バスは秘密の恋を乗せる

桐山なつめ

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 神山くんは私の呼びかけにも応えず、レジに行ってさっさとお会計を済ませてしまった。

「あんた、いつもノートに絵描いてるし。どうせスケッチブックも捨てたんだろ」

 紙袋に包まれたスケッチブック。

 神山くんからやや強引に手渡されて、ぽかんとしちゃう。

「どうして買ってくれたの?」
「べつに。こづかいの使い道がなかっただけ」

 神山くん、うそがへたすぎる。きっと、私を励ましてくれたんだよね。
 久しぶりに手にしたスケッチブックの重み。神山くんのやさしさに、涙が出てきそう。

「ありがとう、神山くん。すごくうれしい」
「そりゃよかった」

 神山くんは帽子を深くかぶりなおして、ふいっとそっぽを向く。また照れてるみたい。

 ――『自分で決めつけてるだけなんじゃないの?』

 そう、なのかな? 私、このスケッチブックに絵を描いてもいいのかな?
 先にお店を出ていく神山くんのあとを追った。

「ねえ、神山くん。私……」

 そのときだった。

「あら、菜月さん?」

 聞き覚えのある声がしてふり返ると、そこには凛ちゃんが立っていた。
 いつもは清楚な雰囲気の凛ちゃんだけど、今日はデニムジャケットに、ミニスカート。ひかえめなリップがよく似合っていて、一瞬、モデルさんかと思った。

「会えてよかったわ。これを返したかったから」

 凛ちゃんは持っていた紙袋から、数日前に私が貸した油絵の具セットと同じものを手わたしてくれた。

「ねえ、一人? 良かったら、これから一緒に……」

 凛ちゃんは、そこでおどろいたように目を見開く。

「神山くん、どうしてここに」

 凛ちゃんの視線の先には、神山くんがいた。神山くんは、不審そうに眉をよせたけど、すぐに誰だかわかって「ああ」と応える。

「ひさしぶりだな、凛」

 神山くんの口から、凛ちゃんの名前が出ただけで、すこしだけ胸がうずく。
 二人は幼なじみなんだから、仲良しで当然なのに。
 凛ちゃんは神山くんに歩み寄ると、懐かしそうに目をほそめた。

「背、高くなったわね」
「二年も経てば、そりゃそうだろ。凛も元気そうだな」

 神山くんはそれだけ言うと、背をむけてしまった。

「ちょっと待って。……ねえ、どうして学校に来ないの?」
「は?」
「やっぱり、あの事故が原因なの?」

 神山くんの表情が、冷たいものに変わった。

「お前には関係ねえだろ。オレのことなんか放っておけよ」
「放っておけないわよ!」

 凛ちゃんが叫ぶ。

「なんで?」
「だって、あたしは神山くんのことが……」

 そこまで言って、凛ちゃんはうつむいた。

「話はそんだけ?」
「……」
「じゃあ、もう行くわ」

 神山くんの視線が、私に向けられる。
 でも、動けないよ。
 だって、きっと凛ちゃんは神山くんのことが好きなんじゃないかなって思うから。
 ここで私が神山くんと一緒に帰ったら、誤解されちゃう。
 凛ちゃんは、私と神山くんを交互にながめると、今にも泣きそうな顔をした。

「ジャマしちゃったみたいね、ごめんなさい」
「凛ちゃん、ちがうの。これは」

 必死に首をふる。

「気にしないで。また学校でね」

 凛ちゃんは、呼び止める間もなく走り出した。

「凛ちゃん!」

 どうしよう、誤解されちゃったかもしれない。追いかけなきゃ!
 そう思って足を踏み出すと、

「菜月」

 するどい神山くんの声が飛んできて、思わず動きを止めた。

「行こう」

 背を向けて歩き出してしまう神山くん。
 どうしよう? 凛ちゃんをこのまま追うべき?
 だけど、追いかけたところでなんて言えば……。
 そうやって迷っているうちに、凛ちゃんの姿は人混みのなかに消えてしまった。
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