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第三章「246911」
第17話「星の輝きは優しさを照らす」
しおりを挟む「…」
天音はいつものように地下室にこもり、武器の手入れをしていた。今磨いているのはライトニングガンという光線を放つ銃型の武器だ。天音は銃口にこびりつく埃を布で綺麗に拭き取る。地球に来てから平和な生活が続き、銃を握ることはほぼ無くなった。敵がいなくなった訳ではないが、誰からも付け狙われる恐れのない生活が続き、今は一時の安心感に浸ることができる。銃口にこびりつくこの埃は、自分達の平和の証。手入れを怠れば威力が下がってしまうが、それを拭き取ってしまうのもどこか気が引けた天音。
「ヤバッ、もうこんな時間!」
腕時計で時刻を確認する天音。時刻は午後7時を迎える頃だ。地下室にこもっている場合ではない。夕食を作らなければ。日頃からハルと二人で交代で作っている。今晩は天音の担当だ。天音はライトニングガンを机に置き、階段へと走る。狭い階段を上りながら今晩の献立を考える。
「ごめんハル!すぐ作るから…って、あれ?」
地下室から顔を出すと、いつも居間にいるはずのハルの姿がなかった。あるのは先程まで彼女が被っていた布団だけだった。確か伊織と一緒に看病をして、ハルが寝静まってから地下室へ行った。その後に二人でどこかに出掛けてしまったのか。玄関を確認すると、ハルのスニーカーが無くなっていた。
「…」
天音はハルの変化を思い返す。あの伊織という少年と仲良くなってから、ハルはいつも彼と行動を共にする。よく家に彼を連れ込む。人目を避けるためにこの山奥に住んだものの、伊織にだけは心を開いて接している。それ程伊織の影響は凄まじいものだったのだろう。今まで人を信じられなかったハルが、学校での出来事を笑顔で話してくれるようになった。その話の中心にはいつも伊織の存在がある。
しかし、だからこそ天音は心配になる。ハルと関わるということは、いつしか彼女の過去を知り、その重荷を背負ってまでもハルと関わり続けることができるかどうかが問題だ。10年以上彼女と生活を共にしてきた自分だからこそわかる。ハルと共に生きるのは容易ではない。伊織がどれだけ心優しい少年であるとしても、彼女の壮絶な過去を知り、以前と変わらず接していく覚悟が果たしてあるだろうか。
ファサッ
天音は白衣を脱いでエプロンに着替える。冷蔵庫の野菜室から料理に使う野菜を引っ張り出し、まな板に並べる。伊織にはハルがこれ以上能力を使わないように言ってほしいと頼んだ。もし彼の前でハルの中に眠るあの姿をさらけ出してしまったら、彼はどんなに絶望することか。それを防ぐためにも、ハルにはこれ以上能力を使わせるわけにはいかない。
ジャー
水でニンジンやピーマンを洗う。ハルの安否を考えると、温水であっても手が突き刺されるように冷たく感じる。これ以上自分達の生活が脅かされぬよう、祈るように天音は蛇口をひねって水を止めた。ハルはどこへ行ってしまったのか。
* * * * * * *
「ハルさん、本当に寝てなくて大丈夫?」
「うん、もうすっかり治ったよ」
あれからハルさんは看病してくれたお礼がしたいと言って、僕を家の外へ連れ出した。さっきまで寝込んでいたのに、急に元気になって山道をすいすいと下っていく。優れている時と病弱な時の差が激しい。ハルさんの体は一体どうなっているんだろう。
「こっちだよ」
僕らは山を進んだ後、ハイキングコースに沿って下りていく。時刻は午後7時に差し掛かる頃だ。そろそろ家に帰らないといけない時間なんだけど…どこに向かってるんだ?
ザサッ
山道を下っていくと、街を見渡せる開けた草原にたどり着いた。ここは確かハルさんと超能力で空中浮遊を楽しんだ場所だ。夜でも春の野草の可愛らしさがはっきりと見えた。しかし、それよりも目を引くものに、僕らは心を奪われていた。
「わぁぁぁ…」
それは真っ暗な空に張り付く無数の星だった。目に痛くないくらいの眩い光が、ビーズをばらまいたように遥か上空に美しく広がっている。プチクラ山は元々星が綺麗に見えることで有名だったけど、ここまで綺麗に見えるなんて知らなかった。この山の空気はかなり澄んでいるようだ。
「これを見せたかったんだ」
「すごい…」
ハルさんは山の中に住んでいる。晴れている限り、この星空をいつでも見られるのだという。確かにこれは見事なものだ。頭を下げたくなくなる。それにしても不思議だ。星空は何度も見慣れたものだと思っていた。だがハルさんと今この星空を見て、初めてこの美しさを純粋に楽しむことができた。今までは星にさえも嫉妬してしまう程、自分の存在にとてつもなく劣等感を抱いていたから。
「星を見てるとさ、今まで思い悩んでたことなんかちっぽけに思えてこない?」
「確かに、なんてくだらないことで悩んでたんだろうって思うよ」
星の輝きは何十年と進んだ遥か遠くから放たれる。そんな遠くからでも自らの輝きを見せつける。星一つ一つに違う輝きがあって、どれも美しい。そんな星のように、人間だって誰もが一つ一つ違う輝きがある。他の誰にもない魅力を持っていて、唯一無二のかけがえのない存在だ。それを星が教えてくれているような気がする。こんな大切なこと、ハルさんと出会う前の僕には気づけないだろうなぁ。
「私もずっと思ってたんだ。自分はなんで生きてるんだろうって。こんな何の魅力もない自分が生きてる理由なんてないんじゃないかって。誰かに恨まれたり、存在を否定されてばかりの自分は、このまま生きてちゃダメなんじゃないかってね」
「え?」
「でもね、今ならよくわかる。この無数の星のどこかに、この広い世界のどこかに、自分の存在を認めてくれる人は必ず現れる。あなたは生きてていんだよって、私に生きる意味を教えてくれる人に必ず会えるって」
ハルさんはまるで自分が生きてはいけない人間であったかのように自分を語る。そんな人間なんかいるわけないのに。そう思ったけど、昔の僕だって同じことを考えていたことに気づく。そうか、僕とハルさんは似た者同士だったんだ。お互いに自分の価値を認めてくれる人を探していた。
「私にとって、それはきっと伊織君だったんだと思う」
「ハルさん…」
「本当にありがとね」
僕がハルさんの生きる理由?そんな大げさな…。僕だってハルさんにはすごく助けられている。ならばハルさんも僕の生きる理由、そう言えるはずだ。
「伊織君、私…君にまだ隠してることがあるの」
「隠してること?」
それは超能力のことだろうか。それとも、自分が今まで劣等感を感じて生きてきた理由か。はたまた、こんな山奥に人目を避けて住んでいる理由か。思い返せば、ハルさんは数々の謎を抱えている。
「私はもっと君と仲良くなりたい。もっともっと、絆を深めたいの。だから話すね。私の秘密全部…」
「…うん」
何に感化されたのか。ハルさんは自分の隠している秘密を明かしてくれるという。いよいよこの時が来たか。僕は何事も受け入れる準備をする。ハルさんとこんなにも知り合えた今なら、どんな秘密でも僕はきっと受け止められる。
「実は私…」
「あら?保科君と青樹ちゃんじゃない」
ハルさんが口を開いた瞬間、草原の暗闇から声がした。なんという絶妙なタイミングなんだ。僕らは声がした方へ顔を向ける。誰かいるのか。
「こんなところで会うなんて奇遇ね。あなた達もUFO見に来たの?」
そこにいたのは、なんと花音会長だった。僕の作詩の趣味を、断りもなしにクラスメイトに言いふらした本人だ。まぁ、そのことはもうどうでもいいんだけどね。花音会長は黒いテントを張り、アウトドアチェアに腰掛け、ブランケットにくるまっている。
「UFO?」
「僕達は星を見に来たんだよ」
「へ~、まぁ確かに綺麗よね。この山でキャンプするようになってから、天気の悪い日以外に星が見えなかった夜は無かったもの」
どうやら花音会長はプチクラ山に定期的にキャンプしに来ているようだった。結構アウトドアな趣味を持ってるんだな。文学少女的なイメージがあったから、インドア派だと思っていた。でも、さっきUFOって言ってたような…。
「ねぇ、UFOって何のこと?」
「知らないの?最近七海町の上空で目撃されるようになったのよ。一昨日なんかプチクラ山の上空に出たってネットで噂になってるわよ。謎の赤い発光体が点滅しながらゆっくり山の陰に隠れたって」
そういえば、LINEニュースでそういう記事を見かけたような気もする。新作の詩のアイデアを考えるのに夢中になっていたから、完全にスルーしていたけど。まさか七海町でのも目撃情報だったとは。花音会長の横には、UFOを探すために用意したであろう天体望遠鏡が設置してある。それにしても未確認飛行物体のニュースが多過ぎやしないか。なんで七海町に目撃情報が集中しているのか。何かとオカルトチックな話題を抱えているな、この町は。
「んで、わざわざこうやって望遠鏡を持ってきて探してるんだけど、全く見つからないわね。結局いつもただの天体観測キャンプになってるわけ」
「そうなんだ」
「ほんと、落ちてきそうなくらい綺麗よね。あっ、流れ星が見えてもお祈りなんてしない方がいいわよ。痛い目見るから」
「え?」
「特に神様にはね♪」
「はい?」
謎の注意喚起をする花音会長。流れ星に願い事をすると叶うと言われているけど、それで痛い目を見るとはどういうことだろうか。夢見るだけ無駄だとでも言いたいのか。何か嫌な記憶でもあるのかな。それに神様って何?
「それにしても、本当に綺麗だね」
「う、うん…そうだね…」
横目でハルさんを見ていると、彼女の眉が垂れていることに気づいた。少し元気が無くなってないか?花音会長に話を遮られたことが気がかりなのだろうか。さっきのハルさんの秘密をもう一度聞き出したいところだけど、いつまでも目線を上げている彼女の虚ろな姿を見ると、聞くに聞けなくなってしまった。まるで涙が流れるのを防ぐように、頭を上げるハルさん。
「…」
これは彼女の問題だ。彼女の口から出てくるのを待つとしよう。彼女にとって、自身の抱えている秘密は本当に後ろめたいもので、話すのにそれなりの勇気がいるものだと、彼女の瞳が物語っている。ならば、ハルさんが落ち着いて話せる万全の態勢を待つのがいい。僕もそれまで何事も受け入れる心構えをしておくべきだ。
僕はもう一度、天井に張り付くように輝く無数の星々を眺める。こんなバラバラの星でも、それぞれが独特の美しさを持っていて、それが繋がって星座になったりするんだよね。まるで出会ったばかりの人と人が仲良くなって、絆を深め合って友達になるように。
「…ねぇ、ハルさん」
「何?」
「僕、いいこと思いついちゃった」
「え?」
「天体観測…?」
石井先生は花音会長の前で首をかしげる。今の説明では少々理解が追い付かないらしい。
「クラスメイトみんなでプチクラ山に集まって、一緒に星空を見るんですよ」
ハルさんの暴力の件で、クラス内の空気がギスギスしている。ここは一度、みんなで再度親睦を深め合うイベントを催した方がいいと考えた。そこで星空観測会だ。星の美しさを堪能して、くだらない悩みなんか忘れてしまおう。もう一度クラスメイト同士の信頼を取り戻して、改めて友達として仲良く生活していこう。そう考えて立ち上げた。
…ちょっと楽観的過ぎるかな?
「それは3年2組のみんなで行くのかい?」
「そうです!今一度クラスの秩序を取り戻すいい機会だと思うんです」
「石井先生も一緒にどうですか?」
「なかなか面白そうだね。ぜひ参加させてくれ」
「やった!」
石井先生が承諾してくれた。他のクラスメイトも、麻衣子や満君の協力で今頃勧誘を受けている頃だろう。気の優しいみんなならきっと来てくれる。あの子がちょっと心配だけど。
「そうそう、一つ提案なんだけど」
石井先生に促され、花音会長は先生に耳を貸す。
「みんな浴衣で参加するってのはどうだい?」
「おぉ、それいいですね!なんか夏っぽい♪」
いや、今は春ですけど。僕は心の中でツッコミを入れた。浴衣か…確かにいいアイデアだ。ということは、ハルさんの浴衣姿も見られるということか?
「…///」
「保科君、何赤くなってんの~?」
僕はとっさに手で顔を隠す。いけない想像をしてしまい、心の中でハルさんに謝る。変なこと想像しちゃってごめんね…ハルさん。でも、ハルさんの浴衣を誰よりも楽しみにしているのは、紛れもない僕の本年だった。
星空観測会は明日の夜だ。
* * * * * * *
「わぁ~、美咲の浴衣綺麗~♪」
「綾葉のも綺麗だよ~」
予定通り、金曜日の午後8時に七海町立葉野高校3年2組の生徒は、プチクラ山の草原に集まった。女性陣はそれぞれ友人が着てきた浴衣を誉め合う。男性陣は満が用意したサンドイッチ、おにぎり、クッキーなど、手軽に楽しめる手料理を堪能する。
「ん~♪うまい!満、結婚してくれ」
「もう…裕介君ったら食べ過ぎ。ちゃんと星空も見るんだよ」
「わかってるって。めちゃくちゃ綺麗だな~」
クラスメイトは手料理片手に星空を眺める。誰もが星々の美しさに圧倒され、目が釘付けになっている。テストで思うような点数が取れなかったり、小さな諍いで友人との間に距離ができてしまったり、日頃から小さな悩みを抱える生徒だが、星空の美しさの前では忘れ去ることができた。自分はなんてくだらないことで悩んでいたんだろう。どこまでも広がるビーズの輝きは、忙しない日々を生きる生徒達に明日への希望を与えた。
「伊織とハルはまだかしら…」
今行くと連絡が来たスマフォ画面を見つめる麻衣子。彼女も恥ずかしがりながらも浴衣を着てきた。特に見せる相手が伊織しかいないため、主催者のくせに遅れてくる彼に怒りをぶつけた。
ピロン
『何してんのよ。ハルとイチャイチャしてないでさっさと来なさい!💢』
「なんでハルさんと一緒にいるのがバレてるんだ…?」
伊織は麻衣子からの催促のLINEを見て、背筋が軽く震え上がる。今はハルの家の前で彼女の浴衣の着付けを待っているところだ。家の裏にある物置小屋から浴衣を引っ張り出し、天音に着付けを手伝ってもらっている。やけに時間がかかっている。
キー
玄関のドアが開き、中からハルと天音が出てきた。
「あぁ…///」
ハルの姿を見た途端、伊織の頬は秒で赤く染められ、心臓の鼓動が瞬く間に跳ね上がった。信じられないくらいに似合っている。まるで浴衣が彼女の美しさを引き立たせるためだけに存在する衣服のように感じられる。大きな向日葵が刻印されたオレンジ色の華やかな浴衣。ハルの茶髪にとても合っている。照れくさそうに目線を反らす仕草が、彼女の気品さを際立たせる。
「伊織君…どうかな?///」
「すごく似合ってる!とても可愛いよ!」
「ありがとう…///」
「麻衣子が早く来いって騒いでるんだ。行こうか」
「うん…」
伊織はとっさにハルと手を繋ぐ。あまりにも自然に繋いだため、我に帰って離してしまった。急に触ったりしたら迷惑がられたりしないだろうか。
「あっ、ごめん…///」
「ううん、いいよ…///」
そう言って、ハルは手を繋ぎ直した。伊織はハルの頬が赤く染まっていることが気になったが、着なれない浴衣に恥ずかしがっているのだと考えた。対する自分はハルと手を繋ぐ恥ずかしさに耐えながら山道を進んだ。
「すぐに帰ってくるのよ?」
「はーい」
ハルは天音に手を降る。天音は何事もなくクラスメイトとの時間が過ぎ去ることを祈った。
「伊織、遅いわよ!」
「ごめんごめん、ハルさんの着付けに時間が…あ、いや何でもない」
「は?」
遅刻の理由を、ハルの浴衣の着付けに時間がかかったことにすると、まるで彼女に責任を擦り付けているような気になり、罪悪感を感じた伊織。
「ところで、なんで手繋いでんの?」
「え?あぁ!」
伊織とハルはとっさに手を離す。もじもじする二人の態度を見て、何かを悟った麻衣子。それ以上追及することを止めた。
「ハルちゃん!」
「え?」
麻衣子の後ろから、凛奈と陽真が顔を出した。凛奈は菊を刻印した白い浴衣を着ている。にっこりと笑うその顔は、頬にガーゼが張ってあった。ハルが超能力で付けた傷だ。ガーゼだらけの頬で無邪気な笑みを浮かべる凛奈に、ハルは改めて罪悪感を抱く。顔を合わせるのが辛い。
「凛奈ちゃん…」
「その浴衣すごく似合ってるね!」
「うん、ありがとう。凛奈ちゃんも可愛いよ」
「えへへ…ありがとう♪」
自分の頬をガラスの破片で切りつけるという、残虐な暴力を振るってきた相手にも関わらず、凛奈はそれを無かったかのようにハルに明るく接する。
「凛奈ちゃん、あの時は本当にごめんね…」
「もういいんだよ。ハルちゃんがわざとやったわけじゃないことはわかってる。何を思ってあんなことをしたかは知らないけど、私はもう気にしてないよ」
「凛奈が許したから俺も許す。言っただろ、話はもう無しだって」
凛奈と陽真はハルの暴力に関しては完全に水に流すつもりだった。あれだけ酷いことをしたのに、その頬の怪我の痛みは計り知れないものであるだろうに、二人は快く許した。
「だからこれからも仲良くしよう、友達として♪」
凛奈はハルの両手を握る。心に詰まった罪悪感を吹き飛ばしてしまうくらいの満面の笑み。ハルは凛奈達の優しさに感動した。
「青樹さん…」
凛奈の後ろから、今度は玲羅が顔を出した。暴力を振るったハルに対し、グループとなって陰口を言っていたクラスメイトだ。彼女もちゃっかり浴衣を着ている。しかし、どこか申し訳無さそうにうつ向きながら呟く。
「その…ごめん。色々酷いこと言って」
「え?」
「この観測会に誘われる前、保科が言ってきたの。青樹さんに謝れって。青樹さんには何か事情があるんだって。暴力を振るったていう事実だけしか見ないで心もとないことを言うなって」
「伊織君が…?」
ハルは伊織の方へ顔を向ける。伊織は満とおにぎりを片手に、星を眺めながら語り合っていた。のほほんとしているが、ハルのために裏でクラスメイトを叱り、ハルが再びクラスメイトと仲良くなれるように取り繕っていたのだ。
「だから…ごめんなさい」
「私もごめん」
「本当にごめんね」
玲羅を慕っていたクラスメイトも、次々とハルに頭を下げる。今まで限られた人としか仲良くせず、内気なクラスメイトを見つけたらいじめのターゲットにしてきた玲羅が、ハルの目の前で頭を下げて謝罪している。
「いいよ、これから仲良くしてこ♪」
「それじゃあ…『ハル』って呼んでいい?」
「うん、いいよ。玲羅ちゃん♪」
ハルは玲羅と握手した。また一人、新たな友達ができた。もうハルの暴力の件をあれこれ気にする者はいなくなった。完全に肩の荷が下りたハル。再び伊織を見つめる。彼の助けが無ければ、こんなことは叶わなかっただろう。再びクラスメイトと笑い合えるなんて。
「綺麗だな…蛍ちゃん…」
「そうだね」
「でもこんな星空よりも、蛍ちゃの方が何百倍…いや何千倍…いや何万倍も綺麗だぜ!」
「ふふ♪ありがとう」
観測会には出男と蛍も来ていた。隣同士で星空を眺める。出男は固唾を飲み込み、自然な流れで蛍の右手に自分の左手を添える。
「なぁ蛍ちゃん…俺、蛍ちゃんと離れたくねぇんだよ。これからもずっと、ずーっと一緒にいたい」
「え?」
伊織、麻衣子、ハルの三人は、何やらいい感じの雰囲気の二人に気付き、テレパシーで念を送る。絶好のチャンスがやって来た。今こそ思いを伝える時だ。
「だって、蛍ちゃんのことが好きだから」
「出男君…」
「蛍ちゃん、好きだ!俺と付き合ってくれ!」
決まった。伊織達は心でガッツポーズをする。よくぞ思いを伝えた。心で出男の勇気を称えた。果たして、蛍の返事は…?
「うん、いいよ。これからよろしくね♪」
「よっしゃぁぁぁぁぁ!!!」
高らかに拳を上げる出男。告白は見事成功した。蛍もなんとなく彼の自分への熱い好意を察知していた。熱いアプローチに心を打たれ、恋人として付き合うことを承諾した。
「おめでとう、出男!」
「おめでとう、蛍ちゃん!」
「羨ましいやっちゃな~」
「リア充爆発しろ~」
告白が成功したところを見届けたクラスメイトは、蛍の承諾と同時に大きな歓声を上げた。いつの間にか星空観測会は、出男と蛍の交際開始の祝福祭になっていた。クラスメイトの恋は全力で応援する3年2組の生徒達。
「伊織君、本当にありがとうね」
「これもハルさんのためだよ。ハルさんが幸せに生活できるなら、僕は何だってする」
二人は草原に腰掛け手微笑み合う。伊織とハル、そして3年2組の生徒達は、改めて広大な星空を目に焼き付ける。この輝きは絶対に忘れないようにしよう。ハルは心に誓った。今こうして自身の信頼を取り戻し、仲間として一緒に星を眺めることができるのは、伊織のサポートがあったから。わざわざ陰口を言っていた生徒謝罪するよう要請したのだ。そこまでハルの信頼を取り戻すために行動したのだ。彼の優しさはもうハルの技量では計り知れない。
ドクンッ ドクンッ
まただ。伊織の横顔を眺めると、決まって心臓の鼓動が早くなる。伊織が好きだという気持ちが、自分の制御も効かずに加速する。同時にハルは伊織との行く末を懸念する。彼の優しさは非常にありがたいが、自分の秘密を知ったとしても、彼は果たして今まで通り優しく接してくれるのだろうか。
「…ハルさん、どうかした?」
「ううん、何でもない」
次々と秘密を明かすのを先伸ばしにするハル。話そうと思えば思う程、彼との距離が遠ざかってしまうような気がしてならない。まだ隠し遠そう。今はまだその時ではない。然るべき時が来るまで、この秘密は自分の中へしまっておこう。ハルは伊織への恋心も含め、自身の秘密を制御の効かない心の陰に隠した。そして再び星空を見上げる。
しかし、一分もしない内に視線が伊織の方へ向いてしまうハルだった。
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