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第四章

その2

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 戦いの最中、ふとヒュブリス国王の居城を見上げると、中心に大きな宝石を埋め込んだ冠を被り、貂の毛皮で作ったマントを羽織ったヒュブリス国王が仁王立ちになって、バルコニーからミシオン王子を見下ろしていました。
 と、敵陣から猛然と土煙を上げて一頭の馬が駆けてきました。見ると、馬上には鎧に身を包んだアビティオ大臣がいました。まっすぐにミシオン王子に向かって猛烈な勢いで駆けてくると、手に持った槍をミシオン王子に突き刺そうとしました。
 王子は素早く身をかわし、盾と剣で応戦しました。しかしほとんど死に物狂いの体となったアビティオ大臣の猛攻に押されてミシオン王子は落馬しかけ、急いで体勢を整え直そうとしている隙をついて、アビティオ大臣が渾身の一撃を加えようと仕掛けました。
 そのとき、頭上から純白の色も気高い一羽のハトが急降下してきて、アビティオ大臣の顔に体当たりをしたので、驚いたアビティオ大臣の手元は狂い、槍はミシオン王子をかすめて逸れました。
 ミシオン王子が振り仰いで見ると、王子を助けた純白のハトは素早く近くに飛んできて、蜂蜜色の瞳でまっすぐにミシオン王子を見つめました。
「あなたか、ヴォロンテーヌ!」
 ミシオン王子は感激して叫びました。その途端、体中に強い力が駆け巡るのを感じ、その勢いのままアビティオ大臣の方を振り向いて、鋭い視線で射すくめました。
 アビティオ大臣は、ミシオン王子の輝く瞳を見ると、激しい嫉妬と憎しみが燃え上がり、槍を振り回してミシオン王子に飛び掛かりました。
 しかしその攻撃のすべてをミシオン王子は巧みにかわし、また王子の身をかすめそうなときにも、ヴォロンテーヌが果敢に槍を打ち払いました。
 味方の兵士たちは、猛然と戦うミシオン王子と、突然天から戦場に舞い降りてミシオン王子を守るように飛ぶ白いハトを目にすると、不思議と勇気がたぎり、ますます大胆に敵兵に突撃してなぎ倒していきました。
 アビティオ大臣は戦況が不利であることに内心焦りを感じ、それが苛立ちとなってますます王子に激しく槍を突き刺そうとしましたが、ヴォロンテーヌが何度も大臣の顔をかすめて飛んで視界を遮りました。
「……くっ、忌々しいハトめ……!」
 大臣は攻撃の矛先をヴォロンテーヌに変え、ありったけの力を込めてヴォロンテーヌを突こうとしました。
「ヴォロンテーヌ!」
 ミシオン王子は素早くヴォロンテーヌの前に立ちふさがって、アビティオ大臣の槍を盾で受け止めましたが、大臣の満身の力を受けた衝撃で王子の馬がよろめき、ヴォロンテーヌにぶつかってしまいました。ヴォロンテーヌは一瞬よろめき、そのまま地面に落ちそうになりましたが、そのとき突然一陣の突風が吹いて、ヴォロンテーヌはその風によって吹き上げられ、天高くのぼって行ってしまいました。
「ヴォロンテーヌ!」
 ミシオン王子は大声で叫び、アビティオ大臣の槍を力いっぱいに払いのけて、思わずヴォロンテーヌの姿を天空にさがしました。が、王子は自分のこめかみに迫る殺気に気づき、咄嗟に盾で身を守りました。その途端物凄い衝撃が全身に走るのと同時に、王子は思わず盾を落としてしまいました。拾う間もなく、ミシオン王子の鼻先をアビティオ大臣の槍がかすめ、王子は剣を構えて大臣に向き直りました。アビティオ大臣は暗い炎をたぎらせた瞳でミシオン王子を睨みつけ、
「戦いの最中にハトの心配とは、わたしもずいぶんと舐められたものだな」
 言うなり、槍を大きく振りかぶってミシオン王子に襲いかかりました。王子が剣でそれを受け止めると、二人はそのまま押し合いをしながら睨みあいました。
「アビティオ大臣、何故あなたのその才覚を正しい方法で活かそうとしないのだ」
「おまえに何が言える!? 生まれながらにすべてを手中にしているおまえに……!!」
「アビティオ大臣、大切なのは何かを得ることではなく、何かを成さんと志すことではないのか? あなたならば、この国をもっと良くすることもできるであろう!」
「何があったか知らんが、小賢しいことをほざくようになったな、王子。だがおまえが吐いているのは所詮綺麗事。そのような甘い考えの軟弱者が王子とあっては、おまえの国も先が見えているな。やはりわたしが王となり、この国共々おまえの国も治めてやろう!」
「王とは自分の野心を満たすためになるものではないぞ!」
 ミシオン王子がアビティオ大臣の槍を振り払いました。アビティオ大臣の馬はわずかに後退しましたが、大臣はすぐに体勢を立て直し、再びミシオン王子に向かって槍を振るいました。
「王が野心を抱かずして何とすると言うのだ! わたしは何としてもすべてを手に入れる。それこそがわたしの生きる目的なのだ!」
 アビティオ大臣は形振りかまずミシオン王子に打ちかかって来ました。激しい攻防を繰り返しながらも、ミシオン王子の心には、自分の野心に捕らわれているアビティオ大臣を哀れに思う気持ちがありました。
「アビティオ大臣、そのようなものは生の目的にはならないぞ! 人が一生のうちに束の間手にするものは、すべてみな、来たるべきときには手放さなければならないものだ。だが愛は違う。愛はすべてのうちに息づいて、永遠に存続する。アビティオよ、目を覚ますのだ!」
 ミシオン王子はそのとき、自分の口がそう言うのを聞いていましたが、まるで自分の中にいる自分ではない何か崇高な存在がそう言わせているような、不可思議な感覚になっていました。そして心には、いつかあの村の牧草地で幻に見た壮麗な光の宮殿の光景が広がっていました。

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