タイム・ラブ

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最終章「二人の時間」

第24話(終)「二人の時間」

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過ぎ去った時間というのは二度と戻らない。だから僕らは、一瞬一瞬を大切に生きていかなくてはいけない。僕は今、真紀のために生きている。この時間を、この命を。

「青葉さん、準備はできましたか?」
「はい...」

若菜さんは家から自分の車を走らせて来てくれた。時刻は午後3時30分。お昼ご飯を食べ終え、かなり眠くなってきた頃だ。だが、寝ている暇はない。これから若菜さんの車に乗って目的地へ向かう。すぐに出発だ。

「いきますよ!青葉さん!」
「はい...」
「せーの!」
「ふんっ!」

僕は若菜さんに支えてもらいながら車の助手席に乗り込む。この貧相な体では車に乗るだけでも一苦労だ。完全に老いに追いつかれてしまった。「おい」だけにね(笑)。



...冗談事を考えている場合ではないな。

「さてと、出発しますよ!」
「はい!」

ピッピッピッ
若菜さんはカーナビにメモに書いてある住所を一言一句丁寧に入力する。この住所が一体真紀と何が関係しているのかはわからないか、真紀の残してくれた唯一の手がかりなんだ。今はそれに賭けるしかない。それにしても同じ県内で助かったな。今の僕も一応岐阜県在住だ。その中でも田舎の方に住んではいるのだけど。真紀はどこに住んでいるんだろう。この住所はもしかしたら、真紀の自宅の住所なのか。

「できました!しっかり掴まっててくださいね!」

ブルルルルルルルル
住所の入力が完了し、若菜さんは思い切りアクセルを踏む。若菜さん...無茶しないでくださいね?

とにかく僕らは出発した。





赤信号に引っかかり、若菜さんは車のスピードを下げる。かなり都市部の方へ近づいてきた。車を走らせていた中、僕はずっと真紀との思い出の写真を手に取り、祈るように見つめている。若菜さんは横目で僕の様子を伺っている。

「真紀さん、でしたっけ?どんな人なんですか?」

若菜さんが問う。僕は少し迷いながらも答える。

「彼女は...僕の恋人です」
「え?恋人!?」

当然驚く若菜さん。堂々と恋人だと言い張るのはちょっと恥ずかしいなぁ...。

「でも、なんでずっと会えていないんですか?どうして離れ離れに...」

若菜さんが探りを入れてくる。だが、説明すると長い。全て話すのは会ってからにしよう。

「今は言えません...。ですが、彼女に会えばわかりますよ」
「はぁ...」

若菜さんは青信号に変わったことを確認し、再び車を発進させる。











そこへはあっけなく着いた。都市部から少し離れた住宅街の一角の家だった。時刻は午後6時51分。かなりギリギリになったが、難なく着いた。ついこの間の挫折はいったい何だったのか...。こんなに苦労もせずに来れたのは若菜さんのおかげだ。いや、この84年間全体を振り替えれば苦労の連続だったが、今回は彼女がいなかったら、きっと僕はここまでたどり着けなかった。

キィィィィ
若菜さんは門の前に車を止める。僕はすぐにシートベルトを外し、豪快にドアを開けて外へ飛び出す。

ガッ

「あっ...」

外へ飛び出した途端、座席と地面の間に大きな段差があることに気がつかなかった。僕は思い切り座席から転落し、肘や膝を思い切り地面へ打ち付けてしまった。年老いた体にこの打撃はかなり苦痛だ。

「痛たた...」
「青葉さん!ダメですよ!一人で勝手に...」

すぐさま駆けつけた若菜さんに抱き起こされる。早く真紀に会いたい気持ちが先走りしてしまった。僕は目の前の家屋に目を向ける。周辺の住宅と比べてみるとかなり大きい。高級住宅...と呼んでいいのかどうかはわからないが、そう思うくらいに大きい。ひっそりとした住宅街の中で、この家だけが圧倒的な存在感を放っている。

「この家は一体...あっ!」

僕は決定的な文字を見つけた。門に掛けられた表札、そこには「神野」という文字が書かれてあった。そうだ、間違いない。この家は真紀の自宅だ。あの住所はやっぱり真紀の自宅の住所だったんだ。

「じんの...真紀の家だ...」
「え?ここがですか?」
「はい...」

ビューンッ!!!

「あっ!」

空の上で大きな音がした。見上げると何もない空間から中型の車が飛び出してきた。いや、あれは...

「タイムマシン!」

あれはタイムマシンだ。それに見覚えがある。確か84年前のあの時...そう、時間監理局が神野家に迎えをよこした際に見たものだ。

ゴォォォォォオ
タイムマシンは大きな音をたてながらゆっくりと地上へと降りる。僕と若菜さんはそれを門の前から眺める。やはりあの時のタイムマシンだ。今、84年前から戻ってきたところだろう。ということは...

ガチャッ

「着いたよ、みんな」
「なんだか久しぶりな気がするよ」

運転席から男の人...前橋さんが、助手席からはアレイさんが出てきた。アレイさんは後部座席のドアを開ける。そこから緑髪の女の子が出てきた。

「ふぅ...」

真紀だった。84年前の世界で17歳の僕と別れを告げ、今戻ってきたのだ。

「それにしても不思議ね~。2週間近く向こうにいたのに、こっちでは4,5時間しか経っていないなんて」
「そして僕らはその4,5時間、この時代にいなかったんだ」
「なんか...大晦日に日付が変わる瞬間にジャンプして、年越しの瞬間自分は地球上にいませんでした~みたいな感じね」
「ははっ、そうだね」

このほんわかな雰囲気、間違いなく神野家だ。そして、その中心に真紀がいる。やっとちゃんと会えた。

「ん?あの人は...」

前橋さんが僕と若菜さんと家の前に止めてある車に気づいた。続いて愛さんやアレイさんもこちらを見る。

「誰だろう?あの人...」
「さぁ?知らない人だけど...」

二人には僕のことがわからないみたいだった。まぁ、今の僕はどう見ても怪しい老人だ。それが青葉満だとわかるわけがない。たった一人を除いて...。

「え?まさか...」

真紀は目をぱちくりと開けながら、ゆっくりと僕の方へ近づく。

「満...君...?」

真紀が僕の名前を呼ぶ。84年振りに真紀の口から放たれた僕の名前を呼ぶ声を聞く。真紀は一目で察したらしい。

「満君なの...?」

真紀は目の前の光景が信じられないようだった。再会を誓った愛人が、84年間生き延びてみせ、自分の前へ再び姿を現したことを。

「あぁ...そうだよ」

僕は答える。老人らしいしわがれた声しか出ないが、僕なりの愛を込めた優しい答えだ。

「はぁ...」

真紀の口が大きく緩み、瞳からは涙の粒がぽとぽととこぼれる。

ダッ
真紀は何も言わずに走りだした。門を通り抜け、僕を目掛けて思い切りダイブした。僕は真紀に押され、地面に倒れる。

「本当に...本当に会いに来てくれた!満君が...いる!」

真紀は僕の痩せ細った老体などお構い無しに、力強く僕を抱き締める。涙と鼻水が僕のシャツににじむ。そんな僕も真紀の背中へ手を伸ばし、ゆっくり優しく抱き締める。やはり、思い切り抱き締められる痛みよりも再会できたことの嬉しさの方が大きかった。幸せだ。

「僕も...会いたかったよ」
「満君!」

周りの目などもお構い無しに、僕らはずっと抱き締め合う。こんな幸せがずっと続くことを祈った。感無量だ。本当につらいことがたくさんあったが、84年しっかり生き延びて、今真紀と再会した。僕は約束を守ることができた。こんなにも愛し合っている僕らだったが、どれだけ近くにいようと、その間にはいつだって84年もの時間の差が存在した。



だが、約束を果たした今、その時間の差は完全に無くなった。ズレた時間は修正された。僕ら二人の時間はようやく重なったのだ。

「真紀...」
「満君...」

僕らは抱き締め合うことで、その喜びを分かち合った。







「それじゃあ、上には俺の方から報告しとくから、満君のことよろしくな」
「あぁ...本当にありがとう。助かったよ」

前橋さんは時間監理局の本部へ戻っていった。アレイさんは戻る前橋さんを見送った後、家の中に戻ってきた。その夜、僕は神野邸に上がらせてもらった。案の定、中は広かった。神野家三人だけでも生活スペースが少し余る程だ。そして、タイムマシンを収納するガレージにこれまた広い中庭、かなりの大金持ちのようだ。

愛さんはいつぞやのアウトドア用のケトルでホットミルクを淹れてくれた。初めて会った日のことを思い出す。

「はい、満君。いや...その...満さん」
「『満君』でいいですよ」

呼び方に困る愛さん。そういえば愛さんは40代だと一緒に過ごしていた頃に聞いたなぁ...。懐かしい。それに比べて今の僕は101歳だ。それで僕の方が年上だから馴れ馴れしい言葉遣いはいけないのではないかと気にしているのだろう。

「でも、今の君は一応僕達よりは何十歳も年上なわけで...」

愛さんだけでなく、アレイさんも気にしていたようだ。別に気にしなくてもいいのに。

「大丈夫ですよ、気にしなくても。あの時みたいに呼んでください」

僕は笑った。年寄りになってから、優しい笑顔をつくることが昔よりもうまくなった気がする。

「えっと...満君」
「はい」
「満君、僕達のことは覚えているかな?」
「はい、アレイさんと愛さんですよね?」
「すごい...。覚えててもらえて嬉しいよ」

空気が温かくなった。老いぼれの僕を、この人達はすんなりと受け入れてくれる。嬉しかった。

「私のこと、ずっと覚えててくれたんだね。しかも本当に84年も生きて会いにきてくれたなんて...」
「当たり前さ...真紀のためだから...」
「嬉しい...///」

84年振りに拝む真紀の笑顔、素敵だ。やっぱり真紀は笑顔でいなくちゃ。

「あの...」

中々声が出せずにいた若菜さん。僕と一緒に家に上がったのはいいものの、さっきから状況が呑み込めず、困惑している。それもそのはず、肌がぼろぼろの痩せ細った老人と肌がピチピチの爽やかな女子高生が目の前でひたすらイチャついているのだから。

「あなた達は一体...それと、青葉さんと彼女は恋人同士とお聞きしたのですが、これはどういう...」

若菜さんはアレイと愛に聞く。若菜さんが僕から見せてもらったのは17歳の真紀の写真だ。だが、真紀が諸事情で僕の時代まで遡り、一緒に撮ったという事情は知らなかった。僕が教えなかったのも非はあるが...。とにかくこの写真を見ると、事情を知らない限り、同じ時代の人間同士だと思うのが当然だろう。今の満が年老いているのならば、それに伴って一緒に写っている少女も今は年老いた姿になっているはずだと思ってしまうのは当然だろう。

「えっと...若菜さん、だっけ?」
「はい、青葉さんの介護福祉士の西村若菜です」
「あなたにも詳しいことを話さななきゃいけないわね」

アレイさんと愛さんは、若菜さんにこれまでの事情を説明した。真紀がタイムマシンで僕が17歳だった頃の時代に行き、僕と出会ったこと。タイムマシンが壊れてしばらく帰れなくなり、僕に助けてもらったこと。僕と真紀が一緒に過ごしているうちにお互いのことが好きになったこと。別れの時に僕から記憶は奪わなかったこと。それから僕が真紀との再会のために必死に生きてきたこと。あまりにも出来過ぎた美しい物語を全て。







「そうだったんですか...」
「若菜さん!」
「はい!?」

急に真紀が若菜さんの名前を呼んだ。若菜さんはびっくりしながら真紀の方へ顔を向ける。

「満君をここまで連れて来てくれて、本当にありがとう...」
「どうも、お二人が再会できて私も嬉しいです」

若菜さんは真紀へお辞儀をする。年上相手にも礼儀正しいんだな、若菜さんは...。

「あ、そうだ!満君!あの時はごめん!」
「え?」
「これよりも前に満君、私と会ったのよね?あの時の私はまだ満君のこと知らなくて...本当にごめん!」

7月22日での出来事だ。あの日僕は84年振りに真紀と対面した。だが、真紀は僕のことを覚えていなかった。だが、今ならわかる。その真紀は僕の時代へ向かう前の真紀であったのだ。ならば僕のことを覚えているはずがない。真紀があんな態度を取ってしまうのも当然だ。自分の名前を言ってもわかってもらえるはずがない。

「仕方ないよ、僕と会う前なんだから...」
「それで、少しでも再会できる可能性を残そうと、あの時間と日付と住所を書いたメモを入れておいたの...タイムカプセルにね」

そう、あの挫折が無ければ、僕はそのタイムカプセルを開けることはなかった。こうして真紀としっかりとした再会を果たすための手がかりを掴めないでいた。真紀が手がかりを残しておいてくれてよかった。本当に感謝だ。本当に出来過ぎた展開だ。もしかしたら全ては起こるべくして起こったことなのかもしれない。

「だから、こうやってちゃんと会えた。ありがとう...真紀」
「うん...」
「これからどうしようか...」
「どうしようって...これからずっと一緒にいるのよ!恋人同士が一緒にいるのは当然じゃないの~」
「こんなおじいさんとかい?」
「え?」

どこからこんな不安な感情が入り混んできたのだろうか。また後ろ向きな考えばかりが浮かんでくる。何の前振りも無しに。

「見ての通り、僕はよぼよぼのおじいさんだよ。杖無しではまともに歩けないし、声だってがらがらで肌もぼろぼろだ。いずれ病気で倒れるし、まともにしゃべれなくなるだろう。君の恋人はもう昔みたいな青年じゃないんだよ」

ありったけの後ろ向き発言を羅列した。ここまでたどり着くまでに背負った全ての不安を吐き出すかのように口が動く。

「それに、こんなカサカサの唇じゃあキスだっt...」

その口が塞がれた。真紀のキスによって。端から見れば女子高生と老人がキスをしているという、衝撃的な光景だ。だが、そのキスは誰よりも美しいものだ。

「真紀...?」

僕は困惑する。潤った口をぽかんと開けなかがら。

「何か問題ある?」

小馬鹿にするかのように真紀が笑う。そして続ける。

「私はね、満君のことが好きなの。好きな人がたとえおじいさんになったとしても、私は絶対愛し続けるわ。いつまでもね。どんな満君でも受け入れてみせる。だからね、私と一緒に生きて」

真紀の言葉は実に不思議だ。励まし言葉の一つ一つが心に染み渡る。不安が完全に取り除かれていく。これを乗り越えた僕はもう恐れるものなど無かった。

「真紀...ありがとう」
「ま~た私に迷惑がかかるとかどうとか考えてたんでしょ~?ほんっと、お人好しなんだから~」
「あはは、真紀にはお見通しかぁ~」
「あったり前よ~♪」

僕らは顔をギリギリまで近づけ合い、互いの目を見て笑った。時間も距離も追い着いた僕らを止められるものは何も無かった...













そう思っていた、この時は。

「それじゃあ、またね」
「うん!改めて、これからもよろしくね!」
「あぁ...」

僕は座っていたソファーから立ち上がり、玄関へ向かう。一歩を踏み出そうとしたその時...

ズギッ

「...!?」

膝に痛みを感じた。その瞬間、僕はバランスを崩し、床に倒れた。

バタッ

「満君!?」
「ぐっ...!」

その痛みはかつて経験したことの無い過酷なものだった。僕は膝を押さえながら悶絶した。

「満君!?どうしたの!?大丈夫?満君!?」

真紀は僕に駆け寄り、何度も呼び掛ける。だが、僕はそれに応えることが出来なかった。意識が次第に遠退いていく...。

「真紀...」

終いには天井の蛍光灯の光も見えなくなった。僕は完全に闇へと引き込まれた。










   * * * * * * *



「青葉さんは...骨肉腫を患っております」
「え?」

アレイと愛、真紀、若菜の前で、医師は診断結果を告げた。

骨肉腫。いわゆる骨にできるガンだ。満の場合は、右足の膝蓋骨に悪性の腫瘍ができていた。明確ではないが、遺伝子の異常によって発症することが多いと言われている。しかし、満の遺伝子には特に異常は見られなかった。原因は不明だった。だが、足にとてつもない負担をかけていたことが一つの要因ではないかと医師は推測した。
骨肉腫自体珍しい症状であり、発症する年齢層は10代後半に集中するとも言われている。満のような高齢者での発症はさらに大変珍しいケースだ。

「かなり進行しております。早急の摘出手術が必要です」

今回は発見がかなり遅れてしまった。骨肉腫などの骨軟部腫瘍は肺などに転移しやすい。そうなってはさらに手遅れになる恐れがある。

「お願いします!」







15万円近くの手術費は満の財産からあてられた。その3割ほどをアレイが負担した。満は都市の病院で緊急入院をした。摘出手術の前に、抗がん剤治療を行った。摘出手術の成功率を少しでも上げるためだ。

「ううっ!」
「満君!頑張って!」
「けほっ...けほっ...」

満は何度も吐き気を催した。抗がん剤の副作用だ。今回の治療に使われた薬剤は副作用の出にくいタイプのもののはずだった。しかし、弱った満の体では耐えられなかったようだ。真紀は満が嘔吐をする度に背中をさすった。数日前のピンピンした姿がまるで嘘のようだった。満の体は日に日に痩せ細り、食欲も無くなっていった。あの爽やかな笑顔もどこかに消えてしまった。それから数日間、地獄の治療生活が続いた。少しでも満の心の支えになりたいと願い、真紀は毎日病院へ通い、満の隣で彼の手を握った。そして、治療期間は一旦終わった。

「腫瘍が少し小さくなってきました。腫瘍の摘出手術を行いましょう」

満はストレッチャーに寝かせられ、手術室へと運ばれた。運ばれる満を追いながら、真紀は満に声をかける。

「満君!頑張って!絶対成功するからね!」
「真紀...」

満は今にも眠りにつきそうな様子だった。体力がほぼ限界にきているようだった。だが、瞳だけは力強さを感じた。満を乗せたストレッチャーは手術室の扉を通り抜け、奥へと進んで見えなくなった。真紀は廊下の真ん中で立ち止まり、手術室の扉が閉まるのを見つめた。

「...」







手術は3時間にも及んだ。手術中の点灯が消えたことを確認し、真紀達は廊下の椅子から立ち上がった。手術室の扉が開き、中から医師が出てきた。

「先生!満君は...?」

真紀は真っ先に駆け寄った。それに続き、アレイと愛、若菜も医師の前に集まった。

「腫瘍の摘出は成功しました」

医師は腕で汗を拭いながら言った。四人はほっと胸を撫で下ろした。

「いえ、まだ安心できません。腫瘍が他の臓器に転移しているかどうか調べる必要があります。再び精密な検査を行いましょう」

まだ事態は完全に解決したわけではない。真紀達は再び不安にさらされるのだった。続きに検査室へと運ばれる満。摘出手術が終わり、ほっと一息つく暇も与えられない。

「真紀...疲れたでしょう?」

ふと、愛が真紀の肩に手を乗せる。

「満君のことは僕らが見ておくから、真紀は家に帰って少し休みな」
「...うん」

真紀自身も満のことが心配で最近食欲も無く、十分な睡眠も取れていない。圧倒的な疲労感に押し潰されている。両親の恩に乗っかり、真紀は一旦家に帰ることにした。








困ったことに、家の中にいても落ち着けなかった。満のことが非常に心配だった。また体に悪いことは起きていないだろうか?満は苦しんではいないだうか?そう考えると、呑気に休んでなどいられなかった。考えれば考えるほど病院へと戻りたくなる。

「満君...」

ピンポーン
家のインターフォンが鳴った。誰か来たみたいだ。真紀は玄関へ向かい、ドアを開ける。

ガチャッ

「真紀...」

直美だった。約2週間振りの対面だ。

「直美!直美じゃない!久しぶりね~」
「久しぶり?何それ?それよりも、アンタ時空難破に遭ったんですって!?大丈夫だったの?」

直美は心配して様子を見に来てくれたらしい。何だかんだで真紀のことを心配してくれている。流石親友だ。

「うん。84年前くらいに漂流してね、そこで2週間くらい帰れないでいたの。でももう大丈夫よ♪」
「そう...それで久しぶりって言ったのね。とにかく、アンタが無事でよかったわ...」
「うん。ありがとう...」

直美に久しぶりに会えたことで少し気を紛らわすことができた、かと思った真紀だったが...

「ん?元気無いわね。何かあったの?」

満のことが心配なのは変わらなかった。そのことを直美に悟られそうになる真紀。

「えっと...実は...」

真紀は直美にも事情を話すことにした。過去の時代であったこと、そして、今起きていることも全て。




真紀と直美は場所を変え、家の近くの公園のベンチで話し合った。

「なるほどね。んで、その満さんが今病院で大変なことになってると...」
「大変なことって...一応手術は成功したんだから!」
「でも、まだ安心はできないんでしょ?転移してる可能性を調べてるらしいじゃない。ガンってことは死ぬ可能性も...」
「そんなことあるわけ無い!!!!!」

真紀は怒鳴った。迫り来る現実を無理やり否定するかのように。だが、真紀も薄々そんな可能性が存在するのではないかと危惧していた。

「ごめん。でも、あり得ない話ではないわよ。骨肉腫って死亡例も多いみたいだし...」
「そんな...」
「不安にさせるつもりじゃないけど、気をつけた方がよさそうね」
「...」

何も言葉が出なくなる真紀。満の死、考えたくもないことだ。そのことを考えただけで不安が止まらなくなる。

プルルルルルルルルル
突如、真紀のスカートのポケットにしまってあったタイム・テレフォンが鳴った。真紀はそれを手に取る。愛からの電話だった。真紀は着信ボタンを押し、電話に応答する。

「ママ...何?」

真紀の呼び掛けに愛はすぐには応えない。うっすらと鼻水をすする音が聞こえる。

「ママ?」
「真紀...満君が...」

ダッ
真紀はすぐさまベンチから立ち上がった。



   * * * * * * *



恐れていた事態が本当に起きてしまいそうになった。なんでよ。どうしてこうなるのよ。悪い冗談ならやめてよ、神様。

私と直美は走って都市の病院へと向かう。院内にうろつく患者や看護婦をかわしながら、私達はエレベーターに乗る。エレベーターは沈黙と共に私達を上の階へと運ぶ。心臓がドクドクと音を立てる。静かなエレベーターの中にハァハァと荒れた私の息だけが響く。直美は右隣で私の様子を伺う。

チンッ
エレベーターの扉が開き、私は直美を置いて駆け出す。全速力で満君のいる病室へ向かう。

ガラッ!

「満君!!!!!」

私は思い切り病室の扉を開けた。中にはパパとママ、若菜さん、お医者さんがいた。みんな暗い顔でうつむいていたが、私が病室に入ってきたことに気がつき、こちらを振り向く。私はベッドに駆け寄る。満君が心配だ。

「満...君?」









満君はベッドで寝ていた。だが様子がおかしい。酸素マスクを口につけ、スースーと息をたてている。その呼吸のテンポがやたらと遅い。苦しそうだ。

「...!」

私はパパとママの方へ顔を向ける。パパは静かに顔を横に振った。ママの目には涙が浮かぶ。若菜さんに関しては顔を両手で隠して思い切り泣いている。鼻水をすする音が私を現実へと引きずり込む。

「この人が...満さん?」
「あぁ...」

遅れて到着した直美がパパに訪ねる。

「腫瘍は肺に転移していました。予想以上に進行しています。治療を施そうにも...彼の体はもう限界です」

お医者さんが無慈悲にも現実を突きつける。なんでよ。肺にガンができたのなら、それを取り除けばいいじゃない。何でもいいから...早く満君を助けてよ!未来の医療技術をもってしても助けられないって言うの?こんなの...あんまりだわ。

「真...紀...」

満君が喋った。目を覚ましたのだ。私は静かに満君に近づく。ベッドの側にある椅子に腰かける。

「満君...」

満君はしっかりと私を見つめている。私もしっかりと見つめ返す。満君らしい優しい目が私に訴えかける。

「僕...死ぬん...だね」
「違うわ!満君は死なない!死ぬわけない!」

何を言っているのよ。満君が死ぬ訳がない。これからも私と一緒にいるのよ。ずっと、ずっと。だからこんな病気早く治して、帰って来てよ...。お願いだから...。

「はは...真紀は...本当に...泣き虫...だね...」
「何よ。こんな時に」
「今...なら...よく...わかる。真紀...のこと」

初めて会った時はお互いのことを何もわからなかった私達。でも今は、こうやって心でも繋がり合えるようになった。

「君...と...知り合...えて、よか...た」

私は満君の右手に自分の両手を重ねる。手がだんだん冷たくなっていく。

「嫌だ嫌だ嫌だ!死なないで満君!まだ生きてよ!ずっと一緒にいてよ!」

溢れだした涙は重なり合った満君の右手と私の右手にぽとぽとと落ちてベッドのシーツを濡らす。泣きじゃくる私を、パパやママ達は静かに見つめる。

「けほっ、けほっ!だいじょ...ぶ...だ...て」

満君は再び私の顔を見つめる。満君は呟く。







「これからも僕は君のそばにいる。僕らはずっと一緒だから。これからもずっと、ずっとだよ...」



満君の顔がとても綺麗に見えた。あの頃の、17歳の若々しい満君の顔に見えた。そうか、満君はちっとも変わらなかった。84年前からずっと、変わらない私の好きな人だった。


「ありがとう...大好きよ。満君...」
「僕も...だよ...真...紀」

最後に満君は人生最大の爽やかな笑顔を見せてくれた。そして、静かに目を閉じた。その後、満君から言葉が続くことはなかった。満君は眠るように息を引き取った。


「午後2時07分...御臨終です」
「うっう...」

私の口からは嗚咽がこぼれる。満君は私の目の前で天国へと旅だった。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

たまらず私は泣き出した。動かなくなった満君の右手を両手で握りしめ、顔をうずくめて泣き叫んだ。それに押されたかのようにパパやママ、若菜さんに直美までもが一斉に泣き出した。みんなで泣いた。悲しみが一気に溢れだし、その病室を支配した。
満君は私達に見守られながらその生涯を終えたのだ。



その枕元には、あのピンクのチューリップを植えた鉢が置かれ、泣き叫ぶ私をいつまでも静かに見つめていた。








「...」

私は病院の廊下の一角で椅子に座り、外にある中庭を見つめる。この病院の患者だろうか。2人の小さな子供が追いかけっこをしていた。それを眺めながら、私は満君のことについて考える。

「満君...」
「真紀、ここにいたのね」

後ろから名前を呼ばれた。振り向くと、直美が立っていた。

「直美...」
「残念だったわね...満さん」

直美はゆっくりと近づいて私の隣に座る。

「私...やっぱり満君と会わなかった方がよかったのかな?」
「は?」

私は責任を感じていたのだ。満君が84年生き延びて会いに来てくれたことは私としても嬉しい。だが逆に考えれば、その84年間を私が奪ってしまったことになるのではないか。私と出会わなければ、私のことを好きにならなけらば、普通に誰かを好きになり、若々しい恋愛を謳歌し、好きな人と一緒に歳をとる。人生丸ごと好きな人と一緒に楽しむことができたのではないか。もっと素敵な人生を歩むことができたのではないか。おおむねそのようなことを、私は直美に打ち明かした。

「何よ?それ...」
「本当に私なんかでよかったのかな?私が満君を好きになったのは間違いだったんじゃないかな?私なんかが満君の大切な人生を...」

パチンッ
直美は私の頬を思い切り平手打ちした。廊下に鈍い音が響き渡る。

「アンタ、馬鹿じゃないの!?何よ今さら!そんなこと、あるわけないじゃない!」
「直美...」

赤く腫れた頬をさすりながら、私は叫ぶ直美を見つめる。

「いい?満さんはアンタを好きになってよかったと思ってる。絶対にそうよ!そうに違いないわ!死ぬ直前のあの笑顔が何よりの証拠よ。自分の人生を真紀に捧げて本当に幸せだったと思ってるに決まってるわ!」

驚きだ。直美の口から励ましの言葉が出てくるとは。しかも謎の説得力がある。

「あの笑顔を見れば、満さんのことをよく知らない私でもわかるわ。それなのにアンタはくだらないことでグチグチ悩んで、いい加減にしなさいよ!!!」

直美の怒鳴り声のおかげでスイッチが入った。あれだけ募っていた不安はどこかへ消え去った。

「ありがとう...直美」
「ふんっ、私の口から言わせるんじゃないわよ。とにかく、アンタは黙って満さんのことを愛し続けなさい」

そう言って、直美は来た道を戻って行った。

「直美~!」

私は遠ざかる直美を呼び止める。直美は黙って立ち止まる。

「直美にも早くいい人ができるといいね~!」
「...余計なお世話よ、馬鹿」

直美は廊下の奥へと歩いて行った。私は中庭の上に広がる青空を眺めた。

「満君、私も頑張るよ」

照りつける太陽の光は、まるでこれからの私の人生を祝福してくれているみたいに眩しかった。



   * * * * * * *



「まさか、タイムマシンがこんな悲劇を生むとはな...」

時間監理局の本部、局長室の窓からタイムリー・ガードンは夕焼けに照らされる街並みを眺める。アレイと前橋はテーブルを挟んで見つめる。

「タイムマシンを生み出して正解だったのだろうか、私にもわからない...」

前橋は今回の事態について嘘の報告をするつもりだったが、アレイは自分の口から真実を話すことにした。満に記憶を保持させたままだと聞いた機関の中枢部は急いで記憶消却の処置をとろうと試みたが、無駄であることに気がついた。既にこの時代に未来人の記憶を持った満の存在が確認されているからだ。タイムパラドックスの発生を防ぐためにも、見逃すしかなかった。だが、真実を話したアレイ達に待っているのは処罰だということに変わりはなかった。それでも...

「ガードン氏、我々は過去の人間に対する考え方をもっと改めなくてはいけないと思います」

再び誰かが同じような悲劇を味わうことのないように、アレイは過去の人間に対する記憶消却の処置について考えを改めることを提案したかった。特別な場合は記憶消却の処置は見送られることが許可されてもよいのではと。

「わかった。次の議会で規則の改変について検討してみるとしよう」
「あぁ...ありがとうございます!」

アレイは深く頭を下げた。

「だがなアレイ、秀哉、今回の君達の行為はやはり今の規則に反しておる。君達には納得いかないだろうし、私もできれば見逃してやりたいところではあるが...」

ガードンはテーブルの上にある書類にサインをし、二人に告げる。

「神野アレイ...前橋秀哉...タイムトラベル倹約第7条に背いたとし、二人を解雇処分に致す」






「クビかぁ~、参ったなぁ...」

時間監理局の局員としての資格を剥奪されたにも関わらず、のほほんとしている前橋。二人は夕焼けに染まった道を歩く。

「すまない...前橋。お前まで巻き込んで...」
「気にすんなって。俺だってお前の娘さんの恋心を犠牲にして職務を全うする勇気なんて無ぇよ」
「前橋...」

立場を失ったものの、これ以上真紀の悲しむ姿は見たくない。自分の大切な娘のために、全てを捨て去る覚悟を決めたアレイだった。

「俺達どうなるんだろうなぁ...自分の未来が全くわかんねぇぜ...」
「未来なんて誰にもわからないよ。たとえタイムマシンを使ったとしてもね...」

そうだ。未来は誰にもわからない。その未来が“今”とならない限り...。



   * * * * * * *




私は満君のお墓の前で手を合わせた。あの用意したピンクのチューリップを供える。お墓参りにチューリップなんてちょっと不釣り合いに思われるかもしれないけど、彼にはこれが何よりもぴったりの花だ。

「また来るね!満君!」

私は墓場を後にした。



今日は若菜さんに呼び出された。今から若菜さんの家に行くところだ。私はあれから少し変わった。髪をさらに少し伸ばし、以前のポニーテールはやめ、結び方をハーフアップにした。この方が大人っぽく見えるでしょ?この春から大学生なんだから、おしゃれしないとね~♪

「お待たせしました~」
「真紀さん!お久しぶりです!」
「久しぶり!それで、どうしたんです?急に呼び出して...」
「それがですね...青葉さんの私物の整理がまだ終わってないんです。あと写真だけなんですけど、とんでもない量でして...とても一人では片付けられないんですよ」

そういうことか。満君ったら仕方ないわねぇ...。でも、私との思い出を全て取っておいてくれていたのは嬉しい。本当に私のことを大切に思っててくれてたんだね。

「それに、私の私物の写真が混ざっちゃいまして...整理しにくくなって...」

あ、それも手伝ってほしい理由なのね。意外とおっちょこちょいで可愛いわ、若菜さん。初めて会った時はしっかりしてそうなイメージだったけど。

「私より先に来なくてどうすんのよ、真紀」

家の中から直美の声がした。玄関のドアを開けて、直美が段ボールを抱えながら外に出てきた。

「なんだ、直美も呼ばれてたの...って!どうしたのよその髪!?」

直美はストレートロングの黒髪をばっさり切り、ショートにしていた。失恋でもしたのかしら?

「何でもないわよ、ただの気分転換よ。さぁ、おしゃべりはおしまい。さっさと片付けるわよ」

直美は抱えた段ボールを外に置いた。普通気分転換で髪をばっさり切ったりするかしら?




片付けを速やかに終え、何十枚か写真をもらい、私と直美は帰路に着く。

「懐かしい~♪よく撮ったわね、あの頃の私...」

私はアルバムに入った写真を見ながら直美と並列して歩く。このアルバムはさっき若菜さんがたくさんある写真を持って帰り道やすいようにとくれたものだ。

「若菜さんが持ってったのも数えるとざっと500枚はあるわね...撮りすぎよ、あの頃の私...」

私はアルバムをめくりながら話す。さっきから直美は私の話を黙って聞いている。

「ねぇ、真紀」
「ん?」

ふと、直美が口を開いた。私は直美の顔を見る。

「さっき、この髪にしたの...気分転換って言ったわよね。あれ嘘...」
「え?」

やっぱり。女の子が長い髪をばっさり切るには何かしっかりとした理由がある。そう相場が決まっている。いや、知らないけど。

「私...好きな人ができたの。それで、その人短い髪の子が好みみたいだから...///」


黒髪のショートヘアーを指先でいじりながら赤面する直美。直美が照れてるところ、初めて見たわ。

「はぁぁ...直美~!!!」
「ちょっ、何すんのよ!離れなさいって!」

私は思い切り直美に抱きついた。なんだか直美が可愛くて仕方なかったのだ。冷徹な彼女にやっと好きな人ができた。それがとてつもなく嬉しかった。恋はやっぱり人を変えるのだ。



「ただいま~」

私は自宅に着いた。真っ先にパパとママがいる居間へ向かう。

「パパ~ママ~、見てこれ!若菜さんから色々写真もらっちゃった!懐かしい写真ばかりだよ~」

パパはソファーに座って新聞を読み、ママは台所の掃除をしていた。二人は私に気がつき、振り向く。

「おぉ、良かったな」
「満君にも見せてあげたら?」
「あ、そうね!見せてくる~」

私は居間を飛び出す。パパとママはその後ろ姿を微笑ましく眺めていたらしい。



私は和室へと向かう。襖を開け、しんとした空間に立つ。元々私の家には和室は無かった。でも、パパにお願いして改築してもらったのだ。

「あの部屋みたい♪」

ここは満君の家にあった和室に似せた。宏一さんの仏壇があったあの和室だ。なんでこんなことをしたかったのかは私にもわからなかった。ただ、一人のお人好しのことをいつまでも忘れないために必要なことだったのかもしれない。

「満君、ただいま♪」

私は簡易的に作った仏壇の前に座る。そこには17歳の頃の満君の写真を入れた遺影や、満君と一緒に撮ったプリクラ、満君がクレーンゲームで取ってくれたクマちゃんのぬいぐるみ、満君が書いてくれた古典の授業の要点のメモ、満君と一緒に行ったドリームアイランドパークのチケットなど、数々の満君との思い出の品が置いてある。そこに若菜さんからもらったアルバムを加える。

「懐かしい写真がいっぱいあるのよ。後で見てね」

私はアルバムの写真のことを満君に話す。返事は無い。部屋はしんとしている。

「それより、直美に好きな人ができたんですって!あの勉強にしか興味の無さそうな直美がよ?私、嬉しくて嬉しくて...」

直美のことを満君に話す。返事は無い。部屋はしんとしている。

「まだ会ったばっかりなのに、今度二人でデートするんですって!微笑ましいわねぇ~♪」

結構直美がうまくできていることを満君に話す。返事は無い。部屋はしんとしている。

「買い物行ったり、遊園地行ったり、クレープ食べたり、いろんなことを一緒にするんだろうなぁ~♪」

恵まれたカップルの話をする。返事は無い。部屋はしんとしている。

「いろんなことを、二人で...そしてこれからも、ずっと...二人で...一緒に...」

もう嫌になってきた。世の男女はみんな仲良く遊んでる。互いに愛し合っている。そして、ずっと一緒にいる。私だって好きな人がいるのに...そばにいるはずなのに...そばにいない。なんでいなくなったのよ。なんでこんなにすぐ死んでしまうのよ。神様、ほんとどうかしてるわ。あんな優しくて素敵な人を奪ってしまうなんて。あの人はもっと生きるべきだった。なんでこんなに早く...100歳以上も生きたらもう十分だろとでも言いたいわけ?ほんとふざけてる。あの人を...返してよ。

胸の底から怒りがこみ上げる。だが、その怒りを圧し殺し、心の頂点に立ったのは、やはり悲しみだった。

「満君...そばにいるんだよね...だったら出てきてよ...私の前に現れてよ...」

満君の遺影がぼやける。あぁ、私...また泣いてるんだ。

「ダメだなぁ...私、泣いたらまた満君に泣き虫だって言われるわ」

一旦仏壇から顔を反らす。袖で拭うも、涙は一向に止まらない。目が潤う度に満君のいない現実を思い知らされる。

「うぅぅ...満君...」

耐えられない。私は満君の遺影を見るために、もう一度仏壇の方へ顔を向ける。満君の顔を見れば少しは気が楽になると思うから。すると...

「あっ...」

遺影の後ろに一つの箱を発見した。ごま団子のパッケージ...これは確か...満君がくれたものだ。辛いことがあった時にこれを開けてくれと言っていた。

「...」

私は箱に手をかける。満君...開けるよ。

パカッ

「これは...」

中には何枚か重なったB5サイズのメモ用紙があった。何か文字が書かれてある。

「これ...手紙...と、メガネ?」

なぜか満君がかけていた黒縁のメガネも入っていた。死ぬ直前にかけていたものと同じやつだ。スペアだろうか。とりあえずメガネは置いといて、手紙を手に取って読んだ。

“君がこれを読んでいる頃には僕はもうこの世にはいないだろう...。だからと言って、また泣いてはいないだろうね?”

こんな時に何よ。生意気な文面がいかにも満君らしい。

“真紀、元気出して。確かに僕は死んでしまったけど、僕は必ず君のそばにいる。近くにいるからね”

まるで私の今の状況がわかっているかのようだった。

“真紀のこと、一緒に過ごしているうちにだんだんわかってきたからさ”

まるで満君と会話しているかのような気分だ。私はさらに読み進める。

“大好きだよ、真紀。君の顔も、髪型も、声も、名前も、全部大好き。死んでも愛し続けるから”

私の目からは再び涙がこぼれ始める。私を泣き虫にしたのは他の誰でもない君よ、満君。

“そこにメガネがあるよね?かけてみて。きっと似合うと思うから”

急に満君が変なお願いをしてきた。え?何?もうすぐ手紙読み終わるってのに、最後らへんに言うことがそれ?色々考えながらも、私はメガネをかける。私、メガネとか似合わないと思うけど...。

“やっぱり。似合ってるよ、真紀”

真っ赤に染まる私の顔。文面だけで赤面させてくるとは、かなりの強者になったわね。でも、私は今満君のメガネをかけている。満君と一つになれた気がして心がじんわりと温かくなった。私は今、満君の見ている景色を見ている。

“これから僕らは一緒の景色を見ていこう。ほら、僕はここにいるよ”

「あっ!」

縁側に満君が腰掛けていて、私の方を見て笑ったような気がした。私はすぐに駆け寄る。だが、満君の姿は見当たらない。でも、不安な気持ちは起こらなかった。満君は確実にそばにいる。それが分かったから。

“幸せな人生をありがとう...。青葉満”

私もよ。ありがとう、満君。



あぁ、幸せだなぁ...。
幸せとは何かなんて今まで考えたこともなかった。でも今、少しだけ分かった気がする。幸せというのは今のように世界で一番大切な人と一緒にいる時に感じられるこのなんとも言えない心地よさのことではないか。

うん、悪くない。むしろ最高だ。幸せだ。

幸せをぎゅっと凝縮した滴が、太陽に照らされて眩い光を反射している。

「んもう...泣いてないわよ。この...お人好し!」

私は澄み渡った青空に、愛しい一人のお人好しに、今世紀最高の笑顔を見せつけた。




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皆様、こんにちは。KMTです。
今までタイム・ラブを読んでいただきありがとうございます。物語の構成、登場人物、心情描写など、約一年間かけて考え、無我夢中で書き続けてきたこの物語も今回で終了となります。素人がこんなに頑張って書き続けられたのは、読んでいただいている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。書いている内にこの作品に愛着が湧き、番外編なども書いてみたくなりました。もしかしたら近々投稿するかもしれないので、番外編の方もご愛読よろしくお願いします。これからもたくさんの人々を感動させられるような物語を頑張って作っていきたいと思います。なので、今後も応援していただけると嬉しいです。長くなりましたが、これからもKMTをよろしくお願いします。それでは、また次の作品でお会いしましょう...。


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