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近頃、ドニおじいさんはつぼみ姫の隣のベンチで、よく居眠りをするようになっていました。そんなとき、きまってシュシュもドニおじいさんの横でまるくなり、くぅくぅと心地よさそうな寝息を立てました。
つぼみ姫はうつらうつらと眠るドニおじいさんを見るのが好きでした。その姿はとても幸福そうに見えました。だからついつい声をかけそびれて、あまりに長く寝すぎてしまったドニおじいさんが、寝ぼけ眼のシュシュを抱えて、あわてて森の小屋へと帰っていくこともありました。家に帰るには、ずいぶん長い距離を歩かなければいけないからだそうです。
そんなとき、つぼみ姫はわたしの香りのせいかしら、と少し申し訳なくも思いましたが、ドニおじいさんがあんまり気持ちよさそうに眠っているのを見ると、なんだかつぼみ姫まで気持ちよくなって、そよそよと風に体を揺さぶって、一緒に夢を見ているような気分になるのでした。
つぼみ姫はいつまでたっても咲く気配を見せず、庭園の花たちは相変わらず意地悪でしたが、それでもつぼみ姫はドニおじいさんやシュシュのそばで、ささやかな幸せを感じることができました。でも、いつかドニおじいさんの言うその時が来て、立派な花を咲かせることができたなら、誰に引け目を感じることもなく、真に幸福を堪能することができるのだろうという思いは、いつでもつぼみ姫の胸にくすぶっていました。
そんなある日のことでした。その日、夜明けだというのに太陽は灰色の厚い雲に覆われて、辺りには肌寒く薄暗い不穏な影が、霧と共に立ち込めていました。おひさまが高くのぼる時刻になっても、やっぱり太陽は雲の影に身を隠したままで、庭園の空一面は濃い灰色の雲で覆われていました。つぼみ姫は体じゅうにべっとりと張りつくような重苦しい空気に耐えながら、もう何時間もドニおじいさんとシュシュがやって来るのを待っていましたが、いつまでたってもその姿は見えませんでした。いつしかつぼみ姫の胸の内にも、灰色の雲が重く垂れさがっていくのを感じ、得体の知れない恐ろしさのために、全身はぶるぶるとふるえました。
「なんて嫌なお天気なのかしら。早くドニおじいさんが来てくれればいいのに……」
そのとき、庭園の向こうにぽつんと小さな影が見えました。つぼみ姫はドニおじいさんがやって来たのだと喜びましたが、それは一羽のツグミでした。ツグミはひどくあわてた様子で、激しく羽をはばたかせて、つぼみ姫の元まで飛んできました。
「光り輝くつぼみの花……、あぁ、きみがいつもドニおじいさんの話してくれたつぼみ姫ですね」
全速力で飛んで来たらしいツグミは、そこでいったん呼吸を整えるように、大きく息を吐き出しました。
つぼみ姫はふるえの止まらない体で頷きました。
「ええ、わたしはつぼみ姫よ。あなたは誰?」
「ぼくはドニおじいさんの家の近くに住むツグミですが、ドニおじいさんはぼくのことを『春告げ』と呼びます。ぼくはいつもきみのことを聞かされていたけど、きみはぼくのことを聞いたことがないのですか? 仕方ないですね、ドニおじいさんはあなたの言葉はわかったようですが、鳥の言葉はわからないようだったから。あぁ、そんなことより大変なのです」
「どうしてそんなにあわてていらっしゃるのです。ずっと待っているのに、ドニおじいさんが来ないことに関係があるのですか」
つぼみ姫は不吉な予感にいよいよ全身を激しくふるわせながら尋ねました。
「あります、あります。ありますとも!」
ツグミは小さな喉をふるわせるようにして叫びました。
「ドニおじいさんが、死んだのです!」
ツグミはそれだけ言ってしまうと、せきを切ったように激しく泣き出しました。
「死んだのですって? でも、それはどういうことなの?」
つぼみ姫は驚いて声を上げました。
つぼみ姫はうつらうつらと眠るドニおじいさんを見るのが好きでした。その姿はとても幸福そうに見えました。だからついつい声をかけそびれて、あまりに長く寝すぎてしまったドニおじいさんが、寝ぼけ眼のシュシュを抱えて、あわてて森の小屋へと帰っていくこともありました。家に帰るには、ずいぶん長い距離を歩かなければいけないからだそうです。
そんなとき、つぼみ姫はわたしの香りのせいかしら、と少し申し訳なくも思いましたが、ドニおじいさんがあんまり気持ちよさそうに眠っているのを見ると、なんだかつぼみ姫まで気持ちよくなって、そよそよと風に体を揺さぶって、一緒に夢を見ているような気分になるのでした。
つぼみ姫はいつまでたっても咲く気配を見せず、庭園の花たちは相変わらず意地悪でしたが、それでもつぼみ姫はドニおじいさんやシュシュのそばで、ささやかな幸せを感じることができました。でも、いつかドニおじいさんの言うその時が来て、立派な花を咲かせることができたなら、誰に引け目を感じることもなく、真に幸福を堪能することができるのだろうという思いは、いつでもつぼみ姫の胸にくすぶっていました。
そんなある日のことでした。その日、夜明けだというのに太陽は灰色の厚い雲に覆われて、辺りには肌寒く薄暗い不穏な影が、霧と共に立ち込めていました。おひさまが高くのぼる時刻になっても、やっぱり太陽は雲の影に身を隠したままで、庭園の空一面は濃い灰色の雲で覆われていました。つぼみ姫は体じゅうにべっとりと張りつくような重苦しい空気に耐えながら、もう何時間もドニおじいさんとシュシュがやって来るのを待っていましたが、いつまでたってもその姿は見えませんでした。いつしかつぼみ姫の胸の内にも、灰色の雲が重く垂れさがっていくのを感じ、得体の知れない恐ろしさのために、全身はぶるぶるとふるえました。
「なんて嫌なお天気なのかしら。早くドニおじいさんが来てくれればいいのに……」
そのとき、庭園の向こうにぽつんと小さな影が見えました。つぼみ姫はドニおじいさんがやって来たのだと喜びましたが、それは一羽のツグミでした。ツグミはひどくあわてた様子で、激しく羽をはばたかせて、つぼみ姫の元まで飛んできました。
「光り輝くつぼみの花……、あぁ、きみがいつもドニおじいさんの話してくれたつぼみ姫ですね」
全速力で飛んで来たらしいツグミは、そこでいったん呼吸を整えるように、大きく息を吐き出しました。
つぼみ姫はふるえの止まらない体で頷きました。
「ええ、わたしはつぼみ姫よ。あなたは誰?」
「ぼくはドニおじいさんの家の近くに住むツグミですが、ドニおじいさんはぼくのことを『春告げ』と呼びます。ぼくはいつもきみのことを聞かされていたけど、きみはぼくのことを聞いたことがないのですか? 仕方ないですね、ドニおじいさんはあなたの言葉はわかったようですが、鳥の言葉はわからないようだったから。あぁ、そんなことより大変なのです」
「どうしてそんなにあわてていらっしゃるのです。ずっと待っているのに、ドニおじいさんが来ないことに関係があるのですか」
つぼみ姫は不吉な予感にいよいよ全身を激しくふるわせながら尋ねました。
「あります、あります。ありますとも!」
ツグミは小さな喉をふるわせるようにして叫びました。
「ドニおじいさんが、死んだのです!」
ツグミはそれだけ言ってしまうと、せきを切ったように激しく泣き出しました。
「死んだのですって? でも、それはどういうことなの?」
つぼみ姫は驚いて声を上げました。
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