フロイント

ねこうさぎしゃ

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エピローグ

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 長年連れ添ったのちに静かに眠りに就いた最愛の妻アデライデは、このラングリンドの森で初めて見たときの頃そのままの姿に戻っていた。
 フロイントは滂沱の涙を流し、思わずアデライデに両手を伸ばした。
 父王の叫びに驚いて顔を上げたこども達は、そこに自分たちよりもはるかに若く、あふれるような美しさに輝く母を見て息を呑むと、次の瞬間、一斉にアデライデに飛びつき縋ろうとした。
 だがアデライデはやさしい微笑を湛えたままゆっくりと首を振ってこども達を押しとどめた。抱擁を止められたもどかしさもあらわに、困惑の表情を浮かべている彼らに、女王が諭すように言った。
「可愛いラングリンドのこども達よ、残念ですがあなた達がアデライデに触れることはできません。しかしあなた達の母の愛を感じることはできるでしょう」
 アデライデは愛しい我が子や立派に成長しつつある孫たちをやさしい青い瞳で見つめ、にっこりと小首を傾げて微笑んだ。在りし日の母──そして祖母たるアデライデの生前の癖を目の当たりにした彼らは嵐のように号泣した。
「フロイント、今こそあなたの最期の──そして最大の願いを叶えましょう」
 女王の言葉に、フロイントは再び喜びの涙をあふれさせた。フロイントは最期の別れの言葉を遺すため、震える唇を開いてこども達に語りかけた。
「我が宝の息子たち、娘たち、そして可愛い孫たちよ。父はこの命を懸けておまえ達を愛し、またおまえ達の母を愛した。おまえ達もいつも愛に心を開いていなさい。愛は魂の別の名なのだ。さぁ、もう泣くのはやめて、明日に目を向けるのだ。おまえ達は、光の妖精女王からこの輝きの王国を預かったわたしとアデライデの血を引く者として、このラングリンドを守り導く任を担っているのだ。この聖務を担う喜びを誇りとし、民のために尽くすのだよ。そしておまえ達自身が幸福であろうとすることを忘れぬように……」
 フロイントは寝台のまわりに取り縋って泣く子らを愛しさをこめた視線で抱きしめ、やはり泣き崩れている女官や侍従、そして黒い翼を震わせる魔物たちにも感謝の眼差しを向けた。
 別れを済ませたフロイントが妖精女王に頷くと、女王は両腕を開いた。女王の胸元からひときわ眩く辺りを照らす光が生まれ、横たわるフロイントを包み込んだ。
 驚きに目を見張る一同の前で、フロイントの体はゆっくりと宙に持ち上げられていき、両手を伸ばして待つアデライデの元に吸い寄せられるように近づいた。アデライデのほっそりとやわらかな指が、フロイントの萎えた指をしっかりと握った。
 フロイントはアデライデの頬に震える手を当てると、かすれた声を振り絞り、
「アデライデ……、もう一度おまえに逢える日を願い続けていた……。これからは、もうけっして離れることはないのだな……」
 アデライデはなつかしい日々のやさしい微笑のまま、フロイントの胸にそっと頭を凭せ掛けた。
 フロイントはアデライデを抱き、宙に足を踏み出した。かつてあの寂しい荒野の館で夜毎そうしていたように、そしてあの婚礼と戴冠式の華やかな祝宴でそうしたように、フロイントとアデライデは寄り添ったまま、ゆっくりとワルツのステップを踏んだ。
 光に包まれてアデライデと踊るフロイントの顔からは、次第に皺が消えていき、髪には艶やかさが戻り、手足には力強さが芽生えた。
 寝室の高い天井近くでワルツを踊りながら、だんだんと在りし日の美しく輝く姿へと戻っていくフロイントを見て、人々の見開かれた瞳からは理由の分からない涙がこぼれて止まらなかった。それは一つの奇跡を目撃する感動の涙でもあり、また去り行く稀有なる魂を惜しむ涙でもあった。
 やがて若い王の姿は、かつての魔物のそれへと変わっていった。フロイントとアデライデのこども達をはじめ、二人を見守っていた全員がその姿に驚いた。美しい人間の娘を胸に抱いて踊る黒い巨躯の魔物は、しかし人々の目には愛そのものに見えた。
 だがその魔物の姿も束の間だった。踊り続けるフロイントとアデライデの輪郭は、次第に眩しい光の中に滲んで溶けるようにうすぼんやりしていった。一同が見守る中、フロイントとアデライデは二つの輝く光となり、それはやがて類いまれなる輝きを放つただ一つの光となった。光はゆっくりと寝室の窓をすり抜けて城の外、澄んだ青い空へと昇っていった。
 居合わせた人々は窓辺に駆け寄って、妙なるその光がラングリンド中をめぐろうと飛んでいく様子に釘づけになった。彼らの後ろで、光の妖精女王は深い愛を吐息に託し、涙しながら食い入るように父と母の──こども達と、そしてラングリンドの偉大なる父王と母王妃の最期を見届けようとする彼らの背中に、やわらかな守護の光を送り、静かに姿を消した。
 一つの光となったフロイントとアデライデは、心から大切に思い愛した彼らの王国の空をゆったりと飛翔した。ラングリンドのすべての民がこの光を見た。彼らは王と彼の最愛の妻であった王妃が一つの魂に戻ったのだということをすぐに覚り、辺りをあたたかく包み込むようなその世にも稀なる愛の光の美しさに涙を流し、感謝と尊敬と労いと愛をこめて見守った。
 光はやがてラングリンドの森に入ると、跪いてこれを迎えた精霊たちの頭上をかすめながら、森の中をゆっくりと飛びめぐった。二つに分かたれていたフロイントとアデライデの魂が再び一つに戻るための最初の一歩を踏んだ聖なる森に、得も言われぬあたたかな美しさに満たされた光が染みわたるように広がっていくのを、精霊たちと動物たちの静かな瞳が見ていた。
 いつまでも踊るように飛び続けるその光が、その後どこへ消えていったのかを知る者はいなかった。
 だが人々は光あふれしラングリンドの初代の人の王と王妃の物語を語り継ぎ、彼らに永遠とわの命を与えた。
 魔法と伝説が今も息づくラングリンドを訪れれば、そこにフロイントとアデライデの息吹がきらめくのを、誰もが確かに感じるのだった。


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