32 / 46
六道編
11.手放すことができない
しおりを挟む
己の命が、もうじき失われることを六道は自覚している。あと数日、もう死はすぐそこまで迫っている。
雪隠れの里を出た時に覚悟していたことだ。
幼い頃の夜斗によって呪いをかけられ、その呪いは長い年月をかけてゆっくりと六道の身を蝕んだ。
雪隠れの里にいた時に、たびたび影丸から離れなければならなかったのも、呪いを解く方法を探していたのと、清浄な空気に触れることによって呪いの進行を遅らせていたためだ。
だがこれは根本的な解決には至らなかった。
夜斗が自分に呪いをかけた理由は明白だ。
反魂の術を使って魂を戻した際に、千影の記憶が消し飛んだ。別人のようになった千影を見て、夜斗は別の魂がその中に入ったと思い込んでいる。
だからこそ夜斗は六道を、影丸を憎んでいる。
だが影丸は紛れもなく千影だ。
それは断言できる。
そのことを夜斗に伝えることはできない。千影の死の理由から説明しなければならなくなる。
お前のせいで千影は一度死んだのだと言えたら良かったのに。
千影がそれを望まなかった以上、本当のことを伝えることはできない。
この呪いを払う方法は二つ。
かけた本人が解くか、影丸にかつて六道が奪った呪いの力を戻して払ってもらうというもの。
そしてそのどちらも実現不可能な道だ。
深く六道を恨む夜斗が呪いを解くわけがないし、影丸に呪いを戻すことなど論外だ。戻すぐらいなら初めから奪ったりしていない。
六道にかつての完全な力があれば打ち払うことができたかもしれない。だが、今や魂の半分を失った身だ。その道も選べない。
このまま死を受け入れるしかないのだ。
里を離れ夜斗から離れた分、呪いはますます強力なものとなって六道の身を蝕む。
黒き炎のような呪いの力が六道の身を締め上げている。
あの里で今も過ごしていれば、もう何年かはこの身も保つことができただろう。影丸の成長をあと少しだけ傍で見守ることができたのだ。
だが、そうしていられない事態が起こってしまった。
影丸が里の者に凌辱されそうになった。
彼らは常々影丸に執着していた。整った容貌の影丸が、薄汚い劣情の標的になるのは時間の問題だったのだ。
恐れていたことが、起こってしまった。
命を縮めることになろうと、これ以上あの里に影丸を置いておくことはできなかった。
自分が死んだら、影丸はどうなるのだろう。
生きる術は授けた。
影丸を託せる者が現れることを願い続けていた。自分がこの世から居なくなっても、影丸の隣に立ち、傍で見守ってくれる存在を。
駿河という鬼の男の姿が脳裏に浮かんだ。
あの者が影丸に関心を示しているのは分かったし、今はまだ友情のような感情がいずれ深い愛情に変わるのにそう時間はかからないだろう。
駿河になら託せる。
そう思っていた。
しかし実際には出来ると思っていたことが、どうしても出来なかった。
影丸の思いを感じた時から、手が離せなくなってしまった。
六道が影丸を抱くことは決してできない。奪った呪いの力を戻してしまうから。
若竹が成長するように、影丸はすくすくと成長した。日に日に影丸が成長するのに伴って思いも募っていった。触れたいと思ったのは一度や二度ではない。
それでも耐えられたのは師と弟子の関係を貫いていたからだ。この関係は居心地が良く満足していた。このままでいいと思っていた。
その関係が変わったのはあの日、影丸が襲われた日。
師と弟子でしかなかったこれまでの触れ合いが、あの日境界線を越えた。
媚薬を使われ、男達に触れられた肌をそのままにしておけなかった。触れずにはいられなかった。襲われた忌まわしい記憶を影丸の中に少しも残しておきたくない。上書きするように、肌に触れた。
六道の腕の中で震え、乱れる影丸がたまらなく愛おしかった。
そしてその日を境に自分に向けられる影丸の視線も変化した。
確かな愛を感じる。
六道が影丸を愛しているように、影丸もまた同じ思いを抱いてくれているのだ。
欲してやまなかったものだ。
それなのに、応えることができない。
影丸を置いて逝ってしまう自分が、どうしてその思いに応えることができるだろうか。
誰かに託すこともできず、かといって思いに応えられもせず。
かつては自分を置いて影丸が去って逝くことを心配していたのに、今は逆となってしまった。
愛してやまない影丸を、一人この世に置き去りにしてしまうことが辛くて、苦しい。
どうして共に生きることができないのだろう。
影丸もまた師弟の関係性が壊れるのを怖れ、思いを隠そうとしている。あの子から自分に思いを伝えてくることはこれから先もないだろう。
それをいいことに、六道はその思いに気付かない振りをした。
互いに背を向け、心を隠し続けた。
雪隠れの里を出た時に覚悟していたことだ。
幼い頃の夜斗によって呪いをかけられ、その呪いは長い年月をかけてゆっくりと六道の身を蝕んだ。
雪隠れの里にいた時に、たびたび影丸から離れなければならなかったのも、呪いを解く方法を探していたのと、清浄な空気に触れることによって呪いの進行を遅らせていたためだ。
だがこれは根本的な解決には至らなかった。
夜斗が自分に呪いをかけた理由は明白だ。
反魂の術を使って魂を戻した際に、千影の記憶が消し飛んだ。別人のようになった千影を見て、夜斗は別の魂がその中に入ったと思い込んでいる。
だからこそ夜斗は六道を、影丸を憎んでいる。
だが影丸は紛れもなく千影だ。
それは断言できる。
そのことを夜斗に伝えることはできない。千影の死の理由から説明しなければならなくなる。
お前のせいで千影は一度死んだのだと言えたら良かったのに。
千影がそれを望まなかった以上、本当のことを伝えることはできない。
この呪いを払う方法は二つ。
かけた本人が解くか、影丸にかつて六道が奪った呪いの力を戻して払ってもらうというもの。
そしてそのどちらも実現不可能な道だ。
深く六道を恨む夜斗が呪いを解くわけがないし、影丸に呪いを戻すことなど論外だ。戻すぐらいなら初めから奪ったりしていない。
六道にかつての完全な力があれば打ち払うことができたかもしれない。だが、今や魂の半分を失った身だ。その道も選べない。
このまま死を受け入れるしかないのだ。
里を離れ夜斗から離れた分、呪いはますます強力なものとなって六道の身を蝕む。
黒き炎のような呪いの力が六道の身を締め上げている。
あの里で今も過ごしていれば、もう何年かはこの身も保つことができただろう。影丸の成長をあと少しだけ傍で見守ることができたのだ。
だが、そうしていられない事態が起こってしまった。
影丸が里の者に凌辱されそうになった。
彼らは常々影丸に執着していた。整った容貌の影丸が、薄汚い劣情の標的になるのは時間の問題だったのだ。
恐れていたことが、起こってしまった。
命を縮めることになろうと、これ以上あの里に影丸を置いておくことはできなかった。
自分が死んだら、影丸はどうなるのだろう。
生きる術は授けた。
影丸を託せる者が現れることを願い続けていた。自分がこの世から居なくなっても、影丸の隣に立ち、傍で見守ってくれる存在を。
駿河という鬼の男の姿が脳裏に浮かんだ。
あの者が影丸に関心を示しているのは分かったし、今はまだ友情のような感情がいずれ深い愛情に変わるのにそう時間はかからないだろう。
駿河になら託せる。
そう思っていた。
しかし実際には出来ると思っていたことが、どうしても出来なかった。
影丸の思いを感じた時から、手が離せなくなってしまった。
六道が影丸を抱くことは決してできない。奪った呪いの力を戻してしまうから。
若竹が成長するように、影丸はすくすくと成長した。日に日に影丸が成長するのに伴って思いも募っていった。触れたいと思ったのは一度や二度ではない。
それでも耐えられたのは師と弟子の関係を貫いていたからだ。この関係は居心地が良く満足していた。このままでいいと思っていた。
その関係が変わったのはあの日、影丸が襲われた日。
師と弟子でしかなかったこれまでの触れ合いが、あの日境界線を越えた。
媚薬を使われ、男達に触れられた肌をそのままにしておけなかった。触れずにはいられなかった。襲われた忌まわしい記憶を影丸の中に少しも残しておきたくない。上書きするように、肌に触れた。
六道の腕の中で震え、乱れる影丸がたまらなく愛おしかった。
そしてその日を境に自分に向けられる影丸の視線も変化した。
確かな愛を感じる。
六道が影丸を愛しているように、影丸もまた同じ思いを抱いてくれているのだ。
欲してやまなかったものだ。
それなのに、応えることができない。
影丸を置いて逝ってしまう自分が、どうしてその思いに応えることができるだろうか。
誰かに託すこともできず、かといって思いに応えられもせず。
かつては自分を置いて影丸が去って逝くことを心配していたのに、今は逆となってしまった。
愛してやまない影丸を、一人この世に置き去りにしてしまうことが辛くて、苦しい。
どうして共に生きることができないのだろう。
影丸もまた師弟の関係性が壊れるのを怖れ、思いを隠そうとしている。あの子から自分に思いを伝えてくることはこれから先もないだろう。
それをいいことに、六道はその思いに気付かない振りをした。
互いに背を向け、心を隠し続けた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
126
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる