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第弐幕 宿祢
第七話
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「ん…」
その人が目覚めたのは、日が沈みかけた頃だった。
白い霧が夕日を浴びてほんのりと茜色に染まる。
その光景がとっても綺麗で、お姉さんと一緒に見惚れていた時だった。
「あ、気が付きましたか?」
ゆっくりと瞼が開かれていく。
現れたのは、とっても綺麗な空色の瞳。
ゆらゆらと揺れながら、その目がわたしを捉えた。
「ここ…は?」
「ここは霊嘩山です」
「りょうかせん?」
「はい。いすゞの里にある霊山なんですよ」
「いすず…」
「あの、痛いところとかありますか?」
まだ意識がはっきりしていないみたいで、その人はぼんやりと見返してくるだけ。
今はまだゆっくり寝かせておいたほうがいいかな?
「……おい、お前」
洞窟の入り口に寄りかかり腕を組んでこちらを見ていた迦楼羅丸様が、突然天狗さんに声をかけた。
「外にいる天狗連中は、お前を狙っているのか?」
「え?天狗?」
もしかして昼頃に迦楼羅丸様が言っていた『何か』って、天狗だったのかな?
でも、どうして天狗が天狗を狙うの?
「天狗……そうか、奴等、近くに……うっ」
「あ、まだ起きちゃだめですよっ!」
迦楼羅丸様の一言に何か気が付いたのか、天狗さんは起き上ろうとした。
全身包帯ぐるぐる巻きになるほどの怪我だから、もちろん起き上るなんてできない。
痛みに顔を歪めた天狗さんを、わたしは慌てて支える。
もう、どうしてそういう事言うのかな。
「何故狙われている」
「奴等…拙者が…秘宝を…持ち出したと…勘違いして…」
「そうか」
「助けて…いた…だいたのに…巻き込んで…しまうとは……」
痛みを堪えながら天狗さんが言う。
申し訳ないと頭まで下げられてしまった。
「気にしないでください。わたしが勝手にやった事ですから」
「そうだ。そこの小娘がよせというのに勝手にやった事だ」
「もう!迦楼羅丸様は少し黙ってて。話がややこしくなっちゃう」
「事実を述べたまでだ。俺は厄介事には関わらん。だが…」
そういうと迦楼羅丸様は壁から背を話して洞窟の外へとゆっくり歩きだした。
「売られた喧嘩は買う主義でな」
そういう迦楼羅丸様の向こう、霧の中から数人の男性が現れた。
わたし達人間と外見は変わらないけれど、その背中にはやっぱり羽。
この人達も天狗って事だよね。
という事は、この天狗さんを怪我させた人達ってことなのかな。
赤みがかった黒髪の男性が前に出る。
「喧嘩を売ったつもりはないが…」
「俺の張った結界をわざわざ破っておいてか?」
「ああ、あれはお前のものだったのか。我等はてっきり…」
そこまで言って、男性は天狗さんを顎で指した。
「そこに転がっているゴミが張ったものかと」
男性が『ゴミ』と口にすると、他の天狗達はみんなニヤニヤと笑った。
ひどい。
人をゴミ扱いするなんて。
たしかにわたし達が見つけた時はボロ雑巾みたいになっていたけれど、でも、そんな言い方ってないよ。
「どうして同じ天狗なのにゴミ呼ばわりできるんですか!」
思わず口にしてしまったわたしの一言に、天狗達はさっと顔色を変えた。
そして一斉にわたしを睨みつける。
「ひっ」
その視線は鋭く冷たくて、睨まれたとたんに息が出来なくなった。
どくんどくんと、やけに自分の心音がよく聞こえる。
こ、これがもしかしてもしかしたら、蛇に睨まれた蛙状態ってやつかな?
やだ、怖い。
冷や汗がどっと出てきちゃった。
硬直したまま動けずにいるわたしの視界を、影がそっと塞いだ。
それは包帯ぐるぐる巻きの天狗さんの背中だった。
天狗さんが、わたしを庇ってくれたおかげで、ようやく鋭い視線から解放される。
体に突き刺さるようなあの感覚がなくなっただけで、ようやく息ができるようになった。
早い鼓動が、今の感覚は嘘じゃないぞって言っているみたい。
「我等とそれを一緒にするな」
「そんな出来損ないと同一視されるなど、不愉快極まりない」
わたしは天狗さんの背からこっそりと天狗達を見る。
彼等はもうわたしには興味がないみたいで、迦楼羅丸様に向き直っている。
時折天狗さんを軽蔑したような目で見ている。
「貴殿の結界を破った事は詫びよう。だが、我等はその不要物から回収しなければならないものがある」
「ふん」
「それを、こちらに渡してもらおう」
その言葉に、迦楼羅丸様は天狗さんを見た。
「拙者、何も…持っては…おらぬ…」
「天狗さんの言う通りです。彼は錫杖以外持っていません」
手当てをする時に天狗さんの服を脱がせたけれど、これといって変わったものは持っていなかった。
錫杖と、ボロ雑巾よりもひどい有様になっている着物だけ。
「確かに何も所持していなかったな」
迦楼羅丸様もわたし達に同意する。
お姉さんも怪しいものは見ていないと頷いた。
「そんなはずはない。落魂珠を所持しているはずだ」
「らっこんじゅ?」
聞きなれない単語に、わたしは首をかしげる。
『モノノケ達の力の源よ。人間と違って、モノノケは第二の心臓のような物を持っているのよ。それが落魂珠。妖力を宝珠として具現化させるの。心臓を貫かれても落魂珠がある限り、そのモノノケは死なないと言われているわ』
「そうなんだ」
『神託の水晶があったでしょう?あれは迦楼羅の落魂珠なのよ』
「え!?そうなの!?」
「…娘?」
「あ、なんでもないです。こっちの話」
お姉さんの説明に小声で答えたつもりだったけれど、近くにいる天狗さんには届いたみたいで、訝しまれてしまった。
そうだよね、みんなにはお姉さんの声が聞こえないんだもの。
急にわたしが独り言を話し出したようにしか聞こえないよね。
不思議がられても当然だわ。
…あれ?
でも神託の水晶みたいな玉なら、どこかに隠せるんじゃ?
『ちなみに、落魂珠は常に傍にないとダメみたいよ。遠くに隠したりすると、確かに不死身にはなれるけれど、妖力が使えなくなるらしいわ』
「そうなの?」
『ええ。身に着ける…とまではいかなくても、迦楼羅の場合は半径五メートル以内ってところらしいわ』
「へぇ」
『その時の状態によって、引き離せる範囲も変わるらしいわ。今の彼のように満身創痍状態で落魂珠が傍にないのは、とっても危険よ。モノノケは妖力を生体エネルギーとして使用しているから』
「なるほど」
ハッキリ言って、今のわたしには妖力とか霊力とか、そういうのはさっぱりわからない。
でも天狗さんが落魂珠を持っていない事と、今の状態で所持していないのはおかしいって事だけは分かった。
あれ?
でも、どうして天狗達はこの天狗さんの落魂珠が必要なのかな?
「この状態で落魂珠は生み出せない。お前達は誰の物を探している?」
「話す必要はない。お前達は素直にそれをこちらに引き渡せばいい」
「あの、」
「なんだ?」
「あなた達は、この天狗さんをどうするつもりですか?」
「そんな恥さらしの不要物は、落魂珠を取り戻せば用済みだからな。処分する」
「それって、殺すって事ですよね」
「その通りだ。何か問題でもあるのか?」
「あるに決まっているじゃないですか!さっきから聞いていれば『ゴミ』とか『不要物』とか『処分』とか…。同じ天狗なのに、どうしてそんなひどい事が言えるんですか!」
「同じではない!そんな紛い物と我等を一緒にするな!」
視線だけで人が殺せるなら、わたしはきっと死んでいた。
それくらいに鋭い視線がわたしに突き刺さる。
「娘は…関係ない…。にら、むな…」
「うるさい!お前は黙って落魂珠を差し出せばよいのだ!」
「持ってはおらぬ…。おらぬどころか、見た事すら…ない」
「えぇいっ。拉致が明かん。こうなれば力づくで手に入れるまでだっ」
そういうと、天狗達は一斉に小刀を抜いた。
さすがにその光景は怖かったけれど、これ以上天狗さんに怪我をさせる訳にはいかない。
「あなた達に天狗さんは渡しません!」
「娘!?」『冬!?』
わたしは天狗さんの背後から出て、彼の目の前で両手を広げる。
天狗さんとお姉さんが同時に驚いた声を上げた。
だって、殺されるってわかっているのに引き渡すなんてできないよ。
「だそうだ。ここは大人しく退け」
「なんだと…!?」
やれやれとため息をつきながらも、迦楼羅丸様がわたしの味方をしてくれた。
迦楼羅丸様って、怖い鬼なのかと思っていたけれど、結構優しいかも。
「こいつがどうなろうと俺には関係ないが、小娘に手を出されては困る。それに、先程も言ったが、売られた喧嘩は買う主義だ」
「そうか…。鬼風情が、我等に楯突いた事を後悔するがいい!」
「はっ。そういうお前達こそ、死んで後悔しろ!」
ダッと走ってきた天狗達を、迦楼羅丸様はニヤリと口角を上げて笑って迎え撃つ。
迦楼羅丸様、何も持っていないのに…。
多勢に無勢だよ、どうしよう。
『冬!迦楼羅に伝えて』
「え?う、うん」
『迦楼羅、殺してはダメ!』
「迦楼羅、殺してはダメ!」
お姉さんの必死そうな声に、わたしは同じく必死に叫んだ。
その声が届いたのかどうかわからないけれど、迦楼羅丸様が一瞬だけ表情を変えた。
怖い笑顔が固まる。
すぐにキリリとした顔になり、襲い掛かってきた天狗達を次々と捌いていく。
誰にも怪我をさせず、攻撃を全部かわしながら小刀を持つ手に手刀を降ろしては、小刀を次々と手放させる。
「ぐぅ…」
わたしでさえ迦楼羅丸様と天狗達の実力差がはっきりとわかった。
きっと天狗達は身をもって知ったと思う。
急に迦楼羅丸様と距離を取り始めた。
「お前達では勝てん。出直してくるんだな」
「くそっ」
「覚えていろ」
「落魂珠は必ず手に入れるからな」
悪役のような捨て台詞を残して天狗達は空へと羽ばたいていった。
迦楼羅丸様が勝ったって事でいいんだよね?
「とりあえず、今宵の平穏は確保できたな。結界を張り直す。お前はゆっくり寝ていろ」
「しかし…」
「そうだよ、天狗さん。今日はゆっくり休んで」
「……」
「事情は明日、聞かせてもらう」
「……かたじけない」
ためらっていた天狗さんだったけれど、迦楼羅丸様の言葉に深々と頭を下げた。
確かに事情は気になるけれど、今はまずゆっくり休んでもらいたい。
じゃないと治るものも治らないもんね。
すっかり日の暮れた山は怖いくらいに静寂で、絶対に下山なんて無理そう。
迦楼羅丸様の言うように、今夜はここで野宿した方がいいみたい。
見張りを引き受けてくれた迦楼羅丸様にお礼を言って、わたしは天狗さんの隣で横になった。
…ことり様達、怒ってないよね?
その人が目覚めたのは、日が沈みかけた頃だった。
白い霧が夕日を浴びてほんのりと茜色に染まる。
その光景がとっても綺麗で、お姉さんと一緒に見惚れていた時だった。
「あ、気が付きましたか?」
ゆっくりと瞼が開かれていく。
現れたのは、とっても綺麗な空色の瞳。
ゆらゆらと揺れながら、その目がわたしを捉えた。
「ここ…は?」
「ここは霊嘩山です」
「りょうかせん?」
「はい。いすゞの里にある霊山なんですよ」
「いすず…」
「あの、痛いところとかありますか?」
まだ意識がはっきりしていないみたいで、その人はぼんやりと見返してくるだけ。
今はまだゆっくり寝かせておいたほうがいいかな?
「……おい、お前」
洞窟の入り口に寄りかかり腕を組んでこちらを見ていた迦楼羅丸様が、突然天狗さんに声をかけた。
「外にいる天狗連中は、お前を狙っているのか?」
「え?天狗?」
もしかして昼頃に迦楼羅丸様が言っていた『何か』って、天狗だったのかな?
でも、どうして天狗が天狗を狙うの?
「天狗……そうか、奴等、近くに……うっ」
「あ、まだ起きちゃだめですよっ!」
迦楼羅丸様の一言に何か気が付いたのか、天狗さんは起き上ろうとした。
全身包帯ぐるぐる巻きになるほどの怪我だから、もちろん起き上るなんてできない。
痛みに顔を歪めた天狗さんを、わたしは慌てて支える。
もう、どうしてそういう事言うのかな。
「何故狙われている」
「奴等…拙者が…秘宝を…持ち出したと…勘違いして…」
「そうか」
「助けて…いた…だいたのに…巻き込んで…しまうとは……」
痛みを堪えながら天狗さんが言う。
申し訳ないと頭まで下げられてしまった。
「気にしないでください。わたしが勝手にやった事ですから」
「そうだ。そこの小娘がよせというのに勝手にやった事だ」
「もう!迦楼羅丸様は少し黙ってて。話がややこしくなっちゃう」
「事実を述べたまでだ。俺は厄介事には関わらん。だが…」
そういうと迦楼羅丸様は壁から背を話して洞窟の外へとゆっくり歩きだした。
「売られた喧嘩は買う主義でな」
そういう迦楼羅丸様の向こう、霧の中から数人の男性が現れた。
わたし達人間と外見は変わらないけれど、その背中にはやっぱり羽。
この人達も天狗って事だよね。
という事は、この天狗さんを怪我させた人達ってことなのかな。
赤みがかった黒髪の男性が前に出る。
「喧嘩を売ったつもりはないが…」
「俺の張った結界をわざわざ破っておいてか?」
「ああ、あれはお前のものだったのか。我等はてっきり…」
そこまで言って、男性は天狗さんを顎で指した。
「そこに転がっているゴミが張ったものかと」
男性が『ゴミ』と口にすると、他の天狗達はみんなニヤニヤと笑った。
ひどい。
人をゴミ扱いするなんて。
たしかにわたし達が見つけた時はボロ雑巾みたいになっていたけれど、でも、そんな言い方ってないよ。
「どうして同じ天狗なのにゴミ呼ばわりできるんですか!」
思わず口にしてしまったわたしの一言に、天狗達はさっと顔色を変えた。
そして一斉にわたしを睨みつける。
「ひっ」
その視線は鋭く冷たくて、睨まれたとたんに息が出来なくなった。
どくんどくんと、やけに自分の心音がよく聞こえる。
こ、これがもしかしてもしかしたら、蛇に睨まれた蛙状態ってやつかな?
やだ、怖い。
冷や汗がどっと出てきちゃった。
硬直したまま動けずにいるわたしの視界を、影がそっと塞いだ。
それは包帯ぐるぐる巻きの天狗さんの背中だった。
天狗さんが、わたしを庇ってくれたおかげで、ようやく鋭い視線から解放される。
体に突き刺さるようなあの感覚がなくなっただけで、ようやく息ができるようになった。
早い鼓動が、今の感覚は嘘じゃないぞって言っているみたい。
「我等とそれを一緒にするな」
「そんな出来損ないと同一視されるなど、不愉快極まりない」
わたしは天狗さんの背からこっそりと天狗達を見る。
彼等はもうわたしには興味がないみたいで、迦楼羅丸様に向き直っている。
時折天狗さんを軽蔑したような目で見ている。
「貴殿の結界を破った事は詫びよう。だが、我等はその不要物から回収しなければならないものがある」
「ふん」
「それを、こちらに渡してもらおう」
その言葉に、迦楼羅丸様は天狗さんを見た。
「拙者、何も…持っては…おらぬ…」
「天狗さんの言う通りです。彼は錫杖以外持っていません」
手当てをする時に天狗さんの服を脱がせたけれど、これといって変わったものは持っていなかった。
錫杖と、ボロ雑巾よりもひどい有様になっている着物だけ。
「確かに何も所持していなかったな」
迦楼羅丸様もわたし達に同意する。
お姉さんも怪しいものは見ていないと頷いた。
「そんなはずはない。落魂珠を所持しているはずだ」
「らっこんじゅ?」
聞きなれない単語に、わたしは首をかしげる。
『モノノケ達の力の源よ。人間と違って、モノノケは第二の心臓のような物を持っているのよ。それが落魂珠。妖力を宝珠として具現化させるの。心臓を貫かれても落魂珠がある限り、そのモノノケは死なないと言われているわ』
「そうなんだ」
『神託の水晶があったでしょう?あれは迦楼羅の落魂珠なのよ』
「え!?そうなの!?」
「…娘?」
「あ、なんでもないです。こっちの話」
お姉さんの説明に小声で答えたつもりだったけれど、近くにいる天狗さんには届いたみたいで、訝しまれてしまった。
そうだよね、みんなにはお姉さんの声が聞こえないんだもの。
急にわたしが独り言を話し出したようにしか聞こえないよね。
不思議がられても当然だわ。
…あれ?
でも神託の水晶みたいな玉なら、どこかに隠せるんじゃ?
『ちなみに、落魂珠は常に傍にないとダメみたいよ。遠くに隠したりすると、確かに不死身にはなれるけれど、妖力が使えなくなるらしいわ』
「そうなの?」
『ええ。身に着ける…とまではいかなくても、迦楼羅の場合は半径五メートル以内ってところらしいわ』
「へぇ」
『その時の状態によって、引き離せる範囲も変わるらしいわ。今の彼のように満身創痍状態で落魂珠が傍にないのは、とっても危険よ。モノノケは妖力を生体エネルギーとして使用しているから』
「なるほど」
ハッキリ言って、今のわたしには妖力とか霊力とか、そういうのはさっぱりわからない。
でも天狗さんが落魂珠を持っていない事と、今の状態で所持していないのはおかしいって事だけは分かった。
あれ?
でも、どうして天狗達はこの天狗さんの落魂珠が必要なのかな?
「この状態で落魂珠は生み出せない。お前達は誰の物を探している?」
「話す必要はない。お前達は素直にそれをこちらに引き渡せばいい」
「あの、」
「なんだ?」
「あなた達は、この天狗さんをどうするつもりですか?」
「そんな恥さらしの不要物は、落魂珠を取り戻せば用済みだからな。処分する」
「それって、殺すって事ですよね」
「その通りだ。何か問題でもあるのか?」
「あるに決まっているじゃないですか!さっきから聞いていれば『ゴミ』とか『不要物』とか『処分』とか…。同じ天狗なのに、どうしてそんなひどい事が言えるんですか!」
「同じではない!そんな紛い物と我等を一緒にするな!」
視線だけで人が殺せるなら、わたしはきっと死んでいた。
それくらいに鋭い視線がわたしに突き刺さる。
「娘は…関係ない…。にら、むな…」
「うるさい!お前は黙って落魂珠を差し出せばよいのだ!」
「持ってはおらぬ…。おらぬどころか、見た事すら…ない」
「えぇいっ。拉致が明かん。こうなれば力づくで手に入れるまでだっ」
そういうと、天狗達は一斉に小刀を抜いた。
さすがにその光景は怖かったけれど、これ以上天狗さんに怪我をさせる訳にはいかない。
「あなた達に天狗さんは渡しません!」
「娘!?」『冬!?』
わたしは天狗さんの背後から出て、彼の目の前で両手を広げる。
天狗さんとお姉さんが同時に驚いた声を上げた。
だって、殺されるってわかっているのに引き渡すなんてできないよ。
「だそうだ。ここは大人しく退け」
「なんだと…!?」
やれやれとため息をつきながらも、迦楼羅丸様がわたしの味方をしてくれた。
迦楼羅丸様って、怖い鬼なのかと思っていたけれど、結構優しいかも。
「こいつがどうなろうと俺には関係ないが、小娘に手を出されては困る。それに、先程も言ったが、売られた喧嘩は買う主義だ」
「そうか…。鬼風情が、我等に楯突いた事を後悔するがいい!」
「はっ。そういうお前達こそ、死んで後悔しろ!」
ダッと走ってきた天狗達を、迦楼羅丸様はニヤリと口角を上げて笑って迎え撃つ。
迦楼羅丸様、何も持っていないのに…。
多勢に無勢だよ、どうしよう。
『冬!迦楼羅に伝えて』
「え?う、うん」
『迦楼羅、殺してはダメ!』
「迦楼羅、殺してはダメ!」
お姉さんの必死そうな声に、わたしは同じく必死に叫んだ。
その声が届いたのかどうかわからないけれど、迦楼羅丸様が一瞬だけ表情を変えた。
怖い笑顔が固まる。
すぐにキリリとした顔になり、襲い掛かってきた天狗達を次々と捌いていく。
誰にも怪我をさせず、攻撃を全部かわしながら小刀を持つ手に手刀を降ろしては、小刀を次々と手放させる。
「ぐぅ…」
わたしでさえ迦楼羅丸様と天狗達の実力差がはっきりとわかった。
きっと天狗達は身をもって知ったと思う。
急に迦楼羅丸様と距離を取り始めた。
「お前達では勝てん。出直してくるんだな」
「くそっ」
「覚えていろ」
「落魂珠は必ず手に入れるからな」
悪役のような捨て台詞を残して天狗達は空へと羽ばたいていった。
迦楼羅丸様が勝ったって事でいいんだよね?
「とりあえず、今宵の平穏は確保できたな。結界を張り直す。お前はゆっくり寝ていろ」
「しかし…」
「そうだよ、天狗さん。今日はゆっくり休んで」
「……」
「事情は明日、聞かせてもらう」
「……かたじけない」
ためらっていた天狗さんだったけれど、迦楼羅丸様の言葉に深々と頭を下げた。
確かに事情は気になるけれど、今はまずゆっくり休んでもらいたい。
じゃないと治るものも治らないもんね。
すっかり日の暮れた山は怖いくらいに静寂で、絶対に下山なんて無理そう。
迦楼羅丸様の言うように、今夜はここで野宿した方がいいみたい。
見張りを引き受けてくれた迦楼羅丸様にお礼を言って、わたしは天狗さんの隣で横になった。
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