ままごと婚約破棄

ハチ助

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3.ままごと婚約破棄のその後

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 そんな婚約破棄騒動から10年――――。 
 とある王侯貴族の令息令嬢が通う学園内の一室で、4人の男女が優雅にお茶を楽しんでいた。

「そう言えば……そんな事も、あったよね……。ブフッ!!」
「殿下……。そのように笑われてはルシオ様に失礼ですよ?」
「いや、だって……」

 煌めくようなプラチナブロンドの髪を持つ青年は必死に笑いを堪えていたが、ついに陥落したようにテーブルの上で組んでいた両手に額を押し付け、祈るように俯き小刻みに震えだす。
 そんな青年の背中を隣に座っていた銀髪の美少女が、そっと優しく撫で出した。
 青年の名はストラムと言い、この国の王太子である。
 そして背中を撫でているのは、その婚約者である侯爵令嬢のジニアだ。だがよく見ると、そのジニアの口元も細かく震えており、必死に笑いを堪えている。

 そんな二人の向かい側の席には、仏頂面を貫くハニーブロンドの髪の青年がいた。
 10年前に王太子の為のお茶会で、盛大に婚約破棄をやらかしたルシオである。
 そしてその隣には、当時婚約破棄を告げられた焦げ茶色の髪をした少女アベリアが苦笑を浮かべて、王太子達の様子を眺めていた。

 10年前、ルシオは友情からの拗らせた独占欲を満たす為に行った婚約破棄宣言が失敗に終わり、その婚約者のアベリアに拒絶されかけ、最終的には泣きながら謝罪を繰り返し、婚約者に縋りつくという何とも情けない姿を披露した過去を持つが……。
 今現在では学園で騎士科のコースを専攻している為、筋肉質のすらりとした長身となり、幼い頃に愛くるしかったエメラルドの瞳は落ち着いた印象を与え、王太子の側近候補に相応しい美丈夫な青年へと成長していた。その為、幼少期の頃の愛くるしさは、すっかり薄れてしまっている。

 そしてそれは隣にいるアベリアも同じで、10年前ルシオと小箱の押し付け合いをして、周囲の目を憚らずに大喧嘩を繰り広げていた気の強い少女は、今現在では淑やかさを身に付け、ふんわりとした笑みを浮かべられる淑女となり、琥珀色の瞳に優しい光を宿している。

 だが、当時の婚約破棄騒動の場を目撃していた王太子は、ルシオが当時やらかしてしまった時の様子を鮮明に覚えている為、今目の前で仏頂面を決め込んでいる側近候補の様子から、尚更笑いを誘発されてしまうのだ。
 そんな酷い笑い上戸になってしまっている王太子を婚約者のジニアが、同じく笑いを堪えながら窘める。

「殿下、笑い過ぎです……」
「し、仕方ないじゃないか……。いくら幼かったとはいえ、あんな茶番みたいな婚約破棄を起こした本人が目の前にいたら、思い出し笑いをしてしまうだろう?」
「あの時の僕は真剣に悩んだ結果、あのような行動をしたのですが?」
「し、真剣に悩んで、アレだったのかい!?」
「当時6歳だった僕にとっては、あれが一番アベリアの愛情を確かめる事が出来る画期的な方法だと思い込んでいたのです」
「あ、愛情!? ルシオ様! あの頃はまだそういう感情はなかったはずでは……」
「あははははは……!! あ、あんなに大好き過ぎる婚約者を盛大に泣かせておいて? ルシオ。き、君、思春期に突入する前に初恋を拗らせ過ぎだろう?」
「殿下! そ……そのように笑い過ぎては……ルシオ様に失礼ですよ?」
「お二人共、すでに今更な気が致しますが……?」

 爆笑する王太子と、その隣で必死に笑いを堪える侯爵令嬢を前に16歳となったルシオは、半目になりながら更に仏頂面を悪化させる。その隣では、先程ルシオが発した愛情と言う言葉に反応して顔を赤らめたアベリアが、両手で顔を覆っていた。
 この4人が集まると、いつもこの話題が出てくるので、ルシオは毎回感情を殺すように無表情に徹している。

「でもまぁ、あのお陰で我が国では公の場で行う婚約破棄を法律上、罰則対象に出来たのだから……ルシオの功績はかなり評価に値するよね」
「ええ……。そのお蔭でこうして王太子殿下の側近候補の一人として選ばれたので、感慨深いものがあります」
「感慨深いというよりも後悔してもしきれないという表情をしているよ?」
「殿下の気のせいでは?」
「まぁ、そういう事にしておこうか」

 そう言ってストラムは、少し冷めてしまった紅茶で先程笑い過ぎて酷使した喉を潤す。そんなストラムとルシオは、あの婚約破棄宣言のあったお茶会以降からの付き合いだ。あのお茶会で、盛大に婚約破棄宣言と言う失態を犯した当時6歳だったルシオだが……何故か真っ先にストラムの側近候補として決まった。

 その選ばれた理由が『公の場で行う婚約破棄による危険性と悪影響の実証』を幼い身でありながら、見事に証明したという功績を称えられた、という事に表向きはなっている。しかし実際は、幼い内に公の場で婚約破棄という失態で痛い目に遭っているので、成長後は二度とやらかす事はないという絶大な実績保証から、側近候補として抜擢されたらしい。
 ルシオにとっては、何とも不名誉な理由で王太子の側近に選ばれたと思っている。

 そんな当時の社交界では、夜会の最中に結婚間近な婚約者に対して、どちらかが突発的に婚約破棄を宣言し出す事が大流行し、かなり問題になっていた。
 それは財産目当てによる爵位の低い令息令嬢のハニートラップに引っ掛かってしまったケースや、婚約者の愛情を確かめる行為として婚約破棄をし、その反応で相手の愛情を確認するという何とも幼稚な考えで行われるケース、稀に婚約期間中に冷遇されていた怒りを公の場で婚約破棄を行いながら暴露し、相手に対して徹底的に報復する事を目的としたケースというものもあり、この婚約破棄が行われる背景は様々である。

 だが、どのケースでも確実に言える事があった。
 それは婚約破棄後の後始末の処理が非常に大変だという部分だ……。

 家督を継ぐ予定だった令息が不当な婚約破棄宣言を公の場で行うと、その殆どが家から勘当され、平民へと成り下がる事が多いのだが……。そうなると後継者問題で跡継ぎがいなくなり、その血筋が途絶えてしまう事がある。
 結果、跡継ぎがいない為、その家は途絶え、領地を王家に返還。
 すると、正式な領主ではない人間に管理される領民達の暮らしは安定しない。

 またこの婚約破棄を王族が行った場合、王位継承権を剥奪され、辺境地にある王族専用の幽閉目的の塔に生涯監禁。一昔前では王子の場合は、子種をその辺にまき散らさぬようにと去勢措置をされた後、平民に落とされるという処罰も行っていたそうだ。その場合、残された王族達による王位継承問題等も発生してくるので、またここで国が荒れる。
 現状この国の近隣諸国では、未だに公の場での婚約破棄が流行している為、王家の継承争いによって国内で揉めている国が多い。

 何よりも一番問題視されていたのが、婚約破棄によって発生する賠償金問題だ。
 現状、この大流行していた婚約破棄の場合、破棄される人間よりも破棄を言い出した人間の方に問題がある事が多かった。
 そうなると婚約破棄を言い出した側が、婚約破棄をした事で有責となった賠償金額だけでなく、侮辱罪や虚偽罪等でも賠償金を支払う義務が発生してしまうのだが……。その殆どが婚約破棄を金銭面の利益目的で行ったケースが多い為、元から手持ちのない人間では返済目途が立たず、結局は領地を没収される結果となる。
 そうなれば、またしても領民達は領主不在という状況に追い込まれてしまう。

 この状況により、王家に返還される領地が増え過ぎてしまい、新たな領主が付くまで領民が放置される状況が多発するのだ。だからと言って、すぐに新しい領主を付けると言う事はなかなか難しい。実際問題では、すぐに領地経営に順応できる優秀な貴族が、そうゴロゴロしている訳ではない。
 新領主が就くまで、保留とされている土地は王家によって何とか管理はされるが、こうも婚約破棄によって没落貴族が増えすぎてしまうと、王家の方も管理に手が回らなくなり、結局は領民にしわ寄せがいってしまう……。

 だからと言って、婚約破棄という行為を法律で禁止するまでには至らなかった。
 その一番の理由は、『一過性の流行的なもの』と考えられていたからだ。
 社交界での流行が廃れてしまえば、婚約破棄自体行われる事は減少する。
 そのような一過性のものに対して、新たに罰則ある法令を作る事には懸念の声があり、なかなか事案が通らなかったのだ。

 しかし10年前にルシオが起こした婚約破棄騒動によって、それは大きく変わる。
『幼い子供世代でも起こってしまった事例』として、法改正の会議で大きく取り上げられたのだ。この事で流行等の一過性のものではないという事が主張され、この三年後に『独断婚約破棄禁止法』という法案が可決された。

 ただ実際問題では権力を振りかざし、暴力や暴言などで婚約相手から冷遇されている状況でも、相手がなかなか婚約解消に応じないというケースもある為、この新法案は全ての婚約破棄を禁止にしたものではない。この法案は、あくまでも公の場で身勝手に独断による婚約破棄を行う事を禁止するものだ。
 そしてこの法案の可決に大いに貢献したのが、幼少期にルシオの起こした婚約破棄騒動である……。

 ルシオの婚約破棄騒動で注目された部分は、一番事例が多い爵位目的のハニートラップ的要素と、二番目に多い事例の婚約者の愛情を確かめたいと言うくだらない思考で行われるケースの二つの要素を含んでいた。
 それが僅か6歳の幼子の間で発生してしまったので、法改正案の会議では「すでに子供世代にも浸透してしまった悪習となりつつある為、早々に禁止行為にするべきだ!」という声が多く上がった。

 これが流行のような一過性のものなら、わざわざ法改正とまでは至らなかっただろう。しかしルシオによって幼子が真似をし出した事例が発生した事で、国内でもかなり深刻に受け止められるようになったのだ。
 ちなみにこの法改正案の切っ掛けを作ったのは、当時この婚約破棄騒動を目撃していた王太子、つまり今ルシオの目の前にいるストラムだった。

 10年前、自信満々に婚約破棄宣言をし、その後婚約者の為に全力で用意した贈り物をつっ返され、最後は泣きながら婚約破棄を撤回し、婚約者の少女に縋りつくルシオの姿の一部始終を目撃したストラムは、父である国王にその出来事を面白おかしく語った。その話を聞いた国王が、事の深刻さを重く捉え、法案会議に上げたのだ。

「いやー、ルシオの犠牲により今では、すっかり公の場で婚約破棄を行う輩が消えたから、大量に増えてしまった王家預かりの領地管理問題も大分落ち着いてきたよ!」
「僕にとっては、一刻も早く抹消したい過去です……」
「ですが、今ではあなたは『最後の婚約破棄の勇者』と呼ばれているではありませんか」
「大変、不名誉な二つ名です……」

 先程から鉄面皮のように表情筋を死滅させているルシオにストラムとジニアは、更に笑いを掻き立てられ、フルフルと小刻みに震え出す。
 対するルシオは、少しでもその仕打ちから受けるストレスを軽減させる為に先程から婚約者のアベリアにピッタリとくっ付いて、手を握っていた。

「まぁ、僅か6歳で婚約破棄騒動を起こした少年が、今では学園内の理想的な婚約者像の上位に入っているのだから、世の中って不思議だよね……」
「僕はもう二度とアベリアを悲しませる事は致しません」
「アベリア嬢……。君、こんな鬱陶しい婚約者と一緒にいて疲れない?」
「ええと……。極稀にそのように思う事も……」
「アベリア!?」
「やはりそうだよね……。ルシオ、君いくらアベリア嬢に捨てられそうになった過去があるからって、あまりにも執着が酷いと嫌われるよ?」
「僕は、捨てられかけてなどいません!!」

 そう反論するルシオだが、その手は再び強くアベリアの手を握り始めていたので、全く説得力がない……。
 その様子にまたしてもストラムとジニアが吹き出しそうになる。

「と、ところで……あの婚約破棄の際に君達の当て馬役になった子爵令嬢は、どうしたのかな? 確かフィルマ嬢という名前だったと記憶しているのだけれど……。でも彼女は、この学園には入学していないよね?」

 笑いを堪えながら聞いてきた王太子にルシオとアベリアが、何とも言えぬ表情でお互いに顔を見合わせる。

「わたくしの従姉のフィルマなのですが……」
「彼女はあの後、すぐに北の辺境地送りになりました」
「「はぁ!?」」

 やや呆れ気味な表情と苦笑を浮かべた二人の予想外な返答に王太子と侯爵令嬢が思わず大声を上げてしまい、それが部屋中に響き渡った。
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