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最終章「青き春」
第26(終)「青き春」
しおりを挟む宇宙船が静かにプチクラ山の大地へと着陸する。ステルス機能を働かせており、地球上の観測システムからは決して発見されることはないという。SF映画の話だけだと思っていたけど、こうも卓越した宇宙開発技術を見せつけられると、流石に信じざるを得ない。宇宙にはこんなに発達した惑星が存在するのか。
シュー
僕達以外の誰にも存在を認知されることなく、宇宙は腰を下ろす。出入口が開き、二日振りに地球上の大地に足を踏み入れる。僕達、本当に宇宙に行ってきたんだなぁ…。
「いやぁ、二日振りの地球だぜ」
「たった二日でしょ」
外に出るやいなや、朝日を浴びて伸びをする出男君。蛍ちゃんの言う通り、確かに言ってしまえばたった二日だ。それでも、僕にとっては世界一周を成し遂げてきたような、果てしない長旅を終えたような感覚に陥っている。この先の人生で、到底巡り会うことはないであろう体験をした。
「やっぱり地球が一番よねぇ…」
「自分の生まれた星だものね」
ノスタルジックな雰囲気に浸りながら、麻衣子と玲羅さんが呟く。その何気ない一言に、僕は考え込む。いくら絶望的な人生を送ったとしても、何だかんだで思い入れのあるテトラ星で生きていくことを選んだハルさんの決意は、やっぱり自然なものなのではないかと。
「送ってくれてありがとうございます」
僕達は地球まで護送してくれたテトラ星意思決定機関の宇宙船の操縦員にお辞儀をする。操縦員は何も言わず、被ったキャプで顔を隠しながら頭を下げる。そのまま出入口で宇宙船に乗り込む。
「…」
ハルさんの方へ顔を向ける。ハルさんは僕達との関わりを経て身につけた笑顔を、しっかりと崩さずに見つめ返す。今テトラ星意思決定機関の人達が、アマンダさんと一緒にハルの家を解体している。地球上からハルの暮らしていた証が次々と消されていく。唯一残るのは、僕らの心に刻まれた思い出だけだ。
「…」
「す、すごいよね…ハルが学校に来たのって、地球に来てから二週間後くらいなんでしょ? そんな短期間であんな立派なログハウスを建てられちゃうんだもん。やっぱりテトラ星の技術はすごいなぁ…」
ハルの家は消しゴムで修正するかのように、猛スピードで解体されていく。それに焦らされたのか、僕の口はどうでもいいことを言い出す。
「宇宙は広いね。あんな広い宇宙なら、テトラ星のような知的生命の存在する惑星があっても納得だよ。世界はこんなに不思議な事柄で満ちてるんだね。いやぁ、面白い面白い」
「…」
ハルは何も答えない。変わらない笑顔を続けるだけだ。僕の口はどうでもいいことを喋り続ける。聞いててあくびの出てしまいそうなことを、さっきからぺちゃくちゃぺちゃくちゃ。
「いつか地球も科学技術が発達すれば、宇宙旅行も夢じゃなくなる。そしたら…簡単にハルのところに行けるね。いつか…宇宙船で…ハルのところへ…いつか…」
視界に涙が溢れるのが見えた。もう耐えられなくなったのか。悲しみを紛らわすために、くだらないことを喋り続けた。こうでもしないと目を反らすことができない。それでも悲しみは耐えられなくなって、つい居場所を探すように外に溢れ出てしまう。
「いつかって…いつだよ。いつになったら宇宙に行けるんだよ。いつになったらハルに会えるんだよ」
自分が口に出したことに問いかけるなんて、余程焦っているのだろうか。怒りに近い感情が、僕の心の舵を取る。ハルを目の前にして、らしくなく苛立ちをぶつけてしまう。
「なんで離れちゃうの…もっと一緒にいればいいでしょ。好きなのに…君のこと愛してるのに…なんで一緒にいられないんだよ。こんなの嫌だよ…お願いだから、ずっとそばにいてよ…」
雫と一緒にたくさんのわがままを吐き散らす。ハルと離れるなんて考えたくもない。これから僕は何のために生きていけばいいんだ。誰のために詩を書いたらいいんだ。ハルと一緒にいられなくなるだけで、僕の命が為すこと全てに理由が無くなってしまうように思える。
すると、ハルは共鳴するように涙を流し始める。ハルも悲しみに耐えられなかったようだ。涙を拭わないまま僕に寄り添う。
「んもう、泣かないって決めてたのに…伊織君ズルいよ。なんでこんなに簡単に泣かせてくるの…」
涙で僕達の服は、プールに浸かったようにびしょ濡れになる。泣きながらも、笑顔だけは崩さないハル。そこが素敵なところだ。
「ズルいのは君だろ。これでお別れだなんて…いじわるにも程があるよ」
僕はハルを帰すまいと抱き締める。麻衣子達やアマンダさんも、何も言わずに僕達を眺める。もっとハルと一緒にいたい。やり残したことなんて、今から言い始めれば夜を迎えてしまうくらいたくさんある。
「お別れ? それは違うよ…」
やっと涙を拭えるまでの落ち着きを取り戻し、ハルは僕の両手を握る。祈りを込めるように僕の瞳を見つめる。
「私達に別れなんてない。いつかきっと会えるから」
また“いつか”だ。今の僕にとって最も信じられない言葉だ。それでも、ハルの優しい声で放たれる“いつか”は、僕の心に絶対的な信頼を持って飛び込んでくる。宇宙空間という得体の知れない壁に隔てられているけれど、それを遠いと感じさせないほどにハルの言葉は安心できる。僕らはいつか絶対に会える。そう信じられる。
あぁ、そうか。彼女の本当の魅力は、物を浮かす念力や、波動弾のような超能力なんかじゃない。この優しさだったんだ。むしろ、心に直接安心感を注いでくれるような優しさこそ、超能力のようなものだ。
「私は約束する。いつか伊織君に会いに行く。絶対…絶対に会いに行く」
「ありがとう…絶対だよ。約束だからね」
僕はハルと固く小指を結ぶ。
「うん、嘘ついたら…」
「ううん、言わなくていい」
「え?」
それ以上は言わなくていい。約束の言葉だけで十分だ。僕らの約束に、針を千本飲ますことも、拳で一万回殴ることも必要ない。僕らを繋ぐ絶対的な愛が、きっと約束を果たしてくれる。
「ハルはもう嘘をつかない。僕は信じてるから」
「…わかった。ありがとう」
僕達は一旦離れる。僕は麻衣子に預けていたリュックから、一つの透明なファイルを取り出す。今まで僕が書いた詩が全部入ったファイルだ。それをハルに手渡す。
「ハル、これを受け取ってほしい」
「これ、伊織君の詩…いいの?」
「うん、僕からの気持ちだよ」
「ありがとう…」
きっとこれがあれば、ハルは僕との約束を守るために奮闘してくれる。
「それじゃあ、次会う時までに新作完成させておいてね」
「えぇ!? だから何なのその編集者みたいなの…」
「ふふっ♪ 楽しみにしてるよ」
ハルは小馬鹿にするように、僕に微笑みかける。思い返せば、ハルが偶然僕の詩を読んでくれたことが、全ての始まりだった。ハルが初めて僕の詩を誉めてくれて、それから僕がやる気を出すようになって、詩のインスピレーションを得るためと言って、ハルが超能力を見せてくれて…。何度思い返してもヘンテコな関係だけど、僕とハルにしか築けない唯一無二の特別な関係だった。僕が書いた詩は、僕らの絆の証でもあるのだ。
「ハル、終わったわ」
アマンダさんが戻ってきた。ハルの家のあった場所は、完全に更地となっていた。テトラ星意思決定機関の人達も、続々と宇宙船に乗り込む。
「それじゃあ、またね」
「うん…」
ハルも荷物をアマンダさんに預け、ゆっくりと出入口へ歩いていく。
「…」
ダッ
突然ハルがきびすを返し、僕に向かって駆け出す。何か大事な忘れ物を取りに帰るように、ハルが近づいてくる。
そして、ハルは僕に思い切り抱き着く。
「伊織君…本当にありがとう! 私を助けてくれて。伊織君は私の救世主だよ。これからも…ずっと忘れない。ずっと…ずっと愛してるから」
伝え忘れたことはそれか。本当にハルはズルいよ。そんなことを最後に言われたら、ますます帰したくなくなる。僕はまたもや帰すまいと、強く強くハルを抱き締める。
「僕もだよ。ハルのおかげで、僕は自分の生きる意味を見つけることができた。本当にありがとう。愛してるよ…ハル…」
ハルがいなければ、今の僕はここにはいない。ハルと出会ったことで、確実に僕の人生は変わっているはずだ。そのことを、僕は本当に感謝している。
「ヒューヒュー♪」
「お二人さん、お熱いねぇ~」
「素敵よ~💕」
「リア充爆発すんな~」
麻衣子達が僕とハルを茶化す。みんなの存在をすっかり忘れていた。本当に何のために付いてきたんだか。それでも、みんな…ありがとう…。
「みんなもありがとうね。私、絶対に忘れないから!」
「寂しくなったらいつでも地球に来なさいよ。私も待ってるから」
「また会えるのを待ってるぜ、ハルちゃん!」
「今度は一緒に遊ぼうね! 約束だよ!」
「色々と酷いこと言ってごめん。でも、私達はずっと友達だからね」
麻衣子、出男君、蛍ちゃん、玲羅さん、それぞれがハルに最後の思いを伝える。いや、これは最後ではない。僕達の絆に最後なんて存在しない。たとえ宇宙であっても、戦争であっても、僕らの仲を引き裂くことなんてできない。僕らに最後なんて来ないんだ。
「みんな、ありがとう…。伊織君、ありがとう…。本当に、ありがとう…」
「ハル…」
「伊織君…」
僕とハルは、柔らかい唇を重ねた。優しい味わいが広がって、僕らの心は天国に誘うように癒された。これは誓いの意も込めたキスだ。
「それじゃあ、またね」
「うん、また会おう」
ゴォォォォォ…
宇宙船はうなり声を上げながら、周りの木の葉を風で散らしながら浮かび上がる。ハルが僕に見せつけるように浮かした、あの時の落ち葉や石ころを思い出す。決して途切れることのない、僕とハルの絆を形作り始めたあの時間。例えるなら、裁縫でいう最初の玉結びのようなもの。
「ハルゥゥゥゥゥ!!!」
大声でハルの名前を呼ぶ。宇宙船は僕の声をかき消すように、大きなうなり声を上げて飛んでいく。ボディが透明になり、段々上空まで飛んでいく。
「本当に、ありがとぉぉぉぉぉ!!!!!」
シュンッ!
奇妙な電子音と共に、宇宙船はその姿を消した。何もいない青空を、僕達は静かに見つめる。宇宙人の形跡は地球上から何一つ無くなった。僕らの心に刻まれたハルとの思い出だけを残して。
「…」
しばらく何も言えない麻衣子達。僕はリュックを肩に掛け、プチクラ山を下り始める。
「帰ろう、みんな」
僕はみんなに優しく微笑みかけた。太陽はまだ昇ったばかりだ。
それからの一年間があっという間だった。僕達は卒業の日を迎え、桜が舞い散る校門で、校舎を眺める。麻衣子達と写真撮影も終わった。桜の木と重なる校舎を見つめながら、やり残したことを探す。
「蛍ちゃんと舞い散る桜…くぅ~♪ 絵になるぜ!」
「もう…出男君ったら…」
出男君は相変わらず蛍ちゃんにデレデレだ。あらから何回か喧嘩はしたものの、何だかんだでラブラブなカップルとして長く続いている。学校中の男子からは鋭い視線を集めてばかりいるが。それもそうだろう。クラスのマドンナである蛍ちゃんと付き合えているんだ。男子である出男君にとってこの上無い贅沢だろう。その後も蛍ちゃんの熱い応援を受けて、出男君は体育委員として体育大会を盛り上げ、見事僕らのクラスを優勝に導いた。
そして、なんと二人は4月から同棲を始めるという。出男君はスポーツ推薦でとある企業に就職し、蛍ちゃんはその近くにある専門学校へ行くらしい。たまたま近くにあったからという軽はずみな理由だそうだ。そんなトントン拍子に話を進めてしまっていいのかが心配だけど、二人なら問題ないかもしれないな。
「私も頑張って真っ当に生きるわ」
「玲羅もこの一年でずいぶんと変わったよな…」
玲羅さんもどこかの企業に就職するそうだ。そのために一人暮らしを始めるらしい。一年前はギャルっぽい風貌で、いわゆる陽キャだったけれど、ハルと仲良くなった影響か、目立った素行は見られなくなった。耳からピアスが姿を消した。
「そうね。私もやっと変われた。みんな、ありがとうね」
玲羅さんの笑顔に、僕は軽くキュンときた。
「まぁ、頑張りなさい」
そして麻衣子ときたら、なんと北海道の大学に進学することになった。あのめんどくさがりやの麻衣子が、北海道で一人暮らしだ。
「麻衣子ちゃんは北海道大学でしょ? すごいね」
「お前もたまには行動力あるじゃねぇか」
「『たまには』は余計よ。とりあえずって感じだし。ここから本格的に自分が何をやりたいのかを見つけるわ」
わざわざ北海道に行くことはないだろうと思った。しかし、自分を未知の場所に放り込んで、本当に自分のやりたいことを見つけようとする行動力には感心だ。高校三年間同じクラスで、いつも麻衣子は僕のことを気にかけてくれていた。僕も遠くから応援してあげよう。
「そして伊織は明智大学。あの有名な一流大学じゃねぇか。みんなすげぇよ」
「ありがとう…」
僕もあれから一生懸命勉強して、同じ岐阜県内にある名門の明智大学に合格した。なるべく地元を離れたくないのもあったけど、一番の決め手は大学のサークルだった。軽音楽サークルと言って、バンドを組んで演奏したり、自分達でオリジナルの曲を作ったりするサークルらしい。オープンキャンパスの時に見学し、楽しげな雰囲気に興味を引かれ、この大学に入ろうと決めた。
もちろんこれは父さんと母さんの影響だ。サークルの人達は、僕があのドリームプロダクションの季俊と結月の息子だと知ると、驚くほどに食い付いてきた。入部を待っていると期待された。もちろん入るつもりだ。楽器の演奏も大変そうだけど、頑張って練習して覚えよう。今までに書いた詩が、いよいよ曲になると思うとわくわくする。
「みんな、バラバラになっちまうのかぁ…」
出男君が空を仰ぎながら呟く。大丈夫、僕らには絆がある。絶対にまた会えるよ。
「そんじゃあ…ハルちゃんと出会うその時に、またみんなで集合だ!」
「うん!」
「えぇ」
「はいはい」
「うん」
僕らはそれぞれの道を歩んで行った。
「伊織…」
「何?」
僕と麻衣子は一緒に学校に帰ることにした。ハルもそうだけど、麻衣子とは他の生徒よりも特別親しい間柄にあった。ハルがいないなら、最後は麻衣子と一緒に帰りたかった。麻衣子も黙って僕に付いてきた。
「ハルのこと、今も好き?」
「うん、もちろん」
急に何を聞いてくるのかと思った。そんなの当たり前じゃないか。
「そう、やっぱり私の付け入る隙なんて無かったわね…」
「え?」
麻衣子がいつになく弱気になってうつ向く。付け入る隙…? 何のことだ?
え? まさか…
「ひょっとして…麻衣子…」
「気づくの遅すぎ」
まさか、麻衣子が僕のこと…だって、いつもからかってくるし、たまに僕の詩をけなしたりるし、とてもそんな印象を抱いているという考えには及ばない。
「まぁ、私もこの三年間勇気が出せずに言えなかったし、結局アンタにはハルが一番お似合いだわ」
この三年間、麻衣子がなぜ僕のことを気にかけてくれるのかが、ようやくわかった。そのことはすごく感謝している。しかし、麻衣子には申し訳ないが、今僕の心を占めているものに、麻衣子の愛は釣り合わなかった。
「ごめん…麻衣子…」
「何下向いてんのよ! シャキッとしなさい! シャキッと!」
バシッ バシッ
僕の肩を強く叩く麻衣子。今さっき麻衣子だってうつ向いてたじゃないか。本当にこの子の情動の変化はよくわからない。でも、こんな親友を持てて僕も幸せだ。
「そんじゃ、またね!」
そう言って、麻衣子は背中を向けて走り去って行った。僕は思わず呼び止める。いつも下校時は彼女の家まで送っているのだ。せっかくの最後の下校も、一緒に行かなくていいのか。
「あっ、待て! 家まで一緒に行かなくていいの?」
「…」
麻衣子は立ち止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「伊織、アンタのこの先の道のりは、ハルと一緒に歩みなさい。アンタの人生に一番ふさわしいパートナーは、ハルよ」
「麻衣子…」
「それじゃあ、またいつか会いましょう!」
麻衣子は再び走っていった。僕はそのたくましい背中を、見えなくなるまで眺めていた。
「ありがとう、麻衣子」
僕は静かに呟いた。彼女の耳には聞こえなくても、心には届いたはずだ。多分…いや、きっと。
それから僕は明智大学に入学をして、日々学業に励んだ。望み通り音楽サークルに入部し、メンバーのみんなと交流を深めた。ドリームプロダクションのメンバーの息子だからという理由だけで仲良くせず、一人の音楽仲間として接してくれている。
「ここの数字が6本線のギターの弦の、押さえるフレットの場所を示してるのね。ここの譜面なら一番下に5、二段目に7って書いてあるでしょ? だから6弦の5フレット目、5弦の7フレット目を押さえるの」
「は、はい…」
今は先輩にTAB譜の読み方を教えてもらっている。いきなりの専門用語の連続で、頭がこんがらがってきた。それでも僕は出来る限り吸収していった。父さんと母さんも同じ道を歩んできた。ここから僕が新しい夢を作り出すんだ。
「…」
ギターの練習の後は、いつも通り作詩をする。今僕は、ハルに送る詩を書いている。いつかハルと再会した時、僕はこの詩を彼女に送るんだ。彼女との約束だからね。曲として完成させるのは難しいけど、近いうちに詩の形では完成させてみせる。
「ハル…」
ハルのことを思い浮かべながら、僕は筆を走らせる。彼女への愛を、僕が表現できる限りの最大の力を尽くす。
それから更に一年の月日が流れた。今日は1月11日、成人の日だ。近所のコミュニティセンターで、成人式が行われる。僕も懐かしの友人に会うために、スーツでめかし込む。
「すごく似合ってるよ。まるで七五三みたい」
「ちょっと! それ馬鹿にしてますよね!?」
奈月さんが胸元のネクタイをいじりながら、僕をからかってくる。奈月さんは父さんと母さんを失った僕を、今まで一生懸命支えてくれた。大学の学費まで生活費を工面して用意してくれた。本当に感謝するにし足りない。
「さぁ、行っておいで」
「はい!」
慣れない正装に戸惑いながらも、僕は自宅を後にした。奈月さんは誰もいない保科家で一人呟いた。
「結月…見てる? 伊織君、こんなにも立派に成長しちゃったよ」
町長や来賓の方の祝辞を終え、僕らは懐かしの友人と語り合った。その中には、彼の姿もあった。
「伊織君!」
「満君!」
青葉満君だ。会うのは実に約二年振り。大した間ではないけど、彼には高校時代に大変お世話になっており、会うのを楽しみにしていた。彼もスーツ姿がしっかり決まっていて、まるで七五三みたいだ。
「久しぶりだね」
「ほんと、会えて嬉しいよ」
メガネがキラキラと光る僕達。彼も岐阜県内の別の大学に通っているらしい。連絡を取ればいつでも会えるため、久しぶりに遊びに誘ってみるのもいいかもしれない。
「ねぇ、好きな子とはどう?」
「え?」
「あの時話してくれた子のことだよ。あれから会ってる?」
僕は調子に乗って、満君の好きな人の話題を振ってみた。オーバーロードを書く上で参考にした、彼の恋バナに出てきた初恋の相手のことだ。
「いや、まだなんだ…」
「そう…」
満君の表情が若干曇る。遠距離恋愛はそんなに辛いものなのか。まぁ僕も遠距離恋愛してるようなものだし、気持ちはわかる。でも、いつか出会えると信じて待つしかない。満君も諦めていないらしく、すぐに笑顔を取り戻してみせた。
「でもね、いつか会えると思う。それまで待つんだ」
「うんうん、その粋だよ。会えたら僕にも詳しく紹介してよ」
「いいよ、長生きできたらね」
「え?」
満君は小馬鹿にするような笑みを浮かべ、大ホールへと歩いていく。
「行こ。向こうに葉野高校のみんながいるよ」
「あ、うん…」
僕は満君に付いていく。好きな人に会える日を待ち続ける満君と同じく、僕もハルにもう一度会える日を、心から待ち望んでいる。
「それじゃあ、3年2組の同士達よ! 再会の喜びを分かち合うべく、いざ…」
『かんぱぁぁぁぁぁい!!!!!』
裕介君の合図と共に、僕らはグラスをぶつけ合った。注いだノンアルコールカクテルの水面が、溢れそうな程に揺れている。みんなはグイッとその一杯を飲み干す。3年2組のクラスメイトがとある居酒屋に集合し、みんなで初のお酒を交わす飲み会を催した。まだ昼間だっていうのに。
「くぅ~♪ うめぇ~♪ 蛍ちゃん…うめぇなぁこの酒」
「マッティーニっていうんだよ」
飲み干した瞬間、早くも酔っぱらった出男君は、蛍ちゃんにベタベタくっつきながらキスをせがむ。蛍ちゃんは満更でもない様子で出男君を受け止める。
「くそっ! ズルいぞ出男! クラスのマドンナを堂々とかっさらいやがって!」
「悔しかったらお前もとっととパートナー作れぇ~」
「畜生! 俺だってぇ…」
裕介君は女子メンバーを見渡す。相変わらずの気持ち悪い目付きで。女子達はきゃあ~と悲鳴を上げる。早速裕介君は場を盛り上げてくれている。
「ていうか裕介、お前既に酒飲んでたんだろ。満から聞いたぞ」
陽真君がカシスオレンジ片手に言う。その横で、凛奈ちゃんが赤い顔で陽真君に磁石のように抱きついている。彼女もかなりお酒に弱いらしい。二人は同じ大学に行き、無事付き合いは続いているようだ。
「悪ぃ…二十歳になったらすぐに、満と広樹で酒飲みに行っちまった」
「初めての酒はみんなでって約束したのはお前だろ…抜け駆けしやがって」
裕介君の横で満君は苦笑いし、広樹君は冷や汗をかきながらそっぽを向いた。
「みんな仲が良くていいね。担任として誇らしく思うよ」
ここにいるのが当然であるかのように、かつての3年2組の担任の石井先生が、ジョッキに注いだビールをグイッと飲み干す。わざわざ成人式に出向き、この飲み会を聞き付けて来たのだ。
「なんで先生まで来るんすか…」
「まぁいいじゃない。先生には色々とお世話になってるし」
先生の隣で、麻衣子が梅酒のソーダ割りをすする。麻衣子もわざわざ飛行機で飛んで岐阜まで戻ってきた。余程成人式に参加したかったのだろう。
そして…
「まぁまぁまぁ、今日は細かいことはぁ気にしないでぇ、とことん楽しんじゃおぉ~♪ ふぉ~ふぉ~ふぉ~♪」
花音会長がメトロノームのように左右に揺れ始める。それがおかしなダンスのようにも見え、場の雰囲気が盛り上がる。彼女も早くも酔いが回っており、顔を真っ赤にして狂っている。誰も止めに入らず、観賞して楽しんでいる辺り、みんなもかなり酔いが進んでいるのだろう。
ちなみに、こう見えて花音会長は僕と同じ明智大学に通っている。あの驚異的な記憶力は勉強にも役立て、常にトップクラスの成績を誇り、難なく試験をパスしてみせた。そして学校生活が始まってから、僕は毎日彼女の視線を感じる。どうやら大学でも生徒達の個人情報の収集に明け暮れているらしい。ほんと、彼女は一体何者なんだろうか…。
「そうそう、何だかんだで3年2組のメンバー全員勢揃いじゃん」
「よく揃ったね~」
仲良しコンビの綾葉ちゃんと美咲ちゃんが、カシスソーダをストローで吸いながら呟く。この二人はいつも一緒にいる。卒業式の日も校門の前で、二人揃って泣きじゃくってたのを見た記憶が懐かしい。
「全員じゃないわ」
盛り上がった空気の中、玲羅さんが暗いトーンでボソッと呟く。場は急に静まり返る。
「一人欠けてるでしょ、あの子が…」
「あっ…」
誰もが名前を聞かずとも察した。言うまでもないが、ハルのことだ。ハルは宇宙船でテトラ星に帰ったが、その場に居合わせた僕らと、出男君を通して密かに教えられた数人のクラスメイトしか、そのことを知らない。世間的には行方不明という扱いになっており、警察がくまなく捜索したが見つからなかった。当たり前ではあるが。プチクラ山の神隠し事件が再び始まったと、七海町では噂された。
しかし、ハルの正体を多くの人間に明かすことは、なるべく僕らは避けた。秘密を知ったクラスメイトには、出来る限り外部に漏らさないように注意喚起した。それから約二年、事情を知らない人は、心にぽっかりと穴が空いたような虚無感を抱えて生きてきた。
「一体どこにいるんだろうね…」
石井先生が絞り出すように呟く。ハル、君はいつか会えると言ってくれた。でも、本当にそうなのか。君は本当に会いに来てくれるのか。僕は遥か彼方の星で今も生きているであろうハルの心に語りかける。
“ハル…”
「ここにいるわよ」
突然麻衣子が小さく呟いた。3年2組のみんなは一斉に麻衣子の方へ顔を向ける。麻衣子はスマフォの画面をみんなに見せた。そこにはネットのニュース記事の一面が表示されていて、こう記されていた。
『プチクラ山の非行物体 二年振りに姿現す』
僕はそれをよく凝らして見つめた。なんとその記事がネットにアップされたのは、つい数十分前だった。添付された写真には、アマンダさんの宇宙船と思われる黒い物体が、遠くからではあるものの、小さくシルエットとして写っていた。それはプチクラ山上空で浮かんでいる。僕は固唾を飲んだ。
「ハル…ハルだ…」
僕はとっさにに立ち上がった。事情を知らない人達は首をかしげるが、出男君や蛍ちゃん、玲羅さんや麻衣子は安堵の表情を浮かべる。
「行ってきなさい、きっとハルも待ってるわ」
「うん!」
僕は財布からテキトーに千円札を3枚引っ張り出してテーブルに置き、居酒屋を飛び出した。事情を知っているみんなは、走り出す僕を応援してくれていた。
「ハル…ハル…」
必死に走りながら彼女の名前を呼ぶ。ずっと求めていた存在、ずっと会いたがっていた人、やっとこの時が来たんだ。彼女は約束を果たしに来てくれた。
「ハルー!」
プチクラ山の入り口付近には、テレビ局の車が何台か停まっていた。何人かの報道陣の姿も見える。
「さて、我々ハテナゾ調査団のカメラが、緊急生放送をお送り致します! プチクラ山に二年振りに出現した非行物体、果たしてその正体は何なのか…いざ調査開始です!」
威勢のいいリポーターの掛け声と共に、カメラを持ったテレビ局のスタッフ達が階段を上がろうとする。僕は撮影現場に乱入し、カメラマンやその他スタッフ達の間を潜り抜け、入り口を通って階段を上る。
「あっ、こら君! 現場に入っちゃいかん!」
スタッフ達は慌てて追いかけるも、機材を持ちながらであるためにすぐに僕の姿を見失う。報道陣などをお構い無しに、僕は階段を駆け上がる。ハルに誰よりも早く会いに行く。
“ハル…ハル…”
僕は叫んだ。森の木々が驚いて震えてしまいそうなくらいに。
「ハルー!」
プチクラ山の山道を駆け抜け、僕はたどり着いた。かつてハルの家が建っていた場所だ。そこで僕は見つけた。
「あぁ…」
そこにあったのは小型の宇宙船だった。綺麗な灰色をしていた。この姿に見覚えがある。これは間違いなくアマンダさんの宇宙船だ。
シュー
僕がたどり着くとすぐに、出入口が開いた。太陽の逆光で見にくいが、誰かのシルエットが確認できた。身長が低く、しなやかな体つきの女の子だった。目を凝らして見てみると、光を受けて照り輝く茶色い髪をしていた。
「ハル…」
「伊織君」
心を優しく撫でるような声。それが耳から入って心に浸透し、徐々に全身を温かく包み込んでくれるような安心感。一時だって忘れることはなかった、僕の最愛の人。
「ハル!」
「伊織君!」
合図も無しに、僕らは駆け出すことができた。心と体がシンクロして、一つになりたがっているようだ。ハルは僕の胸に思い切りダイブしてきた。僕は倒れそうになるのを頑張って堪え、ハルを優しく受け止めた。彼女の髪はあれから更に伸びており、ミディアムヘアーに変わっていた。それでもしっかりと美しさは保っている。不思議だ。彼女は時間が経てば経つほど、美しさが増す体質でも持っているのだろうか。
「会えた! やっと会えた…」
「遅くなってごめんなさい」
「いいんだよ、君は約束を守ってくれたんだから」
早速弱気になるハルの頭を、僕は暖かい手で撫でてやる。こうするとハルは落ち着きを取り戻すのだ。今ならハルが何を求めているかが不思議なくらいにわかる。
伊織君は私を優しく受け止め、相変わらず弱気な私の頭を撫でてくれた。それだけで私の人生にまとわり付いてきた悲しみ、苦しみ、怒り、憎しみなどの負の感情が、吸い込まれるように消えていく。もう私の人生を丸ごと包み込んでくれる心の持ち主は、この宇宙の中で伊織君しかない。だから私はここに戻ってきた。
「でも、すごく遅くなっちゃった。ファルカーの威厳を取り戻すのに時間がかかったから…」
「え?」
あれからテトラ星意思決定機関は、ファルカーを兵器として利用する侵略戦争の計画を中止した。アマンダさんの発案で、ファルカーの人権を見直す団体が設立された。ファルクを操る機械は、あれから二年間スイッチをマイナスにしたままであるため、ファルカーは超能力を使えない。機械は意思決定機関によって厳重に管理された。そうすればファルカーの脅威は気にする必要はない。また、ファルカーの扱いを見直す法案も可決されたため、ノンファルカー達は徐々にファルカー達に心を開いていった。オリヴァは今も懲役期間にあるけど、しっかり改心しているらしい。テトラ星意思決定機関の人が、代理で総長を務めている。
ジアの声はあれから聞こえなくなった。もう超能力を使えず、人格の切り替わりが起こることもない。ジア本人も完全に私の人生に干渉することを諦めたみたいだった。彼女にも散々人生を狂わされたけど、いざ会えなくなると不思議と寂しさが込み上げる。ジアのためにも、私は私を精一杯生きようと思う。
今まで人生の重荷になっていたことが、まるで空いた穴にパズルのピースを一つ一つはめるように解決していった。二年もの月日は経ってしまったけど、様々な取り組みが実を結び、私達…ファルカーは少しずつ威厳を取り戻しつつあった。
「私、すごく頑張ったよ。法案を認めてもらうための署名活動もしたし、公演もした。最初は誰も聞いてくれなかった。それでも私は諦めなかった。伊織君が私に勇気をくれたから…」
「ハル…」
僕はハルの背が少し伸びていることに気がついた。まだ僕の方が高いが、それでもあの時よりかは確実に伸びている。すっかり大人びてしまった彼女の姿が、この二年間積み重ねてきた努力がいかに壮大であったかを物語っている。
伊織君は私の両手を握る。誉めてくれれているのか、爽やかな笑顔を私に向ける。そして私も笑う。笑顔の連鎖反応がなんだかおかしくって、また笑ってしまう。
「すごいよハル! 君は本当に…すごいよ…」
「すべては伊織君のためだからね。伊織君と胸を張って再会するため」
「ハル、そこまで僕のこと…」
「当たり前だよ。伊織君は私の人生を救ってくれた。親に捨てられて、みんなに存在を否定されて、生きる理由を見失った私に、君はそれを示してくれたんだよ」
地球に来てからも、私はずっと求め続けてきた。私を助けてくれる人、価値を認めてくれる人を。日に日にジアの人格が私を飲み込み、自分という存在を見失っていた。ずっと自分が偽物であるかのような感覚に陥っていた。
そんな中、流れ星のように君は現れた。彼の紡ぐ優しい言葉は、二つに引き裂かれた私の心を繋ぎ合わせてくれた。アマンダさんやウエルカ、麻衣子ちゃん達、3年2組のクラスメイト。私の支えになってくれた人はたくさんいる。だけど、最も心の支えになったのは、一番優しい温もりをくれた伊織君だ。
伊織君が、私を本物にしてくれたんだ。
「伊織君のおかげで、私はようやく“青樹ハル”になれたんだよ」
「僕がハルの支えになれたなんて…夢みたいだ」
「ありがとう伊織君、私を本物にしてくれて…」
僕の笑顔が伝染したように、ハルも僕に可愛い笑顔を見せてくれる。全く…彼女はどこまで好きにさせたら気が済むんだ。
ガサッ
僕はポケットから例のアレを取り出す。
「何それ…」
「今度は僕が約束を果たす番だ」
ペラッ
僕は約束の詩を書いたメモ用紙を、ハルに手渡す。全くもって不思議だ。この日にハルが会いに来てくれるのを予測していたかのように、僕はハルへ送る詩をポケットにしまっていた。本当は予測なんかしていないのに、僕は無意識に詩を持ち歩いていたのだ。
「嘘…ほんとに書いてくれたの?」
「当たり前さ。僕だってハルにこれ以上ないってくらいに救われたんだ。そのお礼だよ」
「ありがとう…読んでもいい?」
「いいよ」
ハルは静かに折り畳まれたメモを開き、僕の言葉を受け取った。
* * * * * * *
青き春 / 星名意織
君のこと この目で見つけるまで
空見上げたこといくつあったかな
顔上げたらすぐそばに君の笑顔
そのおかけで僕は転ばずにいれたよ
愛すること 君が教えてくれた
好きになるのは理屈じゃないってことも
不思議だね まさに教えてくれた君を
誰よりも好きになりたくなった
世界嫌いになった僕を
君がそっと優しく手伸ばして
仲直りの握手させたんだ
ごめんね世界 そしてありがとう君
伝えたいんだ「君を愛してるよ」
もう言葉は必要ないでしょ
そう 心が溢れ出たくて
たまらないくらいに光り輝く
「ずっと愛してるよ」
今すぐに返事を聞かせてよ
僕を見透かした君が
差し出したその色は…
見たこと無い世界を見つけたんだ
気がつけば君が見つけさせてくれたんだ
奇跡みたい 君と交われたこと
ひとつになろう 二度と離れないように
一緒にいたい そう思う僕がいた
いちゃいけない そう思う僕もいた
君のこと不幸にさせちゃうかもしれない
それでもね 一緒にいたくなるのはなぜだろう
離れ離れになった僕は
毎晩君を思い浮かべ泣いていた
返事も聞けぬまま終わった春
あり得ないくらい幸せだった時間
もう二度と戻らなくてもいい
心にずっとしまっておくよ
大切なものは一度きりで
すごくかけがえのないものだから
君が帰ってきたら
とびきりの愛で出迎えよう
きっと涙が止まらなくて
幸せだろうな
もう一度もう一度
君と一緒にいたい
もう一度もう一度
君を抱き締めたい
もう一度もう一度
君にキスをしたい
もう一度もう一度
君を愛したい
「君を愛してるよ」
もう言葉は必要ないでしょ
そうじゃないと意地でも言うなら
もう少しだけ続けてよう
青き春を
「君が大好きだよ」
ただこれだけでも言わせてほしい
そう 心が止まらないんなら
二人でひとつの愛になろう
「ずっと大好きだよ」
君と出会えてよかったな
君が差し出したその春は
きっと青色
やっと本物になれた君は
きっと青色
世界で一番美しい君は
きっと青色
* * * * * * *
他の誰かが読んでも何の意味も感じられない。それどころか、馬鹿にされてしまうかもしれない。とにかく意味不明な文章に思われるかもしれない詩だ。それでも、確実にたった一人、僕の生み出すものの価値を理解してくれている人がいる。
「伊織君、どうしよう…嬉しくて…嬉しくて…涙が止まらないよ…」
壊れた蛇口のように涙を流すハルだ。やはりハルはわかってくれていた。僕はこの詩を、ハルに対する気持ちで埋めつくしながら書いた。これは彼女に捧げる愛を誓うための詩でもあるのだ。彼女と過ごした幸せな日々、それはまさしく青春と言えるものだった。大切な人と出会い、多くの感情を共有することによって、かけがえのない思い出を手にいれる時間、それが青春。
「ハルのことを思って書いたんだ。君は僕に最高の宝物をくれた。青春という宝物をね」
伊織君はもう一度私の手を握ってくれた。彼の手はとても大きかった。しかし、どんなに大きくても、私の愛を受け止めてくれる手は伊織君しか持っていない。
「ありがとう、私を好きになってくれて…」
「ハルの方こそ、僕を好きになってくれてありがとう…」
「アンタ達…気持ちはわかるけど、出にくい雰囲気つくるのやめてくれない?」
宇宙船の方から声がした。僕達は振り向くと、アマンダさんが出入口から出てきた。手に何か抱えている。
「アマンダさん!」
「この子も困っちゃうわよ」
「この子…?」
アマンダさんは手に抱えていたものをハルに預ける。
「まん…まぁ…」
それは小さな女の子だった。その子は山に差し込む太陽を嫌うように目をつぶっている。ハルは両腕でその子を抱き、僕に見せてくれた。
「この子、まさか…」
「うん、オリヴァと私の子どもだよ」
伊織君は目を丸くして見つめる。この子は伊織君と別れ、テトラ星に戻ってきた8ヵ月後に産まれた。初めての出産にはとても戸惑った。あんな酷い扱いをしてきた私の母親も、同じ苦しみを味わいながら私を産んでくれたと思うと、とても感慨深い。最初はアマンダさんが親権を得て面倒を見てくれた。そして、私は二十歳になるとその親権を受け継いだ。
「最初は中絶しようとも考えたよ。もう好きでもない相手から無理やり妊娠させられたんだもん。それでもやっぱり産むべきだって思った。この子は悪くない。この子に罪はないもの。どうしてもこの命は捨てられなかった」
ハルは優しい瞳でその子を見つめる。多分自分と重ねて見ているんだろう。この女の子にも、きっと生きる理由があるはず。自分がそれを見つけてあげなければならないと。そして、その子を産むに至った。
「伊織君、お願いがあるの。私と…この子と…一緒に生きて」
「え?」
「まだまだ未熟な私だけじゃこの子を育てられない。この子の中にあなたの血は流れていない。でも、あなたには愛がある。その温かい愛で、私とこの子を包んでほしいの」
「…」
僕はなんとなく察した。今日は成人の日であり、僕は成人を迎えている。未成年が妊娠した場合、二十歳を迎えるまでは、たとえ出産を終えても子どもの親権を得ることはできない。ハルはそのことを知って、僕が二十歳を迎えるタイミングで戻ってきたのではないか。
つまり、僕にこの子の親になってほしいのではないか。
「僕に…できるのかな」
「できる。私は信じてるよ。君の優しさがそれを可能にする」
ハルが僕を微笑みかける。僕は覚悟を決めて、女の子を抱いた。
「うん、わかった。生きるよ…君達と一緒
に」
「ありがとう…伊織君」
二人で女の子を見つめた。女の子は僕を新しい家族として認めてくれていように、僕に実を寄せる。この子もきっと、誰かの人生を救ったり、誰かに救われたりするのだろうか。この子の未来がとても楽しみだ。
「やっぱり…アンタ達が一番お似合いね」
アマンダさんは微笑ましく私達を見つめる。感無量な表情を浮かべながら。
ねぇ、あの時の私。君はきっと思っていたよね。私を認めてくれるような人なんて、この星にはいないだろうって。相変わらず後ろ向きな考えばっかで。でも、いい加減そんなことはやめようよ。むしろ彼に失礼だよ。
だって、まさか思っていなかったでしょう。あの伊織君が、彼こそが私の生きる理由を教えてくれる人だってことを。彼が私にしてくれたこと、私が彼にしてあげられたこと、その全てが私と伊織君を繋いでくれたってことを。きっと知らなかったでしょう。
でも、今はまだ知らなくていい。この幸せな気持ちは、是非とも君のその心と体で感じてほしい。大丈夫、彼と共に生きる日々はたくさん辛いこともあるだろうけど、その先で必ず自分の望んだ未来を掴み取ることができるから。伊織君と一緒に育ててほしい、君の愛を。
「ハルと出会えて本当によかった。この宇宙にいる誰よりも…君が大好きだよ。愛してる…」
「私も、伊織君のことが大好き。ずっとずっと…ずっと愛してるから」
最後に僕らはキスをした。これは更なる誓いのキスだ。この先どんな脅威が待ち受けていようと、一緒に助け合いながら乗り越えていこうという誓い。不安もたくさんある。それでも、ハルがそばにいるだけで、絶対的な勇気が湧いてくる。僕達なら大丈夫だと思えるのだ。
私達の始まりを祝福するように、女の子が笑う。これから始まるのは、伊織君との青い春だ。私達の青春は終わらない。私達の愛が生き続ける限り、いつまでも青く輝くんだ。宇宙で一番美しい青春が、私達を待っている。
あの頃の僕にも語りかける。ハルと迎える青春の準備はできているかと。
あの頃の私にも語りかける。伊織君と迎える青春の準備はできているかと。
さぁ、始まるよ。君の春はこれからだ。
KMT『コスモガール』 完
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