コスモガール

KMT

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第四章「KANATA」

第23話「テトラ星へ」

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「…はっ!」

 私は目が覚めた。立ち上がろうとすると、両腕を手錠で繋がれていて引き戻された。どうやら椅子に座らされていたらしい。ここは…まだあの宇宙船の中か。

「…」

 確か私は…伊織君と一緒に森の中を逃げていて、伊織君がミュレグロウに襲われそうになっていたから、私がファルクで助けた。そして、ジアに体を奪われたんだ。

「…!?」

 そうだ、ジアは私の体で伊織君やアマンダさんを傷付けた。私はジアの頭に何度もやめてと呼び掛けた。それでも、私の体はジアの意識に従って攻撃を続けた。私の口が伊織君に心ない言葉を吐き捨てた。耐えられなかった。自分の口が自分の意志とは関係ない乱暴な言葉を吐き出すことが。

 そして、その口で私は…ジアはオリヴァとキスをした。嫌で嫌で仕方なかった。こんな男とキスしたくないし、抱き合いたくない。そう思っても私の体はジアのコントロールで勝手に動いてしまう。人格が切り替わっても意識を保っていられることが、まさかこんなに辛いことだなんて…。

「ジアに全部渡しちまえよ」
「オリヴァ!」

 いつの間にかオリヴァが私に近づいていた。駆け寄ろうと立ち上がるも、手錠で拘束されているために動けない。よく見てみると、椅子は私よりも大きく、とてつもなく重い金属でできていた。引っ張って動きそうにはない。

「前に言ったよな、テメェに生きる価値なんか無ぇんだって。このままジアに体を託して、お前は消えちまえばいいんだよ」
「嫌だ…そんなの嫌だ!」
「能力もうまく使いこなせないお前には何の価値も無ぇんだって」
「そんなことない! 伊織君が私に生きる理由を教えてくr…あぁっ!」

 ビリリリリッ!
 突如体に電気が流れる。私は体中を襲う痺れに悶絶する。手錠に電極が取り付けられていて、オリヴァの持つスイッチで自在に流せるみたいだ。しばらく電気を流しっぱなしにされ、地獄のような苦しみを味わう。

「ぐっ…あぁ!…やぁ…あぁぁ!!!」
「寝言は寝て言えよ。このまま息の根を止めるぞ」
「やめ…嫌…あぁ…」
「冗談だよ」

 オリヴァはスイッチを切り、体の痺れが収まった。意識が遠のいていく。命が途切れないギリギリの苦痛で済ませる辺り、彼の残虐性が伺える。ほんと、なんでこんな最低な男に騙されたんだろ…私…。

「今この体を殺したら、ジアまでいなくなっちまうからな。お前には意識だけ消滅してもらわなくちゃ」
「嫌だ…もうやめて…」
「やめられるかよ。 全面戦争の準備が整うまで、お前でたぁ~っぷり遊んでやるから、楽しみにしろよな♪」
「この…悪魔…」

 ビリリリリッ!

「あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 再び電流が私の体を痺れさせる。容赦ない攻撃に私の心と体はボロボロになっていく。

「あ…あぁ…」
「悪魔なのはどっちだよ」
「うぅ…」
「言っておくが、こんなのは序の口に過ねぇぞ。お前にもっと大きな苦痛を味わわせる手立てなら他にもあるからな。精々命繋いどけよ、ジアのために」

 オリヴァはスイッチを切ってその場から立ち去った。結局私の居場所なんてどこにない。行く先が真っ暗だ。悲しみに明け暮れながら、私は痛みのあまり気を失った。死んではいないのが自分でわかる。

 なんでこれが絶命じゃないんだろう。お願いだから楽にさせてよ…もう嫌だ…死にたい。私は伊織君からもらった大切なものを忘れてしまい、意識を失いながらも泣いた。









「…ここは」
「伊織君、起きた?」

 ハルさんの家の布団の中で、僕は目が覚めた。隣からアマンダさんが心配そうに僕を見つめる。気を失っていた間、僕を介抱してくれていたみたいだ。アマンダさんだってハルさんが連れ去られ、心に余裕が無いと言うのに…。

「すみません…」

 僕は起き上がり、アマンダに向けて頭を下げる。ハルさんが自分から能力を使うようになったのは、僕の書いた詩を読んだ影響だ。ハルさん自身が望んだとはいえ、僕も詩のインスピレーションをもらうために能力を使わせた。僕には責任が全くないとは言えない。むしろ、ハルさんが能力を使うのを一番近くで止められたのは僕かもしれなかったんだ。

 そして、秒で約束を破ってしまったことも悔やまれる。守ってやると誓ったのに、すぐに奴らにハルさんを連れ去られた。僕は約束を破った。何をやっているんだ…ハルさん一人守れないで、その上彼女を苦しめて…僕は最低な男だ。

「詩を書くためなんかに…ハルさんに能力を使わせて…ハルさんを苦しめて…挙げ句の果てには約束を破って…ハルさんを守れなかった…」

 ハルさんに自分の存在に自信を持てと言われたのに、段々僕は自虐的になっていく。今すぐ過去に戻り、詩を書こうとする自分を止めたい。能力を使おうとするハルさんを止めたい。考えても仕方ないことをひたすら考える。



「伊織君」

 アマンダさんは僕の右手に両手を添える。冷たい心を温めるように。

「言われたんでしょ、ハルに。自分の存在に自信を持てって。私も伊織君の詩を読んだわ。どれも素晴らしかった。ハルが称賛してた通りだわ」

 楽しい思い出を回想するように、アマンダさんは語りかける。

「ハルはたくさん誉めてくれたんでしょ、あなたの詩を。だったら後悔なんてしちゃダメよ。せっかく誉めてくれたのに。私から改めて言わせてもらうわ。自分の生み出す物に自信を持ちなさい」
「アマンダさん…」
「ハルがいつも私に言ってるわ。伊織君はすごい、作詩の天才だって。伊織君のおかげで毎日幸せだって。あなたが詩のことを諦めたら、ハルの幸せは成り立たないのよ」

 そうだ、ハルさんがせっかく誉めてくれたのに…僕はその詩を書いたことを後悔するなんて。ハルさんの称賛を踏みにじってしまうのと同じではないか。ハルさんが能力を使って苦しんだという事実にだけ目を向けて、自分を犠牲にしてまで僕の詩を書くのに協力してくれたハルさんの優しさを無かったことにしてしまった。心底ハルさんに申し訳ないな。

「地球に来てからハルと一緒に過ごしてる間、あの子はずっと笑わなかったわ。あんな壮絶な過去を背負ってるもの。それでも変わった。伊織君と会ってから。あなたの紡ぐ言葉の数々が、ハルの生活に彩りを与えた。あの子はよく笑うようになったわ。つまり、私にはできなかったことを、あなたは平然とやってのけたのよ」

 僕は詩を通して起きたハルさんの変化を思い返す。ハルさんは本当に楽しそうに僕の詩を読んでくれたな。きっと彼女の人生観を大きく変えることができたんだろう。あれだけ残酷な運命を強いられた過去を持っていながら、僕の詩を読んだだけで人生に希望を見出だせた。僕がハルさんを変えたんだ。

「だから、あなたはきっとハルを守れる。私には無理だった…ハルを運命から救うことは。でもね、なぜかあなたにはできるような気がするのよ」
「僕が…」
「ずっと一緒に暮らしてきた私じゃない。ハルの人生に真の意味で希望を与えた伊織君だからこそ、きっとハルを救える」

 なぜだろう、アマンダさんの励ましは、僕の心にとてつもなく勇気を与えてくれる。ハルさんの信頼するアマンダさんの言葉だからだろうか。

「だから手を貸してちょうだい。ハルを助けるために」
「アマンダさん……はい!」

 僕は今度こそ固く誓う。ハルさんを守ると。今度こそ…今度こそハルさんを守るんだ。テトラ星人の魔の手から。守れるのは僕だけ…ハルさんのことを一番理解している僕だけ。

 僕は外に出て、まだ点々と輝く星空を眺める。あの星のどこかにハルさんはいるのだろうか。僕は星と彼女に誓う。

「ハルさん…待ってて。必ず助けに行くからね」






 時刻は午前5時24分。遠くの山から太陽が顔を出す。旅立ちの朝だ。差し込む光が僕の誓いの意を強める。

 ザッザッザッ

「伊織」

 麻衣子の声だ。僕は後ろを振り向く。翌日の朝早くに、僕は麻衣子、出男君、蛍ちゃん、玲羅さんの四人をハルさんの家に呼んだ。ハルさんの事情も伝えて。ミュレグロウの襲撃に遭った麻衣子達なら信じてくれると踏んで。こうして足を運んだということは、話したことを全て信じ、ハルさんの救出に協力してくれるということか。

「みんな…来てくれたんだね」
「正直まだ信じられないけど、ハルがピンチだって言うなら行くしかないでしょ。私達の大切な友達なんだから」
「クラスメイトのピンチに駆けつけなくてどうするってんだ!」
「今度こそ、助けてくれたお礼がしたい」
「私はハルに謝りたい。酷いこと言ったのを。そのためにも助けるから」

 みんなそれぞれハルさんから何かしらの影響を受け、彼女の救出のために闘志を燃やす。待ち受けるのは得体の知れない宇宙人。下手すれば命を落とすかもしれないというのに、来てくれた。やっぱりみんなは優しい人達だ。この人達がクラスメイトであることを、僕は誇らしく思う。

「みんな、本当に覚悟はいい?」

 アマンダさんがハルさんの家の玄関から出てくる。腰にライトニングガンを携えて。みんなは静かに頷き、僕も決意を固めて頷く。

「それじゃあ行くわよ。テトラ星に!」

 ピッ ウィーン
 アマンダさんはリモコンのスイッチを押す。すると、家の裏から何かが開いたような音がする。向かってみると、地面がシャッターのように開き、そこから大きな宇宙船が姿を現す。全長8メートル程の楕円体の灰色の宇宙船だ。さらに地面が大きく開き、今度はその宇宙船を空へと飛ばすロケットが出てきた。宇宙船よりも遥かに大きい。全長30メートルといったところだろうか。

「すっげ~♪」

 出男君はロケットを眺めて興奮する。男の子はこういうもの好きだってよく言うよね。

「これ…アマンダさんが作ったんですか?」

 麻衣子が顔を上げながら尋ねる。

「そう、もし奴らが地球を攻めてきた時に脱出するためにね」

 それじゃあ、ハルさんも詳しく知らないと言っていたアマンダさんの実験は、このロケットの開発だったのか。恐らく宇宙船の方は地球にやって来た時に乗っていたものと同機体だろう。地球に来てから今日まで、約1ヶ月しか経っていないのに。テトラ星の技術はすごいなぁ。

「昨晩は奴らの襲撃があまりにいきなりだったから、ハルを乗せて逃げる余裕が無かったけどね」
「これに乗るんですね…」

 この宇宙船に乗って、僕らは宇宙に出る。テトラ星まで行って、ハルさんを奪還する。何度聞いてもぶっ飛んだ計画だ。

「宇宙に行くなんて始めだぜ。緊張すんなぁ~」
「出男君、遊びに行くんじゃないのよ」

 子どものようにはしゃぐ出男君を、母親のようになだめる蛍ちゃん。正直僕も心が踊っている。死ぬ前に一度でもいいから宇宙に行ってみたかった。どれほど不思議な空間が広がっているだろうか。詩のインスピレーションも湧きそうだ。しかし、今回はハルさんの救出が目的。浮かれている場合ではない。気を引き締めなくてはいけない。

「みんな、出発するわよ」

 シュー
 ロケットに繋がった宇宙船の入口が開く。中に入ると、操縦幹や操作パネルのような機械の数々、あとは操縦席と助手席があるだけの殺風景な部屋が広がっていた。言っては悪いが、鉄製の床は何とも居心地が悪い。ここでハルさんとアマンダさんは宇宙空間を進みながら暮らしていたのか…。

「しっかり掴まっててね」
「ちょっと待ってください! どこにも掴まるところが…うわぁっ!」

 
 早くも操縦席に座り、出入口を閉めてリモコンのスイッチを押したアマンダさん。揺れる機体にバランスを崩され、僕達はバタバタと床に倒れる。

「あっ、こら鶴宮! 一人だけ椅子に座るなんてズルいぞ!」

 我先と助手席に座った麻衣子。出男君が床に伏せながら叫ぶ。そんな出男君の叫び声も掻き消してしまう程、ロケットは大きなうなり声を上げる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
 ロケットのブースターから噴煙が吹き出す音だ。凄まじい轟音と共に、宇宙船はロケットと共に大空へと飛び出した。




 5分程揺れる機体に翻弄された。揺れが収まったかと思いきや、今度は体が宙に浮き始めた。ハルさんの超能力で空中浮遊を楽しんだ感覚を思い出す。麻衣子達も無重力空間に困惑し、空間でバタバタと手足を動かす。

「うわぁっ! 何なのこの感覚…」
「あ、しまった! 重力調節機能作動するの忘れてた」

 ピッ
 アマンダさんが手元にあるスイッチを押すと、重力が一瞬にして復活し、体の重さに引っ張られた。

 ドシンッ

「あっがぁぁぁ!!!」

 麻衣子は背中から助手席の背もたれの側面に背中を打ち付けて落下した。これは打ち所が悪いな。

「痛ったぁ…」
「へっ♪ 自業自得だぜ」
「出男君も早くどいて…」
「あっ、悪ぃ…」

 出男君は蛍ちゃんに覆い被さりながら落下してしまった。ゆっくりと体を起こそうと床に手を突く。

 フニュッ

「やっ…///」
「あっ…」

 思わず蛍ちゃんの胸に手を突いてしまい、必然的に胸を触ってしまった。蛍ちゃんの変な声に、思わず僕もドキッとする。

「まぁいいじゃねぇか。付き合ってんだし」
「よくない!///」

 バチンッ!!!
 赤面した蛍ちゃんは出男君の頬を思い切り平手打ちする。出男君は頬を押さえて悶絶する。蹴りで攻撃しないだけまだマシだ。彼女の蹴りを食らえば、恐らく宇宙の塵と化していた。

「痛っでぇぇぇぇ…」
「フンッ♪ 自業自得よ」

 背中を押さえながら、麻衣子は出男君をあざ笑う。玲羅さんに関しては逆に無重力の感覚に快感を覚え、重力調節装置のスイッチを押そうとしたところをアマンダさんに止められていた。

「おぉ…これが宇宙なのね。あらぁ~、地球も綺麗ね~」

 玲羅さんは今度は窓から見える宇宙空間と地球の姿に目を奪われる。みんな落ち着きが無さすぎだろ…。ハルさんを助けに行く意志はあるんだろうけど、絶対遠足感覚も混ざってる。

“こんなんでハルさんを助けられるのかなぁ…”

 いつの間にかロケットは切り離されていて、宇宙船がエンジン全開で発進していた。







 僕は今まで書いた全ての詩を入れたファイルを手に取る。地球を出て約14時間が経過した。みんなは疲労のため、寝袋で休んでいる。僕だけがどうしても寝られずに、自分で書いた詩を眺める。どれもこれも素晴らしいと、ハルさんは称賛してくれた。褒めなかったものは一つとして無い。

「…」

 ハルさんのおかげで、僕は作詩の趣味に自信を持つことができた。ハルさんが連れ去られ、守れなかった罪悪感に打ちひしがれ、作詩という趣味を否定してしまったけれど、それでもハルさんの存在が大きかった。ハルさんが僕の詩を大切に思ってくれることを、無かったことにしてはいけない。これからも僕は詩を書き続けていく。ハルさんのことも絶対に助け出し、彼女の人生を救ってみせる。

 だけど…ハルさんと別れることになったらどうだろうか。もしハルさんを無事に救出することができたとして、他のファルカーも助かって戦争を未然に防ぎ、全てを解決したその後はどうなるのだろうか。ハルさんは…テトラ星に帰ってしまうのだろうか。全てが解決だなんて、可能性としての話だが、もし解決したらどうなるのだろうか。僕はハルさんと一緒にいられなくなってしまうのか。

「ハルさん…」

 辛くて凍えてしまいそうだ。苦しくて泣き出してしまいそうだ。ハルさんとの別れを想像するだけで、心が不安にかられる。離れたくない。ずっとそばにいたい。

 だって僕、ハルさんのこと…

「眠れないの? 伊織君」
「アマンダさん…」

 操縦幹を握り締め、進行方向を向いたまま僕に尋ねるアマンダさん。僕は静かにはいと呟く。

「大丈夫、君ならきっとハルを助けられるわ。元気出して」
「ありがとうございます…」

 僕はハルさんとの別れのことを、無理やり記憶の彼方へ押し込んだ。そうだ、今はそんなことを考えている場合ではない。それを悩むのは、ハルさんを無事助けることができた後だ。僕は遠く離れたハルさんの心に再度誓う。今度こそ絶対にハルさんを守ると。









 紫色の天体なんて初めて見た。これがテトラ星…ハルさんの故郷の星か。紫色に染まったアイスキャンディーのような丸い惑星を、僕らはガラス越しに眺める。本来なら二週間はかかる旅路を、フルスロットルで発進したために一日で着けてしまった。途中で何度もワープを繰り返しはしたが、帰りの分の燃料もほとんど消費してしまった。だが、今の僕らにそのことは頭にない。ただハルさんを助けることだけを考えて突き進んだ。

「これがテトラ星か」
「なんだか不気味…」

 蛍ちゃんが出男君に身を寄せる。麻衣子と玲羅さんも無表情でテトラ星を見つめる。ようやく事態の大きさを実感したようだ。これから僕らは未知の惑星に足を踏み入れ、宇宙人と接触する。

「それじゃあ、突入するわよ」

 アマンダさんは最後まで操縦幹を握り続けた。宇宙船は静かにテトラ星の大地に降り立った。





 ピッピッピッ…
 僕らはテトラ星人の乗っていた宇宙船が着陸しているのを発見した。建物の影に自分達の宇宙船を停めて近づく。アマンダさんは小さな端末からケーブルを伸ばし、入口に設置されている認証機械に無理やり差し込む。アマンダさんは端末のキーボードを入力する。パスワードが無ければ開かない扉らしいが、もちろん僕らはそのパスワードを知らない。アマンダさんは認証システムにハッキングし、解除しようとしている。

 ピー カチャッ

「開いた!」

 端末の液晶画面に「CLEAR」の文字が浮かび、扉が自動的に開いた。僕らは扉を潜り、長い廊下を走る。ハルさんはどこだ? どこにいる? 僕は大声でハルさんの名前を呼ぶ。

「ハルさーん!」
「伊織! 静かに!」

 麻衣子がとっさに僕の口を押さえる。そうだった。テトラ星人がまだ中にいるかもしれない。大声を出すのは危険だ。しかし、こんな構造もわからない巨大な宇宙船の中で、一体どうやってハルさんを見つけたらいいんだ…。


 ブーーーー
 突然廊下に警報音が鳴り響く。どうやら僕らの侵入が奴らに発覚したようだ。一同は一斉に走り出す。

「げっ! もうバレたのかよ!?」
「そりゃそうよ! 監視カメラあるもん!」

 なぜ今まで気がつかなかったのか。廊下の天井には無数の監視カメラが目を光らせている。何の対策もせずに、こんな白昼堂々と侵入してはすぐに見つかるに決まっている。とにかく僕らは、要り組んだ廊下をひたすら駆け抜ける。どこに向かえばいいのかわからないままで。

「侵入者発見!」

 廊下を曲がった行く先で、テトラ星人と出くわした。武装した特殊部隊の隊員ようで、ショットガンのような銃をこちらに突き付けてきた。相手は二人だ。

「見つかった!」

 僕らはきびすを返し、元来た道を戻る。しかし、後ろからもう二人の隊員が迫ってきた。あっという間に挟み撃ちにされ、逃げ場を失ってしまった。

 バンッ

「うっ!」

 隊員のショットガンから電撃が放たれる。それは玲羅さんの体に直撃する。電流に包まれた玲羅さんは、うめき声をあげながら倒れる。

「玲羅さん!」
「…!」

 アマンダさんは腰に携えたライトニングガンを取り出す。隊員目掛けて銃口を構える。

 バシッ
 しかし、相手の方が万能薬が早く、ショットガンから放たれた電撃がアマンダさんの腕を直撃する。ライトニングガンが弾かれ、腕を押さえるアマンダさん。ショットガンを構えながら近づく隊員。僕らは後退りする。

「大人しくしろ」




 麻衣子と玲羅さんは背中に腕を回し、隊員に手錠をかけられる。次は出男君がかけられる。

「くそっ…こんな早くに捕まるとは」
「フンッ、地球人も大したことねぇな」

 あざ笑いながら隊員は出男君の腕に手錠をかける。そして次は蛍ちゃんへ…。もう二人の隊員は本部に報告にでも行ったのだろうか、ここにはいない。まずいな…ここで捕まってしまっては、ハルさんを救出するどころではなくなる。どうにかしてこの窮地を乗り越えられないだろうか。

「動くなよ、下手な真似したらぶっ放すからな」

 もう一人の隊員が、僕の後頭部にショットガンの銃口を突き付ける。僕にはまだ手錠がかけられていないため、不審な動きをしないように見張られている。どうしよう…今こうしている間にも、ハルさんが酷い目に遭っているかもしれない。早く助けに行かないと。一体どうすれば…。



 バッ

「ぐっ!?」

 なんと、蛍ちゃんが特殊部隊の一人の足を引っかける。バランスを崩した隊員は床に倒れる。

「くそっ…貴様!」

 すぐに起き上がり、蛍ちゃんに向けてショットガンを向ける。しかし、その銃口の先には彼女はいない。蛍ちゃんはかがんで体勢を低くし、隊員に膝蹴りを食らわす。

「がはぁっ!」

 ズガンッ!
 勢いよく壁まで吹っ飛ばされる隊員。相変わらず蛍ちゃんの蹴りの威力は強烈だ。隊員は泡を吹いて気絶している。たとえ腕を拘束されてたとしても、彼女は足が自由であれば敵無しだ。

「おい! 大人しくしてろ!」

 もう一人の隊員がショットガンを向けて脅す。しかし、今の蛍ちゃんには何の脅しにもならない。目にも止まらぬ速さで隊員に近づき、華麗な回し蹴りを食らわす。

 グシャッ

「ぶふぉわぁっ!」

 蛍ちゃんの右足が隊員の顔を強襲する。廊下に倒れてのびる隊員。蛍ちゃんの足技で、あっという間に敵を蹴散らした。気絶した二人の隊員に、蛍ちゃんは告げる。

「私を捕まえたいんなら、腕より先に足を拘束することね♪」
「…俺の彼女スゲェ」

 蛍ちゃんの勇姿に感激し、同時に己の情けなさに絶望する。何はともあれ、敵の追っ手を撃退することに成功した。まだ拘束されていないアマンダさんは、先程の端末をケーブルで麻衣子達の手錠と繋ぐ。この手錠も電子式になっていて、パスワードで開くタイプのようだ。

「うーん…解除するのに時間がかかるわね」

 キーボードを入力しながら苦戦するアマンダさん。追っ手を撃退したとはいえ、また次の追っ手がやって来るかもしれない。僕とアマンダさん以外の四人は全員手錠で拘束されてしまっている。アマンダさんはみんなの手錠の解除に時間を削られる。今ここでハルさんを探しに行けるのは僕だけ…。

「アマンダさん、僕…ハルさんを探しに行ってきます!」
「え? そんな…危険よ!」
「ダメです、今行かないと…」

 今すぐハルさんを助けに行きたい。僕の心の中に響くのだ。ハルさんの助けてという声が。ハルさんを戦争の兵器として利用するなんて許せない。必ずハルさんを救い出して、オリヴァに強烈な拳をお見舞いしなくてはいけない。

「アマンダさんはみんなの手錠を解いてあげてください。僕が必ず見つけます」
「…気を付けるのよ」
「はい!」

 ダッ
 僕はきびすを返して走り出した。次の追っ手が来る前に、ハルさんを見つけ出さないと。まだこの宇宙船の内部構造を把握できたわけではない。どこにハルさんがいるかわからない。それでも何がなんでも見つけ出す決意で心を固め、足を早める。

“ハルさん…どこ!?”

 ハルさんの心に語りかける。ハルさん…君はどこにいるの? ハルさん…ハルさん!









「ここは…」

 がむしゃらに廊下を駆けていると、大きな扉の前に来た。ゆっくり近づくと、その扉はウィーンと音を立てて自動的に開いた。中は薄暗い実験室のようで、溢れ出そうな恐怖を圧し殺しながら入る。

「なんだこれ!?」

 そこには衝撃的な光景が広がっていた。中には無数の透明なビンに似た容器が並んでおり、一つ一つに女の子が閉じ込められていた。中はどれも培養液のような緑色の液体で一杯になっていて、女の子が裸体で押し込まれていた。小さな幼女から中年の大人の女性、更には年老いたお婆さんなど、大勢の女性がホルマリン漬けのようにされていた。恐らく死んではいない。みんな眠らされているのだろう。

「まさか…」

 この子達は特殊部隊に捕らえられたファルカー達だ。直感でそう思った。みんな超能力を使えることに目をつけられ、兵器として利用するために捕らえられ、一時的にここに監禁されているのか。何てことを考えるんだ、この星のリーダーは。

「ハルさん!」

 このファルカー達全員を助け出さなければならないが、今はそんな余裕がない。まずはハルさんを優先させなければ。 

「ハルさん! どこ!?」

 僕は容器を一つ一つ確かめながらハルさんを探す。しかし、いくら探してもハルさんらしき女の子は見つからない。5分程かけて探し回ったが、ハルさんの閉じ込められている容器はどこにもなかった。見つけたとしても、どうやってこの容器から出せばいいかもわからない。

『目ぼしい奴は何人か出して訓練させてるからな。そこにハルはいないぜ』
「!?」

 突然不気味な男の声が耳に飛び込んできた。天井に吊るされたスピーカーから聞こえてきた。しかもこの声、聞き覚えがある。オリヴァだ。ハルさんを連れ去った張本人…この星のトップに君臨する男だ。

「オリヴァ! どこにいる!? ハルさんを返せ!」

 姿の見えないクソ野郎に叫ぶ。ハルさんとの幸せな時間を奪い、彼女の人生をめちゃくちゃにした悪魔の姿を探す。

『返すことはできねぇが、姿を見せるくらいならいいぜ』

 ウィーン
 並んだ容器の奥で扉が開いた。僕はその扉目掛けて走る。その先にある部屋は完全に真っ暗だった。オリヴァは僕を誘っている。ハルさんの存在をちらつかせて誘き寄せている。絶好のチャンスだ。絶対にハルさんは返してもらうぞ。

 ガチッ ガチッ ガチッ
 天井の照明がだんだん点灯する。部屋の奥へと光が広がっていき、全体が明かりに包まれた。そこは広い展望台のような部屋だった。大きなガラス窓には宇宙空間の黒い映像が映し出されている。この部屋自体が巨大な宇宙のようだ。そして、奥には黒いテーブルと椅子が置いてあった。横にはシーツを被った巨大な機械。そして椅子に座っているのは…。



「はるばる地球からご苦労様」
「オリヴァ!」

 僕はオリヴァを見つけた。羽ッ毛のある紫髪の若い男。ハルさんを連れ去った時の姿に間違いない。こいつが…ハルさんを…。

「フッ…」

 オリヴァはテーブルに肘を突きながら、不適な笑みを浮かべて僕を凝視してきた。

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