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静江のアルバイト
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『静江のアルバイト』
プルルルル♫プルルルル♫…三鷹家の電話が鳴り響く。
静江「はいはいはい今出ますよ~」
玄関の掃き掃除をしていた静江は、電話の音に氣が付き居間に向かって全力で走り出した。
静江「静江選手、最終コーナーのシケインをスピードをころさずに行けるかー!…」
ドン!!
史郎「のわー!」
静江「あじゃぱー!」
史郎「イテテテテ…母ちゃん何してんだよ!家ん中で全力疾走すんなよな」
静江「あいたたた…史郎こそ居間に居たなら電話出なさいよ…」
史郎「イヤホンしてっから氣がつかなかったよ」
史郎の片方の耳から外れたイヤホンの音が漏れていた。かなりの音量だ。
静江「まったく…家ん中でイヤホンしながらウロウロすんのやめなさいよ」
プルルルル♫プルル…電話が切れたようだ。
静江「ほら、電話切れちゃったじゃない」
奥の部屋から、今度はスマホが鳴った。
ソイヤソイヤソイヤソイヤ!♫
史郎「どんな着信音だよ」
静江「一世風靡セピア知らないの?…って言いってる場合じゃない。スマホスマホ…」
再び全力で走り、自室に向かう静江。
静江「はいはいはいちょっと待ってね…」
ドアを閉めたつもりが少し開いていて、奥から着信音が鳴り続けていた。ドアノブに手を掛け、部屋に入る静江。
静江「あら…音はするけどどこにいったのかしら?」
棚に後ろに落ちているのを見つけた静江。
静江「あーそこね」そう言って棚の後ろに手を伸ばし手にした瞬間…
ソイヤソイヤ…また切れてしまった。
静江「もうなんなのよ~」
今度はピローん♪…LINEの通知が…
すみれ[家電とスマホに電話したけど、出なかったのでこっちで]
静江 「あ、電話すみちゃんだったんだ」
スマホの着信履歴からすみれをタップし、今度は静江が電話をした。
静江「めんごめんご、タッチの差で電話出れなくて」
すみれ「全然だいじょびだいじょび。んでさー今日の午後空いてる?」
静江「別に予定は無いけど…どうしたの?」
すみれ「ちょっとアルバイトやらない?」
静江「いつもだけどあんた突然よね。で内容は?」
すみれ「ズバリ試食販売員!私の勤めてるスーパーなんだけど、急に欠員が出ちゃってさー。私の頭の中で最初に浮かんだのが静江。なんか合ってそうだよね」
静江「それって、果物とかシチューとか説明しながら試食してもらうやつ?」
すみれ「そうそうそれそれ~」
静江「面接とか、研修とかないわけ?」
すみれ「今回は急だから免除ってわけ。無理にとは言わないけどどう?」
静江「まー断る理由もないし…面白そうだからやる~。でもアルバイトなんて学生以来だよ」
すみれ「そう言うと思った。じゃあ現地でね。高田馬場の笑店街抜けた先にスーパーあるでしょ?そこに13:00にお願いね。ユニフォームとか全部あるから、特に何も持って来なくていいからね」
静江「オーケー牧場!では現地で」
スマホの通話を切るボタンを押してホーム画面に戻った時、時刻表示が12:03になっていた。
静江「そんなに時間ないわね、ぼやぼやしてられないわ。しろーーねー史郎!」
自分の部屋のいた史郎が、何事かと小走りでやって来た。
史郎「何よ?」
静江「これから出掛けるから、昼ご飯自分でなんとかしてね」
史郎「マジで?…それはさー12時00分を過ぎてから言わないでほしいよね。うちになんかあるわけ?」
静江「パントリーに片栗粉があるわよ」
史郎「片栗粉どうすんの?」
静江「お湯で溶いて、砂糖入れて混ぜれば腹の足しになるでしょ」
史郎「はい?それ昔の人が風邪引いた時に食べてたやつっしょ?せめて、米粉か小麦粉とかの粉類を提案しなさいよ」
エプロンを外し、姿見を見ながら髪にクシを通し整えた。それからハンドバックにサイフとスマホを入れて準備は完了。
静江「じゃあ~ね~。夕飯までには戻るから~アデュー!ガチャッ……」
史郎「相変わらず自分時間を生きてるよな、あんひと…」
静江「ガチャッ、それとカップ麺とかは無いからね」
史郎「わかったからはよ行きなさいよ」
そう言いながら、静江の肩に軽く手を当て押し出す史郎。ガチャッ。
史郎「なんか妙に疲れたな…買いに行くに元氣も無くなったし、たまには出前でも取るかな」
家の近くにあるバス停で待って居ると、4、5分でバスが来た。
バスに揺られること20分弱。『笑店街 ジャイアント高田馬場』の入り口付近に降車した。更にそこから歩くこと15分ほどでアーケード街を抜け、目的地のスーパーマーケット「トマトマート」に着いた。
12:53
すみれ「おーい静江~こっちこっち~」
建物の脇からひょこっと顔を出し、手招きしているすみれの姿が見えた。
すみれ「従業員はこっちの裏手から入ることになってるから。それと入る為の手順を説明するわね」
静江「オッケー」
すみれ「静江のはまだ無いから、私のでお手本見せるわね。まずIDを端末に通す。それから12桁のパスワードを入力。それから…」
静江「まだあるの?」
すみれ「まだまだあるわよ。ここに眼をあてて網膜認証。次にマイクに向かって声帯認証。最後にこれに手をあてて指紋認証」
静江「なんなのここ?CIAとかMI6とかの機関なの?」
すみれ「オーナーがそっち系のマニアらしいのよ」
静江「そっち系って…」
すみれ「でもね、実はこのシステムには大きな穴があるのよ」
静江「なになに?」
すみれ「めんどくさいから、みんな表から入っちゃうの。待機室の端末にIDカードをピッ!ってやればオッケーだから。ここの端末は管理とは紐付いてないのよ」
静江「ちょっと~じゃあ今までも説明はなんだったのよ?」
すみれ「一応知っておいてもらおうかと」
静江「これ意味あるわけ?なんだか不安になって来たわよこの店」
すみれ「あー大丈夫大丈夫。変なのはこれだけだから。じゃ表回りましょ」
すみれの後を着いて行く静江。『諜報員以外立ち入り禁止』と書かれた扉を開けると、奥に店長らしき人が机に座りパソコンを操作していた。
すみれ「て~んちょ~三鷹さんいらっしゃいましたよー」
店長「あーどうもどうも。すみれさんからお話しは伺ってます。急なお願いで申し訳ないですね」
静江「いえいえ、こちらこそ不慣れですがよろしくお願いします」
店長「時給は1450円からで、紹介する商品が売れればプラスアルファって感じになります。今後のスケジュールは後ほど打ち合わせさせてください」
静江「わかりました」
店長「では、早速お願いします。そこに店のエプロンがありますので使ってください」
静江「え?それだけですか?仕事の説明とかは…?」
店長「あとは、すみれさんにお願いしてあるので、わからないことがあればすみれさんに訊いてください。私これから別に店舗に行かなくてはいけないので。すみれさん、あとよろしくね」
すみれ「任せてください」
店長が立ち上がった時、店の電話が突然鳴った。
プルルルル…プルルルル♪…ガチャッ。
店長「あーはい、これから向かいます。はい、十分間に合うかと。はい、そうですか、はい…」
すみれ「じゃ行くわよ」と両肘を横っ腹に付け、走るようなジェスチャーをした。
静江「なんか軽いわね」
すみれ「いーのいーのかる~い感じで」
再びすみれに誘導され試食コーナーの場所に着いた。想像していたより店内は広かった。
すみれ「客としては知ってるだろうから、あんな感じよ。この鍋で調理して、これに小分けして説明しながら配る」
静江「まず見本を見せる…とかはないわけ?」
すみれ「ないない、大丈夫大丈夫」
静江「なんか色々と適当な店ね」
すみれ「んで今回の品物はこのカレーね」
静江「…なにこの『おつカレー』って?」
すみれ「なんか地方のローカルな会社が作ったカレーらしいよ」
静江「で、売れてんの?」
すみれ「まーーったく!ちーっとも売れない。だから裏に大量に在庫があるわよ。だから賞味期限内に吐けさせたいわけ」
静江「…でしょうよ。なんで発注したのかしら…ま~まずは味見したいんだけど」
すみれ「そこに予めカットしてある野菜と肉があるでしょ?それ使って。水とかも必要なのは全部あるから。もし足りなくなったら、あそこのバックヤードで補充してね。誰かしら居るから」
静江「まだ時間大丈夫?」
すみれ「もう少しなら」
IHの簡易コンロの電源をオンにし、米油を鍋に入れ食材を炒め始める。ある程度火が入ったら、水を入れる。
待ってる間に店内に曲が流れた…「トーマト・トマト・トマ・トマト♪ハッピートマト・トマトマート♪今日はポイント10倍デー」
鍋がいい具合になって来たところでカレールーを投入。2.3分掻き回して混ざったところで完成…と同時に店内アナウンスが。
「5番レジヘルプ。コードネームS」
すみれ「静江ごめん、あたしレジ行かないと。任せるから好きなようにやって」
静江「え?あ、わかったわかった」
小走りで去っていったすみれ。
出来上がったカレーの味を見る。
静江「…これネーミングが寒いってよりも、味に問題あるわね。不味くはないけど美味しくもないわ…」
少し考えてからIHの出力を1番低くし、バックヤードに向かった。
バタンッ…観音開きの金属性の扉を開け中に入る…
バタンッ。数分後再び扉が開き、静江が戻って来た。色々な品物を両腕に抱えていた。
それらを刻んで鍋に入れ、味を見ながら調整した。
静江「よし!美味しくなった」
そう言うと小分けにし、テーブルに並べていった。
静江「いらっしゃいませ~♪あ、カレー食べて行ってくださいね…はい、辛くはないのでお子様も大丈夫ですよ。はいどうぞ~」
客「あら、このカレーってこんなに美味しかったかしら?」
静江「はい。実はここにある、これとこれと、あとこれを少しだけ足してあるんです」
客「そのレシピって教えていただけるかしら?」
静江「もちろんです。スマホお持ちですか?ここに書いてあるので撮影お願い出来ますか?」
客「あー車において来ちゃった」
静江「では、紙に書きますね…はいどうぞ」
客「ご丁寧にどうも。じゃカレーとこれとこれと、あとこもいただこうかしら」
静江「お買い上げありがとうございます♪」
匂いに釣られてかポツポツと客が集まって来た。
「なんかあそこのカレー美味しいわよ」…っと不思議に店内に広まり始めた。
数十分後には人だかりができ、1時間もすると店に入りきらないほどの行列が出来ていた」
14:27
他の店舗に行っていた店長が戻って来た。
何やらアーケードに行列が出来ているのが目に付いた。
店長「こんな行列珍しいな…どっかでイベントやってるとか…」
店長が店に近づくと、行列の先がトマトマートに続いてることに氣が付いた。
走り出す店長。行列を辿って行くと、静江の試食コーナーだった。
すみれ「店長~カレーとチョコとハチミツとりんごがもう底をつきそうです!」
店長「え?どういうこと⁉︎」
すみれ「いいから他店にヘルプかけてください!」
店長「わかった!」
脇で静江がカレーを作り続けている。
他にも数名の従業員が試食品を配ったり品物を渡したりと、おおわらわな状況になっていた。
カレールーではなく、既に「カレーセット」として販売されていた。
もう既に鍋を掻き回し続けている手が限界になっていた。
静江「もうこんななんて訊いてないわよ」
すみれ「普通こんなふうにならないから」
18:23
『おつカレー』が底を付いてしまい、他のカレールーを代用しようとしたが、
全てのルーがそのまま売れなくなってしまうのを懸念して断念した。
店長「申し訳ありません。商品は全て完売となりました。次に入荷は火曜の予定となっております」
すぐに行列は無くなり、客は散り散りになって行った。
ひと段落し、静江とすみれ・店長の3人で待機室でお茶を飲んでいた。
すみれ「静江、結局どうなってあーなったの?」
静江「どうって…だってあのカレー美味しくなくて。そのまま出すの嫌だったからバックヤードで何か余ってませんか?って訊いたの。そしたらバレンタインで余ったチョコと、誤発注のハチミツと、見た目が悪くて売れないりんごがあるって。使っていいですか?って言ったら…いいんじゃね?って」
店長「しかしあそこまでお客様が来るなんて」
すみれ「なんかたまたまYouTuberかなんだかのインフルエンサーが来てて拡散したらしいですよ」
店長「インフル…なんです?」
すみれ「要は人氣がある人がネットに流したんですよ。今は下手なCMより効果ありますからね」
店長「今はそんななんですね。とにかく三鷹さん今日はありがとうございました。これ今日の分ですので、中身の確認をお願いします」
静江「…え、こんなに?いいんですか?」
店長「はい。お陰様でもう今月の売り上げ目標クリアできちゃいましたし。明日もまたお願いできますか?」
静江「はい。こう言ってはなんですが…飽きるまではやろうかと。それでよろしければ」
すみれ「ま~静江はそうだろうね」
店長「わかりました。それで結構ですので、明日またお願いします」
それから3日後…飽きたようで、さっさと辞めてしまった。
それから更に3日後。
静江「んふふーん♪今日のお昼はパスタにしまスパ?なーんも掛かってない♪」
ソイヤソイヤソイヤソイヤ♪静江のスマホが鳴った。
静江「あ、すみちゅわーんどわぁ~」
ピッ!
すみれ「静江~ちょっと大変なことになってるよ!」
静江「そりゃーてーへんだ!…って、なになになになに?」
すみれ「『おつカレー』の製造会社の『Cock-a-doodle-doo(クック ドゥードゥル ドゥー)』から連絡きてさー、例のレシピを考案した人紹介してくれって。あの日大量に発注掛けたから、あっちもなんぞや⁉︎って話しになったらしいよ」
静江「え?ほんと?」
すみれ「これからトマトマートこれる?」
静江「なんか面白そうだから行くー」
後日先方の費用負担で滋賀工場まで行くことなった。
現地で静江が味の調整をするらしい。
会社のプライドはないんかい?とツッコミが入りそうだが、この商品の売れ行きが低迷している為、背に腹はかえられぬようだ。
『おつカレー』は何度か静江が足を運び、数ヶ月後には新パッケージとなって発売された。
キャッチコピーは『元氣がないときおつカレー』
帯には、
『三鷹静江監修』と入っていた。
いったい誰やねん…といったのが逆に波紋を呼び、売れ行きは好調だったらしい。
以前試食にたまたま来ていて拡散したインフルエンサーが、あの時のカレーだ…と、これまた偶然にも知り再度拡散。
数週間『X』で『元氣がないときおつカレー・つかれてなくてもおつカレー』がトレンド入りしていた。
プルルルル♫プルルルル♫…三鷹家の電話が鳴り響く。
静江「はいはいはい今出ますよ~」
玄関の掃き掃除をしていた静江は、電話の音に氣が付き居間に向かって全力で走り出した。
静江「静江選手、最終コーナーのシケインをスピードをころさずに行けるかー!…」
ドン!!
史郎「のわー!」
静江「あじゃぱー!」
史郎「イテテテテ…母ちゃん何してんだよ!家ん中で全力疾走すんなよな」
静江「あいたたた…史郎こそ居間に居たなら電話出なさいよ…」
史郎「イヤホンしてっから氣がつかなかったよ」
史郎の片方の耳から外れたイヤホンの音が漏れていた。かなりの音量だ。
静江「まったく…家ん中でイヤホンしながらウロウロすんのやめなさいよ」
プルルルル♫プルル…電話が切れたようだ。
静江「ほら、電話切れちゃったじゃない」
奥の部屋から、今度はスマホが鳴った。
ソイヤソイヤソイヤソイヤ!♫
史郎「どんな着信音だよ」
静江「一世風靡セピア知らないの?…って言いってる場合じゃない。スマホスマホ…」
再び全力で走り、自室に向かう静江。
静江「はいはいはいちょっと待ってね…」
ドアを閉めたつもりが少し開いていて、奥から着信音が鳴り続けていた。ドアノブに手を掛け、部屋に入る静江。
静江「あら…音はするけどどこにいったのかしら?」
棚に後ろに落ちているのを見つけた静江。
静江「あーそこね」そう言って棚の後ろに手を伸ばし手にした瞬間…
ソイヤソイヤ…また切れてしまった。
静江「もうなんなのよ~」
今度はピローん♪…LINEの通知が…
すみれ[家電とスマホに電話したけど、出なかったのでこっちで]
静江 「あ、電話すみちゃんだったんだ」
スマホの着信履歴からすみれをタップし、今度は静江が電話をした。
静江「めんごめんご、タッチの差で電話出れなくて」
すみれ「全然だいじょびだいじょび。んでさー今日の午後空いてる?」
静江「別に予定は無いけど…どうしたの?」
すみれ「ちょっとアルバイトやらない?」
静江「いつもだけどあんた突然よね。で内容は?」
すみれ「ズバリ試食販売員!私の勤めてるスーパーなんだけど、急に欠員が出ちゃってさー。私の頭の中で最初に浮かんだのが静江。なんか合ってそうだよね」
静江「それって、果物とかシチューとか説明しながら試食してもらうやつ?」
すみれ「そうそうそれそれ~」
静江「面接とか、研修とかないわけ?」
すみれ「今回は急だから免除ってわけ。無理にとは言わないけどどう?」
静江「まー断る理由もないし…面白そうだからやる~。でもアルバイトなんて学生以来だよ」
すみれ「そう言うと思った。じゃあ現地でね。高田馬場の笑店街抜けた先にスーパーあるでしょ?そこに13:00にお願いね。ユニフォームとか全部あるから、特に何も持って来なくていいからね」
静江「オーケー牧場!では現地で」
スマホの通話を切るボタンを押してホーム画面に戻った時、時刻表示が12:03になっていた。
静江「そんなに時間ないわね、ぼやぼやしてられないわ。しろーーねー史郎!」
自分の部屋のいた史郎が、何事かと小走りでやって来た。
史郎「何よ?」
静江「これから出掛けるから、昼ご飯自分でなんとかしてね」
史郎「マジで?…それはさー12時00分を過ぎてから言わないでほしいよね。うちになんかあるわけ?」
静江「パントリーに片栗粉があるわよ」
史郎「片栗粉どうすんの?」
静江「お湯で溶いて、砂糖入れて混ぜれば腹の足しになるでしょ」
史郎「はい?それ昔の人が風邪引いた時に食べてたやつっしょ?せめて、米粉か小麦粉とかの粉類を提案しなさいよ」
エプロンを外し、姿見を見ながら髪にクシを通し整えた。それからハンドバックにサイフとスマホを入れて準備は完了。
静江「じゃあ~ね~。夕飯までには戻るから~アデュー!ガチャッ……」
史郎「相変わらず自分時間を生きてるよな、あんひと…」
静江「ガチャッ、それとカップ麺とかは無いからね」
史郎「わかったからはよ行きなさいよ」
そう言いながら、静江の肩に軽く手を当て押し出す史郎。ガチャッ。
史郎「なんか妙に疲れたな…買いに行くに元氣も無くなったし、たまには出前でも取るかな」
家の近くにあるバス停で待って居ると、4、5分でバスが来た。
バスに揺られること20分弱。『笑店街 ジャイアント高田馬場』の入り口付近に降車した。更にそこから歩くこと15分ほどでアーケード街を抜け、目的地のスーパーマーケット「トマトマート」に着いた。
12:53
すみれ「おーい静江~こっちこっち~」
建物の脇からひょこっと顔を出し、手招きしているすみれの姿が見えた。
すみれ「従業員はこっちの裏手から入ることになってるから。それと入る為の手順を説明するわね」
静江「オッケー」
すみれ「静江のはまだ無いから、私のでお手本見せるわね。まずIDを端末に通す。それから12桁のパスワードを入力。それから…」
静江「まだあるの?」
すみれ「まだまだあるわよ。ここに眼をあてて網膜認証。次にマイクに向かって声帯認証。最後にこれに手をあてて指紋認証」
静江「なんなのここ?CIAとかMI6とかの機関なの?」
すみれ「オーナーがそっち系のマニアらしいのよ」
静江「そっち系って…」
すみれ「でもね、実はこのシステムには大きな穴があるのよ」
静江「なになに?」
すみれ「めんどくさいから、みんな表から入っちゃうの。待機室の端末にIDカードをピッ!ってやればオッケーだから。ここの端末は管理とは紐付いてないのよ」
静江「ちょっと~じゃあ今までも説明はなんだったのよ?」
すみれ「一応知っておいてもらおうかと」
静江「これ意味あるわけ?なんだか不安になって来たわよこの店」
すみれ「あー大丈夫大丈夫。変なのはこれだけだから。じゃ表回りましょ」
すみれの後を着いて行く静江。『諜報員以外立ち入り禁止』と書かれた扉を開けると、奥に店長らしき人が机に座りパソコンを操作していた。
すみれ「て~んちょ~三鷹さんいらっしゃいましたよー」
店長「あーどうもどうも。すみれさんからお話しは伺ってます。急なお願いで申し訳ないですね」
静江「いえいえ、こちらこそ不慣れですがよろしくお願いします」
店長「時給は1450円からで、紹介する商品が売れればプラスアルファって感じになります。今後のスケジュールは後ほど打ち合わせさせてください」
静江「わかりました」
店長「では、早速お願いします。そこに店のエプロンがありますので使ってください」
静江「え?それだけですか?仕事の説明とかは…?」
店長「あとは、すみれさんにお願いしてあるので、わからないことがあればすみれさんに訊いてください。私これから別に店舗に行かなくてはいけないので。すみれさん、あとよろしくね」
すみれ「任せてください」
店長が立ち上がった時、店の電話が突然鳴った。
プルルルル…プルルルル♪…ガチャッ。
店長「あーはい、これから向かいます。はい、十分間に合うかと。はい、そうですか、はい…」
すみれ「じゃ行くわよ」と両肘を横っ腹に付け、走るようなジェスチャーをした。
静江「なんか軽いわね」
すみれ「いーのいーのかる~い感じで」
再びすみれに誘導され試食コーナーの場所に着いた。想像していたより店内は広かった。
すみれ「客としては知ってるだろうから、あんな感じよ。この鍋で調理して、これに小分けして説明しながら配る」
静江「まず見本を見せる…とかはないわけ?」
すみれ「ないない、大丈夫大丈夫」
静江「なんか色々と適当な店ね」
すみれ「んで今回の品物はこのカレーね」
静江「…なにこの『おつカレー』って?」
すみれ「なんか地方のローカルな会社が作ったカレーらしいよ」
静江「で、売れてんの?」
すみれ「まーーったく!ちーっとも売れない。だから裏に大量に在庫があるわよ。だから賞味期限内に吐けさせたいわけ」
静江「…でしょうよ。なんで発注したのかしら…ま~まずは味見したいんだけど」
すみれ「そこに予めカットしてある野菜と肉があるでしょ?それ使って。水とかも必要なのは全部あるから。もし足りなくなったら、あそこのバックヤードで補充してね。誰かしら居るから」
静江「まだ時間大丈夫?」
すみれ「もう少しなら」
IHの簡易コンロの電源をオンにし、米油を鍋に入れ食材を炒め始める。ある程度火が入ったら、水を入れる。
待ってる間に店内に曲が流れた…「トーマト・トマト・トマ・トマト♪ハッピートマト・トマトマート♪今日はポイント10倍デー」
鍋がいい具合になって来たところでカレールーを投入。2.3分掻き回して混ざったところで完成…と同時に店内アナウンスが。
「5番レジヘルプ。コードネームS」
すみれ「静江ごめん、あたしレジ行かないと。任せるから好きなようにやって」
静江「え?あ、わかったわかった」
小走りで去っていったすみれ。
出来上がったカレーの味を見る。
静江「…これネーミングが寒いってよりも、味に問題あるわね。不味くはないけど美味しくもないわ…」
少し考えてからIHの出力を1番低くし、バックヤードに向かった。
バタンッ…観音開きの金属性の扉を開け中に入る…
バタンッ。数分後再び扉が開き、静江が戻って来た。色々な品物を両腕に抱えていた。
それらを刻んで鍋に入れ、味を見ながら調整した。
静江「よし!美味しくなった」
そう言うと小分けにし、テーブルに並べていった。
静江「いらっしゃいませ~♪あ、カレー食べて行ってくださいね…はい、辛くはないのでお子様も大丈夫ですよ。はいどうぞ~」
客「あら、このカレーってこんなに美味しかったかしら?」
静江「はい。実はここにある、これとこれと、あとこれを少しだけ足してあるんです」
客「そのレシピって教えていただけるかしら?」
静江「もちろんです。スマホお持ちですか?ここに書いてあるので撮影お願い出来ますか?」
客「あー車において来ちゃった」
静江「では、紙に書きますね…はいどうぞ」
客「ご丁寧にどうも。じゃカレーとこれとこれと、あとこもいただこうかしら」
静江「お買い上げありがとうございます♪」
匂いに釣られてかポツポツと客が集まって来た。
「なんかあそこのカレー美味しいわよ」…っと不思議に店内に広まり始めた。
数十分後には人だかりができ、1時間もすると店に入りきらないほどの行列が出来ていた」
14:27
他の店舗に行っていた店長が戻って来た。
何やらアーケードに行列が出来ているのが目に付いた。
店長「こんな行列珍しいな…どっかでイベントやってるとか…」
店長が店に近づくと、行列の先がトマトマートに続いてることに氣が付いた。
走り出す店長。行列を辿って行くと、静江の試食コーナーだった。
すみれ「店長~カレーとチョコとハチミツとりんごがもう底をつきそうです!」
店長「え?どういうこと⁉︎」
すみれ「いいから他店にヘルプかけてください!」
店長「わかった!」
脇で静江がカレーを作り続けている。
他にも数名の従業員が試食品を配ったり品物を渡したりと、おおわらわな状況になっていた。
カレールーではなく、既に「カレーセット」として販売されていた。
もう既に鍋を掻き回し続けている手が限界になっていた。
静江「もうこんななんて訊いてないわよ」
すみれ「普通こんなふうにならないから」
18:23
『おつカレー』が底を付いてしまい、他のカレールーを代用しようとしたが、
全てのルーがそのまま売れなくなってしまうのを懸念して断念した。
店長「申し訳ありません。商品は全て完売となりました。次に入荷は火曜の予定となっております」
すぐに行列は無くなり、客は散り散りになって行った。
ひと段落し、静江とすみれ・店長の3人で待機室でお茶を飲んでいた。
すみれ「静江、結局どうなってあーなったの?」
静江「どうって…だってあのカレー美味しくなくて。そのまま出すの嫌だったからバックヤードで何か余ってませんか?って訊いたの。そしたらバレンタインで余ったチョコと、誤発注のハチミツと、見た目が悪くて売れないりんごがあるって。使っていいですか?って言ったら…いいんじゃね?って」
店長「しかしあそこまでお客様が来るなんて」
すみれ「なんかたまたまYouTuberかなんだかのインフルエンサーが来てて拡散したらしいですよ」
店長「インフル…なんです?」
すみれ「要は人氣がある人がネットに流したんですよ。今は下手なCMより効果ありますからね」
店長「今はそんななんですね。とにかく三鷹さん今日はありがとうございました。これ今日の分ですので、中身の確認をお願いします」
静江「…え、こんなに?いいんですか?」
店長「はい。お陰様でもう今月の売り上げ目標クリアできちゃいましたし。明日もまたお願いできますか?」
静江「はい。こう言ってはなんですが…飽きるまではやろうかと。それでよろしければ」
すみれ「ま~静江はそうだろうね」
店長「わかりました。それで結構ですので、明日またお願いします」
それから3日後…飽きたようで、さっさと辞めてしまった。
それから更に3日後。
静江「んふふーん♪今日のお昼はパスタにしまスパ?なーんも掛かってない♪」
ソイヤソイヤソイヤソイヤ♪静江のスマホが鳴った。
静江「あ、すみちゅわーんどわぁ~」
ピッ!
すみれ「静江~ちょっと大変なことになってるよ!」
静江「そりゃーてーへんだ!…って、なになになになに?」
すみれ「『おつカレー』の製造会社の『Cock-a-doodle-doo(クック ドゥードゥル ドゥー)』から連絡きてさー、例のレシピを考案した人紹介してくれって。あの日大量に発注掛けたから、あっちもなんぞや⁉︎って話しになったらしいよ」
静江「え?ほんと?」
すみれ「これからトマトマートこれる?」
静江「なんか面白そうだから行くー」
後日先方の費用負担で滋賀工場まで行くことなった。
現地で静江が味の調整をするらしい。
会社のプライドはないんかい?とツッコミが入りそうだが、この商品の売れ行きが低迷している為、背に腹はかえられぬようだ。
『おつカレー』は何度か静江が足を運び、数ヶ月後には新パッケージとなって発売された。
キャッチコピーは『元氣がないときおつカレー』
帯には、
『三鷹静江監修』と入っていた。
いったい誰やねん…といったのが逆に波紋を呼び、売れ行きは好調だったらしい。
以前試食にたまたま来ていて拡散したインフルエンサーが、あの時のカレーだ…と、これまた偶然にも知り再度拡散。
数週間『X』で『元氣がないときおつカレー・つかれてなくてもおつカレー』がトレンド入りしていた。
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