四季の姫巫女2

襟川竜

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第一幕 旅立ち

第零話

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この世界を語るうえで外す事の出来ないものがある。

ひとつは『天地伝説』と呼ばれる口伝の物語。
よくある世界救済の物語なのだが、これがなんとも妙な事に世界の歴史に大きく関わっているらしい。
学者達が化石や地層などを調べれば調べる程、新たな関わりが見つかっていく。
天地伝説の面白いところはそれだけではない。
きちんと記された書物が無いせいか、国によって伝わっている内容が違うのだ。
調べれば調べる程奥が深く、難解になっていくので、興味本位で調べると途中で嫌気がさすかもしれないから要注意だ。

もうひとつの外せないものは『聖地クリスタニア』である。
世界の中心に存在しているとされ、その地は水晶の森に覆われ、大地すらも水晶で出来ているとか。
年中霧に覆われており、長年天地伝説にだけ登場する架空の大地とされていたが、およそ五五〇年前に発見されたらしい。
古い地図と照らし合わせても間違いないそうだ。
聖地クリスタニアは世界の中心に存在しており、方角を示す際によく使われる。

ここ『阿薙火国 あちかこく』は聖地クリスタニアから見て北北東に位置する諸島である。
大小様々な島を丸ごと一つの領地とし、それぞれに領主がいる。
その領主達のさらに上、この島々を『黄爛国 こうらんこく』から独立させ阿薙火国とした建国者の末裔が『帝』となり、この国を治めている。

阿薙火国にはもう一つ伝説がある。
姫巫女伝と呼ばれるものだ。
四〇〇年前、『愉比拿蛇 ゆひなじゃ』と呼ばれる一〇メートル以上もある大蛇によって阿薙火国全土が滅ぼされかけた。
それを救ったのが『啼々 なな むらさき』という一人の巫女と、彼女の式神で鬼の『迦楼羅丸 かるらまる』である。
その啼々紫の末裔達が姫巫女として、阿薙火国を陰から守っているのだ。
もっとも、姫巫女の存在は多くの人々に知れ渡っているので、あまり影の守護者というイメージはない。

「へぇ…。あの愉比拿蛇を倒した少女、ねぇ」
肘掛けに肘を乗せ、頬杖をついたまま帝はニヤリと口角を上げた。
一段低い場所でさらに頭を下げたままの女官を見下ろすその瞳は、新しいおもちゃを見つけた子どもの様にギラリと輝いた。
「その娘、会えないかなぁ」
「では、今度の定例会に…」
「そんなに待てないよ。すぐに呼んで」
「しかし…」
「僕、帝。君、何?」
「…失礼いたしました。至急手配いたします」
女官はそういうとすぐに部屋を出て行った。
「わがままな人どすなぁ」
くすりと笑いながら帝の後ろから白い手が伸びて絡みつくように帝に抱き着いた。
妖艶という言葉が似合うその人物は、長く波打つ葵色あおいいろの髪を体にまとわせ、まるで遊女のような出で立ちをしている。
独特の口調と纏う雰囲気が、どこか特別な存在のように感じさせる。
「喜べ白磁 はくじ。強い奴が来るぞ」
「ふふ。うちは別に強者を求めとる訳やあらしまへん。たや、退屈せん刺激的な日常を求めとるだけどすわぁ」
「そうだったな」
そういうと帝は白磁の髪を引き唇を重ねた。
本当に遊女だったのか、白磁は抵抗もせずにその場に倒れる。
いつの間にか部屋には甘ったるい香りが充満し、淫らな戯れが開始されるのにそう時間はかからなかった。
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