風巫女と精霊の国

ハチ助

文字の大きさ
上 下
43 / 48
【番外編】

鳥と風巫女

しおりを挟む
――――――――◆◇◆――――――――――
前半は幼少期の二人。後半は番外編『ピアス』の後くらいの話です。
他の巫女シリーズでも共通の巫女の特徴についてのお話になります。
―――――――――――――――――――――



 本日も教育係から出された難問テストを容易く撃破し、早々に勉学の時間を短縮する事に成功したイクレイオス。
 最近では、通路に面した中庭のベンチにその時間を見計らったエリアテールが、当たり前の様に待つ事が暗黙の了解となっている。

 そのエリアテールがこの国に風巫女として来る様になってたから、まだ三ヶ月なのだが……人懐っこい性格も手伝い、驚異的なスピードで、もうすっかりこの国に馴染んでしまった。

 そんなエリアテールの所へ、足早に向かうイクレイオス。
 いつものベンチに座っているエリアテールは、色とりどりの発光体を頭にたくさん引っ付けて待っていた。
 どうやらこの国の下級精霊達は、新しい風巫女が大のお気に入りらしい……。
 精霊の泉の洗礼を受けていないエリアテールには、精霊達の姿は見えていないのだが、生まれてすぐに洗礼を受けたイクレイオスには、しっかりと見えている。
 その状態に何故かイクレイオスが、苛立ちを覚えた。

「エリアっ!」

 そんな下級精霊達を威嚇して追い払おうと、大声で呼び掛けたイクレイオス。
 しかし次の瞬間、バサバサと何かがエリアテールから、飛び立って行った。
 その不意打ちにイクレイオスが「うわっ!」と、珍しく驚きの声を上げる。

「鳥……か?」
「イクレイオス様? もうお勉強のお時間は終わられたのですか?」
「あ、ああ。それよりも……お前、鳥にエサでもやっていたのか?」
「いいえ?」

 一応、座っているエリアテールの手元を確認したイクレイオスだが……特にエサらしき物は持っていなかった。

「だが今、お前の方から鳥が……」
「実はよく分からないのですが……わたくしが、こうやってお外に出ていると、何故かたくさんの鳥さんが集まってくるのです」
「呼んでもいない上に、エサ等も持っていないのに?」
「はい。何故でしょうね?」
「そんな事……私が知る訳ないだろうっ!」

 下級精霊だけでなく、鳥までもがエリアテールにたかってくる事にイクレイオスは、再び苛立ちを覚える。

「今日は予定変更だ! 城内を散策する!」
「ですが……本日は中庭の裏手を……」
「外はダメだ! その代わり楽器がたくさんある部屋に連れて行ってやる!」
「楽器ですか!? わぁ! 楽しみです!」

 まんまとエリアテールの興味を逸らせる事に成功したイクレイオス。
 だが、この時の苛立ちが『嫉妬』という感情だと理解するのは、まだ先だ。


 そんな経緯で、今回のエリアテールが滞在中は殆ど城内で遊んだ二人。
 あっという間に滞在期間である10日間が過ぎると、名残惜しそうな顔をしながらエリアテールが自国へと帰っていた。
 そして、またイクレイオスには何の楽しみもない日々が始まる……。

「イクス? エリアは帰ってしまったのに、ここで何をやっているんだい?」

 いつもエリアテールと待ち合わせしていたベンチに腰かけ、イクレイオスがぼぉーっとしていると、たまたま通りがかった父ジークレイオスが声を掛けてきた。

「特に何も……。短縮してしまった勉学の時間を持て余しております」
「お前は……。せめてエリアが不在時だけでも、その取引は中止したらどうだ?」
「お断りします。それこそ時間の無駄なので」
「今のこの時間どうなんだ……? 全く、お前は本当に可愛げがないのだな……」
「ええ。その所為か、よく父上にそっくりだと周りから言われます」

 打てば響くおもちゃの様に、こうもポンポンと屁理屈が出てくるとは……。
 我が子ながら、なんて小憎たらしいと思わず苦笑してしまうジークレイオス。
 そして、そのままイクレイオスの座っているベンチに腰を下ろす。

「そう言えば、父上に少しお伺いしたい事があるのですが……」
「お前が私に質問とは珍しいね。何だい?」
「先日、エリアが頭にびっしり下級精霊を貼り付け、ここにいたのですが……」
「エリアは、全精霊に好かれやすい体質のようだね。私も以前、彼女が中級精霊を3体も頭に乗せて歩いている姿を見た時には、思わず笑ってしまった……」
「それが……どうやら好かれているのは、精霊だけではないのです」
「どういう事だい?」
「実は……エリアが外で過ごしていると、エサも所持していないのに、どこからともなく鳥が集まってくるのです」

 何とも面白くなさそうな表情で、そうこぼす息子に思わず父が吹き出す。
 その反応にイクレイオスが、不機嫌そうに片眉を上げた。

「ち~ち~う~え~?」
「いや、すまない……。お前が随分と珍しい表情をしたので、つい……」
「それは、どういう意味ですか?」
「自覚がないのなら、あまり気にしなくていいさ」
「自覚……? 余計気になります!」

 そうギロリと睨みつけてくる息子の気を逸らそうと、咄嗟に話題を変えるジークレイオス。

「それよりも、何故エリアがやたら鳥に好かれやすいのか、知りたくないかい?」
「それには、ちゃんとした理由があるのですかっ!?」

 ジークレイオスの思惑通り、エリアテールの話題を振ると、イクレイオスが面白いくらいに釣り上げられた。

「イクスは前任だったフェリアテールの時でも、似たような現象が起こっていた事を覚えていないかい?」
「フェリアに……? あっ! もしかして蝶……」
「そう。彼女の場合は屋外に出ると、どこからともなく蝶が寄ってきていた。もっと言うと、その前のエアリズム伯爵夫人では、野兎が集まっていた」
「もしかして、それは……風巫女の特徴なのですか?」
「風巫女というよりも、サンライズの巫女の特徴とでも言うべきかな?」

 そう言って、ジークレイオスは、小さく笑いをこぼす。

「サンライズの国では『生ある全ての存在は、サンライズの巫女を愛さずにはいられない』という面白い言い伝えがあってね。特に根拠はない言い伝えなんだけど……。それをやや裏付ける事例として、巫女達は特定の生き物に好かれやすいという特徴があるんだ」
「では、エリアの場合は、それが鳥……という事ですか?」
「恐らくね。そもそもフェリアテールもエリア程ではないけど、屋外に出た際には下級精霊がよく付きまとっていただろう? きっとサンライズの巫女という存在は、それだけ魂が清らかな人間が多いんじゃないかな? 自然界の生き物は、そういう波長に特に敏感だ」

 そう説明する父の話に、やや不満げな顔をするイクレイオス。

「それでは……エリアは色々な生き物に引っ付かれやすいという事ですか?」
「お前は……。もう少し情緒ある言い方が出来ないのかい? 『引っ付かれやすい』ではなく、せめて『好かれやすい』と言いなさい」
「どちらにせよ、鬱陶しい状況を招く特技という点では同じ意味です」

 バッサリと切り捨てる息子の言い方に、ジークレイオスが苦笑する。

「まぁ、それは人に対しても言える事ではあるのだけれどね……」
「鬱陶しい、という部分ですか?」
「いや? 『サンライズの巫女を愛さずにはいられない』という部分だよ」 

 そう意味ありげに言う父に、またしてもイクレイオスが不機嫌な顔になる。

「やはり鬱陶しい特技ではないですか……」
「だから、好かれやすい長所と言いなさい」

 諭す様にそう返したジークレイオスだが……。
 この時、初めて息子の独占欲が強すぎるという事を垣間見た瞬間だった。


 そして11年後。
 中庭を通りかかった国王ジークレイオスが、懐かしい光景に足を止めた。

「エリア。随分と懐かしい場所に座っているね?」
「国王陛下!」

 エリアテールが慌ててベンチから立ち上がり、礼を取る。
 すると、両耳の片翼のモチーフのピアスのダイヤモンドが、キラリと揺らめく。

「それだね? イシアが言っていたイクスが君に贈り直したピアスというのは」
「はい」

 前回の修繕されたラピスラズリのピアスに続き、またしても翼のデザインに拘った息子の判断に思わず笑みがこぼれる。

「どうやら息子は君の事を深く考え、そのデザインに行きついたようだね?」
「もし、そうでしたら……わたくしの様な者には、身に余る大変勿体なき、ご厚意でございます」

 そう恭しく答える風巫女は、11年前の人懐っこい笑顔を浮かべていた無邪気な少女ではなく、今や立派な淑女だ。

「色々と面倒な性格の不肖な息子だが、末永く傍で支えてやって欲しい」
「こちらこそ……精一杯お力添えが出来るよう努力させて頂きます」

 しかし、やや頬を紅潮させて返事をするその笑顔は、昔とあまり変わらない。
 ジークレイオスにとっては、何年経ってもエリアテールは、幼い少女のままだ。
 そんなエリアテールの様子に思わず、昔の様に頭を撫でるジークレイオス。

「よろしく頼んだよ? 未来の我が娘……」

 するとエリアテールが、返事の代わりに幸せそうに目を細めて微笑んだ。
しおりを挟む

処理中です...