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1章 

9. 次は衣装

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「次の候補は衣裳です」

一口お茶を飲んで落ち着くと、私は話を進める。

「私たち伯爵家は、というか貴族は衣装がそれはそれは豪華でしょう?」

男性陣からの返事がありません。
顔を見合わせておりますね。
食器同様、お洋服にも興味がないのでしょうか?

「豪華なのですよ!
ジェレミー、ちょっとその装備を外しなさい」

私はドアの近くに控えていたアド兄様の従者であるジェレミーに指示をした。

「ええ!?」

突然指示を受けたジェレミーは困惑しています。お隣に同じく控えていた従者は気の毒そうに視線を送っていましたが、事故をもらわないよう知らない振りを決め込んだ様子です。

「アド兄様」

「ほら、脱いでジェレミー」

私とアド兄様が席を立ち二人でジェレミーに詰め寄ると

「わかりました! わかりましたからこっち来ないで下さいよ!」

と失礼なことを叫びながら装備を外し始めました。

従者は用心棒でもあるので、仕事中は常に軽装の鎧を付けている。
剣を隣の従者に渡すと、肩と胸、腰の装備を外し、シャツとズボンとブーツ姿になる。
ブーツも従者用の硬い革のものだが、それを脱ぐのは免除した。
裸足にさせるのは忍びないですからね。
鎧も服も支給品なので平民仕様より少し上等なものだ。
飾り気のない白いシャツ。紺色の綿のズボン。くたくたの革のベルト。

「こちらが平民服です。いえ、仮にもシルエット家の従者ですので、平民服より良い物を着ておりますが」

私はジェレミーを三人の男性陣に紹介するように手で示す。

おお!

と男性陣。アレク兄様もレオン様も席を離れ、まじまじとジェレミーの服を見入る。
ジェレミーのお顔が引きつっております。

「織が単純だ」

レオン様がジェレミーの腕を持ってその布地に顔を近づけた。
アレク兄様もジェレミーの足元に座り込みズボンの膝部分を引っ張っている。

「ズボンも生地は丈夫だけど平坦な織物だな」

「平民服はこれより生地が劣るのか」

アド兄様もアレク兄様の横にしゃがみ込んだ。

「俺たちの服は襟と裾に必ず刺繍があるのだが、全く刺繍が無いんだねぇ」

「織も俺たちの服は・・・相当複雑だな。何織というのか知らないが」

「生地感も全然違う。俺たちの服は柔らかいし肌触りが良い」

イケおじジェレミーの周りに美少年が集ってあれやこれやと品評会議です。

「いいかげんにして下さいよ、アドライト様」

ひくつく口元をかくすように手を当てて、ジェレミーが限界を訴えます。
いくら見慣れているとはいえ、きらきらのお貴族様が肌も触れ合わん位置に来ることはそうないのでしょう。





「つまりですね」

私たちはティーテーブルに戻りました。

「私たちの服は生地も飾りもとっても豪華ですのに、多くても3回程度しか着回さないのです。着終わってしまった服はこちらも倉庫行きです」

「いいえ、ソフィア様。さすがに衣裳は送りきれませんので北棟の部屋にご家族分たんまりと仕舞われております」

私が衣装のバザー展開を語ろうとするとセバスチャンが紅茶のお代わりを入れながら訂正してくれました。

「・・・どのくらいあるの?」

新しい紅茶を飲もうとカップを手に取るも、そちらが気になってしまいます。

「ざっと計算して、普段着が二千。夕食にお召しになるドレスとスーツが五百はあるかと」

「わ―お」

とアド兄様の呆れ声。

「お兄様、呆れている場合ではないわ!
このバザーで二千五百の衣装が出品できるということよ!」

テーブルに手をついて力説します。

「服だけ?靴や装飾は一緒に仕舞っちゃうの?」

レオン様!お鋭い!

「そちらの装飾品も仕舞われていて、ざっと五百はくだらないかと」

とセバスチャン。

たしかにわーお、だわ。
食器、服、身に付ける装飾品だけで相当な品数になる。

「服は平民用に仕立て直すと先程言っていたな。どうやって?」

レオン様。本当に鋭い。
食器は洗えばそのまま出品出来そうですが、服はあまり豪華な物は平民が持っていても邪魔なだけです。仕立て直しが必要です。

「フリルやリボン、ビジューなどの飾りを取り除いて、ワンポイント程度のお飾りに直せば平民の外出服とか、ちょっといいおしゃれしたい時の服として使ってもらえるかな、と。もちろん本物の宝石などは我が家に残します。あと、生地感が良すぎるものはバッグや帽子に仕立て直せますね」

言いながら期限が足りないことに気付く。
パーティーは来月だ。
我が家のメイドたち約三十人が総出で作業しても、あと一ヶ月半、千着が限界かな。
もう三十人いれば二千五百の品が仕立て直せるだろう。

うーん、バザーの規模がどうなるか想像がつかないわ。どの程度の品数が必要かしら?



悩んでしまい、紅茶に口をつけ、しばし休憩。
セバスチャンの紅茶は最高に美味しいのです。
ほっと一息つくとレオン様がパクパクと小ぶりのお菓子を一口で食べながらアレク兄様と何やら計算中です。
男の人の豪快な食べっぷりって素敵です。

「できた。いけるね」

アレク兄様、結論が出たようです。
何でしょう?

「とりあえず、今回のバザーの来客数は未知数でやってみなきゃわからない。だから用意できるだけの品を用意すれば良しとしよう。
そこで、一番手が掛かりそうな衣装の仕立て直しに王都の邸から応援を頼むと十五人は確保できる。
それでも足りないから、これはフォレスト候との交渉になるが、レオンの邸の者を派遣してもらってあと十五人確保する。そうすれば合わせて三十人の増援で多分何とかなる」

人工にんくを計算していたのですね。
でもフォレスト家から応援を頼むのは筋違いです。

「レオン様から人手を借りるのは無しだよ」

とアド兄様、わかってます。

「お礼しなきゃならないし人件費がかかっちゃう」

アド兄様、ほんとわかってます。

「お礼はいらないよ」

レオン様が爽やかな笑顔で言いきりました。

「それはいけません」

私もアド兄様に加勢です。

でもアレク兄様が苦虫を噛み潰したような渋い顔でいいます。

「・・・いらないんだ」

なんで?
私もアド兄様もキョトンとします。
それでは道理に反します。

「フォレスト候との交渉次第だと言っただろ?」

と苦々しい口調です。

「三日で解決するから。ちょっと時間頂戴。必ず三日後には人工にんくを揃えてみせるからね」

語尾にハートマークでもつきそうな、レオン様のご機嫌な声。心なしかウキウキしてらっしゃいます。アレク兄様と対照的ですね。

「ここは、レオンがやると言うのだから任せよう」

私はアド兄様と顔を見合わせます。我が家のパーティーに他家の力を借りるっていいのかしら?
でもアレク兄様とレオン様の押し切りに、仕方なく頷くしかありませんでした。
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