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第二部 第三章
明かせない秘密
ソフィは脂汗をかきながら目を逸らした。テーブルを挟んで向こう側にはリーゼがいる。
リーゼはその大きな体を乗り出して、大きな胸をテーブルの上にドンと置いていた。さらにじとーっとした目つきでソフィを見ている。
まずいことになったとソフィは焦った。何か言い訳を考えなければいけないが、まったく思いつかない。
自分に出来ることといえば、とりあえず目を逸らして黙り込んでしまうことくらいだった。
それが気に入らなかったのか、リーゼがさらに体を乗り出してソフィに迫る。
「ソフィちゃん、なんで誤魔化すの」
「あ、いや、妾はなんにも知らんのじゃ」
「あやしい……」
「あやしくないのじゃ、妾は潔白なのじゃ」
ソフィがさらにそっぽを向く。何か方法は無いかとあちこちに視線を向けるが、何も見あたらない。
このままではまずい。
昼過ぎの陽光は雲に遮られることなく降り注いでいる。やや涼しい風が、リーゼの家の庭を吹き抜けていった。過ごしやすい小春日和の午後に、ソフィはリーゼとテーブルを挟んで向かい合っていた。
さきほど、リディアは急用が出来たといって走り去ってしまった。おそらくアデルを探しに行ったのだろう。
自分も行かなければならないのだが、リーゼに引き止められていた。
リディアがここから走り去る時、リディアはソフィの身長ほどもある垣根を軽々と飛び越えて凄まじい速さで駆けて行った。そんなことが出来る人にリーゼが興味を持つのも当然かもしれない。
一体何者なのかと問うリーゼに対して、咄嗟にリディアは狼に育てられた狼少女なのじゃ、などと勢いよく答えてしまった。
だがこれがまずかった。知らないというのではなく、下手な誤魔化しをしてしまった。それがどういう意味を持つのかまで頭が回らなかった。
誤魔化すということは、何か知っているからだとリーゼは簡単に思い至ってしまった。これなら知らないと言ったほうがよかったに違いない。
リーゼは大きな胸をテーブルの上に乗せ、さらに身を乗り出した。
「ソフィちゃん、何か知ってるんでしょ? リディアって一体何者なの?」
「いや、何者と言われても妾は知らんのじゃ。狼少女なのじゃ」
「一瞬で矛盾してるじゃん」
「そ、そのようなことを言われても妾にはわからんのじゃ」
尋問じみた状況に、ソフィは冷や汗を掻いた。
リディアが有名な人だと知られるのは困るらしい。紅の勇者などという有名人がこんな小さな村にいると知られれば、多くの人がリディアを目当てに家にやって来る可能性がある。
わけのわからない人たちが家の周りに集まるのは遠慮したい。それに、リディアのような人物がこの村にいる理由についてまで嗅ぎまわられるともっと困る。
リディアは自分を殺しにやってきたのだ。魔王を退治するためこの村にやってきて、そして激しい戦いがあった。
どうにかその戦いも終わり、今は仲良くやっているが、自分が魔王だと知られてしまえば勇者ではない他の何者かが命を狙ってくる可能性もある。
もしそうなったら、この村に住み続けることは出来ない。
リーゼが何か知りたがっていたとしても、何も話すことなど出来ないのだ。
そんな状況にも関わらず、リーゼはじとっとした目つきでこちらを睨んでくる。
「大体ね、ソフィちゃんだって謎が多いじゃない。そりゃね、村長も詮索するなって村のみんなに言ってたけど、気にはなるじゃない。ソフィちゃんも両親を亡くして大変だから、みんな気遣ってあんまり訊かなかったけど」
「うむ、妾は両親を亡くした可哀想な幼な子なのじゃ。あんまり触れられるのは困るのじゃ」
「もう一年経つのに話せないの? だって、別におかしくないじゃない。前はどんな生活してたの、とか、どういう両親だったのとか」
「そ、それも話すことは出来んのじゃ」
「ソフィちゃんが着てた黒い服さ、あれ物凄く手間がかかってるし、生地もいいし、あんなの貴族か金持ちの商人でもない限り買えないじゃん。やっぱりソフィちゃんって貴族なの?」
「わからんのじゃ。妾には貴族とかいうものがどういうものかよくわからんのじゃ」
貴族どころか、王族だ。もっとも、そんな立場はこの村に来た時に捨てた。今ではただの村娘に過ぎない。
リーゼはさらに疑わしげにこちらを見てくる。そのリーゼと視線を合わせて、ソフィは言った。
「妾はただの村娘なのじゃ。それで十分なのじゃ」
「ふーん……、で、リディアは?」
「……狼少女なのじゃ」
「そんな嘘には騙されないし」
「妾もリディアについては知らんのじゃ」
「どっちなの……。なんでか知らないけど、村長もね、リディアとシシィについて余計な詮索するなって村のみんなに言ってるの」
「なんと!?」
リーゼの言葉を聞いてソフィは眉を上げた。村長がそんなことを言う理由がわからなかった。リディアの正体について探らせないようにしているのであれば、村長はリディアが何者なのかを知っている可能性がある。
村長はまったくそんな素振りを見せたりはしなかったが、村長がリディアの正体を知っているという可能性はかなり高いと思えた。
ともかく、村長が村のみんなにそう言ってくれているのは余計な心配をする必要が減るのでありがたい。
そう考えていると、リーゼがさらに疑惑を強めたようだった。
「あれー? なんで驚くの? それって、ソフィちゃんがリディアについて何か知ってるからじゃないの? リディアについて知られると何か困ることがあるって、わかってるからじゃないの?」
なんて鋭いのだろうとソフィは戦慄した。こんな女を嫁に貰ったら、隠し事など何も出来ないに違いない。リーゼの旦那になるような人は大変だろうと、見も知らぬ誰かに同情してしまう。
ただ、いずれアデルの嫁になるものとして、この鋭さは学ぶに値することだろうとも思えた。
今は感心している場合ではなかった。どうやって誤魔化すべきかまったく思いつかない。
ここで尋問を受けていても、時間と汗だけが流れていくだけでなんの益もない。早くアデルのところまでいって、アデルを問い詰めねばならない。
アデルは三股なる行為を働いていたのだという。それは実によくない行為だ。今まで秘密にされていたということにも怒りを覚える。
アデルがそんな隠し事をしていた。
内心に怒りを感じて黙っていると、リーゼが息を吐いて椅子のせもたれにもたれかかった。
「はぁ、わかった。内緒にしたいんでしょ、もう訊かないから」
「ん? う、うむ……。それがよいのじゃ」
「でも、ソフィちゃんとも仲良くなったし、リディアとも仲良くなったのに、ちょっと昔のこととか色々内緒にされるのはなんか、悲しいじゃない」
「……それは」
リーゼは悲しげに眉を下げている。それを見てソフィは察した。リーゼも自分と似たような感情を覚えているのだ。
仲のよい相手が秘密を抱えていることに不満を抱いている。今までリーゼとは仲良くやってきたし、これからもおそらくそうだろう。
それでも、自分はリーゼに対してずっと秘密を抱えていかなければいけない。不誠実だからといって事実を教えてしまうのは、リーゼのためにはならないだろう。リーゼも余計な秘密を抱えてしまうことになる。
自分は確かに秘密を抱えてはいたが、リーゼに対して悪い感情など何も抱いていない。
アデルは自分に三股のことを隠していたが、自分のことをずっと優しく気にかけてくれいた。それらの行為も想いもすべて本物で、疑いようがない。
自分のその事実を話さなかったのは、アデルに何か深い考えがあってのことだったのだろうか。
だとすれば、アデルを一方的に責めるというのは何か間違っているような気がした。
一瞬そう思ったが、よくよく考えれば三股という行為は擁護しようもない悪行にしか思えてならない。
やはりアデルを問い質さなければならない。
そう決心した。
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