バスは秘密の恋を乗せる

桐山なつめ

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 放課後。私は凛ちゃんのアパートに向かった。
 担任の先生から教えてもらったメモを何度も確認したから、まちがいないはず。
 102号室。うん、合ってる。
 緊張しながら部屋のインターホンを鳴らすと、すぐに中から「はい」という声が聞こえて、ドアが開いた。

「菜月さん!?」

 久しぶりに会った凛ちゃんは、知らない人みたいだった。
 絵の具で汚れたシャツに、ぼさぼさの髪の毛。
 目の下には黒いクマがあって、顔も少しやつれている。

「話をしにきたの」

 凛ちゃんは戸惑ったような顔をしたけど、

「入って」

 と、家のなかへ入れてくれた。
 でも、凛ちゃんの部屋に入った瞬間、その光景にぎょっとしてしまった。
 狭い部屋に敷かれたビニールシート。
 その上にはイーゼルと……神山くんを描いたキャンバスが置いてあった。
 それだけでもびっくりなのに、黒い絵の具で塗りつぶされていたはずの部分が、半分くらい修復されている。

「あたしじゃ、これくらいしか直せなかったの。いまの神山くんを、よく知らないから……」
「もしかして、このために学校を休んでいたの?」

 凛ちゃんはうなずく。

「最低なことをしたって思ってる。本当にごめんなさい」
「凛ちゃん……」
「あたし、うぬぼれてたの。いままで、絵で負けたことなんかなかったんだもの。ライバルが多い方がいいなんて口では言ってたけど、どこかで他の人を見下してた」
「……」
「だけどあなたの絵を見て、はじめて負けるかもって思ったの。しかも、神山くんまで取られたような気がしたわ。日向先生から、あたしの絵は出品させられないって言われたとき……サイテーだけど、菜月さんなんていなければって思っちゃった」
「……そっか」
「ごめんね、菜月さん。こんなことする人が絵なんて描いちゃいけないわよね」
「だから美術部も辞めたの?」
「そうよ。それぐらいのことしかできなかったけど。もう、絵はやめるわ」

 それを聞いて、私はとっさに凛ちゃんの手をにぎる。

「凛ちゃん、それはだめ。やめないで」

 ――『やめちゃだめだよ、菜月』

 言葉にしてから気がついた。亜衣の言葉と同じだって。
 そっか。亜衣も、きっとこんな気持ちだったんだ。
 凛ちゃんは私の大切な友だち。だから、私のために絵を描くのをやめないでほしい。

「菜月さん。それは、本当の言葉? また、あたしに気を使っているんじゃない?」

 今ならわかる。本音を隠したままじゃ、本当の友だちになんてなれないってこと。
 だから、言わなくちゃ。

「凛ちゃん。私も絵だけは誰にも負けたくないんだ」
「……」
「だから、コンクールに出品して受賞だってしたいし、部長にだってなってみたい。たとえ凛ちゃんとライバルになったとしても」
「……そう」
「それに、私も神山くんのことが好きなんだ」

 凛ちゃんがはっとしたように、私を見つめ返してくる。

「でもね、凛ちゃんとも友だちでいたいの」
「どうして? こんなにひどいことしたのに?」
「私こそ、いままでうそついてごめん。でも、凛ちゃんの気持ちがわかって、ほっとしたよ」

 ――『いいの。やっと菜月の気持ちがわかって、ほっとしたから』

 絵も恋愛も負けたくないなんて、堂々と言っちゃった。
 凛ちゃんは、それでも私を友だちって思ってくれるかな?

「菜月さん」

 私は体をかたくして、凛ちゃんの言葉を待った。

「言うのがおそいよ。あたしだって、あなたと仲良くしたいんだから」

 それを聞いたとたん力が抜けて、へなへなと床に座りこんだ。
 そんな私を、凛ちゃんはおかしそうに笑う。
 その瞳には、キラリと涙が光っていた。 
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