上 下
26 / 44
第三章

その6

しおりを挟む
「なんということだ! ルーメン、わたしは今すぐヴォロンテーヌを追いかけます。村の人たちには、どうかよく言っておいてください」
 そう言い残すと、王子は急いで小屋を出て、愛馬の背に飛び乗るとヴォロンテーヌの後を追いました。
 空にはヴォロンテーヌが飛んだ軌跡がきらきらと輝く光の粉となって残っていたので、ミシオン王子はそれを追っていきました。追っていくうちに王子はいつしか国境を越えて隣国の森の中に入っていました。そのうちにだんだんと東の空が白み始め、光の軌跡も昇りかけた太陽によってかき消されようとしていました。
「あぁ、今しばし消えないでくれ!」
 王子の祈りも虚しく、ヴォロンテーヌの光の軌跡は、森の出口の向こうに見えている豪奢なお城の中空で消えてしまいました。
 王子は森の出口の手前で馬の背から降りると、手近の木の枝に馬の手綱をかけました。そして歩いて森を出ると、門番の隙をついて、立派に聳え立つお城の中に入っていきました。
 お城の壮麗な庭の中をうろうろしていると、遠くから低い調子で話す男女の声が聞こえてきたので、王子は咄嗟に近くの植え込みの中に身を隠しました。そしてこっそり陰から覗いてみると、男の方はアビティオ大臣であることがわかりました。大臣の横には、美しい姫君が寄り添うように歩いています。アビティオ大臣と姫君は、王子が隠れている植え込みの近くで足を止め、辺りを窺うようにしながら、ひそひそ話を始めました。
「マリス王女、そろそろお部屋にお戻りになられた方がよろしいのでは」
 ミシオン王子はアビティオ大臣の言葉で、隣の姫がマリス王女であるとわかり、自分がどうやらヒュブリス国王の城に侵入してしまったことに気がつきました。ミシオン王子がこんな風にこっそりと城に侵入したとわかれば、大変な騒ぎになるだろうことは知れていましたから、王子はじっと息を殺して身を潜め、その場をやり過ごそうとしました。
「まだ大丈夫よ。侍女はわたくし達のことをよくわかっているから、万が一お父さまが突然訪ねて来られても、うまく対処してくれるわ」
 マリス王女がそう言う声は、どこか意地の悪い響きのもので、ミシオン王子は思わず植え込みの陰からこっそりとマリス王女を見上げてみました。王女は確かに美しく華やかではありましたが、それはどこか毒々しい華美さで、王子の心に不吉な影を落とすようでした。

 マリス王女は頭を凭せかけるようにしながら、アビティオ大臣にぴったりとくっつきました。しかしアビティオ大臣は特に王女に注意を向ける様子もなく、何か考え事をしているような目をしながら、
「しかし今は、慎重にしていてし過ぎると言うことはないでしょう」
「そうかもね。お隣のミシオン王子との婚約が迫っているのですものね」
 ミシオン王子は予期せず自分の名が話題に上ったので、思わずドキリとして身を固くしましたが、マリス王女が呆れたような調子で鼻を鳴らしたのに気がつきました。
しおりを挟む

処理中です...