【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助

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【本編】

6.二人は無邪気に手を繋ぐ

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 リュカスの三度目の魔力測定後、二人は常に手を繋ぐようになった。
 本日も母と一緒にエルトメニア家に遊びに来ているロナリアは、リュカスと横並びに座り、手を繋いだままケーキを食べている。

「ロナ! 片手だけで物を食べるなんて……お行儀が悪過ぎです!」
「だって……。手を繋いでおかないとリュカの中の魔力が無くなるもん……」

 娘のその言い分にレナリアが、呆れながら盛大に息を吐く。
 同じ状態でケーキを食べているリュカスもロナリアと同じような表情を浮かべ「何でダメなの?」と、今にも言い出しそうな雰囲気だ。

 リュカスはロナリアと手を繋いだ分だけ体内にロナリアの魔力が蓄積され、その魔力で魔法が使えるようになったのだが……。二人が手を離すと、折角蓄積された魔力がリュカスの特殊な魔力体質によって、また漏れ出てしまう。
 その事が判明してからは、二人は常にこんな状態なのだ……。

 だが最初の頃は、レナリア達も二人のその微笑ましい光景を黙認していた。
 同時に「すぐに飽きて、手を繋ぐ頻度は減るだろう」とも思っていた。
 しかし、二人は半年経った今でも常に手を繋ぎ続けている。

 現状、今の幼い二人であれば人前に出る機会が少ないので問題はない。
 だが来月より二人には、念願だった魔法学園への入学が控えている。入学後から6年間の初等部期間は学生寮は使えないので、二人はそれぞれが持つタウンハウスの方で母親と一緒に暮らし、そこから魔法学園に通う事になるのだが……。

 今の状態のように過剰に手を繋ぎ続ける癖が、他の貴族の子供達の目にどう映るかが問題である。
 入学まで何とか二人の手繋ぎ癖を軽減させようと、奮闘してきたレナリア達だが、努力の甲斐空しく全く改善されなかった……。

「ロナ、あなた達は来月から他の貴族の子達と一緒に魔法学園で勉強するのよ? その時、お食事中にリュカス君と手を繋いでいたら、他の子達に『お行儀が悪い!』と注意されてしまうわよ?」
「で、でも……。手を繋いでおかないとリュカの魔力が……」
「食べ終わった後に手を繋げばいいでしょ? リュカス君もロナが他の子達にお行儀の事で注意されてもいいの?」
「嫌です……」
「それでは二人は、どうしたらいいかしら?」
「「食べてる時は手を繋がない……」」
「良く出来ました! それでは手を離して食べる事に集中しましょうね!」
「うん……」
「はい……」

 不満げな表情をしながらも二人は、やっと手を離し食べる事に専念し出す。その様子を見ていたレナリアは、先が思いやられると感じていた。
 すると、席を外していたリュカスの母マーガレットが入室してきた。

「待たせてごめんなさいね。急に来客があって……」
「来客って、王立魔法研究所の制服の若者よね? 何かあったの?」
「ほら、以前この子達がフェイクドラゴンに襲われた事があったでしょ? その時、何故フェイクドラゴンが魔獣除けの結界を無理矢理通り抜けようとしてきたのか、調べて貰っていたのよ」
「それで……結果は?」
「それが不明だって……。ただ、うちの子が氷漬けにしたフェイクドラゴンを回収する時、残留していた魔力粒子を調べてくれたらしいの。その時、その数値が少し高めだったらしいわ」

 そこまで説明すると、マーガレットもレナリアの隣の席に着く。そして絶妙なタイミングで出されたお茶を優雅に飲み始めた。

「魔力粒子……。でもそんなもの魔獣が気にするなんて聞いた事がないわね」
「そうなのよね。でも、まぁ、今後はもっと厚めの結界を張って貰う事になったから、もう心配ない……って。あら、珍しい! 二人がちゃんと両手で食事をしているじゃない!」
「先程、食事中に手を繋ぐのはやめるように注意したの……。このままだと、学園に入学した後、他の子達から色々と言われてしまうから」
「そうよねぇ……。ちょーっと、二人は仲良し過ぎなのよね……」
「僕達、仲良しじゃいけないの?」

 マーガレットの言葉にケーキを食べ終わったリュカスが、不満そうな表情を浮かべながら反論してきた。その横ではロナリアが夢中になってフーフーしながら、お茶を冷ましている。
 その様子からレナリアには、今後の二人の関係性が大分見えてきた。恐らく学園に入学すれば、しっかり者のリュカスがマイペースなロナリアを引っ張ってくれる状態になるだろうと。

「いけない訳ではないのよ? ただ……あまりにも仲良しな姿を他の子に見せてしまうと、それを羨ましがって意地悪してくる子とかも出てくるから……。特に男の子とかは、そういう子が多いでしょ?」

 母のその言い分に思い当たる事があるリュカスは、眉間に皺を刻む。
 実はこの半年間、二人は何度か子供達向けのお茶会に一緒に参加していた。
 その際、いつものように手を繋ぎながら会場をウロウロしていたら、その事を他の令息達に揶揄われてしまったのだ。

 普段のリュカスなら、そんな幼稚な挑発には乗らない。
 だが、その際にロナリアの事を悪く言われ、ついカッとなって反論してしまい、口論になりかけた事があるのだ……。

 だが、その殺伐とした空気を振り払ったのが意外な事にロナリアだった。
 その時のロナリアは、リュカスと手を繋いでいる事を揶揄って来た令息に向かって、握手をするようにサッと空いている自分の手を差し出した。

「あなたも手を繋ぎたいんでしょ? はい! どうぞ!」

 ニコニコしながらそう言い切ったロナリアに対して、その令息の顔は一気に赤くなったそうだ。
 だがリュカスの方は、その状況が面白くなかったらしい……。
 すぐさまロナリアの手を引っ込めさせ、今度は自分の空いている手をその令息に差し出した。

「手を繋ぎたいのなら相手がロナじゃなくてもいいよね? だったら僕が繋いであげるよ? はい、どうぞ」

 無表情のままリュカスは、その令息に向ってズイっと手を差し出す。
 冷ややかな雰囲気をまといながら、ズイズイと手を差し出して来るリュカスに相手の令息は、急に怖気づいてしまったようだ。

「バ、バカじゃねぇーの!? お前らと手なんか繋がねぇーよ!!」

 捨て台詞を吐きながら、その令息は脱兎のごとく走り去ったそうだ……。
 何とも口の悪い伯爵令息である。
 だがそれ以降、お茶会の場で手を繋ぐ二人は、他の子から絡まれなくなった。
 しかし魔法学園に入学すれば、初対面の子達ばかりとなる。
 すると、また同じように揶揄われてしまい、リュカスが暴走する可能性が高い。

 何よりも今回は、ロナリアの方が心配だ……。
 男の子は一時の興味しか抱かないが、女の子の場合はそうではない。
 リュカスは母マーガレットの贔屓目を抜きにしても、かなり整った顔立ちをしている。当然、入学後は女の子達からの人気は高くなるはずだ。
 だがその傍らには、いつもリュカスと手を繋いでいるロナリアがいる。
 小さいとは言え女性である彼女達が抱く嫉妬心は、ロナリアに注がれるだろう。
 それで苛めなどに遭うのでは……と、母レナリアはかなり懸念しているのだ。

 そしてそれはリュカスの母マーガレットも危惧している。
 マーガレットは、まさに学生時代にそのような経験をしてしまっていた。
 現在の夫であるカルロスことエルトメニア伯爵は、学生時代『氷の貴公子』という何とも恥ずかしいネーミングを付けられる程の美青年だった。

 だが、同時に表情筋が皆無なのか滅多に笑顔を見せない事でも有名だった。
 その為『氷の貴公子』などと言うふざけた呼び方をされていたのだが……。これが厄介な事に当時から婚約者であったマーガレットに対してだけは、甘くとろけるような表情へと破顔する……。

 その事を面白くないと感じていた令嬢達から当時のマーガレットは、かなり嫌がらせを受けていた。
 もちろん、全て返り討ちにはしていたのだが……。
 毎回何処から湧いて出てくるのかと言いたくなる程、嫌がらせをしてくる令嬢達が後を絶たなかったので、その対応がかなり面倒だったのだ。

「わたくし……もしリュカの所為でロナちゃんが苛めに遭うような事があれば、相手のお家を徹底的に取り潰してしまうかもしれないわ……」
「ロナのトラウマになるから、絶対にやめて!!」

 親友の物騒な発言に流石のレナリアも引き気味だ……。
 当時は中級クラスの伯爵令嬢でしかなかったマーガレットだが、現在はそれなりに社交界に影響を与える事が出来る上位の伯爵夫人だ。
 正直、本当にやりそうで冗談には聞こえない。

「まぁ、そうなったらすぐにリュカが動くとは思うけれど。ロナちゃんは悪意に疎そうだから心配だわぁ……」

 それはレナリアも心配している部分なので、思わず同意してしまう。
 だが一ヶ月後の入学式で、その心配は取り越し苦労だった事が判明した。



 一ヶ月後――――。
 学園に入学したロナリアとリュカスは、それぞれ違う反応を見せたのだ。

 まずリュカスの方だが、何故か不貞腐れた表情を終始浮かべていた。理由を聞くと「ロナを他の子に取られる……」と、ぼやいていた。

 逆にロナリアの方だが……。
 恐ろしい事に初日でお茶会の誘いを受ける程、同性の友人を早々に作ってしまったのだ。その事を知ったレナリアは、親友マーガレットの言葉を思い出す。

『ロナちゃんは悪意に疎そうだから』

 そうなのだ……。
 悪意に疎いという事は、全てをプラスに取ってしまうという事なのだ……。
 母親達の予想通り、初日でロナリアはリュカスと手を繋いでいる事を他の令嬢達から、かなり咎められていた。
 だが、それをロナリアは『初対面の自分に声を掛けてくれた』と感じ、相手の令嬢は自分とお友達になりたがっていると解釈したらしい。
 あとは、もうロナリアのペースである。

 ロナリアは悪意が隠された小さな淑女達の会話を友人作りの為の交流だと思い込み、ニコニコしながらリュカスと手を繋ぐ事になった経緯を語った。
 その際、二人がフェイクドラゴンに襲われた事も話したらしい。
 魔獣と遭遇した事の無い子供達は、一気にロナリアの話に興味津々となり、いつの間にかロナリアの周りには男女関係なく子供達が集まっていた。

 母レナリアは忘れていたのだ……。
 自分の娘が、救いようがない程の天然能天気娘だと言う事を……。
 大勢の子達の心を初日で鷲掴みにしたロナリアは、恐らく苛めに遭うような事はこの先ないだろう。
 何故ならば、特に仲良くなった一人に侯爵令嬢がいるからだ……。
 我が娘ながら、同性に対してのタラシ込みスキルの高さには、母レナリアでさえ恐ろしさを感じてしまう。

 対してリュカスの方もそれなりに友人が出来たらしい。
 どうやらロナリアが語ったフェイクドラゴンに遭遇した時の話が効果を発揮し、リュカスは男子生徒から『フェイクドラゴンを倒した男』と、一目置かれる様になったそうだ。そういう状況ならば、リュカスの方もロナリアと常に手を繋いでいても揶揄われる事はないだろう。
 なんせ、僅か6歳で宮廷魔道士でも二人掛かりでないと倒せないフェイクドラゴンを氷漬けにしたのだ……。
 そんな強力な魔法を使う相手に喧嘩を売るバカは、子供でもいないはずだ。

 そんな状況で、初日から良いスタートを切った二人は、この後6年間続く魔法学園の初等部時代を大満喫する事になる。だが、そんな楽しい6年間の中で、やや不可解な事が二度程あった。
 それはロナリア達が実技の為、野外で魔法を使っていた時に起こる。

 二人が初等部一年目だった頃、学園の外にある魔法練習場で、座学後初となる魔法を発動させる練習を皆でワイワイとしていた時である。
 その時、何故か上空から飛行系の魔獣が無理矢理魔獣除けの結界をこじ開けるように侵入し、襲って来たのだ。それはまるで6歳の頃、二人がフェイクドラゴンに襲われた時と、ほぼ似たような状況だったらしい。

 この時は咄嗟にリュカスがロナリアの魔力を使って、強力な火属性魔法を使い撃退したのだが……。
 火属性魔法を使った場合、その後始末が大変な事を理解していなかった為、教師達からは、褒められながらも怒られてしまった……。

 そして二度目の襲撃は、二人が初等部五年目の時に起こる。
 やはりその時も野外に出ている時で『魔獣の樹海』の下級クラスの魔獣エリアに実地訓練をしている中等部の野外授業を見学に行った時だ。その際、中等部の先輩達と交流している時間帯に本来侵入して来るはずもない上級クラスの魔獣が、やはり結界をこじ開けるように侵入し、大騒ぎとなった。
 その際、やはりリュカスがロナリアの魔力を使って討伐した。

 襲ってきたのは大型の一本角を生やした四足歩行の獰猛な獣だったのだが、流石のリュカスも学習し、フェイクドラゴンの時と同じように氷漬けにした。
 しかし後に魔獣研究所から「サンプルとして運ぶ際に大変だから、氷漬けはやめて欲しい」と学園の方に苦情が入ったらしい……。
 後からその事を教師から笑い話のように聞かされた二人は、不貞腐れた。

 だが、どちらの場合でも何故魔獣がそのような行動をとったのかは、魔獣研究所の調査でも原因を解明する事は出来なかった。
 だがリュカスは、魔獣がこのように不可解な行動をする際、ある共通点がある事に気付き始める。魔獣が結界をこじ開けてまで襲ってくる際は、その直前に必ずロナリア自身が野外で魔法を使っている時なのだ……。

 フェイクドラゴンに襲われた時、ロナリアはリュカスに氷魔法を見せていた。
 初等部一年目の時は、皆がまだ初級魔法しか使えなかったので、ロナリアも一緒に混じって実技の授業を受け、自身で魔法を使っていた。
 初等部五年目の時は、初級魔法しか使えないロナリアは実技の授業は、ほぼ見学になっていたが、あの上級生との交流時間の際だけは、自身の微弱な魔法を先輩達に見て貰い、アドバイスを貰っていた。

 ただの偶然かもしれないが、そもそも野外でロナリアが自分の魔法を使うという状況が現在でもあまりない。ロナリアがこの学園で学んでいるのは、魔法に関する専門的な知識と、他人に魔力譲渡をする際のコツと訓練が殆どだ。

 その所為か彼女が魔法を野外で使った時にだけ、魔獣達が結界を無理矢理こじ開けて襲ってきているようにリュカスには見えていた。
 その事が気になりつつも、それ以降は魔獣が結界をこじ開けて襲ってくるような事件が起こらなかったので、リュカスも段々と気にしなくなった。

 だが……後にこの件に関して深追いをしなかった事を後悔するような事態がやってくるとは、この時のリュカスは全く予想していなかった。
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