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【番外編】
陛下と小さな風巫女
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――――――――◆◇◆――――――――――
『出会い』の続きです。
エリアテールが初めてコーリングスターに来た4日目くらいのお話です。
本編で全く登場しなかった国王陛下が登場。
―――――――――――――――――――――
毎月行われる国の重臣達が集まる会議……。
その会議を疲弊しながら乗り切ったこの国の国王ジークレイオス。
今回議題に上がったのは、二つ。
一つ目は、最近この大陸の貿易の窓口でもある隣国マリンパールから、不正貿易品がかなり入荷しているらしく、その品がコーリングスターにも出回っているという問題だ。
そして二つ目は……息子イクレイオスの婚約者選びの件……。
一つ目に関しては、すでにマリンパールの方へ協力要請をかけ、両国総出でその不正品を取り扱っている組織の摘発に乗り出している状態なので、今回はその報告という形で話はすぐに終わった。
しかし……今回ジークレイオスを大いに疲弊させた件は、二つ目の方だ……。
今から三カ月前、妻イシリアーナが息子の嫁選びを急ぐあまり、城内に侯爵家並びに有力伯爵家の令嬢達を招いた。しかし、その令嬢達に必要以上に付きまとわれた息子のイクレイオスは激怒し、彼女達のトラウマになる様な言葉をあの整い過ぎる美しい顔でやんわりと、そして容赦なく吐き続けたのだ。
結果、それら令嬢達は、親に泣きつく様に城から去って行った……。
その件で親である侯爵家と伯爵家から、クレームの嵐が巻き起こった……。
自身の溺愛している娘達に対して、あまりにも酷い対応だと責め立てられた哀れな国王は、もはや吊し上げにされている状態となり、この会議の一時間の間、生きた心地がしなかった……。
自身も幼少期に息子と同じ思いをしたので、その気持ちは痛いほど分かる。
だが……イクレイオスの場合、自分の逆鱗に触れた相手に対して、一切容赦しないという徹底主義な所がある。自分に必要な物とそうでない物への執着の仕方と切り捨て方が、極端なイクレイオスは、一体誰に似たのだろうか……。
そう嘆くジークレイオスだが……。
そういう自身もマリンパールの公女であったイシリアーナを娶る際に、相当な執着を見せた事をすっかり棚に上げている。
そして今回の議題はそのクレームの延長線上で、早々にイクレイオスの婚約者を選ぶべきだという声が、かなり上がった。
特に4大侯爵家は、この意見をかなり強く押して来た。
だが、今回の件でイクレイオスは、かなり腹を立ているので、婚約者選びなどする気配は一切ない……。一度、不要な物と選別された物に対してのイクレイオスの切り捨てぶりは、容赦ない事を父であるジークレイオスはよく知っている。
「来月までに婚約者候補を何人か絞り込めと言われたが……」
何人かどころか、一人も選出されない事が容易に想像出来る。
自分の息子が、かなりの暴挙に出てくれたお陰で侯爵家と伯爵家に対して、今回は強く言えなかった哀れな国王。
来月の会議の事を思うと、憂鬱になり段々と胃の当りがシクシクしてくる……。
その為、やや前かがみになりながら自室に向かうジークレイオスだったが……。
ちょうど中庭付近に差し掛かると、どこからか可愛らしい鼻歌が聴こえてきた。
その歌の出所である中庭に目をやると、通路に面したベンチにスペアミント色の小さな頭が見える。
そっと近づいてみると、4日前に新しく着任した風巫女のエリアテールが、ベンチに座って足をブラブラさせていた。
「エリアテール、このような所で一体何をしているんだい?」
そう声を掛けると振り向いたエリアテールが一瞬、キョトンとする。
しかし、その相手が国王だと気づくと慌ててベンチからおり、6歳児にしては、かなりしっかりした礼をした。
「国王陛下! 気づかなかったとは言え、大変失礼いたしました!」
「いやいや、いきなり声を掛けてしまった私の方が悪かったね。それで……エリアテールは、一人こんな所で何をしていたのかな?」
「イクレイオス様をお持ちしておりました」
エリアテールの予想外な返答に国王の動きが一瞬、止まる。
「うちの息子のイクスをかい?」
「はい。本日は王家専用のお庭を特別に見せて頂けるという事で、イクレイオス様のお勉強のお時間が終わる頃に、ここで待つ様に言われました」
「イクスが……自分から……?」
大人びた息子は、年の近い子供と交流する事が、あまり好きではない事を知っているジークレイオスは、エリアテールのその話にますます目を丸くする。
その様子に気づいたエリアテールが、何故か心配そうな顔をした。
「あの……もしや……王家専用のお庭は、わたくしのような子供が入ってはいけない場所なのでしょうか……」
「いやいや! そんな事はないよ。是非見に行ってきなさい」
自分の反応がエリアテールに不安を感じさせてしまった事に気付いたジークレイオスは、慌てて宥める様にそう告げた。
するとエリアテールは、ぱぁ~と明るい表情になる。
「はい! ありがとうございます!」
そして少し頬を紅潮させて、人懐っこい愛らしい笑顔を向けてきた。
その様子に妻イシリアーナが、女の子を欲しがっていた気持ちが少しわかったジークレイオス。
「女の子もいいものだな……」
思わずそう呟くと、エリアテールが不思議そうな顔をする。
「そうだ。私もイクスが来るまで一緒に待っていてあげよう。エリアテールもほら、こちらに座りなさい」
「はい!」
そう元気よく返事をしたエリアテールは、再び大人用の少し高いベンチにぎこちない動きで座った。そしてその隣にジークレイオスも腰を下ろす。
「エリアテールは、もうイクスと顔を合わせていたんだね」
「はい。最初の日に……迷子になってしまったわたくしを、ロッドがお部屋まで連れて行ってくれてる時にお会いしました」
「そうか。何か話をしたかい?」
「えっと……自己紹介と……。その後、この中庭を案内してくださいました」
「それも……イクスの方から言い出したのかい?」
「はい!」
ますます息子らしかぬ行動に、ジークレイオスは顎に手を当てて少し考え込む。
イクレイオスが、自分のプラスにならない状況で率先して他人と交流を持つなど、今まであまり無かったからだ。
そして、それとは別に気になるのが……エリアテールの反応だ。
「エリアテールは……イクスと話す時、怖いと感じたりはしないのかい?」
「怖い……ですか? いいえ。特には」
「でもイクスは、他の子供と違って偉そうだし、話し方も怒ってるように見えるだろう?」
「そんな事はございません。イクレイオス様は、わたくしがこの国に来てから、ずっと遊び相手をしてくださる優しい方です」
「ずっと!? 4日間ともかい?」
「はい!」
あまりにも予想外の言葉に、思わず声を上げてしまったジークレイオス。
しかし、その問いにもニッコリ答えるエリアテール。
「ブレスト家の風巫女は力が強いので、王家や立派な貴族の方にお仕えする事が多いのです。なので小さい頃からずっと社交のお勉強をします……。だからあまりお友達と遊ぶ事が出来ません……」
「そうだね。エリアテールはまだ6歳なのに、しっかり挨拶が出来て感心したよ」
そう褒めると、エリアテールは頬赤らめて少し照れた。
「ですが、フェリア姉様がこちらではイクレイオス様がたくさん遊んでくださるからっておっしゃってたので、わたくしは楽しみにしておりました! そうしたら本当にイクレイオス様が遊んでくださって……今までお友達と遊べなかったから、わたくしは凄く嬉しいのです!」
「遊び相手が、あんなに偉そうなイクスでもかい?」
「偉そう……ですか?」
「自分の息子の事を言うのも何だけど……凄く偉そうだね……」
ジークレイオスがやや呆れ気味に言うと、エリアテールが少しだけ困った様な笑みを浮かべた。
「確かに……ほんの少しだけ、イクレイオス様は偉そうです……」
「誰が偉そうなのだ?」
すると後方から、いきなり声がして二人同時に振り返る。
そこには腰に手を当て、不機嫌そうに仁王立ちしているイクレイオスがいた。
「イクレイオス様!」
そう言って、エリアテールがベンチから立ち上がり、ペコリと挨拶の礼をする。
「父上……このような所でエリアと話し込んで、何を油を売っておいでですか?」
「それを言うのなら、お前も随分と勉学の授業が終わるのが早すぎではないか?」
「そうですね。私は教育係の者達とある取り決めをし、勉学の時間を短縮しているので……。ただ、それは向こうも承諾した内容でですが」
「取り決め?」
「始めに行うテストにて、私が一問でも間違えば、正規の授業時間を。全問正解ならば、その日の授業はテストのみで終了。そういう取り決めを致しました」
「取り決めというより……それは賭けではないのか……?」
「そういう言い方もしますね」
「して勝率は?」
「今のところ17勝0敗で私の圧勝です」
「だろうな……。お前は本当に可愛げのない子供だ……」
「出来過ぎた優秀な息子とおっしゃってください」
そう言ってイクレイオスは、フンっと鼻を鳴らした。
「エリアもエリアだ。父上は暇そうに見えて、それなりにお忙しい方なのだぞ?」
「それなりに……」
「それなのにお前が父上のサボりに付き合ってはダメだろう!」
「別にサボっている訳では……」
するとエリアテールが困り顔になり、ジークレイオスに謝罪して来た。
「も、申し訳ございません……。つい陛下とのお話が楽しかったので……」
「エリアテールが謝らなくてもいいのだよ? 私が君と話したかったのだから」
「父上、エリアをダシに仕事をサボらないでください」
「新しい風巫女との交流も立派な仕事の一環なのだが?」
「父上のすぐにそういう屁理屈をおっしゃる所が、私は不愉快です」
「イクス……その言葉、そっくりそのままお前に返そう……」
どうやら息子は自分にしっかりと、似すぎたらしい……。
改めてそう感じつつも、先程から気になっている事を聞いてみる。
「イクスはもうエリアテールを愛称で呼んでいるのかい?」
「愛称というか……略称ですね。そもそも私よりも母上の方が先に呼んでおりますが……」
「陛下もどうぞ、エリアとお呼びください」
そう言ってドレスの両裾を摘まみ、ちょこんとお辞儀する姿が可愛らしかったので「そうさせてもらおう」と言って、思わずエリアテールの頭を撫でる。
すると、急にイクレイオスがエリアテールの手を引っ張った。
「父上、もうよろしいですか? 早く行かないと、昼食前までに専用庭園を見て回る時間が無くなるので」
「あ、ああ。そうだね。二人とも行っておいで」
「それでは陛下、失礼いたします」
律儀に自分に別れの挨拶をするエリアテールとは対照的に、エリアテールをグイグイと引っ張る様にしてズンズン歩き出すイクレイオス。
「ずいぶんと珍しい光景が見れたな……」
去っていく二人の姿を見送ると、ジークレイオスも自身の執務室に戻った。
その日の午後……。
久しぶりに愛妻イシリアーナとお茶の時間を過ごしていたジークレイオス。
「そういえば……イクスが随分とエリアを気に掛けているようだね?」
先程までエリアテールの可愛さを語りつくしてご機嫌だった愛妻は、珍しく音を立てて茶器をテーブルに置いた。
「随分どころか……あの子は、ずっとエリアを独り占めしているのです!」
「独り占め……?」
「エリアが滞在できるのは毎月10日間のみ! それなのに……あの子はここ4日間、エリアが庭園散策が好きな事をいい事に、何かにつけて連れ出し……その所為で、わたくしがエリアとゆっくり過ごす時間がございません!」
「し、しかし……あのイクスに初めて年の近い友人が出来た事は、喜ばしい事だと思うのだが……」
「陛下はあの子に甘過ぎでございます! あの子は勉学の授業時間を短縮してまで、エリアを連れまわしているのですよ!? そのような自分勝手な行動を野放しにすれば、あの子の教育上よくありません! 早急に対策をお考え下さい!」
そう言って、テーブルの上のクッキーをバクバクと食べ始めるイシリアーナ。
どうやら現在、母と息子間で風巫女の取り合いが勃発しているらしい……。
「確かに良くないな……。少し考えてみるよ……」
下手な事を言っても、また機嫌が悪くなりそうだったので、やんわりと誤魔化したジークレイオス。
しかし、エリアテールが帰国する前日にイクレイオスから、ある提案があった。
「父上、エリアを風巫女としてこちらへ派遣する費用が勿体ないと思うのですが……。もういっそ私の婚約者にして、派遣費用を節約致しませんか?」
「確かに……エリアはまだ6歳だし、成人する18歳になるまではずっと先だ。これからも長い付き合いになるだろうから、その方が経済的にかなり有意義に国費を運営出来そうだ。イクスがそれでいいと言うのであれば、明日エリアを迎えに来るブレスト伯にその件を申し出てみよう」
「是非、お願い致します」
息子の提案にそう答えたジークレイオスだが……。
何も本気で風巫女の派遣費用の節約案を絶賛して、同意した訳ではない。
ならば何故すんなり同意したのか……。
それはあのイクレイオスが、初めて自分から婚約者にしたい相手を言い出したからだ。この先、こんな奇跡の様な事はそうそうないと判断したジークレイオスは、その提案をすんなり受け入れた。
それと同時にあの合理主義な息子の人間らしい心境の変化に、親としては喜ばずにはいられない。何よりも、これでこの間の会議で胃痛に追い込んで来た4大侯爵達の鼻を明かせる。
そうほくそ笑んだ意地の悪い国王だったか……。
その件を知った愛妻はかなり激怒し、一週間程まともに口を利いてくれなかったそうな……。
『出会い』の続きです。
エリアテールが初めてコーリングスターに来た4日目くらいのお話です。
本編で全く登場しなかった国王陛下が登場。
―――――――――――――――――――――
毎月行われる国の重臣達が集まる会議……。
その会議を疲弊しながら乗り切ったこの国の国王ジークレイオス。
今回議題に上がったのは、二つ。
一つ目は、最近この大陸の貿易の窓口でもある隣国マリンパールから、不正貿易品がかなり入荷しているらしく、その品がコーリングスターにも出回っているという問題だ。
そして二つ目は……息子イクレイオスの婚約者選びの件……。
一つ目に関しては、すでにマリンパールの方へ協力要請をかけ、両国総出でその不正品を取り扱っている組織の摘発に乗り出している状態なので、今回はその報告という形で話はすぐに終わった。
しかし……今回ジークレイオスを大いに疲弊させた件は、二つ目の方だ……。
今から三カ月前、妻イシリアーナが息子の嫁選びを急ぐあまり、城内に侯爵家並びに有力伯爵家の令嬢達を招いた。しかし、その令嬢達に必要以上に付きまとわれた息子のイクレイオスは激怒し、彼女達のトラウマになる様な言葉をあの整い過ぎる美しい顔でやんわりと、そして容赦なく吐き続けたのだ。
結果、それら令嬢達は、親に泣きつく様に城から去って行った……。
その件で親である侯爵家と伯爵家から、クレームの嵐が巻き起こった……。
自身の溺愛している娘達に対して、あまりにも酷い対応だと責め立てられた哀れな国王は、もはや吊し上げにされている状態となり、この会議の一時間の間、生きた心地がしなかった……。
自身も幼少期に息子と同じ思いをしたので、その気持ちは痛いほど分かる。
だが……イクレイオスの場合、自分の逆鱗に触れた相手に対して、一切容赦しないという徹底主義な所がある。自分に必要な物とそうでない物への執着の仕方と切り捨て方が、極端なイクレイオスは、一体誰に似たのだろうか……。
そう嘆くジークレイオスだが……。
そういう自身もマリンパールの公女であったイシリアーナを娶る際に、相当な執着を見せた事をすっかり棚に上げている。
そして今回の議題はそのクレームの延長線上で、早々にイクレイオスの婚約者を選ぶべきだという声が、かなり上がった。
特に4大侯爵家は、この意見をかなり強く押して来た。
だが、今回の件でイクレイオスは、かなり腹を立ているので、婚約者選びなどする気配は一切ない……。一度、不要な物と選別された物に対してのイクレイオスの切り捨てぶりは、容赦ない事を父であるジークレイオスはよく知っている。
「来月までに婚約者候補を何人か絞り込めと言われたが……」
何人かどころか、一人も選出されない事が容易に想像出来る。
自分の息子が、かなりの暴挙に出てくれたお陰で侯爵家と伯爵家に対して、今回は強く言えなかった哀れな国王。
来月の会議の事を思うと、憂鬱になり段々と胃の当りがシクシクしてくる……。
その為、やや前かがみになりながら自室に向かうジークレイオスだったが……。
ちょうど中庭付近に差し掛かると、どこからか可愛らしい鼻歌が聴こえてきた。
その歌の出所である中庭に目をやると、通路に面したベンチにスペアミント色の小さな頭が見える。
そっと近づいてみると、4日前に新しく着任した風巫女のエリアテールが、ベンチに座って足をブラブラさせていた。
「エリアテール、このような所で一体何をしているんだい?」
そう声を掛けると振り向いたエリアテールが一瞬、キョトンとする。
しかし、その相手が国王だと気づくと慌ててベンチからおり、6歳児にしては、かなりしっかりした礼をした。
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「いやいや、いきなり声を掛けてしまった私の方が悪かったね。それで……エリアテールは、一人こんな所で何をしていたのかな?」
「イクレイオス様をお持ちしておりました」
エリアテールの予想外な返答に国王の動きが一瞬、止まる。
「うちの息子のイクスをかい?」
「はい。本日は王家専用のお庭を特別に見せて頂けるという事で、イクレイオス様のお勉強のお時間が終わる頃に、ここで待つ様に言われました」
「イクスが……自分から……?」
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「あの……もしや……王家専用のお庭は、わたくしのような子供が入ってはいけない場所なのでしょうか……」
「いやいや! そんな事はないよ。是非見に行ってきなさい」
自分の反応がエリアテールに不安を感じさせてしまった事に気付いたジークレイオスは、慌てて宥める様にそう告げた。
するとエリアテールは、ぱぁ~と明るい表情になる。
「はい! ありがとうございます!」
そして少し頬を紅潮させて、人懐っこい愛らしい笑顔を向けてきた。
その様子に妻イシリアーナが、女の子を欲しがっていた気持ちが少しわかったジークレイオス。
「女の子もいいものだな……」
思わずそう呟くと、エリアテールが不思議そうな顔をする。
「そうだ。私もイクスが来るまで一緒に待っていてあげよう。エリアテールもほら、こちらに座りなさい」
「はい!」
そう元気よく返事をしたエリアテールは、再び大人用の少し高いベンチにぎこちない動きで座った。そしてその隣にジークレイオスも腰を下ろす。
「エリアテールは、もうイクスと顔を合わせていたんだね」
「はい。最初の日に……迷子になってしまったわたくしを、ロッドがお部屋まで連れて行ってくれてる時にお会いしました」
「そうか。何か話をしたかい?」
「えっと……自己紹介と……。その後、この中庭を案内してくださいました」
「それも……イクスの方から言い出したのかい?」
「はい!」
ますます息子らしかぬ行動に、ジークレイオスは顎に手を当てて少し考え込む。
イクレイオスが、自分のプラスにならない状況で率先して他人と交流を持つなど、今まであまり無かったからだ。
そして、それとは別に気になるのが……エリアテールの反応だ。
「エリアテールは……イクスと話す時、怖いと感じたりはしないのかい?」
「怖い……ですか? いいえ。特には」
「でもイクスは、他の子供と違って偉そうだし、話し方も怒ってるように見えるだろう?」
「そんな事はございません。イクレイオス様は、わたくしがこの国に来てから、ずっと遊び相手をしてくださる優しい方です」
「ずっと!? 4日間ともかい?」
「はい!」
あまりにも予想外の言葉に、思わず声を上げてしまったジークレイオス。
しかし、その問いにもニッコリ答えるエリアテール。
「ブレスト家の風巫女は力が強いので、王家や立派な貴族の方にお仕えする事が多いのです。なので小さい頃からずっと社交のお勉強をします……。だからあまりお友達と遊ぶ事が出来ません……」
「そうだね。エリアテールはまだ6歳なのに、しっかり挨拶が出来て感心したよ」
そう褒めると、エリアテールは頬赤らめて少し照れた。
「ですが、フェリア姉様がこちらではイクレイオス様がたくさん遊んでくださるからっておっしゃってたので、わたくしは楽しみにしておりました! そうしたら本当にイクレイオス様が遊んでくださって……今までお友達と遊べなかったから、わたくしは凄く嬉しいのです!」
「遊び相手が、あんなに偉そうなイクスでもかい?」
「偉そう……ですか?」
「自分の息子の事を言うのも何だけど……凄く偉そうだね……」
ジークレイオスがやや呆れ気味に言うと、エリアテールが少しだけ困った様な笑みを浮かべた。
「確かに……ほんの少しだけ、イクレイオス様は偉そうです……」
「誰が偉そうなのだ?」
すると後方から、いきなり声がして二人同時に振り返る。
そこには腰に手を当て、不機嫌そうに仁王立ちしているイクレイオスがいた。
「イクレイオス様!」
そう言って、エリアテールがベンチから立ち上がり、ペコリと挨拶の礼をする。
「父上……このような所でエリアと話し込んで、何を油を売っておいでですか?」
「それを言うのなら、お前も随分と勉学の授業が終わるのが早すぎではないか?」
「そうですね。私は教育係の者達とある取り決めをし、勉学の時間を短縮しているので……。ただ、それは向こうも承諾した内容でですが」
「取り決め?」
「始めに行うテストにて、私が一問でも間違えば、正規の授業時間を。全問正解ならば、その日の授業はテストのみで終了。そういう取り決めを致しました」
「取り決めというより……それは賭けではないのか……?」
「そういう言い方もしますね」
「して勝率は?」
「今のところ17勝0敗で私の圧勝です」
「だろうな……。お前は本当に可愛げのない子供だ……」
「出来過ぎた優秀な息子とおっしゃってください」
そう言ってイクレイオスは、フンっと鼻を鳴らした。
「エリアもエリアだ。父上は暇そうに見えて、それなりにお忙しい方なのだぞ?」
「それなりに……」
「それなのにお前が父上のサボりに付き合ってはダメだろう!」
「別にサボっている訳では……」
するとエリアテールが困り顔になり、ジークレイオスに謝罪して来た。
「も、申し訳ございません……。つい陛下とのお話が楽しかったので……」
「エリアテールが謝らなくてもいいのだよ? 私が君と話したかったのだから」
「父上、エリアをダシに仕事をサボらないでください」
「新しい風巫女との交流も立派な仕事の一環なのだが?」
「父上のすぐにそういう屁理屈をおっしゃる所が、私は不愉快です」
「イクス……その言葉、そっくりそのままお前に返そう……」
どうやら息子は自分にしっかりと、似すぎたらしい……。
改めてそう感じつつも、先程から気になっている事を聞いてみる。
「イクスはもうエリアテールを愛称で呼んでいるのかい?」
「愛称というか……略称ですね。そもそも私よりも母上の方が先に呼んでおりますが……」
「陛下もどうぞ、エリアとお呼びください」
そう言ってドレスの両裾を摘まみ、ちょこんとお辞儀する姿が可愛らしかったので「そうさせてもらおう」と言って、思わずエリアテールの頭を撫でる。
すると、急にイクレイオスがエリアテールの手を引っ張った。
「父上、もうよろしいですか? 早く行かないと、昼食前までに専用庭園を見て回る時間が無くなるので」
「あ、ああ。そうだね。二人とも行っておいで」
「それでは陛下、失礼いたします」
律儀に自分に別れの挨拶をするエリアテールとは対照的に、エリアテールをグイグイと引っ張る様にしてズンズン歩き出すイクレイオス。
「ずいぶんと珍しい光景が見れたな……」
去っていく二人の姿を見送ると、ジークレイオスも自身の執務室に戻った。
その日の午後……。
久しぶりに愛妻イシリアーナとお茶の時間を過ごしていたジークレイオス。
「そういえば……イクスが随分とエリアを気に掛けているようだね?」
先程までエリアテールの可愛さを語りつくしてご機嫌だった愛妻は、珍しく音を立てて茶器をテーブルに置いた。
「随分どころか……あの子は、ずっとエリアを独り占めしているのです!」
「独り占め……?」
「エリアが滞在できるのは毎月10日間のみ! それなのに……あの子はここ4日間、エリアが庭園散策が好きな事をいい事に、何かにつけて連れ出し……その所為で、わたくしがエリアとゆっくり過ごす時間がございません!」
「し、しかし……あのイクスに初めて年の近い友人が出来た事は、喜ばしい事だと思うのだが……」
「陛下はあの子に甘過ぎでございます! あの子は勉学の授業時間を短縮してまで、エリアを連れまわしているのですよ!? そのような自分勝手な行動を野放しにすれば、あの子の教育上よくありません! 早急に対策をお考え下さい!」
そう言って、テーブルの上のクッキーをバクバクと食べ始めるイシリアーナ。
どうやら現在、母と息子間で風巫女の取り合いが勃発しているらしい……。
「確かに良くないな……。少し考えてみるよ……」
下手な事を言っても、また機嫌が悪くなりそうだったので、やんわりと誤魔化したジークレイオス。
しかし、エリアテールが帰国する前日にイクレイオスから、ある提案があった。
「父上、エリアを風巫女としてこちらへ派遣する費用が勿体ないと思うのですが……。もういっそ私の婚約者にして、派遣費用を節約致しませんか?」
「確かに……エリアはまだ6歳だし、成人する18歳になるまではずっと先だ。これからも長い付き合いになるだろうから、その方が経済的にかなり有意義に国費を運営出来そうだ。イクスがそれでいいと言うのであれば、明日エリアを迎えに来るブレスト伯にその件を申し出てみよう」
「是非、お願い致します」
息子の提案にそう答えたジークレイオスだが……。
何も本気で風巫女の派遣費用の節約案を絶賛して、同意した訳ではない。
ならば何故すんなり同意したのか……。
それはあのイクレイオスが、初めて自分から婚約者にしたい相手を言い出したからだ。この先、こんな奇跡の様な事はそうそうないと判断したジークレイオスは、その提案をすんなり受け入れた。
それと同時にあの合理主義な息子の人間らしい心境の変化に、親としては喜ばずにはいられない。何よりも、これでこの間の会議で胃痛に追い込んで来た4大侯爵達の鼻を明かせる。
そうほくそ笑んだ意地の悪い国王だったか……。
その件を知った愛妻はかなり激怒し、一週間程まともに口を利いてくれなかったそうな……。
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【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
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