだろ。な、ルピン様に感謝しろよ。目が覚めたら俺の子分にしてやるからな」

 そんなことを言いながら、心臓がどくん、と跳ねた。
 子供の眉が、ふっと緩んだ気がしたから。
 苦しいの、少しは和らいだか?

「……お前、なんで俺がこんなに色々してやってるのか、わかるか?」

 俺は誰にともなく、そう呟いた。

「お前を生かしたいって、本気で思ってるからだよ」

 誰にも言えない本音だった。


 朝靄が薄く漂う中、俺はじっと『子分』の寝顔を見つめていた。

 昨日より顔色はいい。熱も少し下がった。呼吸も穏やかだ。
 俺の体液、効いたってことだな。ふふん、さすがはこの俺、ルピン様。
 スライムは最弱だなんて言われているけど、そんなことないよな。
 少なくとも俺は他のスライムとは違うんだ。
 癒しの力なんてそうそう他のモンスターも持っていないんだからな。

「……もうちょっとで、目ぇ覚ますか?」

 そんなことを呟いた瞬間――

「……ん、ぁ……」

 子供のまぶたが、ぴくりと動いた。

「ひょえっ」

 俺は反射的に体をすぼめて、ぴょんっと跳ねた。
 びっくりしてんじゃねぇよ、俺。相手は子供だ、それもまだ小さな。
 けど、心臓がうるさいくらい鳴ってた。

「お、おい。起きたのか?」

 小さな目が、ゆっくりと開いた。
 焦点が合わずにぼんやりしてたけど、俺の姿を見つけた瞬間――

「あ……きれい……」

 って言った。
 その一言で、心臓止まるかと思った。
 きれい、きれいだってぇ!?

「な、なっ……! お、お前な、いきなり何言ってんだよ! 俺は“きれい”とかそういうのじゃねぇし!」

「……ぷるぷるで、光ってて……ふわってしてる」

 なんだよこいつ、意識もうろうとしてるのか……?
 けど、その紫の目は澄んでて、真っ直ぐに俺を見ていた。

 それにふわふわの金色の髪は、この薄暗い洞窟の中でも光をまとって見える。まるで天使みたいに、汚れのない顔をしてた。
 綺麗なのはお前の方じゃん。
 そわそわとせわしなく体が揺れてしまう。

「な、なんだお前。……か、可愛すぎんだろ……」

 子供はちょっと首をかしげて、俺のほうにすり寄ってきた。胸がほわんと温かくなる。
「もうこいつ、俺の子分にするしかねぇな」って、改めて心が即決してた。

「なぁ、お前、名前は?」

「……シオン」

「ふーん。シオンね」

 ルピンとシオン。何だか名前の感じも親分と子分みたいですごくぴったりだ。
 こいつは俺の子分になるために生まれて来たんじゃないだろうか。きっとそうに違いない。

 頭がハッキリしてきた様子のシオンに村が襲われた経緯を聞いてみたが、残念ながらシオンはその時のことをほとんど覚えていないらしい。
 ショックで記憶を無くしたってことか?

 でも、無理もないかもな。
 あの村の惨状はこの俺ですら目を背けたくなるものだった。

 まだ小さいシオンに自分の名前以外の記憶が無いのは良かったことなのかもしれない。
 たぶんシオンの家族とかも……もう。シオン以外はいなくなってしまったに違いない。
 あんな辛いこと、忘れてしまった方がいいに決まってる。

 記憶がないことで不安そうに瞳を揺らしているシオンに告げる。

「よし、お前、今日から俺の子分な」

「……こぶん?」

「そーだよ。俺はルピン様。お前を助けたすっげぇかっこいいスライムだ。俺のことは親分って呼べ」

「おやぶん?」

 親分と子分の意味をよく分かっていないのか、シオンは不思議そうに首をかしげている。

「これからは親分のルピン様がお前のことを守ってやるからな」

「……ルピン、やさしい」

「なっ……バカ言え!」

 そこはやさしいじゃなくて、かっこいいって言うところだろ!?
 親分、かっこいいって! 親分すごいって!
 口を開きかけて、なんて言おうとしたのか、わかんなくなった。
 シオンの手が、そっと俺に触れたから。

「ルピンの体は冷たくて、あったかいね……不思議」

「……俺様のぷるぷるボディに触れるなんて光栄に思えよ。お前が、俺の子分だからな。特別だ」

「子分だから特別なの?」

「そうだ」

「じゃあ、僕、ルピンの子分でいいよ」

「そうか、そうか。俺の子分になれて嬉しいのか!」

 体だけでなく心までもがぷるぷると揺れる。
 俺はとうとう憧れの子分を持てて、親分になれた。
 こいつのことは大切な子分としてきっちり大人になるまで見守ってやるからな。

 それだけじゃない、大人になってからもずっと。
 だって親分と子分はずっとずっと一緒だからだ。絶対に離れない。

 そっぽを向きながら、そっと、自分のぷるぷるした身体を少しだけ広げて、小さな手を包んだ。





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