四季の姫巫女(完結)

襟川竜

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第弐幕 宿祢

第十一話

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霊峰にも果物のる木があるらしく、わたし達はそれを朝食として食べている。
赤くて大きな実は、瑞々みずみずしくて甘い。
大きさは蜜柑みかんほどで、葡萄ぶどうのような皮が付いていて、食感も葡萄に近い。
でもこの甘さは桃のよう。
なんだかよくわからない果物だけれど、毒はないみたいで、おいしくいただいています。
近くに流れている川から水も汲んで、ちょっとしたピクニック気分。
でもそんなに楽しい時間は長くは続かないもの。
西の方角から昨日の天狗達の気配がすると迦楼羅丸様が告げた。

わたし達のする事は、宿祢が落魂珠を所持していない事を理解してもらう事。
そして宿祢の殺害を阻止する事。
武器を持った天狗達に話し合いは通用しないかもしれない。
けれども、まずは話し合うのがセオリー。
話し合いの担当はわたし。
女中として育ってきたから交渉術なんてさっぱりわからない。
幽霊のお姉さんにフォローしてもらいながら、なんとか話し合いでの解決を目指す。
昨日の様子から話し合いでの解決は無理だろうと予測できる。
交渉決裂の場合は、迦楼羅丸様の出番。
わたし達は宿祢の殺害さえ諦めてもらえればそれでいい。
宿祢も同意してくれた。
だから、天狗達と戦う意思がない事をアピールしたいんだけど、そううまくいくはずがない。
迦楼羅丸様にはもう一度実力差を見せつけてもらって、天狗達に諦めてもらうという作戦なの。
上手くいけばいいんだけど…。

「お主達には、なんと礼を述べればよいか…」
「お礼は作戦が成功してからだよ」
「うむ」
「気配が近くなってきた。そろそろ食事は終わりだ」
迦楼羅丸様が立ち上がり、西の空を見上げる。
木々の隙間から空がかすかに見えるけど、羽音とかは全然聞こえない。
気配も全然わからないし、姫巫女になる為には思っていた以上に修行する必要がありそう。
宿祢も錫杖を手に立ち上がる。
怪我をしているのだから洞窟で休んでいてもいいと言ったんだけど、どうしても見届けたいと言って聞かなかった。
自分の事なのにわたし達に任せきりになんてできない、そう言って。
だんだんと聞こえてくる、近づいてくる羽音に、わたしはごくりとつばを飲み込む。
まだ姿も見えていないうちからこんなに緊張していたら、作戦が失敗しちゃう。
でもどんどんと早くなる鼓動をどうする事も出来ない。
話し合いの結果で、その後の展開が大きく変わる。
わたしに、かかってるんだから。
失敗なんてできないんだから。
『冬、落ち着いて』
「わ、わかってる。わかってるんだけど…」
うう、すごく緊張してきた。
神託の儀式と同じくらいに、いや、それ以上に緊張してる。

やがて現れた天狗達は、昨日と同じくらいの人数だった。
昨日は赤みがかった黒髪の天狗が話をしていたけれど、今日は片目に大きな傷を負っている天狗が話しかけてきた。他の天狗達は昨日よりも綺麗な隊列を維持している。
この片目の天狗さんがリーダーなのかな?
「あんた達か、宿祢を助けたモノ好きってぇのは」
「あなたが、リーダーですか?」
「ああ。この部隊を率いている。そっちはお嬢ちゃんがリーダーかい?」
「一応…」
「おいおい、頼りない返事だなぁ」
くくくっと笑われてしまった。
頼りなくて結構。
今からぎゃふんって言わせてあげるんだから!
「わたしは七草冬です。あなたは?」
「ご丁寧にどうも。おら听穣ぎんじょうだ。さて、お互いまどろっこしいのは無にしようぜ、お嬢ちゃん」
「単刀直入ってやつですね」
「そういうこった。落魂珠を渡しな」
「持っていません」
「そんなはずはない」
「宿祢は落魂珠を生成する方法を知りません。という事は、听穣さん達が探している落魂珠は宿祢の物ではないんですよね?一体誰の物ですか?」
「そいつぁ言えねぇなぁ」
「部隊を編成してまで探しているという事は、地位のある人物の落魂珠、という事ですよね。宿祢はずっと隠れて暮らしていた。という事は、あなた達が探しているのは宿祢のお父様、当主さんの落魂珠」
「ほぅ」
听穣さんの眉が片方だけぴくりと動いた。
今までずっとへらへらと笑っていた目が、すぅっと細くなる。
こういう目になった時は図星だってお姉さんが言っていた。
「当主の落魂珠なら、宿祢の気配を探ればすぐにわかるはずです」
「確かに、宿祢からはあの人の波動は感じられんなぁ」
「彼が所持していない事、理解してもらえたみたいですね」
本当のことを言うと、わたしは自分で言っていてどういう意味なのかがさっぱり分かっていない。
全部お姉さんに教えてもらった通りにしゃべっているだけだから。
親しい人物の気配っていうのは、接しているうちに自然と覚えてしまうらしい。
当主の気配なら、たとえ話をする機会がなくても覚えてしまうのだとか。
顔や声を自然と覚えてしまうのと一緒なんだって。
だから宿祢が当主様の落魂珠を持っていれば気配でわかるらしい。
他にも色々と複雑らしいけれど、わたしにわかったのはこれくらい。
今はこれ以上知識を詰め込むと頭がパンクしそうだからやめた。後でじっくり聞いてみよう。
「お嬢ちゃんは頭がいいなぁ」
ははは、と笑って听穣さんは手を叩いた。
その叩き方がわたしをほめているというよりも、バカにしているように感じる。
「本当の事言うとなぁ、落魂珠なんてどうでもいいのよ」
「え?」
がらりと、声のトーンが変わる。
にこにこの笑顔が、いつの間にか不気味なものに変わっていた。
なに?どういう事なの?
わたしの傍でお姉さんが息をのむ。
宿祢が錫杖を握る手に力を込めたのが視界の隅で見えた。
迦楼羅丸様の視線が一層鋭くなっている。
これ、もしかして、作戦失敗?
「落魂珠さえあれば当主は力を取り戻す。けどな、俺達にゃどうでもいい話なのさ」
「どういう事ですか?」
「俺達は甘利様――つまり、奥方様付きの部隊なんだよ」
「奥方様付き?」
「そう。奥方様の望みは当主と常に共にある事。自分の息子、にのまえ様が次期当主となる事。そして」
听穣さんはここで一度言葉を区切って宿祢を見た。
まるで獲物を狙う狩人のような目だと、そう思った。
「宿祢がこの世から消え去る事だ」
「…っ!」
「当主は宿祢をいたく可愛がっていてなぁ。今もずっと、お前の無事を願っているんだよ。そんな当主を見る奥方様は、それはもう哀れでな。宿祢の首を持って帰れば、さぞ喜んで下さるだろう。俺達は、宿祢を狩りに来たんだ。落魂珠はついでだよ」
「そんな…」
作戦は失敗どころか、的外れだったんだ。
宿祢を守る為には、戦うしか最初から道はなかったなんて。
「宿祢、お前さんが選びな。大人しく殺されるか、お節介なお嬢ちゃん達も巻き込んで殺されるか」
「……」
錫杖を持つ手が震えているらしく、錫杖が微かにしゃらしゃらと音を立てた。
目を瞑り、宿祢は大きく息を吸った。
ゆっくりと開けた目で、听穣さんを見る。
それからわたしへと向き直った宿祢は、優しそうな笑顔だった。
「冬殿、巻き込んで申し訳なかった。お主の優しさ、冥府でも忘れぬよ」
「な、何言ってるの!?」
「冬殿には姫巫女になるという夢がある。その夢を、ここで潰す訳にはゆかぬ。拙者の首さえあれば、彼等は大人しく去るはずだ。そうであろう?」
「ああ。俺達ゃ、お前さんが死ねばそれでいいからな」
「だそうだ。冬殿、折角助けていただいたのに、申し訳ない。お主と話が出来て、本当に楽しかった」
「宿祢…」
それだけ言うと、宿祢はわたし達に背を向けて听穣さんの方へと歩き出した。
腰に下げている刀を抜き、听穣さんはニヤリと笑う。
「潔い奴ぁ嫌いじゃないぜ」
「……」
宿祢が足を止めたのは、听穣さんの目の前。
どうしよう、このままじゃ宿祢が殺されちゃう。
何とかして宿祢を助けたいのに。
目の前で殺されるのを黙ってなんて見ていられないよ。
でも、わたしには何もできないし…。
秋ちゃんならどうする?
きっと何かいい作戦を思いつくんだろうけど、わたしは何も思いつかない。
どうしよう秋ちゃん。
わたし、どうしたらいいの?
秋ちゃん、教えてよ、秋ちゃん。

“冬はどうしたいの?”

そんな秋ちゃんの声が頭に響いた。
小さい頃、よく失敗をした。
怒られるのが怖くてよく秋ちゃんに泣きついた。
自分が悪い事は分かっていたのに、怖くて謝れなくて。
でも、謝らないといけないと思う自分も確かにいて。
そんな時によく秋ちゃんが言っていた言葉。
『冬はどうしたいの?』
『…ごめんなさい、したい』
『そう。なら、勇気を出して謝りに行こう』
『でも、ひとりはこわい』
『僕も一緒に行ってあげる』
『ほんとう?』
『冬が本当にしたい事なら、僕はいつでも手を貸してあげるよ』
その言葉と秋ちゃんの笑顔に、わたしはいつも勇気をもらってきた。
わたし、また秋ちゃんに頼ってる。
頼らないようになる為に、守られるんじゃなくて、今度は秋ちゃんやみんなを守りたくて姫巫女を目指しているのに。
このままじゃだめだ。
これじゃあいつまでたっても変われない。
ここには、秋ちゃんはいない。
わたしが、やらなくちゃいけない。
わたしが宿祢を助けたいって言い出したんだから、まずはわたしが動かなくちゃ。

「じゃあな、宿祢。あの世でも達者でな」
振り上げられた刀が袈裟懸けに宿祢を切る。
そんな事、させない!
「宿祢!」
ありったけの勇気を振り絞って、わたしは听穣に体当たりをした。
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