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【贈り物を渡せない少女】
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【★10000文字程の短編作品感覚でお読みください★】
その日、内向的な性格のルティは、愛らしくラッピングされた手作りマフィンの入った籠を腕に提げ、ありったけの勇気を振り絞りながら家を出た。
本日は年に一度行われるイーベル村の収穫祭である。
食べ物やお土産品の屋台、輪投げや射的などの大人も子供も楽しめるゲームの出店、思わず体を動かしたくなる音楽でダンスに興じる人々、村全体が賑やかな雰囲気に包まれ、皆が笑顔を浮かべるそんな日である。
そしてこの収穫祭には、大切な人に感謝の気持ちを込めて手作りの物を贈るという風習がある。その風習は主に家族や友人に対して、普段なかなか口にできない感謝の気持ちを伝える日という意味合いのものだった。
しかし若者達の間では、いつの間にか贈り物をする相手に『自分の意中の相手』が追加され、今現在では好きな異性に想いを伝える日という認識が浸透している。
つまりこの収穫祭は、若者間では年に一度の告白イベントとなっているのだ。
その為、この日の為に気合を入れて手作りの贈り物を準備する少女達が多い。
ルティもその一人なのだが、先程から籠を引っかけている腕の震えが止まらない。何故なら彼女は、極度の恥ずかしがり屋だったからだ。
そんなルティは、先程から緊張で吐き気に何度も襲われていた。
収穫祭の会場に近づけば近づく程、自分でも認識できるほど顔から血の気が引いていくのが感じられ、踏み出す足の震えもどんどん酷くなる。
それは傍から見ても気の毒になるほどの酷い緊張の仕方だった。
だが、そんな状態でもルティは歩みを止めない。
今年こそは何としてでもある人物にこの手作りマフィンを贈りたかったのだ。
その相手は、ルティよりも一つ年上のセインという幼馴染の青年だ。
セインはとても明るい性格で社交的でもあり、幼少期の頃から引っ込み思案なルティの手を取って、みんなの輪の中に上手く引き入れてくれる無自覚に面倒見のよい子供だった。そしてその二人の関係は今でも続いており、そんなセインにルティはいつも助けられていた。
今回はその感謝の気持ちを込めて、このマフィンを贈りたいという本来の収穫祭の風習を建前にルティは、ちゃっかり若者達の間で浸透している『意中の相手に手作り品を贈る』という目的を達成しようとしていたのだ。
そんなルティは、物心がついた頃からセインのことが大好きだった。
しかしセインのほうは、ずっとルティのことを実の妹のように感じている節がある。それだけセインは、内向的なルティが孤立しないように常に手を引っ張って、皆の輪の中に入れるように気遣ってくれたのだ。
だが、今年十五歳になったセインは、明るく社交的な性格から同年代の少女達に注目されはじめる。いつも自分のことを見守るように太陽のような笑みを浮かべて隣に並んでいた幼馴染は、いつの間にか皆の中心にいることが増え、ルティの側にいることが減ってきたのだ。
その状況に焦りと寂しさを感じつつも、このままセインに甘えてばかりの状態ではいけないと、今年ルティは自立を決意する。しかし、心のどこかでは今のセインとの関係を継続させたいという思いもあった。
『できることなら、このまま大好きなセインの隣にずっといたい』
だが、ルティがそう思っていてもセインが同じ気持ちとは限らない。
ならば、この収穫祭を利用し、セインが自分に対してどういう感情を抱いているのか確認しようとしたのだ。
もしこのマフィンを渡す際、セインが少しでも困惑するような素振りを見せた場合は、収穫祭の本来の風習の意味合いでお礼として渡し、友人としての関係を維持しながらセインから自立する。
逆に照れるなどの反応で、ルティに対して恋愛感情があるような反応が少しでもあったら、勇気を出してこの想いを伝えよう……そう決意していた。
そんなルティは昨夜、一生懸命考えたマフィンを渡す口実を頭の中で復唱する。
セインがルティに対して幼馴染という感覚しか持ち合わせていなかった場合も考慮し、『いつも内気な自分を気遣ってくれているお礼として……』という文言を昨日から何度も何度も練習をした。この文言であればセインも友人という感覚で、このマフィンを受け取りやすいはずだと思ったからだ。
そして籠の中のマフィンも敢えて贈り物感が強めのラッピングにした。
以前、父親と一緒に王都の城下町に行った際、こっそり購入した水色の包装紙を袋状にし、真っ青なリボンを結んだ爽やかさを感じさせる色合いのラッピングだ。
メッセージカードには『受け取ってくれて、ありがとう』と、感謝と告白どちらの状況でも通じる言葉を書き添えある。
服装に関しても、なるべく普段と同じ雰囲気を重視しつつも気合が入っている。
こげ茶のサラリとした髪をいつも以上に丁寧に三つ編みにし、前髪も今日は寝癖もついていない。服は、ルティにとっては王都の城下町に行く時用のとっておきだが、周囲からはいつもと変わらないようなデザインに見える物を選んだ。
気合は十分。準備も万端。
しかし、いざ広場に着くと緊張と恐怖で足がすくみ、顔を上げられなくなってしまう。もしマフィンを手渡そうとした際、少しでもセインに困惑するような反応をされたら、どうしたらいいのだろうか……そんな恐怖がルティを蝕みはじめる。
だが今年に限っては、ルティも生半可な気持ちで覚悟を決めたわけではない。
二週間も前から心の準備をし、手作りマフィンも気合を入れて作ったのだ。
その決意が揺らぐ前に早くセインを探しだし、この思いを伝えなければと思いつつも、このまま逃げ帰りたいという衝動にも駆られる。
何よりも周囲の楽しげな雰囲気が、ルティの不安を増長させた。
こんなにも楽しげな雰囲気なのに何故か不安に押しつぶされそうな自分。
このちぐはぐな感じからルティは、自分だけ別世界にいるような感覚に陥る。
そんな楽しげな雰囲気を拒絶するようにルティが俯いていると、いきなりポンと肩を叩かれた。
「ルティ? 今日は午前中にやることがあるって言っていたけれど……もう終わったのか?」
そう声をかけてきたのは、先程からルティが探し求めていたセインだった。
だが、顔を合わせた途端、ルティはすぐに逃げ出したい衝動に襲われ、顔を真っ赤にさせる。そんなルティの反応に怪訝そうな表情を浮かべたセインだが、すぐにその腕に掛けられている籠の存在に気がついた。
「あっ! それ、もしかして今日の感謝祭で誰かにあげる手作りの贈り物?」
「えっ!?」
これから渡そうとしている相手に指摘されてしまい、さらにルティは顔を真っ赤にさせる。
「やっぱり! 当たりだろう?」
「えっと、その……」
「あー……。でもルティの引っ込み思案な性格じゃ、渡したい相手になかなか声をかけられないよな。よし! 俺がそいつ、呼んできてやるよ! 誰? 誰に渡したいの?」
ノリノリで恋の手助けをしようとするセインの申し出で、ルティの頭の中は大パニックを起こす。
これではルティが想いを伝える前に失恋してしまったとも言える状況だ。
だからといって『渡す相手はあなたです』とも言えず、完全に手詰まりとなったルティは、真っ赤な顔をしながら口をパクパクさせる。
「ほら! 誰に渡したいんだ? もし直接渡すのが無理なら俺がそいつに渡してきてやるよ!」
何故か満面の笑みで惜しみなく協力する姿勢を見せてくるセインにルティは、この後どう反応していいのかわからなくなり、羞恥心から赤い顔で涙目になりはじめる。そんなルティの反応にセインがギョッとする。
「えっ!? もしかして涙目で恥ずかしくなるほどの大本命!? だったら絶対に渡さないと! ほら、ルティ! プルプル震えていないで早くそいつのところに行こうぜ! それでその相手は一体誰なんだ?」
「あ、あの! わ、私……」
「ほら、早く渡さないと他の奴らに先を越されちゃうぞ! で、相手は誰?」
「うぅー……」
もう完全にルティの恋の手助けを楽しんでいるという状態のセインは、その腕からマフィンの入っている籠を取り上げ、「早くその相手に想いを伝えないと!」とルティの手を引きながら、告白を煽りはじめた。
だが、その相手が今目の前にいるセインであるルティは、どうしていいかわからず、とりあえず足を踏ん張る。すると、セインが困った様に眉尻を下げ苦笑した。
「ルティ、折角、贈り物を用意したんだろう? なら、ちゃんと渡さないと今までのお前の頑張りが無駄になっちゃうぞ?」
「ち、違うの! これは、その……」
もはや告白前に失恋確定とも言える状態に陥ったルティは、涙目になりながら必死でセインからマフィンの入った籠を取り戻そうと奮闘する。
すると、そんな賑やかな様子の二人に周囲の視線が集まる。
ただでさえ、恥ずかしがり屋なルティにとって、この状況はもはや地獄である。
「ほら、ルティ! もういい加減に覚悟を決めろ! 大丈夫だから!」
何故か自信満々で恋の手助けを率先して行おうとしてくるセインにルティは、必死で抵抗した。 だが、セインは面白がるような様子で一向に引き下がらない。
そんな状況にパニックになりながらもルティが籠を引っ張った瞬間――――。
「おい! エナ! お前どこ行くんだよ! 俺まだ菓子貰ってねぇーぞ!!」
広場中に響き渡る声で一人の少年が大声を上げた。
この村の村長の次男のリクスである。
「もうぉぉぉぉー! 後であげるから、ちょっと待っててって言ってるでしょう!?」
「何で後なんだよ!? 今くれよ!」
「順番!! そもそもリクス、家の手伝いはどうしたの!?」
「ブチブチ文句言って手伝ってたら、兄ちゃんがキレて『もうどっか行け!』って追いやられた」
「何やってんの!? 全然役に立ってないじゃない!!」
「うるせぇーわ!」
どうやらリクスがエナに感謝祭でもらえる予定のお菓子をせびっているらしい。
すると周囲の視線が、ルティ達から一気にリクス達へと移る。
「つか。早く俺に菓子寄越せよぉ~! どうせ、お前が菓子渡す相手なんて、フェリシアとレニー達ぐらいだろう!? そもそも何で俺は後回しなんだよ!」
「リクスはオマケであげるんだから、後回しに決まってるでしょう!?」
「失敗作を全部引き取ってやる俺に対して、それはないだろう!? 本命もいないくせに俺を後回しにすんなよ!」
「そ、それは今関係ないじゃない! そもそも収穫祭って、いつもお世話になっている人達に感謝の気持ちを込めて贈り物をする日なんだからね!?」
「なら一番お前の尻ぬぐいをしてやってる俺を最優先しろよ!」
「嫌だよ! 大体、その二倍くらい私はリクスに迷惑かけられてるもん! リクスこそ、私に何か感謝の気持ちのこもった贈り物をするべきだと思うんだけど!?」
「俺はお前の世話になった覚えはねぇー!」
「いつも人ん家にご飯たかりにきているくせに何言ってんの!?」
もはやルティ達よりも激しい籠の取り合いを始めた二人に周囲が唖然とした様子で注目する。
ちなみにエナの持っている籠には、クッキーらしきお菓子が入っていると思われるラッピングされた贈り物が大量に入っていた。恐らく今からそれらを自分の友人達に配るらしい。
「もう! 離してよ! 大体、リクスは色んな人からお菓子いっぱい貰っているじゃない!! それ食べて待っていればいいでしょ!?」
「嫌だね! 俺は毎年収穫祭の時は戦利品を全部並べて眺めてから、食いはじめる主義なんだ!」
「それ、どういう主義!? そもそも戦利品って言い方、何!? それ、違う意味でリクスにお菓子あげた子に対して失礼すぎでしょ!」
「バカやろう!! 流石にそこまで俺、クズじゃねぇーわ! ちゃんと義理しか受け取らねぇーようにしてるわ!」
「本命なのに恥ずかしいから義理だって言って渡してきた子もいるかもしれないじゃない!! そういう可能性は考えないで受け取っているの!?」
「義理なら受け取るが本命なら受け取らねぇーって、ちゃんと確認を取ってから受け取ってるから、そんな奴いねぇーよっ!」
「うっわ! リクス、最低!!」
もはや取っ組み合いレベルで籠の奪い合いをしている二人の様子に周囲は呆れながらも『いつものことだ』と感じて、徐々に二人への興味を失っていく。
もちろん、唖然としていたルティとセインも同様だ。
「リクス、本当、どうしようもないな……」
「うん……」
そう呟く二人だが、再びセインがグイっと籠を引っ張ったことで、こちらも再度籠の奪い合いを開始する。
「でも本命がいるルティは、ちゃんと渡さないとな!」
「えぇっ!? ま、待って! こ、これは違うの!」
「違うって……これ、どう見ても本命用だろう?」
「そ、それは!」
確認するように顔を覗き込んでくるセインにルティ顔を赤らめながら俯く。
そして、この状況をどう切り抜けようかと思考をフル回転させはじめた。
すると、再びリクスとエナの言い争いが耳に入ってくる。
「いいから早く寄こせよ! どうせこの籠に入ってる菓子、全部義理プレか友プレなんだろう!?」
「義理プレでも失敗作処分係なリクスに渡す分よりかは、私にとって本命な人達用だもん!」
『義理プレ』……通称『義理であげるプレゼント』。
その言葉が耳に入ってきた瞬間、ルティの中でこの状況を打破できるある方法が思い浮かぶ。
「セ、セイン! あの……これね、実はリクスにあげる義理プレなの!」
とっさに大声で叫んでしまったルティの言葉が、セインだけでなく周囲の視線も一気にかき集める。
「リク……ス? はぁっ!? 何でリクス!?」
すると一瞬だけ唖然とした様子を見せたセインが、いかにも信じられないという顔で聞き返してきた。だが、ルティのほうは大声を出して周囲に注目されている状況にパニックを起こし、自分でも何を言っているか分からない言い訳をはじめる。
「え、えっと。じ、実はこの間、重い荷物を運んでいる時にリクスとエナに手伝ってもらったの。だ、だからそのお礼にこのマフィンをエナと一緒に食べてもらおうかなーっと思っていて……」
今から一週間前にリレットの家から大量に貰った野菜を運んでいる時、二人に手伝ってもらったことを咄嗟に思い出したルティは、もうセインには失恋確定な状況でもあった為、そんな理由を捏造した。
「でもこれ、かなり凝ったラッピングしていないか?」
「う、うん。この間、お父さんと城下町に行った時に買った可愛いラッピング紙があったから使ってみたの!」
「メッセージカードも添えてあるように見えるんだけど……」
「そ、それは『荷物を運ぶのを手伝ってくれて、ありがとう』って書いてあるの!」
この状況さえ乗り切れば後でリクス達に事情を説明すればいいと思ったルティは、もう今年の収穫祭に想いを伝える目標は諦めるという選択をしはじめた。
すると、その話を聞いていた食欲大魔王のリクスが物凄い勢いで食いつく。
「マジで!? その籠の中の菓子、俺らが貰ってもいいの!?」
「ちょ、ちょっと! リクス!」
何かを察したエナの制止を振り切ったリクスが、撒き餌に群がる魚のようにやってきて、二人が掴み合っている籠の中身をロックオンする。
「う、うん。こ、この間のお礼だから……エナと一緒に食べて?」
「よっしゃぁぁぁー! エナと一緒って部分は納得いかねぇーが、ルティが作る菓子は美味いから、ラッキー!」
「リクス! ダメだよ! それ、絶対に私達用じゃないよ!?」
「何でだよ? ルティは俺らに用意したって言ってるじゃん!」
「で、でも……」
そう言い澱んだエナがチラリとルティに視線を向ける。
すると、ルティは諦め気味な笑みをエナに返す。
「エナ、気にしないで受け取って?」
「ほ、本当に私たちが貰ってもいいの?」
「うん……」
そのルティの返答を聞いたリクスは、二人が掴み合っている籠に手を伸ばす。
だが次の瞬間、セインがその籠をルティからひったくるように奪った。
「ダメだ! これはお前達宛の贈り物じゃない!」
「はぁ!? 何言ってんだよ! だって今、ルティがこの間の礼にって……」
「こんな気合の入ったラッピングがされてるんだぞ!? 義理なわけないだろう!?」
そう言ってセインがマフィンの入った籠を抱え込む。
すると、リクスが不満を爆発させた。
「何でそうなるんだよ! ルティ本人が俺ら宛だって言ってんだぞ!? そもそもお前には関係ないだろう!? いいからその菓子、寄こせよ!」
「これ、どう見てもお前らにあげる為に用意した物じゃないだろーが!! リクス、お前ちょっとは空気読めよ!」
「そんな腹の足しにもなんねぇーもん、読むわけねぇーだろ!?」
そう叫んだリクスは、本気でセインからマフィンの入った籠を奪おうとする。
だが、そんなリクスを阻止しようとエナが腰にしがみつき、妨害しはじめる。
「リクス! それ、本当に違うから! 今回は辞退しよう!?」
「何でだよ!? お前、ルティの作った菓子食いたくないのか!? 前に貰った時、美味いって俺の分まで食ってたじゃねぇーか!」
「それ、いつの話!? 大分前のことだよね!?」
再び取っ組み合いのような状態となった二人の様子にルディは、つい二人を巻き込んでしまったことへの罪悪感でアワアワしはじめる。すると、腰に巻きついていたエナを振り払ったリクスが、何かに気づいたように大声をあげた。
「あぁーっ!! さてはセイン、この収穫祭でルティから菓子、貰いたかったんだろう!?」
そのリクスの叫びで、ルティの顔からサァーっと血の気が引く。
「なのにルティが他の奴に菓子渡そうとしてるから邪魔してんだな!? お前、それ最低だぞ!!」
すると、傍観していた周囲からヒソヒソ声が聞こえはじめる。
「えっ? セインってルティのこと、好きだったの?」
「いや、どちらかというとルティのほうがセインを好きなんじゃないのか?」
「でも今の状況って、どう見てもセインがお菓子を渡すのを邪魔している状況よね?」
「でもセインにとってルティは、妹みたいなもんじゃないのか?」
「えぇ~!? 私、セインのこと、ちょっと狙ってたのにぃー」
「私もー。残念……」
どうやら周囲は、ルティに好意を抱いているセインが、自分ではない別の人間にルティが贈り物をしようとしているのを妨害していると、全く逆の意味で解釈したらしい。
だが、実際はルティがセインに好意を抱いているのであって、セインはただルティの恋に協力してくれようとしただけだ。
このままでは、セインの好きな相手が自分だと誤解されてしまう。
その状況に焦ったルティは、周囲から注目される恐怖を振り払いながら、必死に弁明をはじめる。
「み、みんな! 違うの! セ、セインは引っ込み思案な私だと、なかなかお菓子を渡せないだろうって手助けをしてくれようとしただけなの!」
そう周囲に訴えたルティは、セインが抱えている籠に手を伸ばす。
「セ、セイン! 私、自分でリクス達にちゃんと渡せるから! だから、もう大丈……」
「何で……リクス達にあげちゃうんだよ……」
「えっ?」
ルティが籠を取り戻そうとすると、セインはそれを庇うように後ろ手に回す。
「だって、これ! ルティが俺に渡そうと一生懸命、用意してくれた贈り物だろう!? なのに……何で全く関係のないリクス達にあげようとするんだよ!!」
そのセインの指摘内容に言葉を失ったルティが、真っ赤な顔をしながら口をパクパクさせる。
「なっ、何で、そのことを……」
「だって、ここ最近のルティは、やたらと俺の好きな菓子とか色を聞いてきたから……。だから俺、今年の収穫祭は、絶対に特別な意味での贈り物をルティから貰えるって、凄く楽しみにしてたのに!」
そのセインの叫びにルティは、今日一番の真っ赤な顔になり、そのまま石像のように固まってしまった。
◆◆◆
「で? 結局、ルティの菓子は、最初からセイン宛だったということか?」
やたらと大きな紙袋に大量に入っているクッキーを口に放り込みながら、ボリボリと咀嚼していたリクスが、かなり不満げに呟く。
「あの状況だと、それ以外は考えられないでしょう!? リクス、もう少し場の空気を読みなよ!」
「んな、一パールにもならねぇーもん、読みたかねぇーわっ!! そもそも最初から自分宛だって知っていたのに、何でセインは他の奴にあげるって勘違いしたふりをしたんだよ!?」
確かにリクスの指摘はもっともであるが、エナのほうは何となくセインの気持ちが理解できてしまう。
「うーん。多分だけど、セインはルティから収穫祭の贈り物を貰えることを楽しみにしすぎたんじゃないのかな? しかもルティが一生懸命準備をしていたから、今回やっと待望の手作りお菓子がもらえるって確信したこともあって、嬉しすぎて少しルティを揶揄いたくなっちゃったのかも……」
「何でそうなるんだよ! あいつがあんな紛らわしい演技しなければ、ルティもすぐに菓子を渡せただろう!? セインの行動、明らかに無駄で余計な動きじゃねぇーか!」
ルティのマフィンを貰い損ねたことが余程面白くないのか、リクスが不満を爆発させる。
確かにリクスの言い分も一理あるが、セインがずっとルティに好意を抱いていたことを勘づいていたエナは、今回セインがそのような行動をしてしまった気持ちも何となく理解できてしまう。
そもそもセインのルティに対する気持ちは、周囲にはバレバレだったのだ。
「でも、さっきみたいに照れてアワアワしているルティって凄くかわいいじゃない? だからセインはそういう反応見たくて、ついいたずら心が疼いちゃったんじゃないかな?」
「かぁぁぁーっ!! 俺、そういうの全っ然、わかんねぇーわっ!」
「リクスは恋心なんて、今まで一欠けらも抱いたことがないもんね……」
「うるせぇー! 義理プレと友プレばっかのお前にだけは言われたかねぇーわっ!」
吐き捨てるように言い放ったリクスは、手にしている大きな紙袋から大量のクッキーを掴み、一気に口へと放り込む。
「大体! お前、何でさっきこのクッキーの袋を渡すの渋ったんだよ!? お前がさっさと俺にこの失敗作を寄越せば、あの茶番に俺達が巻き込まれることはなかっただろう!?」
「だって! これ、大きくて籠の一番下に入れてたから取り出すのが大変だったんだもん! だから順番って言ったのに……。犬でも『待て』ができるんだから、リクスはもう少し辛抱することを覚えたほうがいいと思う!」
「なんだとー!? つか、この袋の中のクッキー、三分の一が焦げてるやつじゃねぇーか! 見ろ!」
そう言ってリクスは、袋からチョコレート味のような色をしているクッキーを一枚取り出し、エナの前に突き出した。すると、エナがそのクッキーを奪い取り、再びリクスが手にしている紙袋に戻す。
「失敗作なんだから当たり前でしょう?? 薪窯だと、どうしても鉄板の外側に並べた分が焦げちゃうから仕方がないの! それでも欲しいって言ったのは意地汚いリクスじゃない!」
「俺は意地汚いんじゃねぇー! 食い物のありがたみを誰よりも理解している男なだけだ!」
「物は言いようだよね……」
そう言ってエナは、リクスが手にしている袋から、焦げてはいないが形が歪なクッキーを一枚取り出し、口に放り込む。
「あぁー!! 何勝手に俺のクッキー食ってんだよ! しかも焦げてないやつ!」
「これ、あげたの私でしょ! 大体、他の人から貰ったお菓子も食べて、クッキーまでこんなに食べたら、後で絶対にお腹壊すからね!?」
「はん! 俺の腹はそんな柔じゃねぇぇぇー!」
そう豪語していたリクスだが……この一時間後、食べすぎで胃炎に見舞われ、かなり苦しむことになる。そんなリクスを尻目にエナは、リクスにあげた失敗作の入った袋から焦げていないクッキーだけを選んでボリボリ食べていた。
そして今回、危うく想いを伝える目標達成が危ぶまれたルティだが……。
食い意地が張りすぎているリクスが騒いでくれたお陰で、セインの気持ちを知ることができたので、無事に手作りマフィンと共に自身の想いをセインに伝えるという目標を達成する。
そんなルティはこの三日後、新たに作ったマフィンを大量に携え、セインと共に収穫祭では伝えられなかった感謝の気持ちをリクスとエナに伝えたそうだ。
その日、内向的な性格のルティは、愛らしくラッピングされた手作りマフィンの入った籠を腕に提げ、ありったけの勇気を振り絞りながら家を出た。
本日は年に一度行われるイーベル村の収穫祭である。
食べ物やお土産品の屋台、輪投げや射的などの大人も子供も楽しめるゲームの出店、思わず体を動かしたくなる音楽でダンスに興じる人々、村全体が賑やかな雰囲気に包まれ、皆が笑顔を浮かべるそんな日である。
そしてこの収穫祭には、大切な人に感謝の気持ちを込めて手作りの物を贈るという風習がある。その風習は主に家族や友人に対して、普段なかなか口にできない感謝の気持ちを伝える日という意味合いのものだった。
しかし若者達の間では、いつの間にか贈り物をする相手に『自分の意中の相手』が追加され、今現在では好きな異性に想いを伝える日という認識が浸透している。
つまりこの収穫祭は、若者間では年に一度の告白イベントとなっているのだ。
その為、この日の為に気合を入れて手作りの贈り物を準備する少女達が多い。
ルティもその一人なのだが、先程から籠を引っかけている腕の震えが止まらない。何故なら彼女は、極度の恥ずかしがり屋だったからだ。
そんなルティは、先程から緊張で吐き気に何度も襲われていた。
収穫祭の会場に近づけば近づく程、自分でも認識できるほど顔から血の気が引いていくのが感じられ、踏み出す足の震えもどんどん酷くなる。
それは傍から見ても気の毒になるほどの酷い緊張の仕方だった。
だが、そんな状態でもルティは歩みを止めない。
今年こそは何としてでもある人物にこの手作りマフィンを贈りたかったのだ。
その相手は、ルティよりも一つ年上のセインという幼馴染の青年だ。
セインはとても明るい性格で社交的でもあり、幼少期の頃から引っ込み思案なルティの手を取って、みんなの輪の中に上手く引き入れてくれる無自覚に面倒見のよい子供だった。そしてその二人の関係は今でも続いており、そんなセインにルティはいつも助けられていた。
今回はその感謝の気持ちを込めて、このマフィンを贈りたいという本来の収穫祭の風習を建前にルティは、ちゃっかり若者達の間で浸透している『意中の相手に手作り品を贈る』という目的を達成しようとしていたのだ。
そんなルティは、物心がついた頃からセインのことが大好きだった。
しかしセインのほうは、ずっとルティのことを実の妹のように感じている節がある。それだけセインは、内向的なルティが孤立しないように常に手を引っ張って、皆の輪の中に入れるように気遣ってくれたのだ。
だが、今年十五歳になったセインは、明るく社交的な性格から同年代の少女達に注目されはじめる。いつも自分のことを見守るように太陽のような笑みを浮かべて隣に並んでいた幼馴染は、いつの間にか皆の中心にいることが増え、ルティの側にいることが減ってきたのだ。
その状況に焦りと寂しさを感じつつも、このままセインに甘えてばかりの状態ではいけないと、今年ルティは自立を決意する。しかし、心のどこかでは今のセインとの関係を継続させたいという思いもあった。
『できることなら、このまま大好きなセインの隣にずっといたい』
だが、ルティがそう思っていてもセインが同じ気持ちとは限らない。
ならば、この収穫祭を利用し、セインが自分に対してどういう感情を抱いているのか確認しようとしたのだ。
もしこのマフィンを渡す際、セインが少しでも困惑するような素振りを見せた場合は、収穫祭の本来の風習の意味合いでお礼として渡し、友人としての関係を維持しながらセインから自立する。
逆に照れるなどの反応で、ルティに対して恋愛感情があるような反応が少しでもあったら、勇気を出してこの想いを伝えよう……そう決意していた。
そんなルティは昨夜、一生懸命考えたマフィンを渡す口実を頭の中で復唱する。
セインがルティに対して幼馴染という感覚しか持ち合わせていなかった場合も考慮し、『いつも内気な自分を気遣ってくれているお礼として……』という文言を昨日から何度も何度も練習をした。この文言であればセインも友人という感覚で、このマフィンを受け取りやすいはずだと思ったからだ。
そして籠の中のマフィンも敢えて贈り物感が強めのラッピングにした。
以前、父親と一緒に王都の城下町に行った際、こっそり購入した水色の包装紙を袋状にし、真っ青なリボンを結んだ爽やかさを感じさせる色合いのラッピングだ。
メッセージカードには『受け取ってくれて、ありがとう』と、感謝と告白どちらの状況でも通じる言葉を書き添えある。
服装に関しても、なるべく普段と同じ雰囲気を重視しつつも気合が入っている。
こげ茶のサラリとした髪をいつも以上に丁寧に三つ編みにし、前髪も今日は寝癖もついていない。服は、ルティにとっては王都の城下町に行く時用のとっておきだが、周囲からはいつもと変わらないようなデザインに見える物を選んだ。
気合は十分。準備も万端。
しかし、いざ広場に着くと緊張と恐怖で足がすくみ、顔を上げられなくなってしまう。もしマフィンを手渡そうとした際、少しでもセインに困惑するような反応をされたら、どうしたらいいのだろうか……そんな恐怖がルティを蝕みはじめる。
だが今年に限っては、ルティも生半可な気持ちで覚悟を決めたわけではない。
二週間も前から心の準備をし、手作りマフィンも気合を入れて作ったのだ。
その決意が揺らぐ前に早くセインを探しだし、この思いを伝えなければと思いつつも、このまま逃げ帰りたいという衝動にも駆られる。
何よりも周囲の楽しげな雰囲気が、ルティの不安を増長させた。
こんなにも楽しげな雰囲気なのに何故か不安に押しつぶされそうな自分。
このちぐはぐな感じからルティは、自分だけ別世界にいるような感覚に陥る。
そんな楽しげな雰囲気を拒絶するようにルティが俯いていると、いきなりポンと肩を叩かれた。
「ルティ? 今日は午前中にやることがあるって言っていたけれど……もう終わったのか?」
そう声をかけてきたのは、先程からルティが探し求めていたセインだった。
だが、顔を合わせた途端、ルティはすぐに逃げ出したい衝動に襲われ、顔を真っ赤にさせる。そんなルティの反応に怪訝そうな表情を浮かべたセインだが、すぐにその腕に掛けられている籠の存在に気がついた。
「あっ! それ、もしかして今日の感謝祭で誰かにあげる手作りの贈り物?」
「えっ!?」
これから渡そうとしている相手に指摘されてしまい、さらにルティは顔を真っ赤にさせる。
「やっぱり! 当たりだろう?」
「えっと、その……」
「あー……。でもルティの引っ込み思案な性格じゃ、渡したい相手になかなか声をかけられないよな。よし! 俺がそいつ、呼んできてやるよ! 誰? 誰に渡したいの?」
ノリノリで恋の手助けをしようとするセインの申し出で、ルティの頭の中は大パニックを起こす。
これではルティが想いを伝える前に失恋してしまったとも言える状況だ。
だからといって『渡す相手はあなたです』とも言えず、完全に手詰まりとなったルティは、真っ赤な顔をしながら口をパクパクさせる。
「ほら! 誰に渡したいんだ? もし直接渡すのが無理なら俺がそいつに渡してきてやるよ!」
何故か満面の笑みで惜しみなく協力する姿勢を見せてくるセインにルティは、この後どう反応していいのかわからなくなり、羞恥心から赤い顔で涙目になりはじめる。そんなルティの反応にセインがギョッとする。
「えっ!? もしかして涙目で恥ずかしくなるほどの大本命!? だったら絶対に渡さないと! ほら、ルティ! プルプル震えていないで早くそいつのところに行こうぜ! それでその相手は一体誰なんだ?」
「あ、あの! わ、私……」
「ほら、早く渡さないと他の奴らに先を越されちゃうぞ! で、相手は誰?」
「うぅー……」
もう完全にルティの恋の手助けを楽しんでいるという状態のセインは、その腕からマフィンの入っている籠を取り上げ、「早くその相手に想いを伝えないと!」とルティの手を引きながら、告白を煽りはじめた。
だが、その相手が今目の前にいるセインであるルティは、どうしていいかわからず、とりあえず足を踏ん張る。すると、セインが困った様に眉尻を下げ苦笑した。
「ルティ、折角、贈り物を用意したんだろう? なら、ちゃんと渡さないと今までのお前の頑張りが無駄になっちゃうぞ?」
「ち、違うの! これは、その……」
もはや告白前に失恋確定とも言える状態に陥ったルティは、涙目になりながら必死でセインからマフィンの入った籠を取り戻そうと奮闘する。
すると、そんな賑やかな様子の二人に周囲の視線が集まる。
ただでさえ、恥ずかしがり屋なルティにとって、この状況はもはや地獄である。
「ほら、ルティ! もういい加減に覚悟を決めろ! 大丈夫だから!」
何故か自信満々で恋の手助けを率先して行おうとしてくるセインにルティは、必死で抵抗した。 だが、セインは面白がるような様子で一向に引き下がらない。
そんな状況にパニックになりながらもルティが籠を引っ張った瞬間――――。
「おい! エナ! お前どこ行くんだよ! 俺まだ菓子貰ってねぇーぞ!!」
広場中に響き渡る声で一人の少年が大声を上げた。
この村の村長の次男のリクスである。
「もうぉぉぉぉー! 後であげるから、ちょっと待っててって言ってるでしょう!?」
「何で後なんだよ!? 今くれよ!」
「順番!! そもそもリクス、家の手伝いはどうしたの!?」
「ブチブチ文句言って手伝ってたら、兄ちゃんがキレて『もうどっか行け!』って追いやられた」
「何やってんの!? 全然役に立ってないじゃない!!」
「うるせぇーわ!」
どうやらリクスがエナに感謝祭でもらえる予定のお菓子をせびっているらしい。
すると周囲の視線が、ルティ達から一気にリクス達へと移る。
「つか。早く俺に菓子寄越せよぉ~! どうせ、お前が菓子渡す相手なんて、フェリシアとレニー達ぐらいだろう!? そもそも何で俺は後回しなんだよ!」
「リクスはオマケであげるんだから、後回しに決まってるでしょう!?」
「失敗作を全部引き取ってやる俺に対して、それはないだろう!? 本命もいないくせに俺を後回しにすんなよ!」
「そ、それは今関係ないじゃない! そもそも収穫祭って、いつもお世話になっている人達に感謝の気持ちを込めて贈り物をする日なんだからね!?」
「なら一番お前の尻ぬぐいをしてやってる俺を最優先しろよ!」
「嫌だよ! 大体、その二倍くらい私はリクスに迷惑かけられてるもん! リクスこそ、私に何か感謝の気持ちのこもった贈り物をするべきだと思うんだけど!?」
「俺はお前の世話になった覚えはねぇー!」
「いつも人ん家にご飯たかりにきているくせに何言ってんの!?」
もはやルティ達よりも激しい籠の取り合いを始めた二人に周囲が唖然とした様子で注目する。
ちなみにエナの持っている籠には、クッキーらしきお菓子が入っていると思われるラッピングされた贈り物が大量に入っていた。恐らく今からそれらを自分の友人達に配るらしい。
「もう! 離してよ! 大体、リクスは色んな人からお菓子いっぱい貰っているじゃない!! それ食べて待っていればいいでしょ!?」
「嫌だね! 俺は毎年収穫祭の時は戦利品を全部並べて眺めてから、食いはじめる主義なんだ!」
「それ、どういう主義!? そもそも戦利品って言い方、何!? それ、違う意味でリクスにお菓子あげた子に対して失礼すぎでしょ!」
「バカやろう!! 流石にそこまで俺、クズじゃねぇーわ! ちゃんと義理しか受け取らねぇーようにしてるわ!」
「本命なのに恥ずかしいから義理だって言って渡してきた子もいるかもしれないじゃない!! そういう可能性は考えないで受け取っているの!?」
「義理なら受け取るが本命なら受け取らねぇーって、ちゃんと確認を取ってから受け取ってるから、そんな奴いねぇーよっ!」
「うっわ! リクス、最低!!」
もはや取っ組み合いレベルで籠の奪い合いをしている二人の様子に周囲は呆れながらも『いつものことだ』と感じて、徐々に二人への興味を失っていく。
もちろん、唖然としていたルティとセインも同様だ。
「リクス、本当、どうしようもないな……」
「うん……」
そう呟く二人だが、再びセインがグイっと籠を引っ張ったことで、こちらも再度籠の奪い合いを開始する。
「でも本命がいるルティは、ちゃんと渡さないとな!」
「えぇっ!? ま、待って! こ、これは違うの!」
「違うって……これ、どう見ても本命用だろう?」
「そ、それは!」
確認するように顔を覗き込んでくるセインにルティ顔を赤らめながら俯く。
そして、この状況をどう切り抜けようかと思考をフル回転させはじめた。
すると、再びリクスとエナの言い争いが耳に入ってくる。
「いいから早く寄こせよ! どうせこの籠に入ってる菓子、全部義理プレか友プレなんだろう!?」
「義理プレでも失敗作処分係なリクスに渡す分よりかは、私にとって本命な人達用だもん!」
『義理プレ』……通称『義理であげるプレゼント』。
その言葉が耳に入ってきた瞬間、ルティの中でこの状況を打破できるある方法が思い浮かぶ。
「セ、セイン! あの……これね、実はリクスにあげる義理プレなの!」
とっさに大声で叫んでしまったルティの言葉が、セインだけでなく周囲の視線も一気にかき集める。
「リク……ス? はぁっ!? 何でリクス!?」
すると一瞬だけ唖然とした様子を見せたセインが、いかにも信じられないという顔で聞き返してきた。だが、ルティのほうは大声を出して周囲に注目されている状況にパニックを起こし、自分でも何を言っているか分からない言い訳をはじめる。
「え、えっと。じ、実はこの間、重い荷物を運んでいる時にリクスとエナに手伝ってもらったの。だ、だからそのお礼にこのマフィンをエナと一緒に食べてもらおうかなーっと思っていて……」
今から一週間前にリレットの家から大量に貰った野菜を運んでいる時、二人に手伝ってもらったことを咄嗟に思い出したルティは、もうセインには失恋確定な状況でもあった為、そんな理由を捏造した。
「でもこれ、かなり凝ったラッピングしていないか?」
「う、うん。この間、お父さんと城下町に行った時に買った可愛いラッピング紙があったから使ってみたの!」
「メッセージカードも添えてあるように見えるんだけど……」
「そ、それは『荷物を運ぶのを手伝ってくれて、ありがとう』って書いてあるの!」
この状況さえ乗り切れば後でリクス達に事情を説明すればいいと思ったルティは、もう今年の収穫祭に想いを伝える目標は諦めるという選択をしはじめた。
すると、その話を聞いていた食欲大魔王のリクスが物凄い勢いで食いつく。
「マジで!? その籠の中の菓子、俺らが貰ってもいいの!?」
「ちょ、ちょっと! リクス!」
何かを察したエナの制止を振り切ったリクスが、撒き餌に群がる魚のようにやってきて、二人が掴み合っている籠の中身をロックオンする。
「う、うん。こ、この間のお礼だから……エナと一緒に食べて?」
「よっしゃぁぁぁー! エナと一緒って部分は納得いかねぇーが、ルティが作る菓子は美味いから、ラッキー!」
「リクス! ダメだよ! それ、絶対に私達用じゃないよ!?」
「何でだよ? ルティは俺らに用意したって言ってるじゃん!」
「で、でも……」
そう言い澱んだエナがチラリとルティに視線を向ける。
すると、ルティは諦め気味な笑みをエナに返す。
「エナ、気にしないで受け取って?」
「ほ、本当に私たちが貰ってもいいの?」
「うん……」
そのルティの返答を聞いたリクスは、二人が掴み合っている籠に手を伸ばす。
だが次の瞬間、セインがその籠をルティからひったくるように奪った。
「ダメだ! これはお前達宛の贈り物じゃない!」
「はぁ!? 何言ってんだよ! だって今、ルティがこの間の礼にって……」
「こんな気合の入ったラッピングがされてるんだぞ!? 義理なわけないだろう!?」
そう言ってセインがマフィンの入った籠を抱え込む。
すると、リクスが不満を爆発させた。
「何でそうなるんだよ! ルティ本人が俺ら宛だって言ってんだぞ!? そもそもお前には関係ないだろう!? いいからその菓子、寄こせよ!」
「これ、どう見てもお前らにあげる為に用意した物じゃないだろーが!! リクス、お前ちょっとは空気読めよ!」
「そんな腹の足しにもなんねぇーもん、読むわけねぇーだろ!?」
そう叫んだリクスは、本気でセインからマフィンの入った籠を奪おうとする。
だが、そんなリクスを阻止しようとエナが腰にしがみつき、妨害しはじめる。
「リクス! それ、本当に違うから! 今回は辞退しよう!?」
「何でだよ!? お前、ルティの作った菓子食いたくないのか!? 前に貰った時、美味いって俺の分まで食ってたじゃねぇーか!」
「それ、いつの話!? 大分前のことだよね!?」
再び取っ組み合いのような状態となった二人の様子にルディは、つい二人を巻き込んでしまったことへの罪悪感でアワアワしはじめる。すると、腰に巻きついていたエナを振り払ったリクスが、何かに気づいたように大声をあげた。
「あぁーっ!! さてはセイン、この収穫祭でルティから菓子、貰いたかったんだろう!?」
そのリクスの叫びで、ルティの顔からサァーっと血の気が引く。
「なのにルティが他の奴に菓子渡そうとしてるから邪魔してんだな!? お前、それ最低だぞ!!」
すると、傍観していた周囲からヒソヒソ声が聞こえはじめる。
「えっ? セインってルティのこと、好きだったの?」
「いや、どちらかというとルティのほうがセインを好きなんじゃないのか?」
「でも今の状況って、どう見てもセインがお菓子を渡すのを邪魔している状況よね?」
「でもセインにとってルティは、妹みたいなもんじゃないのか?」
「えぇ~!? 私、セインのこと、ちょっと狙ってたのにぃー」
「私もー。残念……」
どうやら周囲は、ルティに好意を抱いているセインが、自分ではない別の人間にルティが贈り物をしようとしているのを妨害していると、全く逆の意味で解釈したらしい。
だが、実際はルティがセインに好意を抱いているのであって、セインはただルティの恋に協力してくれようとしただけだ。
このままでは、セインの好きな相手が自分だと誤解されてしまう。
その状況に焦ったルティは、周囲から注目される恐怖を振り払いながら、必死に弁明をはじめる。
「み、みんな! 違うの! セ、セインは引っ込み思案な私だと、なかなかお菓子を渡せないだろうって手助けをしてくれようとしただけなの!」
そう周囲に訴えたルティは、セインが抱えている籠に手を伸ばす。
「セ、セイン! 私、自分でリクス達にちゃんと渡せるから! だから、もう大丈……」
「何で……リクス達にあげちゃうんだよ……」
「えっ?」
ルティが籠を取り戻そうとすると、セインはそれを庇うように後ろ手に回す。
「だって、これ! ルティが俺に渡そうと一生懸命、用意してくれた贈り物だろう!? なのに……何で全く関係のないリクス達にあげようとするんだよ!!」
そのセインの指摘内容に言葉を失ったルティが、真っ赤な顔をしながら口をパクパクさせる。
「なっ、何で、そのことを……」
「だって、ここ最近のルティは、やたらと俺の好きな菓子とか色を聞いてきたから……。だから俺、今年の収穫祭は、絶対に特別な意味での贈り物をルティから貰えるって、凄く楽しみにしてたのに!」
そのセインの叫びにルティは、今日一番の真っ赤な顔になり、そのまま石像のように固まってしまった。
◆◆◆
「で? 結局、ルティの菓子は、最初からセイン宛だったということか?」
やたらと大きな紙袋に大量に入っているクッキーを口に放り込みながら、ボリボリと咀嚼していたリクスが、かなり不満げに呟く。
「あの状況だと、それ以外は考えられないでしょう!? リクス、もう少し場の空気を読みなよ!」
「んな、一パールにもならねぇーもん、読みたかねぇーわっ!! そもそも最初から自分宛だって知っていたのに、何でセインは他の奴にあげるって勘違いしたふりをしたんだよ!?」
確かにリクスの指摘はもっともであるが、エナのほうは何となくセインの気持ちが理解できてしまう。
「うーん。多分だけど、セインはルティから収穫祭の贈り物を貰えることを楽しみにしすぎたんじゃないのかな? しかもルティが一生懸命準備をしていたから、今回やっと待望の手作りお菓子がもらえるって確信したこともあって、嬉しすぎて少しルティを揶揄いたくなっちゃったのかも……」
「何でそうなるんだよ! あいつがあんな紛らわしい演技しなければ、ルティもすぐに菓子を渡せただろう!? セインの行動、明らかに無駄で余計な動きじゃねぇーか!」
ルティのマフィンを貰い損ねたことが余程面白くないのか、リクスが不満を爆発させる。
確かにリクスの言い分も一理あるが、セインがずっとルティに好意を抱いていたことを勘づいていたエナは、今回セインがそのような行動をしてしまった気持ちも何となく理解できてしまう。
そもそもセインのルティに対する気持ちは、周囲にはバレバレだったのだ。
「でも、さっきみたいに照れてアワアワしているルティって凄くかわいいじゃない? だからセインはそういう反応見たくて、ついいたずら心が疼いちゃったんじゃないかな?」
「かぁぁぁーっ!! 俺、そういうの全っ然、わかんねぇーわっ!」
「リクスは恋心なんて、今まで一欠けらも抱いたことがないもんね……」
「うるせぇー! 義理プレと友プレばっかのお前にだけは言われたかねぇーわっ!」
吐き捨てるように言い放ったリクスは、手にしている大きな紙袋から大量のクッキーを掴み、一気に口へと放り込む。
「大体! お前、何でさっきこのクッキーの袋を渡すの渋ったんだよ!? お前がさっさと俺にこの失敗作を寄越せば、あの茶番に俺達が巻き込まれることはなかっただろう!?」
「だって! これ、大きくて籠の一番下に入れてたから取り出すのが大変だったんだもん! だから順番って言ったのに……。犬でも『待て』ができるんだから、リクスはもう少し辛抱することを覚えたほうがいいと思う!」
「なんだとー!? つか、この袋の中のクッキー、三分の一が焦げてるやつじゃねぇーか! 見ろ!」
そう言ってリクスは、袋からチョコレート味のような色をしているクッキーを一枚取り出し、エナの前に突き出した。すると、エナがそのクッキーを奪い取り、再びリクスが手にしている紙袋に戻す。
「失敗作なんだから当たり前でしょう?? 薪窯だと、どうしても鉄板の外側に並べた分が焦げちゃうから仕方がないの! それでも欲しいって言ったのは意地汚いリクスじゃない!」
「俺は意地汚いんじゃねぇー! 食い物のありがたみを誰よりも理解している男なだけだ!」
「物は言いようだよね……」
そう言ってエナは、リクスが手にしている袋から、焦げてはいないが形が歪なクッキーを一枚取り出し、口に放り込む。
「あぁー!! 何勝手に俺のクッキー食ってんだよ! しかも焦げてないやつ!」
「これ、あげたの私でしょ! 大体、他の人から貰ったお菓子も食べて、クッキーまでこんなに食べたら、後で絶対にお腹壊すからね!?」
「はん! 俺の腹はそんな柔じゃねぇぇぇー!」
そう豪語していたリクスだが……この一時間後、食べすぎで胃炎に見舞われ、かなり苦しむことになる。そんなリクスを尻目にエナは、リクスにあげた失敗作の入った袋から焦げていないクッキーだけを選んでボリボリ食べていた。
そして今回、危うく想いを伝える目標達成が危ぶまれたルティだが……。
食い意地が張りすぎているリクスが騒いでくれたお陰で、セインの気持ちを知ることができたので、無事に手作りマフィンと共に自身の想いをセインに伝えるという目標を達成する。
そんなルティはこの三日後、新たに作ったマフィンを大量に携え、セインと共に収穫祭では伝えられなかった感謝の気持ちをリクスとエナに伝えたそうだ。
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