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第二部 第二章
勇者、巨乳を揉む
しおりを挟む道を歩いていると、ちょうど前のほうからリーゼが歩いてくるのが見えた。
リーゼはアデルの幼馴染の女で、歳の頃も殆ど変わらない。いい歳をして未だに嫁に行くこともなくこの村で仕事をしている。
「お、リーゼがおるではないか。何やらこっちに注目しておるのう」
アデルは目を細めてリーゼの姿を視界に収めた。リーゼは女にしては背が高く大柄だった。胸は瓜でも詰め込んでいるのかというほど大きく、その下の腹や足回りも太ましい。
足首まで届く長い赤色のスカートに、藍色のサロンエプロンを巻いている。上は胸の谷間が露出するような白いブラウスで、肩の辺りが膨らんだものだった。
アデルは小走りで駆けて、前を行くリディアと馬を追い越した。
「おーいリーゼよ、ちょっとよいか。今暇であろう、ちょっと話したいことがある」
リーゼはアデルの顔を見て目を細めた。不思議そうな顔をしている。
「おいどうしたリーゼ、聞いておるのか?」
「聞いてるって。なに、どうしたのあんた」
「ふむ、ちと紹介したい御仁がおってな」
そう言ってリディアを見るために振り返ろうとした。その瞬間に、アデルはすぐ隣にリディアがいることに気づいてぎょっとした。いつの間にここまで移動したのだろう。
「うおっ、びっくりした。いきなり隣に現れるでない。まぁそれはともかく、ごほん、リーゼよ、こちらの御仁はリディアと言ってじゃな、旅の途中であるらしい。連れの体調が優れぬので、しばしこの村に滞在するそうじゃ、見かけぬ者であるからといって警戒せんでくれ」
アデルはそこまで言って、リディアを示すように手の平をリディアに向けた。
リディアはというと、すっとまっすぐに立ってリーゼの体を眺め回している。
形のいい唇を開き、芝居がかった美しい声でリディアがリーゼに話しかける。
「こんにちは、はじめまして。あなた、とっても可愛いわね、特に……、特にこの……。ああ、がまんできないわ!」
そう言ってリディアはその両手でリーゼの胸を揉み始めた。その手に収まらないほど巨大な乳房をリディアが揉む。かっと目を見開き、顔を胸に近づけ、その乳房の柔らかを確かめるかのようにひたすら揉んでいた。
リーゼが悲鳴を上げる。
「きゃーーーっ!」
同時にリーゼが拳を握ってリディアの頭の天辺にそれを落とした。ごつん、と大きな音がしてリディアの頭が沈む。リディアの体が倒れ、地面の上に転がった。
アデルは声を無くしてパクパクと口を動かすことしか出来ない。
リーゼは一歩下がって自分の胸を腕で抱いた。突如現れた変態を眺めるかのように表情を嫌悪の色で染めて、地面で倒れているリディアを見下ろしている。
「な、なんなのこの美人……」
アデルは何を話したらよいのか、何をすればよいのか解らず混乱してしまった。
隣からソフィの小さな体がすっと抜け出てきて、リーゼへと近づいた。ソフィはリーゼの顔をきらきらした目で見つめて言う。
「リーゼよ! これほどおぬしのことを尊敬したことはなかったのじゃ!」
余計なことを言い出しそうだったので、アデルはソフィの腕を引っ張ってリーゼから離した。
数百の魔物、そして魔獣を相手に一撃も食らわなかったあの勇者が、リーゼに殴られて倒れるとは。一体どれだけ胸に集中していたのだろう。もしかしてこの勇者はアホなのではないかと思わずにはいられなかった。
地面に膝をついて、アデルは勇者の体を起こしてやることにした。
「おいリディアよ、大丈夫か? おぬし、一体何をやっておるのじゃ」
「うふふ、おっぱい」
「大丈夫そうじゃな、頭の中以外は」
リディアは幸せそうに目を細めて、手をわきわきと動かしていた。
リディアが立ち上がったあと、アデルは仕切りなおしとばかりにリディアにリーゼを紹介した。
「こいつはわしの幼馴染でな、リーゼという。まぁ別に覚えておく必要はない」
「リーゼね、もう覚えたわ。もう忘れないわ」
妙に格好つけて、リディアが微笑んでいる。その美しい顔で微笑まれれば、どんな相手でさえリディアを好きになってしまうのではないかと思えた。
しかし、リーゼは胡散臭い人物を見るかのように目を細めている。それも仕方が無いかもしれない。初対面でいきなり胸を鷲づかみにされたのだ。しかもその相手は今も胸に視線を注いでいる。
リディアはなおもたおやかな微笑みを浮かべたままリーゼの胸に向かって話しかけた。
「ねぇリーゼ、お友達になりましょう」
「胸に話しかける人とはちょっと」
「な、なんですって?!」
本気で驚いているのか、リディアが顎を落とした。まずは顔をあげて相手の顔を見たほうがよいと忠告すべきだろうか。
リディアは目を閉じ、額に片手を当てた。
「ああ、なんてことなの。今、あたしの前から太陽が失われたわ」
アデルはリディアの肩を叩いて言った。
「馬鹿なことを言っておらんで、さっさとロルフのところへ行くぞ」
「ああっ、ちょっと。まだ触りたい、じゃなかった話したいのに」
「またそのうち会える。いいからまずは馬のことじゃ」
リーゼは呆れているのか、それとも何が起こっているのか理解できないのか、首を傾げてこちらを見ていた。
「すまんのうリーゼ、とりあえず我らはこれで失礼する」
「あ、うん。それはいいけど、あんたこの人とどういう関係なの」
「それを説明すると長くなりそうなので、また今度説明する」
アデルはリーゼに別れを告げ、さっさとロルフの家へと向かうことにした。
ロルフの家へ向かう道すがら、アデルは気になっていたことをリディアに尋ねた。
「しかしリディアよ、シシィさんの胸も揉むし、リーゼの胸も揉むし、おぬしはなんじゃ、女のほうが好きなのか?」
アデルの言葉に、リディアが片眉を上げて言う。
「違うわよ、あたしはおっぱいが好きなのよ」
「ふぅむ、しかし無理矢理はいかんぞ」
「わかってるわよ、普段はちゃんと許可を貰って揉むんだけど、リーゼの胸があんまりにも素敵だったからつい我を忘れてしまったわ」
「おかげでおぬし、随分と嫌がれてしまったようじゃのう」
「それは残念だけど問題ないわ、いずれちゃんと友達になればいいのよ」
「前向きな姿勢は素晴らしいと思うが、友達であっても胸は揉んではいかんじゃろ」
「なんで?! 友達ならいいんじゃないの?」
本気で驚いているのか、リディアは大きな目をさらに開いていた。
「ふむ、自分で言っておいてなんじゃが、女同士の友情というのはわしにはよくわからんからのう、断言したのは間違っておったかもしれん。女子というのは無意味にベタベタとくっついておることもあるし、男であるわしには少々理解しがたい。リディアよ、他の友達とはどうなんじゃ? どういう付き合いをしておるんじゃ?」
「……あたし友達いないから」
残念な告白をさせてしまった。
これほど美人で、しかも世間を騒がせる勇者さまとなれば、そう簡単に友達が出来ないのも仕方が無いのかもしれない。
アデルは耳の下を掻いて、視線をさまよわせた。
「ま、まぁそうじゃな、リディアは美人じゃし、女にとっては近づきがたいところがあるかもしれん。しかしあれじゃ、リーゼはおぬしの美しさをどうこう考える前にあんなことをされてしまったわけで、逆に考えればよいことかもしれんぞ。おぬしに引け目を感じることなく、友達になってくれるかもしれん。普通に出合っておれば、リーゼもおぬしの美しさに気圧されて話しかけようとも思わん可能性があったが、今はほれ、リーゼはおぬしがあの有名な紅の勇者であるとは知らんし、ただのおっぱい好きな変人じゃとしか思っておらんじゃろう」
「え? あたし変人なの?」
「いやいや誤解するでない、リーゼがそう思っているかもしれんというだけの話じゃ。なに、心配するな。リーゼは面倒見の良い性質じゃし、リディアが歩み寄ればすぐ友達になれるじゃろ」
「あら、いいこと言うわね。うん、そうね、頑張らなきゃ。友達になって、あのおっぱいをあたしの物に……」
「こらっ! そんな下心を持ったままでは友達にはなってくれんぞ」
「そ、そうかしら?」
「そりゃそうじゃろ。リディアだって、その美しさや体目当てに男が寄ってきたら嫌じゃろ?」
「まぁそうね」
「容姿は確かに優れた財産ではあるが、それより相手の心に興味を向けてやったほうが、結局のところ良い関係を築けるのではないかとわしは思う」
「なるほど、一理あるわね」
「リーゼは花が好きで、服とか色々な小物を作るのが好きじゃし、そういうところから話を発展させればよいのではないかと思う。色々話しておればやがて打ち解けて、仲良くなれるじゃろう」
「ふむふむ、なるほどね。じゃあまずは花を持っていくべきかしら」
「そうじゃな、つい胸を触ってしまったお詫びに、ということであればリーゼも受け取るであろう」
つい触ってしまったどころか、痴漢ですらやらないほどガッツリと正面から揉んでいたが、蒸し返すと気分を損ねそうだったのでそこは曖昧に済ましておく。
リディアは少し前向きな気分になったようで、うんうんと頷いていた。
アデルはそれを見て安心したように息を吐く。
「あれじゃな、身分を隠しておいたほうが友達を作るには良いかもしれんな。さすがに相手があの有名人だと知れば、リーゼも気後れするかもしれんし」
「その通りかもしれないわね。あんた、あたしのことバラしたりしないでよ」
「わかっておる。もちろん内緒にしておく」
アデルは大きく頷いた。
そもそも最初からそのつもりだ。
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