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風雲!魔王城 中編

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 レセアが厨房に着くと、すでに厨房の主人である、一番目様が帰ってきていた。

「魔王様と三番目様の食事はありますか?」と聞いてみると、どうやら四番目様と五番目様が間違って狩りの昼食として持って行ってたらしい。
「また作ろうか?」と嫌な顔一つせずに、爽やかに笑って言ってくれる一番目様。「自分で作ってみます!」と言うと、ぽんと頭をなでられて、いつか僕にも作ってねというお言葉と、材料は何でも使っていいよ、というお許しも頂いた。

 とにかく魔王様は意外と好き嫌いがないので、ここは三番目様の好みに合わせていただこうと思う。

 ご飯を持っていっても、本を読むのをやめないだろうから、ここはサンドイッチだ。
 一番目様が朝一で焼いた、そのまま食べても十分美味しそうな、ふわっふわな食パンを厚切りにする。それに横に切り目をいれて袋状にして具を押し込もうと思う。そうしないと三番目様は、本を読むのに夢中で、具をこぼしたパンだけ食べてそうだし……と思うからだ。
 何の肉かは良く分からないのがちょっぴり怖い。四番目様特製厚切りベーコンをカリカリに焼き、目玉焼き、サラダを味付けしてチーズと共に押し込む。
 両面をフライパンで焼き、サンドイッチの完成だ。
 そして、二番目様の愛牛絞りたてのミルクをピッチャーに入れて、見た事もないほど作りは豪華だけれど、どことなくグロテスクな食器と杯を二つ持っていく。

「ワイルドだな」

 レセアの忠告を聞き入れて、階段はしごを移動させて、比較的明るい本棚の前に場所を移していた三番目様。はしごの手に取りやすい段にサンドイッチを置くと、見た目に一言感想を言って、視線はすぐに本に移した。でも手はサンドイッチをつかんで、黙々と食べているので問題はないみたいだった。思った通り、サンドイッチを袋状にした分、具もこぼれる心配もないようだ。
 魔王様用には、テーブルにフォークとナイフをセットし、席についてもらう。
 先ほどよりは幾分マシになった顔で、いただきますといわれて行儀良く食べ始めた……と思ったら途端、目に涙が溢れ出した。でも、顔は笑おうとしている。

「ど、どうしたんですか?」
「な、なんでも……ないぞ!」
「まさかっ!!」

 魔王様が手をつけていない方を食べると。作った自分でも吹き出すほどの、衝撃の不味さだ。
 サンドイッチだから、失敗なんてするはずないと味見していなかったのが運の尽き。

 ……具の味付けに使った塩と砂糖を、間違えている。

 この不味さを、もくもくと食べている三番目様に視線を向けると。

「別に集中していれば、食べられない味じゃない」

 三番目様の優しさは、少しずれている。
 どうやら一番目様には、レセアの手料理を食べてもらうのはもっと先になりそうだ。
 申し訳なく平謝りで、二人から食べ物を回収していると、またもや姫様のオペラ歌手も真っ青な肺活量の華麗なる美声で、レセアを呼ぶ声がした。

 その声が聞こえた途端、魔王様はがくがくと震えだす。

 魔王様は、激しい姫様が凄く苦手なのだ。
 本心では丁重に城にお帰り願いたいのだが、あの剣幕でこの城に滞在させろと詰め寄られると、首を縦に振るしかなかったらしい。
 仕方がないので、姫様の部屋に行く前に一番目様に平謝りして、二人の朝食を作って運んでもらうことにした。

 下げた食べ物は捨てるのももったいないので、ナプキンに包んで後で自分の昼食にまわす事にする。
 きっとマヨネーズさえかければ、何とか食べれそうな気がする。

 レセアは立派なマヨラーだ。

 マヨラーには何事も開拓チャレンジ精神が必要だった。





 ーー姫様の部屋に着くと、そこには姫様は居なかった。

 姫様のレセアを呼ぶ声は、場内に響き渡り続ける。

 早く探し出さなきゃ、魔王様が怯え続けてしまう。
 内心焦りながら、やっとのことで姫様の声がした方向を探り当てると、そこは「入るな危険!」と書かれた紙が張られている部屋の前の扉だった。
 そのがっしりした両開きの二つのドアノブは、鎖でぐるぐる巻きにされて、大きな錠前が封印のように付いていた。
 そういえば、魔王様にこの城に滞在の許可をもらった時に「ここにだけは絶対入るんじゃない! 入らないでくださいお願いいたします」と土下座されんばかりに頼まれたことがある。仕方なく前を通る時は、音を立てないように! という注意付きで。
 「何があるんですか?」と尋ねても、考えるのも恐ろしいと言いたげに「とにかく危険だ」の一点張りだった。
 レセアは使用人としては、そう家の主人に頼まれたのなら――しかもそれが、曲がりなりにも魔王様なのであるし――危険があるんだろうな、と近寄らないようにしていた。
 しかし、どうやら姫様は違ったらしい。
 来るのが遅くなったのを散々叱られた後に。

「今日こそこの部屋に入るわよ、レセア!」

 そう誇らしげに言われても、魔王様がアレだけ頼んでいたのだから、レセアは姫様の命令でもためらう。
 そして止めるのだが、勿論レセアに姫様を止められるはずがない。

「そうは言っても、鍵もないですし」
「鍵なら手にいれました」
「え、いつの間にですか?」
「家宰室の鍵置き場に、でかでかと入るな危険というタグをつけて置いてましたわ」

 ま、魔王様ったら……むしろ目立ってます。

「本当に入って欲しくないなら、鍵を捨てて扉を塞いで、あること自体秘密にしておけばいいのよ! 入るな入るなといわれると、入ってみたくなるじゃない!」
「姫様、どこぞの芸人のネタですか……」
「ともかく!! あんなヘタレが危険って言うものが、信用できて?」
「そう言われると……」

 魔王様の性格を考えると、危険のレベルの水準は、とてつもなく低く感じられます。

「案外、私達にはなんでもないことかもしれませんわ。それに何かあっても、この城には勇者様がいるじゃない!」
 姫様のいう勇者の単数形は、もちろん一番目の勇者様だ。

「いいわ、貴女がそこまで私に逆らうというのなら、自分で開けます」
「! わ、わかりました!」

 姫様が、「入るな危険!」とお札のような張り紙を剥がそうとしたので、あわてて止める。姫様に危険なことをさせるぐらいなら幾分自分があけたほうが安全なような気がして、レセアは覚悟して張り紙に触れた。


 ――匂いが、する――。


 まるで軽い静電気のような、ピリッとした感覚が指に伝わると、レセアは張り紙から手を反射的に離す。
 しかも、声が聞こえた気がした。
 気のせいだろうか、嫌な予感がするが気を取り直してもう一度触れると、今度はなんともない。張り紙はあっさりと剥がれた。姫様から鍵を受け取って、錠前と鎖をはずすと、ドアノブを恐る恐る回す。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「きゃあっ!!」

 回しきる前に背後から悲壮な叫び声が聞こえてきて、振り返る。
 そこには、ゆらりと今にも倒れそうな魔王様がたっていた。

「あががががが……開けてくれるなと、アレだけ余が懇願したというのに……」
「フンッ、どうせ大したものでもないのでしょう?」
「お、お前は知らないのだから、そういえるんだ! こ、ここには本当に危険な奴が……いやまだノブを回しただけなのなら、ギリギリセーフかも知れん……。
 レセア、ゆっくり手を離して、余の後ろに静かに隠れるんだ」
「何よ!」

「しっ、お願いだから静かに、奴が起きてしまう」


「……魔王様、奴って?」

 レセアは冷や汗をかきながら、ドアノブを音を立てないように放す。不機嫌な姫様の手を引いて、魔王様の言うとおりにする。魔王様はまるで警戒している子猫のように、扉を凝視して視線をそらさない。
 以下、小声で会話が始まった。

(こ、ここにはな、余の側近のミロワールが眠っているのだ)
(側近なら、何故貴方がこうおびえておりますの!)
(そ、側近といっても父の代からおるので、余は頭が上がらない……)
(なんて、情けないこと!)
(で、そのミロワール様を起こすと怒られてしまうということですか?)
(いや、起こす分にはたいした問題じゃないのだが)
(なんなのはっきりお言い!)
(ミロワールはな、寝る前に余に宿題を出しておったのだ。
 それが終わるまでは起こしてはいけないときつく言いつけられていて……だから宿題が終わっていない状態で起こすとなると、とても余が怒られてしまうのだ)

「まぁ、呆れた! やっぱり大したことがないのじゃないの!」
(しぃぃぃぃーーーーーー静かにするのだ、姫!)

 その言い訳から分かるのは、想像を超えるハードルの低い理由だったので、姫は激怒する。
 でもレセアは、少し嫌な予感がしたので魔王様に尋ねてみる。

(えーっと魔王様。その宿題って、何なんですか?)


(うう、世界征服……)


 その言葉を聞いて、やっとロザリアンナ様にも扉の向こうが危険だということが分かったらしく、おとなしくなった。

(ミロワールが起きていた頃はここも活気のある、魔王らしい城だったのだ。
 しかしある日魔王らしくない余に、痺れを切らしたミロワールが全員をリストラし、一から自分の力で配下をつくり世界を征服しろと……)

 通りで、城に誰もいなかった訳ですね、魔王様。
 でもお話を聞く限りだと……更にとても嫌な予感しかしない。

(今、魔王城に、勇者様達が住んでるって、ミロワール様が知ったら)
(たぶん、余が怒られるだけでは済まないのだ。だから開けるなと言ったのに)
(そーれーをー早く言っておきなさいな!!!!)
(く、くび、が締まるっ!!)

 姫様が魔王様のマントを、後ろから容赦なしに引っ張る。
 だとしたら、先ほどレセアに聞こえた声は、「人間の匂いがする」って事だろうか? そう考えるとサーッとレセアの血の気が引く。

(ごめんなさい、魔王様! 私が悪いんです)
(そなたは、悪くない。……下がっていろ、レセア)

 ……悪いのは姫様だと、この状況で言わないだけ学習したのか。

 凄く、凄く脂汗をかいている魔王様。どれだけ怖いかが伝わってくるのに、でもレセア達を庇うように頑張って立ってくれているのでじんと来た。
 飼っている小型の愛犬が、主人を助けるために、まさかの人食い熊に立ち向かうレベルの感動だ。

(そんなことより早く、だったら私をお城に返して頂戴!!)
(今、転送の魔法をつかったら、確実にミロワールは起きてしまう、動くな)

 どうやら、ミロワール様は現在夢かうつつかの状態で、些細な事で起きてしまいそうになるらしい。
 心臓が止まりそうになる程の緊張と、静寂の中、それはすぐに訪れた。


 ――――何をやっているのですか、陛下?――――


 冷気のようなひんやりとした声がして、扉のノブがギリギリと回ってゆく。
 レセア達には緊張のあまり、酷くゆっくりな動きに感じられる、時間の支配。
 カチリとノブを回しきり、段々と無音で開いていく、扉からもれるのは冷気。
 恐怖を煽るのには、十分な味付けだった。


 ドアの前で固まっている三人に、戦慄が走る。


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