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知らなかったよ、君の手がこんなに暖かいなんて

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今日のHRは文化祭の担当決めだ。クラス企画が面倒だ。俺はクラスの出し物には興味がないから、適当に手を挙げようと思っていたのだが……
「はい! 私はお化け屋敷が良いと思います!」
クラス委員長の天海さんが元気よく手を挙げた。その瞬間、クラス中がざわつき始める。男子からは『またかよ』とか『あいつ何なんだよマジで』『俺らのこと舐めてる?』などという声が上がる。まあ、気持ちはわかるけどね?
「私もお化け屋敷に賛成です」
続いて、副委員長の新田さんが挙手をした。それを見た女子たちが、『え~っ』と不満の声を上げる。
「あのさぁ、みんなわかってないと思うんだけど、これって毎年恒例行事じゃん?ずっと同じことやるってどうかと思うんだよね。」
一人がそう言った。それに同調するように何人かが首を縦に振る。
「確かにそれはあるかもね。でもさ、今回はちょっと違うことをやってみたくない?」
天海さんの一言で、再び教室内がざわついた。天海さんの発言の意図を察し始めている人もいるようだ。「うーん、どうしようかな……」
天海さんは顎に手を当てて考える仕草をする。それから数秒後、何かを思い付いたようにポンッと手を打った。
「あっ! そうだ! 今年は喫茶店とかどうですか!?」天海さんがそう言うと、一部の生徒(主に男子)が嬉しそうな顔をする。『おお!』とか『いいぞもっとやれ』などと小声で呟いている奴もいる。
「でもさぁ、うちのクラスって結構人数いるし、喫茶店だと大変じゃない?」
一人の生徒がそう発言すると、他の生徒たちも賛同し始めた。
「たしかにそうだよね……。じゃあさ、メイド喫茶とかどう?」
天海さんの言葉を聞いた途端、男子たちのテンションが爆上がりした。『おお!!』
(このクラスやばいな…)俺はそんな光景を見て思わず苦笑してしまった。
「私は別に良いけど、みんなはどう思う?」
天海さんは、クラスメイトたちに意見を求める。
「えっと……うん、いいんじゃないかな。面白そうだし」
「俺もいいと思うぜ。なんか楽しそうだし」
「あたしも賛成~」
反対意見はほとんど出ず、天海さんの意見はすんなり通った。こうして、俺たち2年A組は文化祭での出し物を『メイド&執事喫茶』に決定した。
「ねぇ、どう思う?」
今日はお互い部活が無かったので、最近知り合いになったばかりの真白と一緒に下校している最中だ。ちなみに、なぜ急に一緒に帰っているかというと、つい先ほどまで、俺が所属している新聞部の部室で部長の長谷川先輩と話をしていたからだ。なんでも、俺の記事を読んだらしい。それで、記事について色々と聞かれたので答えていたのだ。
そして今は帰り道の途中にある公園のベンチに座って話をしていたのだが彼女も今回のクラス企画には協力的でないようだ。「どう思うと言われても……」
「あのね、わたしこういうの苦手なんだよね。あんまり乗り気になれなくて」
「でもさ、クラスの皆のために頑張ろうよ。それに天海さんだって頑張ってるんだしさ」
「そうだけどさぁ……」
真白は困ったような表情を浮かべている。俺は少し考えた後にこう提案した。
「よし! ならさ、今から行ってみないか?」
「え?どこに?」
「もちろん、天海さんのところだよ」
***
「いらっしゃいま……せぇ!?」
俺たちが店に入ると、そこには驚きのあまり固まってしまっている天海さんがいた。彼女の実家は小さなカフェを経営していて接客業に慣れているためかとても綺麗なお辞儀をした。しかし、すぐにその顔は笑顔に変わる。
「ど、どうしてここに? 来てくれたのは嬉しいんだけど……」
「ごめんね。突然押しかけて。でもさ、俺達もクラスの手伝いをしたいなって思ってさ」
「そうだったんですね……。ありがとうございます。わざわざ来てくださって」
天海さんはとても嬉しそうな顔をしていた。おそらく、今までまともに手伝おうとしてくれる人がいなかったのだろう。「あ、あのさ! もしよかったら私達の教室に来てくれないかな?」
「うん、わかった。行くよ」
「やった!」
彼女は小さくガッツポーズをして喜んでいる。その姿を見て、俺たちも自然と笑みがこぼれた。「あのさ、君たちさえ良ければ私達に接客の仕方を教えてくれませんか?」
天海さんはそう言って頭を下げる。
「ああ、全然構わないよ」
「わ、わかりました」
「ありがとね!」
それから俺たちは、天海さんに案内されて、教室の中に入った。中に入ってみると、内装はかなり凝っていて本格的なものだった。
「あの、ここって天海さんの家?」
「ううん違うよ。ここは私のお父さんが経営してるお店で、私が手伝っているの」「へー、すごいなぁ」
「そ、そんなことないですよ……」
天海さんは照れたように笑っていた。それから、俺達はそれぞれの席に座った。「じゃあまずは基本の挨拶とか教えようかな」
うちの母は接客業をしているから、結構こういうの詳しい。だから、母に教わったことを天海さんに教えることにした。「じゃあ、とりあえずやってみますね」
「「「おかえりなさいませ、御主人様」」」
三人の声が見事にハモり、教室内に響き渡る。それを聞いて、なぜか周りの生徒たちも『おお!』と声を上げた。それを見た天海さんは、恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。それから、天海さんの指導の元、基本的なメニューを覚えた後、俺と真白はそれぞれの仕事を任された。俺はウェイター、真白はウェイトレスだ。「よしっ、じゃあ行こうか」
「うん」
真白はどこか緊張した面持ちで返事をする。そんな彼女を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「ふふ、何笑ってるの?」
「いや、なんか初々しいなぁと思ってさ」
「むぅ……。バカにして……」
「いや、そういう意味じゃないんだ。ただ可愛いなと思っただけ」
「な、ななな……//」
俺の言葉を聞いた途端、真白の顔がどんどん真っ赤に染まっていく。「ほら、早くしないと遅れちゃうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ~!」
こうして俺たち二人は文化祭に向けて準備を始めた。
***
「ねぇ、真白ちゃん」
「ん?どうしましたか?」
放課後になり、私は今クラスのみんなと一緒に飾り付けの作業をしている。そんな中で、クラスメイトの一人が私に声をかけてきた。
「なんか最近、星崎くんと仲良いよね」
「え!? べ、別に普通ですけど……」「いやいや、めっちゃ距離近いじゃん」
確かに、最近はいつも一緒に帰っています。でもそれは彼の方から提案してきたことですし、私としては嫌ではないので特に気にしていないのですが……。
「そういえば、2人って付き合ってたりする?」
「え? ち、違いますよ! 彼は友達ですから……」
「えー? でもさぁ、彼氏いないんでしょ?」
「い、今はいませんけど……」
「ならさ、試しに星崎くんのこと好きになってみたらどう? 絶対脈あると思うんだけどなぁ」
「そ、そうですか……?」
私にはよくわからない話だったのですが、とりあえず相槌を打っておくことにします。
***
「よし、これで終わりっと」
俺は1人で作業をしていたのだが、いつの間にか俺以外の生徒は帰っていたようだ。教室の中には俺一人しかいない。「もうこんな時間か……」
時計を見ると、針は既に6時を指していた。
「あー……腹減ったな。コンビニでも寄って帰るかな」
そう思い立った俺は、鞄を持って教室を出た。廊下に出ると、そこには天海さんの姿があった。
「あれ? まだ残ってたのか?」
「うん。私達、クラス委員だからさ。先生に頼まれて色々やってるの」
「そっか、大変だな」
「うん。大変なこともあるけど楽しいよ!」
彼女は屈託のない笑顔を見せる。その表情からは本当に楽しんでいるという気持ちが伝わってくる。
「それでさ、この後少し時間空いてるかなって思って」
「ああ、大丈夫だよ」
「よかった。実はね、私達が作っているカフェのメニューを試食して欲しいんだけどいいかな?」
「もちろん。むしろこっちからお願いしたいくらいだ」「やったー!」
天海さんはとても嬉しそうな顔をしていた。それから、彼女は自分の鞄の中から紙袋を取り出した。
「はいこれ。できたてホヤホヤのパンケーキ。味見してくれると嬉しいな」「ありがとう」
「いえいえ。じゃあ行こっか!」
天海さんに案内されて、俺たちは彼女の家に向かった。道中は他愛もない話をして盛り上がった。それから5分ほど歩くと、天海さんの家は見えてきた。
「入って入って!」
入るともう真白がいた。早。どんだけ楽しみだったんだよ……。
「じゃあ早速食べてもらおうかな」
天海さんに促され、俺達は席に着く。目の前にある皿の上には、綺麗に焼かれたホットケーキが置かれていた。とても美味そうだ。「いただきます」俺はナイフとフォークを手に取り、一口サイズに切り分けて口に運ぶ。すると、ふわっとした食感とメープルシロップとバターの風味が一気に広がっていく。「うん、すごくおいしい」
「本当!? 良かったぁ」天海さんはホッとしたような顔を浮かべる。それから、俺の感想を聞いた真白は、まるで自分が作ったかのように胸を張っていた。
「じゃあ次は私が食べる番ですね」
真白はそう言って、パンケーキを口に運んだ。しかし、何故か不満げな表情でモグモグと咀噛する。そして、飲み込んだ後に一言。
「……まずいです」
「ま、まじか……」
俺は思わず苦笑いしてしまう。そんな俺を見て、真白も申し訳なさそうに笑う。「ごめんなさい……。わたし、甘いもの苦手なので、あまり得意じゃないんです」
「そ、そういうことなら仕方ないよ。無理しない方がいいって」
「うん、ありがと。また今度作る時はちゃんと美味しいのを作るから」
俺と真白は一緒に帰った。
「あんまりまずいとか言いたくなかったなぁ~」
「そうかい。」
「うん。なんか結構悪いじゃん?」
「そうだよね~まあ言いにくいこと言えるのは真白の良さだよ。」
「えっ?」
急に真白は立ち止まる。
「ど、どうしたんだ?」
「ううん、なんでもないよ!」
そう言うと、再び歩き出した。
翌日はみんなで接客の練習だ。「お、おはようございます!」
朝から元気な声が聞こえてきた。声の主はもちろん真白である。
「うん! 今日もいい挨拶ができたね。じゃあ練習始めようか」
クラスの男子たちは少し緊張している様子だったが、まあなんとかなるだろう。
ところで俺の接客をするのはー…真白、なのか…?
「はい、よろしくお願いします!」
「星崎くん、頑張ってね」
そう言って天海さんは微笑む。
「あ、ああ……」
俺は返事をするのもやっとだった。だって……真白なんだぜ……? 俺、彼女と距離近いけど、こういう大人な感じのはやったことないし…そうこうするうちに時間がやってきた。
「い、いらっしゃいませ!」
練習から気合い入りすぎでしょ、、真白…。
「ご注文をお願いします!」
「ホットコーヒーを一つ」
「かしこまりました!」
そして、カウンターの方へ行って注文通りの飲み物を用意する。
「はい、こちらになります」
「ありがとう」
俺の笑顔を見た女子たちから歓声が上がる。
「へーい新郎新婦!」
「は?ここ喫茶だろ?」
「もう形というか見た目がもうね、夫婦なんよ!」「お前らの頭は腐ってんのか?」
あー恥ずかし。
さて、文化祭当日だ。適当にあちこちをふらついて自分のシフトの時まで遊んでいる。へぇ、うちの学校、学生バンドなんてあったのか。面白。
あ、しまったあと5分でシフトだ。
「お、おくれました~」
そこに待っていたのは、すでに準備を終えた真白だった。「星崎くん遅いよ」
「すまん、ちょっと遅れた。」
「いいよ。わたしは気にしてないから。それよりも早く着替えてきて。」
「あ、はい。」
俺は更衣室に入っていった。「よし、これでオッケーっと。」
真白は制服に着替えた。俺もすぐに着替える。そして、俺たちはすぐに教室へ向かった。
「「「おかえりなさいませ、旦那様」」」
俺らは揃ってそう言った。
ちなみに、接待する真白を見て、客に嫉妬したのは内緒だ。
その後は、みんなで校内を回ることになった。
広場でこんどは音楽の先生が本気で演奏している。
「見て!マイムマイムやってるよ!」
懐かしいな。マイムマイム。
「みんなでやろうよ!」
え、まじ?
みんなで輪になった。
ま、真白と手をつないでいる…左の人にはごめんだけど。
「知らなかったよ。」
「え?」
「君の手がこんなに暖かいなんて。」
そういって真白は俺の手をぎゅっと握りしめた。
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