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第四章

その4

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 ヒュブリス国王はわずかに残った護衛の兵士に取り巻かれ、娘のマリス王女と共に玉座の間にいました。兵士たちが逃げるように促しても、ヒュブリス国王はたくさんの宝石が飾り付けてある王の座にじっと腰かけたまま、来たるべき運命の到着を待つように、玉座の間の入口を見ていました。
 形勢が不利であることを知ったマリス王女は、髪を振り乱して父王に縋り、何度も共に逃げてほしいと頼みましたが、ヒュブリス国王は頑強な岩のように微動だにせず、ただこちらに駆けてくる足音に耳を澄ませて座り続けていました。
 まもなく、ミシオン王子がリーデルと共に飛び込んで来ると、マリス王女は悲鳴を上げて飛び上がり、青ざめた顔で後退りました。
 ミシオン王子とリーデルは剣を腰の鞘にしまうと、ヒュブリス国王にゆっくりと近づいていきました。ヒュブリス国王の表情から、既にもう戦う意思はないということがわかったからです。
 ヒュブリス国王は、自分のまわりを守るように取り囲んでいた護衛たちに、剣を納めてさがっているよう命じた後、すぐ目の前に立ったミシオン王子に、静かな声で尋ねるともなしに言いました。
「やはりアビティオは敗れたか」
 ミシオン王子は小さく頷いて、
「我が軍が拘束しました」
 それを聞くと、ヒュブリス国王の後ろに隠れるようにしていたマリス王女は大きな叫び声を上げて飛び出してくると、憎しみに燃える目でミシオン王子を睨みつけ、
「お父さまっ、王子を殺してしまって! かつて剣王と呼ばれて恐れられたお父さまには、こんな王子など簡単に殺せるでしょう?!」
 マリス王女の叫びに、ミシオン王子のすぐ後ろに控えていたリーデルは素早く腰の剣に手を掛けましたが、王子はそれを目で制し、マリス王女に哀れみのこもった視線を向けました。
「マリス王女よ、わたしはアビティオの命を取るつもりはありません。あなたを人質にする気もありません。もちろん、あなたの父上についても同様です」
 マリス王女は憎悪で歪んだ顔で、呪いの言葉を吐くかのようにミシオン王子に言いました。
「アビティオが、わたくしのアビティオが、おまえごとき弱小国の王子になど負けるわけがないわ。これはまやかしよ、わたくしは悪い夢を見ているのよ。そうよ、アビティオはきっとおまえを亡き者にするわ。そしてお父さまを捕らえて幽閉し、わたくしのアビティオがこの国の王になり、わたくし達は結婚するのよ!」
 ヒュブリス国王は娘の言葉に眉を吊り上げ、立ち上がりました。
「なんだとマリス? 今なんと申した?」
 マリス王女はハッと口元を押さえ、怒りに燃えて自分を見下ろす父王を蒼白な顔で振り返りました。
「違うの、お父さま……! わたくしはただアビティオと結婚したいだけ……。ほんとうよ、わたくしはお父さまに危害を加えるつもりなんてないのよ……!」
 ヒュブリス国王は城中に轟かんばかりの怒号を放ちました。
「この愚か者めが! 父への恩を忘れ、おまえのことなど微塵も愛してはおらぬ卑しい男にたぶらかされおって! おまえの性が悪く愚かであることはとうから知ってはおったが、我が娘のことと目をつぶってやっていたものを、今度ばかりは捨て置けぬ。衛兵よ! この女を捕らえて牢に閉じ込めておけ!」
「待って、お父さま……! あんまりだわ!」
「国に対する反逆罪で極刑にせぬだけありがたいと思え。日の当たらぬ独房で、自分の愚かさを思い知るがよい!」
 マリス王女は衛兵によって乱暴に引っ立てられると、ヒュブリス国王に向かって泣き叫びました。
「お父さま、許して……! お父さまぁぁ!」
 しかしヒュブリス国王は怒りに燃える顔をそむけたまま、引きずられるように出て行くマリス王女を見ようともしませんでした。


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