『冷徹公爵との【愛なし契約結婚】は、溺愛の家族愛に変わりました~「地味で何の価値もない」と捨てた実家は、もう遅い

腐ったバナナ

文字の大きさ
1 / 18

1話

しおりを挟む
 伯爵令嬢エミリア・ハーウェルの人生は、常に陰鬱な日差しの中にあった。

 実の母親が亡くなって以来、継母イザベルの陰湿な冷遇は日常となり、エミリアは「地味で何の価値もない娘」として、伯爵家の隅で息を潜めて生きてきた。

 エミリアが持つ唯一の特技——相手の心の奥底の感情を察知する能力(心の声)は、継母の「早く厄介払いしたい」という本音を常に拾い上げていた。

 そして今日、その「厄介払い」の機会が訪れた。

「エミリア。お前には、この国の『氷の公爵』、クライヴ・ノースウッド公爵へ嫁いでもらうわ」

 継母イザベルは、豪華な居間で紅茶を飲みながら、冷たい声で宣告した。

 エミリアは驚きよりも、心の声に潜む「公爵家との繋がりを利用したい」という打算に疲労を覚えた。

「公爵様は、『愛も情も求めず、口出ししない妻』を求めているそうだわ。前妻に裏切られ、女性不信になったそうだからね。お前のような地味で大人しい娘が、契約妻にはちょうどいい」

「愛のない契約結婚、ですか」

 エミリアは静かに尋ねた。

「ええ。契約期間は二年。ただし、公爵には連れ子の息子がいる。その子には一切関わるなと公爵様から厳命されているわ。お前はただ、公爵家の体裁を保つ飾りになればいいのよ。失敗は許さないわよ、エミリア」

 エミリアの心は重く沈んだ。継母の心の声は、「公爵家の権威を利用して借金を返す」「エミリアが公爵に捨てられたらざまぁ」という醜悪な願望で満ちていた。

 しかし、エミリアにとっては、この冷酷な契約結婚こそが、長年苦しめられた実家から逃れる唯一の道だった。

(冷徹な公爵様でも、いじめや陰湿な裏切りはないはず。愛がなくても、静寂さえあれば、私はそれで十分)

 エミリアは、自身の「心の栄養料理」のレシピを記したノートと、最低限の荷物だけをトランクに詰めた。誰も見向きもしなかった彼女の「癒やし」の才能は、この愛のない契約結婚で、完全に封印されるだろう。

 翌日。エミリアは、ノースウッド公爵家へと向かう馬車に乗っていた。

 公爵の領地は、王都から遠く離れた北部に位置する。王都の街並みが遠ざかるにつれ、エミリアの心に重くのしかかっていた鎖が、少しずつ緩むのを感じた。

 馬車が公爵邸の門をくぐると、そこには黒一色の厳格な石造りの邸宅がそびえ立っていた。まるで、その主の凍てついた心を具現化したかのようだ。

 玄関でエミリアを待っていたのは、白髪交じりの威厳ある老執事、ロバートと、数名の使用人たち。そして、彼らに守られるようにして立つ、一人の少年だった。

 少年は、公爵の連れ子、アルフレッド(7歳)。

 少年は、エミリアの姿を捉えるやいなや、まるで警戒心の強い小動物のように、執事のロバートの後ろに隠れてしまった。その小さな心から、エミリアの能力は「怯え」と「拒絶」の声を拾った。

(私が新しいお母様なんて嫌だ。どうせ、また僕をいじめるんでしょ?)

 エミリアは、その怯えに満ちた心の声に胸を痛めた。前妻からの虐待があったことを、改めて実感する。

 ロバート執事が、硬い表情でエミリアに挨拶をした。

「エミリア様。ようこそノースウッド公爵邸へ。公爵様は執務室でお待ちです。くれぐれも、契約内容をお忘れなきよう」

 エミリアは、少年アルフレッドの怯えた顔を最後に見て、公爵の待つ執務室へと足を進めた。

 この邸宅に、「愛」も「温もり」も存在しない。あるのは、冷徹な契約と、孤独な公爵と少年の閉ざされた心だけだ。エミリアは、自身も孤独を受け入れ、この冷たい邸宅の「飾りの妻」として生きることを覚悟したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

追放された伯爵令嬢は、辺境の竜騎士様に拾われて愛されすぎています ~あの時見下した婚約者たち、今さら後悔してももう遅い~

exdonuts
恋愛
婚約者に裏切られ、王都を追われた伯爵令嬢リリシア。 絶望の旅路で出会ったのは、無口な辺境の竜騎士・カイル――彼は冷たく見えて、誰よりも優しかった。 王都で笑っていた者たちが、彼女の輝きに気づくのはずっと後のこと。 元婚約者よ、あの時の侮辱を今も覚えている? でも、もう私の隣には最強の竜騎士がいるの。 ざまぁと溺愛が交錯する、甘くて痛快な逆転劇。

【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那
恋愛
 魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。  そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!  詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。  家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。  同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!? 「これは契約結婚のはずですよね!?」  ……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……? ◇◇◇◇  恋愛小説大賞に応募しています。  お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"  モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです! ※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。 ※表紙はAIイラストです。文字入れは「装丁カフェ」様を使用しております。 ※小説内容にはAI不使用です。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

追放された令嬢ですが、隣国公爵と白い結婚したら溺愛が止まりませんでした ~元婚約者? 今さら返り咲きは無理ですわ~

ふわふわ
恋愛
婚約破棄――そして追放。 完璧すぎると嘲られ、役立たず呼ばわりされた令嬢エテルナは、 家族にも見放され、王国を追われるように国境へと辿り着く。 そこで彼女を救ったのは、隣国の若き公爵アイオン。 「君を保護する名目が必要だ。干渉しない“白い結婚”をしよう」 契約だけの夫婦のはずだった。 お互いに心を乱さず、ただ穏やかに日々を過ごす――はずだったのに。 静かで優しさを隠した公爵。 無能と決めつけられていたエテルナに眠る、古代聖女の力。 二人の距離は、ゆっくり、けれど確実に近づき始める。 しかしその噂は王国へ戻り、 「エテルナを取り戻せ」という王太子の暴走が始まった。 「彼女はもうこちらの人間だ。二度と渡さない」 契約結婚は終わりを告げ、 守りたい想いはやがて恋に変わる──。 追放令嬢×隣国公爵×白い結婚から溺愛へ。 そして元婚約者ざまぁまで爽快に描く、 “追い出された令嬢が真の幸せを掴む物語”が、いま始まる。 ---

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

【完結】策士な王宮魔術師は撫でられたい

コツメカワウソ
恋愛
ローウェン王国の王宮魔術師ジョシュアは膨大な魔力を持ち、北の英雄の息子、次期伯爵家当主、最年少の一級魔術師という一般的に見ると超優良物件。 王都で働いてはいるが、いつかは生まれ育った辺境の地である北方に戻りたいと思っている。 ジョシュアの華麗な肩書きに多くの女性が近づいてくるが、北方に戻りたいというジョシュアの思いを知ると手の平を返すように離れていくため、二十一歳にして女性不信気味になってしまった。 そんなジョシュアは王宮図書館で没落した元貴族のアリスと出会う。 恋愛未経験、若干の女性不信、姉からは腹黒策士と呼ばれるジョシュアだが、全く自分に興味を示さないアリスが気になって仕方がない。 『私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末』に出てくる、弟ジョシュアの話です。 単体でも読めますが、そちらを読んでからの方がより詳しく分かっていただけると思います。 完結まで予約投稿済み 世界観は緩めです。 ご都合主義な所があります。 誤字脱字は随時修正していきます。

処理中です...