バスは秘密の恋を乗せる

桐山なつめ

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 放課後。今日も美術室は静かな熱気に包まれている。
 部員のみんなが、いっしょうけんめいコンクール用の作品に向き合っているから。
 そんななかでも、凛ちゃんは誰よりも熱心だ。

 美術室に来てから、一度も手を止めることなく絵を描いている。
 となりに座っているだけで気迫が伝わってきて、声もかけづらい。

 凛ちゃんが描くキャンバスのなかの神山くんは、今と髪型がちがっていた。
 きっと、凛ちゃんの記憶のなかの神山くんなんだろうな。

 幼なじみって言ってたけど、最初に神山くんを描くってことは、それだけ仲良しだったのかな?

 きっと凛ちゃんの絵はコンクールに出品されるはず。だって、すごく上手だもん。

 それにくらべて。

 私はみんなが使うデッサン用の鉛筆をえんえんと削っているだけ。
 うう、なんだか悲しくなってきた。

「あら、どうしよう」

 ぽつりと、となりで凛ちゃんがつぶやいた。

「どうしたの、凛」

 すかさず、部員のひとりが凛ちゃんに声をかける。

「絵の具を切らしちゃったの」
「ありゃ。油絵の具使うの、凛ぐらいだもんね」
「せっかくノッてきたのに」

 油絵の具かあ。
 私はカバンをまさぐって、絵の具セットを取り出した。

「凛ちゃん。これ使っていいよ」
「え? でも、菜月さんのぶんは?」
「私はもう描かないから、大丈夫」
「それなのに、絵の具は持ち歩いていたの?」
「それは……ついクセで」

 画材は引っ越してくるときにほとんど捨てた。
 だけど、絵の具だけはなかなか手放せずにいたんだ。
 凛ちゃんはさみしげな顔をする。

「ありがとう、菜月さん。絵の具は土曜日に買って返すわね」
「う、ううん! むしろ、使い切っちゃって!」

 そのほうが、未練も消えるから。

「さすがにそれは悪いわ」
「ほんとにいいのに……」

 そんな私たちのうしろを、部員のひとりが通りかかった。そして、

「うわ、すご。白金の絵、まるで写真みたいじゃん」

 そう言いながら、凛ちゃんのキャンバスに手を触れようとした。

「だめ!」

 凛ちゃんがするどい声を放つ。

「さわらないで。キャンバスは、あたしの宝物なんだから」

 はっとする。

「な、なんだよ。そんなに怒ることないじゃん!」
「怒るわよ。デリカシーなさすぎ!」

 私が怒られたわけじゃないけど、胸をわしづかみにされたみたい。
 宝物、かあ。
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