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戦いたくない侍のはなし
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私は生まれながらにして武士だ。父上は立派な武将である。そんな私には、兄上が一人おられる。
父上のご子息であり、私の義兄にあたる。名を正澄様と言う。
兄上はとても優しい方で、誰に対しても分け隔てなく接してくださる。
それ故か、家臣達からもとても慕われているようだ。
そしてその兄上には、もう一人兄がいる。名を政道様という。
この方は私と同じ年に生まれたのだが、母が違うため血は繋がっていない。
だがそれでも、私は実の兄のように慕っている。
何故なら政道様もとても優しく、いつも私を可愛がってくださったからだ。「義明よ、お前は将来何になりたい?」
「はい! 兄上のような立派な殿様に成りとうございます!」
「そうか、ならば頑張らねばな」
幼い時分より、兄上は事あるごとに私に話しかけてくれた。
そんな兄上同士の仲も良かった。よく剣術の稽古をしている。二人とも剣の腕はかなり立つようで、お互い切っ先をぶつけ合っている。
時には真剣での勝負もあり、その時ばかりはお互いに一歩も引かない。
見ているこっちまで熱くなって来るような、そんな光景だった。そんなある日のこと。私が屋敷の中で遊んでいると、廊下の向こうから歩いてくる父上の姿があった。どうやらどこかへ出かけるようである。
私は慌ててその場から離れようとしたが、父上は私の姿を捉えるなり、こちらへと近づいてきた。
「……あー、ちょっといいかな? 少し話があるんだが」
「えっと、はい……」
普段の父上とは雰囲気が全く違うことに気がついたのか、兄上達は顔を見合わせていた。
それから二人は道場の方へと向かったようである。恐らくそこで鍛錬でもするのだろう。残された私は、父上に連れられて茶室に入った。そして向かい合う形で座ると、おもむろに口を開いた。
「義明よ、お前はこの家を継ぐつもりはあるか?」
「……兄上が二人もいらっしゃるのに、なぜそのようなことを?」
一瞬の間を置いて、私は答えた。すると父上は小さく息を吐き、頭を掻き始めた。
「今度、大戦になる。敵が勢力を増して攻めてくるのだ。だから俺としては、もしも二人が死んでしまったときどうすればいいのかを考えておきたい。」「……」
「俺は正直言って、二人共死んで欲しいと思っている。勿論、お前も含めてだ。あの二人のどちらか一人が残れば十分だし、それが一番ありがたいことだ。だが同時に、お前にも期待している。義明、お前は俺の息子なのだからな」
「はい、心得ております」
「ふむ、では一つだけ聞きたいことがある。もし仮に、兄のどちらか片方しか生き残れなかった場合、お前はどちらを選ぶ?」
「それは……選べません。どちらも大事な家族です」
「……そうか」
父上はそれだけ言うと、立ち上がり出口へと向かう。去り際に振り返り、「これからしばらく忙しくなるぞ」と言い残した。
その言葉通り、その後すぐ戦が始まった。
戦況は思わしくなく、次々と味方の武将達が討ち死にしていく。
そんな中、私はまだ生きていた。しかし、それももう時間の問題であった。
「おい、大丈夫か!?」
私の傍には、政道様がいた。全身傷だらけでボロボロになっている。
「兄上…」「安心しろ、きっと助かる! それまで持ち堪えろ!」
そう言いながら、政道様は刀を構える。その瞬間、向こう側から敵の兵が襲ってきた。
「ちっ、こんな時に……」
舌打ちをしながら、政道様は斬りかかる。だが相手の方が上手だったようだ。あっさり返り討ちにされてしまった。
「ぐぅっ……」
倒れ込む政道様に近寄ろうとする敵を、私は必死に食い止める。だが多勢に無勢だ。遂には力尽きてしまい、そのまま地面に転がった。
(ああ、ここで死ぬのか)
薄れゆく意識の中、私はぼんやりと考える。すると誰かが私の名前を呼んでいる気がした。
(……誰の声だろうか?)
ゆっくりと目を開けると、そこには一人の青年が立っていた。見覚えのある顔である。
「兄上……?」
目の前にいたのは、正澄様だった。兄上そっくりの顔立ちをしている。
だが、纏う空気は全く違った。まるで修羅の如き形相をしており、思わず気圧されてしまう。そして兄上は、ゆっくりと私に近づいてきた。
「弟よ、危ないではないか!早く戻れ!」兄上の声を聞いて、ハッとなる。これは夢だ。目が覚めれば、いつも通りの日常に戻るはずだ。
そう思い、私は目を瞑った。すると不思議なことに、徐々に眠気を感じ始める。
「馬鹿者!寝るでない!死んでしまうぞ!」
そして私は兄上により、城へ返された。ところが、兄上は我々を勝利に導いたものの、討ち死にされたという。
それから私が戦いを好まず、平和的解決を望む武将となったのは後世にも語り継がれているそうだ。
父上のご子息であり、私の義兄にあたる。名を正澄様と言う。
兄上はとても優しい方で、誰に対しても分け隔てなく接してくださる。
それ故か、家臣達からもとても慕われているようだ。
そしてその兄上には、もう一人兄がいる。名を政道様という。
この方は私と同じ年に生まれたのだが、母が違うため血は繋がっていない。
だがそれでも、私は実の兄のように慕っている。
何故なら政道様もとても優しく、いつも私を可愛がってくださったからだ。「義明よ、お前は将来何になりたい?」
「はい! 兄上のような立派な殿様に成りとうございます!」
「そうか、ならば頑張らねばな」
幼い時分より、兄上は事あるごとに私に話しかけてくれた。
そんな兄上同士の仲も良かった。よく剣術の稽古をしている。二人とも剣の腕はかなり立つようで、お互い切っ先をぶつけ合っている。
時には真剣での勝負もあり、その時ばかりはお互いに一歩も引かない。
見ているこっちまで熱くなって来るような、そんな光景だった。そんなある日のこと。私が屋敷の中で遊んでいると、廊下の向こうから歩いてくる父上の姿があった。どうやらどこかへ出かけるようである。
私は慌ててその場から離れようとしたが、父上は私の姿を捉えるなり、こちらへと近づいてきた。
「……あー、ちょっといいかな? 少し話があるんだが」
「えっと、はい……」
普段の父上とは雰囲気が全く違うことに気がついたのか、兄上達は顔を見合わせていた。
それから二人は道場の方へと向かったようである。恐らくそこで鍛錬でもするのだろう。残された私は、父上に連れられて茶室に入った。そして向かい合う形で座ると、おもむろに口を開いた。
「義明よ、お前はこの家を継ぐつもりはあるか?」
「……兄上が二人もいらっしゃるのに、なぜそのようなことを?」
一瞬の間を置いて、私は答えた。すると父上は小さく息を吐き、頭を掻き始めた。
「今度、大戦になる。敵が勢力を増して攻めてくるのだ。だから俺としては、もしも二人が死んでしまったときどうすればいいのかを考えておきたい。」「……」
「俺は正直言って、二人共死んで欲しいと思っている。勿論、お前も含めてだ。あの二人のどちらか一人が残れば十分だし、それが一番ありがたいことだ。だが同時に、お前にも期待している。義明、お前は俺の息子なのだからな」
「はい、心得ております」
「ふむ、では一つだけ聞きたいことがある。もし仮に、兄のどちらか片方しか生き残れなかった場合、お前はどちらを選ぶ?」
「それは……選べません。どちらも大事な家族です」
「……そうか」
父上はそれだけ言うと、立ち上がり出口へと向かう。去り際に振り返り、「これからしばらく忙しくなるぞ」と言い残した。
その言葉通り、その後すぐ戦が始まった。
戦況は思わしくなく、次々と味方の武将達が討ち死にしていく。
そんな中、私はまだ生きていた。しかし、それももう時間の問題であった。
「おい、大丈夫か!?」
私の傍には、政道様がいた。全身傷だらけでボロボロになっている。
「兄上…」「安心しろ、きっと助かる! それまで持ち堪えろ!」
そう言いながら、政道様は刀を構える。その瞬間、向こう側から敵の兵が襲ってきた。
「ちっ、こんな時に……」
舌打ちをしながら、政道様は斬りかかる。だが相手の方が上手だったようだ。あっさり返り討ちにされてしまった。
「ぐぅっ……」
倒れ込む政道様に近寄ろうとする敵を、私は必死に食い止める。だが多勢に無勢だ。遂には力尽きてしまい、そのまま地面に転がった。
(ああ、ここで死ぬのか)
薄れゆく意識の中、私はぼんやりと考える。すると誰かが私の名前を呼んでいる気がした。
(……誰の声だろうか?)
ゆっくりと目を開けると、そこには一人の青年が立っていた。見覚えのある顔である。
「兄上……?」
目の前にいたのは、正澄様だった。兄上そっくりの顔立ちをしている。
だが、纏う空気は全く違った。まるで修羅の如き形相をしており、思わず気圧されてしまう。そして兄上は、ゆっくりと私に近づいてきた。
「弟よ、危ないではないか!早く戻れ!」兄上の声を聞いて、ハッとなる。これは夢だ。目が覚めれば、いつも通りの日常に戻るはずだ。
そう思い、私は目を瞑った。すると不思議なことに、徐々に眠気を感じ始める。
「馬鹿者!寝るでない!死んでしまうぞ!」
そして私は兄上により、城へ返された。ところが、兄上は我々を勝利に導いたものの、討ち死にされたという。
それから私が戦いを好まず、平和的解決を望む武将となったのは後世にも語り継がれているそうだ。
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