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2話
昨夜の衝撃から一夜明け。私は豪華なダイニングテーブルの端に座り、震える手でスープを口に運んでいました。
(……夢。そうよ、昨夜のはきっと極限状態が見せた幻覚だわ。あの死神公爵様が、私のオタクだなんてあり得ないもの)
自分に言い聞かせていると、重厚な扉が開きました。 現れたのは、軍服に身を包んだゼクス様。今日も今日とて、三白眼の鋭い視線は、見ただけで寿命が3年縮みそうなほどの威圧感を放っています。
「――おはよう」
地獄の底から響くような低音ボイス。 ですが、私の目には見えてしまいました。
【おはよおおおおおおおお!! 寝起きの髪が少しフワフワしてるリリィ、控えめに言って女神(ヴィーナス)!! そのスープになりたい! 今すぐその銀のスプーンになって君の唇に触れたい!! 昨夜は一睡もできずに君の名前を1万回唱えてたら朝になった!!】
(……幻覚じゃなかったーーーー!!)
朝一番の吹き出しは、昨夜よりもさらに巨大でした。 文字の色は情熱の真紅。エフェクトとして、背景には神殿の柱と羽ばたく鳩が見えます。
「……おはようございます、閣下。昨夜はよく眠れましたか?」
私が恐る恐る尋ねると、ゼクス様は無表情に椅子を引き、ぶっきらぼうに答えました。
「……別に。慣れない同居人が増えたせいか、少々寝付けなかっただけだ。期待するなと言っただろう」
(嘘つき!! 1万回も私の名前を唱えてたって書いてあるわよ!)
目の前のゼクス様は、不機嫌そうにカトラリーを手に取ります。 そこで私は、一つの実験を試みることにしました。
「あの、閣下。……実はこのスープ、隠し味に私が持参したスパイスを少し入れさせていただいたのです。お口に合えば良いのですが……」
実際は、料理長に頼んでほんの少し風味を変えてもらった程度です。 ゼクス様は、一口それを口に運ぶと――。
「…………」
無言。ピクリとも動かない眉。 そして、彼は乱暴にスプーンを置きました。
「……勝手にしろ。俺の食事を、素人がいじるな」
(ひっ……! 怒らせちゃった!?)
思わず身を縮めた私でしたが、その頭上を見た瞬間、私は自分の目を疑いました。
【うまぁあああああい!! 何これ聖水!? 聖水なの!? リリィが俺のために味を調えてくれた……だと!? 今日は俺の命日か!? これを飲んだだけで戦闘力が53万上がった気がする!! 料理長、今すぐこのレシピを国宝に指定しろ!! 毎食これを出せ!! むしろ一生これだけでいい!! ああ、幸せすぎて喉が焼ける!!】
「…………」
リリィは、そっと視線を逸らしました。 「……勝手にしろ」と言いながら、ゼクス様は尋常ならざるスピードでスープを完食。さらにはパンのひとかけらまで使って、お皿をピカピカに拭い取っています。
(……閣下。お皿、洗わなくていいくらい綺麗になってますけど)
すると、隣に控えていた副官のハンス様が、すかさず動きました。 彼の頭上の吹き出しは、青いフォントで至極冷静です。
(あーあ、閣下……。あんなに冷たいこと言っておいて、完食しちゃってる。リリィ様が引いてるの気づいてないんだろうな。お顔が怖いですよ、閣下)
「閣下、本日の演習の時間が――」
「……分かっている」
ゼクス様は立ち上がり、マントを翻して部屋を出ようとしました。 去り際、彼は一瞬だけ足を止め、背中を向けたまま低く呟きました。
「……夕食も、好きにしろ」
(「また作ってほしい」ってことね。翻訳できるわ。もう私、あなたの心の言葉が全部わかる!)
【今日の夕飯まで生き延びる理由ができた!! さあ来い、敵国の暗殺者ども! 今の俺は無敵だ!! リリィのスパイスが体中を駆け巡っている!! 待ってろリリィ、夕方には必ず生きて帰るからなーーー!!】
嵐のような吹き出しを残して、彼は去っていきました。
(……この結婚生活。退屈はしないかもしれないけれど……私のツッコミ能力が先に限界を迎えそう)
私は冷めた紅茶を飲み干し、遠くに見える巨大な「愛」の残像を見送りながら、深いため息をついたのでした。
(……夢。そうよ、昨夜のはきっと極限状態が見せた幻覚だわ。あの死神公爵様が、私のオタクだなんてあり得ないもの)
自分に言い聞かせていると、重厚な扉が開きました。 現れたのは、軍服に身を包んだゼクス様。今日も今日とて、三白眼の鋭い視線は、見ただけで寿命が3年縮みそうなほどの威圧感を放っています。
「――おはよう」
地獄の底から響くような低音ボイス。 ですが、私の目には見えてしまいました。
【おはよおおおおおおおお!! 寝起きの髪が少しフワフワしてるリリィ、控えめに言って女神(ヴィーナス)!! そのスープになりたい! 今すぐその銀のスプーンになって君の唇に触れたい!! 昨夜は一睡もできずに君の名前を1万回唱えてたら朝になった!!】
(……幻覚じゃなかったーーーー!!)
朝一番の吹き出しは、昨夜よりもさらに巨大でした。 文字の色は情熱の真紅。エフェクトとして、背景には神殿の柱と羽ばたく鳩が見えます。
「……おはようございます、閣下。昨夜はよく眠れましたか?」
私が恐る恐る尋ねると、ゼクス様は無表情に椅子を引き、ぶっきらぼうに答えました。
「……別に。慣れない同居人が増えたせいか、少々寝付けなかっただけだ。期待するなと言っただろう」
(嘘つき!! 1万回も私の名前を唱えてたって書いてあるわよ!)
目の前のゼクス様は、不機嫌そうにカトラリーを手に取ります。 そこで私は、一つの実験を試みることにしました。
「あの、閣下。……実はこのスープ、隠し味に私が持参したスパイスを少し入れさせていただいたのです。お口に合えば良いのですが……」
実際は、料理長に頼んでほんの少し風味を変えてもらった程度です。 ゼクス様は、一口それを口に運ぶと――。
「…………」
無言。ピクリとも動かない眉。 そして、彼は乱暴にスプーンを置きました。
「……勝手にしろ。俺の食事を、素人がいじるな」
(ひっ……! 怒らせちゃった!?)
思わず身を縮めた私でしたが、その頭上を見た瞬間、私は自分の目を疑いました。
【うまぁあああああい!! 何これ聖水!? 聖水なの!? リリィが俺のために味を調えてくれた……だと!? 今日は俺の命日か!? これを飲んだだけで戦闘力が53万上がった気がする!! 料理長、今すぐこのレシピを国宝に指定しろ!! 毎食これを出せ!! むしろ一生これだけでいい!! ああ、幸せすぎて喉が焼ける!!】
「…………」
リリィは、そっと視線を逸らしました。 「……勝手にしろ」と言いながら、ゼクス様は尋常ならざるスピードでスープを完食。さらにはパンのひとかけらまで使って、お皿をピカピカに拭い取っています。
(……閣下。お皿、洗わなくていいくらい綺麗になってますけど)
すると、隣に控えていた副官のハンス様が、すかさず動きました。 彼の頭上の吹き出しは、青いフォントで至極冷静です。
(あーあ、閣下……。あんなに冷たいこと言っておいて、完食しちゃってる。リリィ様が引いてるの気づいてないんだろうな。お顔が怖いですよ、閣下)
「閣下、本日の演習の時間が――」
「……分かっている」
ゼクス様は立ち上がり、マントを翻して部屋を出ようとしました。 去り際、彼は一瞬だけ足を止め、背中を向けたまま低く呟きました。
「……夕食も、好きにしろ」
(「また作ってほしい」ってことね。翻訳できるわ。もう私、あなたの心の言葉が全部わかる!)
【今日の夕飯まで生き延びる理由ができた!! さあ来い、敵国の暗殺者ども! 今の俺は無敵だ!! リリィのスパイスが体中を駆け巡っている!! 待ってろリリィ、夕方には必ず生きて帰るからなーーー!!】
嵐のような吹き出しを残して、彼は去っていきました。
(……この結婚生活。退屈はしないかもしれないけれど……私のツッコミ能力が先に限界を迎えそう)
私は冷めた紅茶を飲み干し、遠くに見える巨大な「愛」の残像を見送りながら、深いため息をついたのでした。
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