四季の姫巫女2

襟川竜

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第二幕 埜剛と埜壬

第十話

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「ちゃん…うち…じょ…」
 暗闇の中、微かに聞こえる声。名前なのかな、繰り返されている気がする。
 ゆらゆらと体が揺れて、もしかして、わたしを呼んでいるのかな?
「しっかりしろ、嬢ちゃん」
「う、ううん…」
 背中が痛い。なにか、ごつごつした物が体の下にあるみたい。
 ゆっくりと目を開ければ、キラキラの金色が見えた。どこかで、似たような色を見たことがあるような、ないような…。
「気がついたか?」
 金髪、琥珀色の瞳、浅黒い肌、左目の眼帯、男の人。
「わたし…」
「川を流れてきたんだ。服のまま泳ぐ訳ないし、足でも滑らせて落ちたんじゃねぇのか?」
「そうだ、わたし、川に落ちて…。あの、宿祢…髪の長い山伏を見ませんでしたか?」
「いや。嬢ちゃんだけだ」
「そう…ですか。…はっくしゅん」
 急にぶるりと鳥肌が立った。
「悪わりぃ悪わりぃ、女の子の服を脱がせる訳に行かなくてな」
 濡れた着物のままだったから寒かったのね。
 お兄さんはわたしが風邪を引かないように側で火を焚いてくれていた。私が寝ていた下にも着物かな、布を敷いてくれている。
「後ろ向いてるから、着物乾かしな。かなり汚れてるが、その着物羽織ってくれ」
「いろいろありがとうございます」
 お兄さんは敷物代わりに使ってくれていた布を指さして、すぐに後ろを向いた。お言葉に甘えて着物を脱ぐ。絞れば結構水が出てきた。
 借りた着物は柄からして女性物。あちらこちらが破れ、血痕みたいなものもついている。何か事情がありそう。
「腹とか減ってるか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうか。しっかし、女の子一人でこんな山中を歩くなんざ、物好きだなぁ」
「連れがいますから」
「さっき言ってた山伏か」
「はい。それと、人も探していて…。金髪のお侍さんなんですけど」
「侍?」
「はい、埜壬さんっていう…」
「なんだって!?」
 ぎょっとした顔でお兄さんが振り返る。そして「悪ぃ」と言ってまたすぐに向こうを向いた。あまりの驚きように、わたしも驚いちゃったよ。
「金髪で、目が緑で、肌が白くて少し無表情の奴か?」
「は、はい」
「あいつ…なにやってるんだ」
 はぁぁ、と片手で顔を覆いながらお兄さんはため息を深くついた。
 この人、もしかして…。
「もしかして、埜剛さんですか?」
「ああ」
「あの、埜壬さんは埜剛さんが心配で…」
「あいつは心配性だからなぁ。俺がそんな簡単にくたばらねぇ事ぐれぇ、わかってるくせによ」
 どうやら、この兄弟はお互いにお互いの事が心配みたい。きっと、とっても仲良しなのね。
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