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シェニカとカーランの旅日記
カーランとシェニカのオシャレ珍道中 ~仮装大会編~
しおりを挟む★2017/10/21にweb拍手で公開したお礼小話です。★
カーランとシェニカのオシャレ珍道中 ~仮装大会編~
シェニカと旅をしてもうすぐ半年。大陸の南側に向かって、のんびりと治療院を開きながら旅をしている。
仕事中や領主や貴族、国王を前にした時は年齢不相応の凛とした姿勢を見せるシェニカだが、普段の旅路では可愛い存在だった。
まだ幼さの残る彼女を『妹』と思い込むように声に出しているのに、それが少しずつ少しずつ変化していったのはいつからだろう。
妹のように思える時と、思い込めない時が出てきてしまった。
「ねぇねぇ。このクッキー美味しいよ!」
夕方なのにまだ明るく、気持ちいい風が吹いているからそのまま宿屋に戻るのがもったいなくて、宿屋の近くにあった公園のベンチでのんびりしていると、シェニカが鞄をゴソゴソと漁って亜麻色の袋を取り出していた。
「何味?」
「パイナップル味だって!流石、南って感じの可愛い袋だよね~!」
記憶をたどれば、その亜麻色の麻袋は今日治療院に来た患者のおばちゃんが、お礼にどうぞと渡したものだ。
「……かわいい?」
お婆ちゃんから渡された時は分からなかったが、今、シェニカの手にあるその袋を見た時、俺はそれに視線が釘付けになったのはムリもないと思う。
なぜならそこには、筋肉隆々の黒パンツ一丁の男が満面の笑みでボディビルダー顔負けのポーズを取り、パイナップルを握りつぶして果汁を滴らせているイラストが、それは見事な繊細なタッチで刺繍されていたからだ。
なぜこのイラストなんだろうか…。もうちょっとマシなイラストにすれば良さそうなのに。
「どうしたの?この『握力自慢グァシ!のパイナップル果汁と果肉が入ったクッキー』ってすごく美味しいよ」
「あ~…。うん。じゃあ、1個頂くよ」
ーー袋を見る限り男味な感じがするんだが、大丈夫だろうか。
心配になりながらも食べてみると、カリカリと軽い食感で、パイナップルの果肉と果汁がかなり入っているらしく、ジュースを飲んだような芳醇なパイナップルの味と香りがする。
袋のイラストはむさ苦しさの漂う男臭さを感じるが、クッキーそのものは女性受けしそうな甘くてパイナップルの美味しさがよく出たものだと思う。
シェニカと旅をしていて気付いたのは、彼女はみんなが一歩引いてしまうような奇抜なものを『可愛い!』と目を輝かせる場面が多いことだ。
服装選びのダサさとはまた違う謎のセンスは一緒にいて飽きないのだが、なんかちょっと…。変わってるね。
また旅を続けてロクシアという小国にあるとある田舎町に立ち寄った時、この町には不釣り合いなくらい賑わいをみせていた。
「なんでこんなに人が多いんだ?」
「見て見て。今日の夕方前から仮装パーティーがあるらしいよ。もうちょっとで始まる時間だね」
町を取り囲む柵の外にまでテントがたくさん張られていて、この町に多くの人が集まっているのが見て分かる。
町と街道を隔てる門には、
『仮装パーティー開催!今晩はセンスある衣装で着飾り歌って踊って筋肉痛!』
という何とも賑やかなチラシが貼られていた。
「へぇ~。仮装パーティーねぇ」
「面白そうね!私、参加したい!」
シェニカは緑の目をキラキラと輝かせて、『ねぇ!参加しようよ!』と俺を期待に満ちた目で見ている。
これで『ダメ!』とか言ったら、シェニカはどうなるだろうか。駄々こねたり、いじけたりするかなぁ。それも可愛い気がするけど、やっぱりワクワクしてる時のシェニカが1番可愛いもんな。
「はいはい。シェニカって面白いことが好きだな。折角だから参加しようか」
「やった~!旅してばっかりだから、お祭りとか楽しいことって滅多にかち合わないんだもの。こうして偶然タイミングが合ったら、楽しまなきゃ損じゃない!そう思わない?!」
「それもそうだな」
1か所に留まらないシェニカにしてみれば、気になる祭りがあっても開催日が遠かったら参加することはできないのか。
そう考えてみれば、こういうタイミングの合うお祭りは是非とも参加してあげよう。
だが、この後。
俺はこのお祭りに参加するという判断をしたことを、身をもって後悔することになった。
町の中に入ってみれば、そこら中に海賊や山賊、孔雀や迫力のある熊など、色んなものに仮装した人達が歩いている。
一際活気のある町の中心の広場には丸太を組み上げた舞台があって、仮装した人が笛や太鼓、バイオリン、シンバルなどの楽器で楽しい演奏をしたり歌を歌っている。
舞台の下では、仮装した人達が音楽に合わせて踊ったり、一緒に歌ったりしてとても楽しそうだ。
「治療院はお祭りの後にしようと思うから、町長さんへの挨拶はまた後でってことにするね」
「分かった。じゃあ、宿を取りに行こうか」
町で一番安い宿屋に行くと満室で、その隣にある安宿も満室だった。仕方がないと話し合って、少し値が張る宿屋に行ってみた。
「シングルの部屋は祭りの影響で生憎と満室でね。ツインの部屋は空きがあるよ」
流石に値の張る宿屋でもシングルの部屋は満室だった。
「じゃあ、ツインの部屋をお願いします」
シェニカは仕方なさそうに女将にそう返事を返した。
「カーランは何もしないよね?」
部屋に続く階段を上りながらシェニカは隣にいた俺を見上げてきた。
「するわけないだろ。シェニカは妹みたいなもんだし」
シェニカにそれとなく俺を『男』として認識させようにも、自分が散々『妹みたい』と言ってしまっている影響で全然男として見られていないのは自覚している。
それでも、一緒の部屋になることで、ちょっとだけその関係に変化があるんじゃなかろうかと、期待に胸を膨らませてドキドキする。
「だよね~!カーランって、面倒見のいいお兄ちゃんって感じだし!」
「でも、男には十分気をつけるんだぞ。例えシェニカが子どもみたいでも、一応は女の子だから無理矢理どこかに連れて行ったりすることだってあるんだからな。
変な奴に連れて行かれそうになったら、いつも通り大声で『痴漢!』とか『泥棒!』とか言うんだよ」
俺はシェニカを襲ったりなんてしないけど、男はみんな狼だと思っておいたほうが良い。シェニカは思った以上に警戒心が強いから大丈夫だとは思うが、見知らぬ男に声をかけられた時は逃げるに限る。
「分かった。でも、子どもみたいって言っても、ちゃんと成人した女性なんだけどなぁ…」
「18歳じゃ、まだまだ大人になりかけだよ」
俺がそう言うと、シェニカへ不満そうな顔をして唇を尖らせていた。その顔がまた子どもっぽくて、可愛らしいなんて本人は思ってもいないんだろう。
部屋に荷物を置いて1階に降りると、受付にいた女将さんが俺達を見ると手招きしてきた。
「お祭りに参加するだろ?衣装はこの部屋にあるから好きなのを選んでおくれ。早い者勝ちだからね!」
そう言って案内されたのは、取った部屋の2倍はありそうな広々とした部屋なのだが、ズラリとハンガーにかけられた衣装が整列している。
「わぁ!いろんな衣装があるよ!」
シェニカは色んな衣装に興奮したのか、先客が沢山いる中を縫うようにして部屋の奥へと進んでいった。
人混みをかき分けてやっとの思いでシェニカの所までたどり着くと、シェニカは胸に手を当てて暗い顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「あ、いや、その…。この衣装いいなって思ったんだけど、ちょっと胸元が開いてたから、相談してただけ」
そう言ったシェニカの視線の先には、何を思ったかバニーガールの衣装があった。
ーーお、おおおおおお兄ちゃんはこんなハレンチな衣装は許しませんっ!!
あまりの衝撃にいつも通りに『お兄ちゃん』が出てしまった。本当はちょっとシェニカのバニー姿は見てみたい。でも、なんだかちょっと照れくさくて…。いやでも…。
自分の中で何かと葛藤していると、シェニカがふか~い溜息をついたのを耳にして我に返った。
「このうさ耳とボンボンの尻尾が可愛いんだけどなぁ。ちょっと…無理そう」
シュンとしょぼくれたシェニカ見て、いたたまれなくて彼女の頭を優しく撫でてあげた。
シェニカ…胸を気にしてるのか。
まぁ、確かに旅装束姿を見ていても胸はあんまり主張してないもんな。
まだ18歳だし、気にしなくても良いと思うんだけど。
揉んだら大きくなると聞いたことがあるけど、それを言ったらシェニカはどんな反応をするだろうか。
今まで話を聞いてきた感じだと、故郷の家や神殿では大事に育てられてきたみたいだし、治療に来た傭兵にからかわれた時に顔を赤くしているから、きっとまだ男の経験ないんだろうなぁ。
だからこそ、こういうのは好きな人とするのが1番だ。俺が好きって告白しても、『お兄ちゃんとして好き』とは言ってくれても『男として好き』とは言わなさそうだもんなぁ。
手を繋いでも、肩を抱いても『お兄ちゃんだもんね』な反応だから、鈍いシェニカにどうやってアプローチするべきか。
「シェニカにはもっと可愛い衣装が似合うと思うよ。一緒に探そうか」
しょぼくれたシェニカを励まそうと、そう声をかけたのがいけなかったのだろう。
「じゃあ、お互いコーディネートし合おうね!」
「え?えっと。そ、そうだな…」
一気に元気を取り戻したシェニカのワクワクした笑顔に、『いや、自分の衣装は自分で決めるよ』なんて言えなかった。
シェニカのセンスを思い出せば、俺は全身が吹き飛ぶような地雷を踏んだのかもしれない。
この部屋いっぱいにある衣装は、男物も女物も種類が多いから探すのが結構大変だ。ここはテーマを絞って探すのが賢いやり方だろう。
「シェニカ、こんだけ衣装が多い時はテーマを選ぶと決めやすいからね」
「うん!わかった!やってみるね」
シェニカを視界に捉えながら必死に彼女に似合う衣装を探し始めた。とりあえずシェニカは可愛いのが好きだから、可愛い系かなぁ…。
さっき、バニーのうさ耳や尻尾が可愛いって言ってたから、ふわふわした感じのウサギとかモコモコの羊とか似合いそうだな。
普段はローブ姿だから、こういう時にはエプロン姿の町娘姿とかドレス姿でお姫様とかも良いかもな。
なんだかんだで楽しみながらシェニカの衣装を1つ選んで袋に入れると、楽しそうに男性物のコーナーで選んでいたシェニカに近付いた。
「カーラン決まった?」
「うん。シェニカは?」
「私も決まったよ」
シェニカが自慢げに衣装を入れた袋を指差した。
「じゃあ、お互い着替えて会場に行こうか」
試着室に入ってシェニカと交換した袋を開けて着替え始めると、あまりの惨状に俺はもう泣きたくなった。というか、試着室からモジモジして出られなくなった。
シェニカ…。君には色んな洋服の勉強をさせてきた。なのにどうして、こう間違った方向に突っ走ってしまうんだ。俺の教育方針は間違っていたのか?
これからは優しくじゃなくて、スパルタ方式でビシバシと『シェニカ!君の選ぶ服はダサい!センスが悪い!』と君が傷つくのを承知で堂々と言い切った方が良いのかい?!
「カーラン?着替えた?」
俺が心の中で念仏のようにシェニカへの教育方針を呟いていると、俺の気持ちなんて全然分かっていないシェニカの声が布越しにかけられた。
「あ…。えっと…。ちょっとサイズが合わないかな?」
「あれ?おっかしいなぁ。それ、フリーサイズって書いてあったのに。どれどれ?開けるよ~」
「あ!ちょっと開けちゃダメ…」
俺の許可も聞かずに容赦なく試着室の布を捲られると、俺の目には可愛いウサギさんになったシェニカが目に入った。
シェニカに選んだのは、白いモコモコがついたウサギさんなりきりワンピースだ。
白いワンピースの襟や袖、裾、胸元、お尻という部分にモコモコのボンボンがくっついていて、とっても可愛らしい感じだ。
額飾りをすっぽり隠すヘアバンドのうさ耳もついているから、シェニカがバニーで諦めたことはこれで取り返せるだろうと思ったのだが、これは想像以上に可愛いぞ。一瞬で地獄から天国に召されたよ…!
「シェニカ、可愛いね」
「流石カーラン、私の好みを抑えてるね!私もこれ気に入っちゃった。ね、カーラン。サイズ合ってるじゃない。それに似合ってるよ?」
シェニカはとっても嬉しそうに笑って、折角天国に昇った俺の気持ちを地獄へ真っ逆さまに落とした。
「シェニカ、君は何を思ってこれを選んだの?」
「私のテーマはケロケロカエルだよ!可愛いでしょ!」
「カ、カエル…」
それは全身にピッタリとした黄緑色のボディスーツみたいなもので、フードにはカエルの目がチョコンとついていて、腹部には白い楕円の布が縫い付けられていてヘソの部分にはバッテンがついている。
手の部分もすっぽりと全身のスーツと一体化していて、指の先は丸くなっていて指の間にはちゃんと水かきがついている。
乳首部分、股間部分や尻部分に可愛いカエルのアップリケがあって、『着たら恥ずかしいこと間違いなし!』なカエルの着ぐるみだった。
シェニカ。俺に何か恨みでもある?
「カーラン!似合ってる!すっごく似合ってるよ!ケロケロって言ってみて!」
「ケ、ケロケロ……。じゃなくて!別の衣装にしたいんだけど」
あんまりにも見惚れるような無邪気な笑顔をするもんだから、ついつられてケロケロと言ってしまった。
「そんなこと言わないでよ~!今日は仮装パーティーなんだよ?これで良いじゃん!似合ってるし」
「いや、あの…。いくら仮装パーティーだからでも、流石にこれは」
「仕方ないなぁ。じゃあちょっと待ってて。それともう1着悩んだのがあったから持ってくるね」
そう言って恥ずかしくて試着室から出られない俺を置いて、シェニカはあっという間にどこかへ行ってしまった。
もしこれでシェニカの悲鳴でも聞いてしまうと、俺は護衛として助けないといけないのに、あまりの格好にここから出られるか分からない。
シェニカが無事にマシな衣装を持って、ここに戻ってくることを必死に祈った。
「こっちはどう?こっちのテーマは『食べられる寸前の七面鳥』だよ」
鳥の着ぐるみなのだが、全身についていたらしい鳥の羽は、ほとんど羽が残っておらず、ポツポツと赤や水色の羽が刺さっているという見るも無惨な状態だ。
七面鳥を表すような色の羽ではないが、まさに『食べられる寸前の七面鳥』なのだろう。
なんでこのチョイスにしたんだ。もっと違うのがあるだろ!
「あ、あのさ…」
これはダサさに加えて悲壮感まで漂ってくる。カエルの方がマシだ。
マシなのだが、カエルはお断りだ。もっと普通の…普通の衣装を選んで欲しい!
「シェニカ。良く聞いてくれ。仮装パーティーだからと言って、着ぐるみを着る必要はないんだよ。
普通のシャツを着て農具を持てば農夫になるし、貴族の着そうな服を着て王冠を被って王様になりきっても良いんだ。だからそういうのを選んでくれないかな?」
「そっかぁ。でも、カーラン、カエルさんが凄く似合ってるよ」
俺の必死の優しく諭す作戦は、シェニカの前にはまったく効果がない。
「いや、あのね。だから…」
その時、町のどこからかで大きな鐘が鳴り響いた。おそらく何か大きなイベントの合図だろう。
「ほらほら!なにか始まっちゃうから行くよ!」
「い、いやだ!カエルは嫌だ!」
シェニカは鼻歌交じりで楽しそうに俺の腕を掴んで引っ張っていくが、俺は行きたくない。
行きたくないけど、護衛としてついていなければ仕事じゃない。
でもカエルは嫌だ!鳥はもっと嫌!
こんな恥ずかしい格好で人の目のあるところに行きたくない!
「シェニカ、もう一回着替えよう。な?」
宿屋から出る前にもう一度踏ん張ってシェニカを説得しようと試みた。
「仮装パーティーなんてワクワクするね~♪」
だめだ。シェニカは俺の話なんか聞いてない。それどころか俺を置いてでも広場に行こうとしている。
諦めの境地になってしまったことに嘆きつつ、シェニカに引っ張られながら会場に行くと、そこには見事な仮装をした人がいた。
着ぐるみを着ている人は沢山いるのだが、本物そっくりの鳥とか、本物の花を服につけた花になりきっている人もいて、全員その完成度は高い。
恥ずかしさ満載の衣装とはいえ、カエルでよかった。七面鳥だと明らかに惨めだ。でもカエルはアップリケ部分が明らかに視線を釘付けにする羞恥プレイ…。もう嫌。早く終わってくれ…。
俺は色んな人の視線に耐えきれず、もう開き直った。
俺は今この時だけは、羞恥プレイのカエルだ。もう今日だけカエル。もうどうにでもしてくれ…っ!!
心の涙を乱暴に拭って開き直ると、意外とすんなりカエルを受け入れた自分に驚いた。でもやっぱり心の中では泣けた。
「カーラン!凄いね~!」
「そうだね。ここまでみんなが仮装してると楽しいね」
人混みをかき分けながら舞台の近くに移動すると、ちょうどリズムの取りやすい楽しい曲に変わった。
するとシェニカは立ち止まって、周囲の人と同じようにリズムをとって踊り始めた。
「カーラン!みんな踊ってるよ!カーランも踊ろ!ステップはこうだよ」
「踊るって、シェニカはなんで踊れるの?」
シェニカは楽しそうにみんなと同じステップを踏みながら、立ち止まったままの俺の手を引いてステップを教えだした。
「あははは!私は盆踊りからワルツまで踊れるよ」
「盆踊りからワルツまでって…。随分と幅広いな…」
「故郷はお祭りの時にギャロップ音頭ってのがあるの。ワルツは神殿で習ったの」
ーーギャロップ音頭って何?ギャロップって馬の襲歩のことだから、なんかスピードがやばそうなんだけど…。どんな盆踊りなんだ。気になる。
「俺、踊ったことなんてないよ?」
「大丈夫!みんな適当に踊ってるよ!」
「適当にって…こう?」
いつまでもシェニカに手を引かれて教えられるのも悔しくて、言われた通りに適当に身体を動かしてみた。
「あははは!カーラン、右足と右手が同時に動いてぎこちないよ」
う…。シェニカに馬鹿にされた。なんだか俺のプライドが傷ついた。
「シェニカは意外と上手なんだな」
「うん!ギャロップ音頭って、いろんなステップが入ってて難しかったんだ。あれが踊れると他のダンスが簡単に出来るんだよ」
「そ、そうなんだ」
ーーギャロップ音頭はやばそうだな。俺、今適当に動いてるのだけで精一杯。これ以上の動きは無理そう。
そんな風に踊りながらも段々と気分も曲も盛り上がって、シェニカの手を取ってクルクル回したりと楽しく踊っていた。
そして曲が終わった時、シェニカは息切れしている俺を笑いながら人混みから外れた場所に連れて行った。
「あ~楽しかった」
「確かに楽しかったな。こんな風に踊ったのって初めてだ」
そういって二人で楽しく感想を言い合っていると、俺の後ろの方にこちらに向かってくる1人の気配を感じ取った。
振り向けば、山賊の仮装をしたイカツイ傭兵がシェニカをニヤニヤしながら舐めるように見ながら歩いてきた。
ナンパに違いないとシェニカを自分の背に隠したのに、男は俺の存在を完全に無視してシェニカを見すえたまま数歩前で立ち止まった。
「よぉ。可愛いウサギのねぇちゃん。俺と踊らないか?」
「え?け、ケッコーです。カーラン、あっち行こ!」
シェニカが俺の腕を掴んで人混みの場所に連れて行こうとした。
その時。
「そんなセンスの欠片もないダサくて羞恥プレイなカエル野郎より、俺の方がかっこいいだろ?俺と踊ろうぜ」
「ダサい?センスの欠片もない、羞恥プレイ…?」
俺を引っ張るシェニカの動きがピタリと止まった。いつもと違って低いその声には、恐ろしい何かが含まれている気がして、ゾクッと背筋が一瞬凍った。
「明らかにダサい。いくら貸衣装でも、他にマシなやつがあっただろうに。敢えてそんな周囲に恥ずかしさしか与えないカエルの着ぐるみを選ぶなんてまともな神経してねぇな。
でも、マヌケな感じだからカエルはお似合いかもな!あははは…」
男の笑い声は一瞬で終わってしまった。
「今からお前は町の門の前で、腹踊りをしながら誰かに解除してもらうまでカエルの歌を大声で歌う。はい!」
凄く低い声で強制催眠をかけたシェニカは、物凄く怖い気がした。
「シェ、シェニカ…?」
「私のセンスをボロクソに言うから、思わず腹が立って強制催眠なんてやっちゃった」
「そ、そっか…。変な男には気をつけような…」
ーー俺はシェニカのセンスを否定しないように気をつけよう。スパルタ指導なんてしたら何されるか分からない。恐ろしい。
教訓。
シェニカのダサいセンスを否定するとキレる。そして制裁は恐ろしい。
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