最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

5話

　会議室を出て以来、ノアの私邸に戻った私の周りには、以前とは比べ物にならないほど厳重な警護が敷かれていた。公衆の面前でのあの「寵愛の偽装」は、私の地位を磐石にする一方で、アラン王子の嫉妬を決定的に煽ってしまったからだろう。

　ノアは私の部屋を訪れると、すぐに本題に入った。

「エステル。公の場での振る舞いは完璧でした。しかし、あなたの安全を確保する必要があります。あなたが提供した未来の情報は、私の敵にも大きな損害を与える。そして、その情報は、アラン王子の最大の弱点を突くものです」

「わかっています。だからこそ、私を狙うのはアラン殿下本人ではなく、彼の派閥でしょう」

　私が冷静に答えると、ノアは微かに目を見開いた。

「驚いた。あなたは、私があなたを安全のために利用していると理解している。恐怖を感じないのですか？」

「愛のない人間に、恐怖は抱きません。貴方は私を道具として扱い、アラン殿下は私を所有物として扱った。道具として扱われる方が、利用価値と生存率が高いことを知っています」

　私の言葉に、ノアは静かに微笑んだ。その笑みは冷たいが、どこか満足げだった。

「私の目的は、王国の均衡です。アラン王子の派閥は強大すぎた。あなたは、その均衡を崩すための最も鋭い刃です。あなたの知性があれば、私が何を企んでいるか理解できるでしょう」

「ええ。あなたが最も欲しいのは、王国の安定と、確固たる権力。私の情報は、それを約束する。そして、私が欲しいのは、その権力の中での安全な地位です」

　私たちは、お互いの目的を再確認し合った。私たち二人の間には、打算と論理しかなかった。だが、その論理的な関係が、私には何よりも安心できた。

　しかし、ノアは契約以上の「過保護」な行動を止めなかった。

「エステル。夜間に書物を読む際は、窓を開けないように。そして、私の許可なく屋敷の外へ出ることは許しません」

　彼はそう言い、私が前世で好んで読んでいた難解な薬学書を、無言で私の机の上に置いた。

「なぜ、この本を……？」

「私が秘書に指示し、あなたの過去の興味を調べさせた。退屈しのぎにでも使えばいい。ただし、目を酷使しないように」

　ノアはそう言い残して部屋を出て行った。彼の行動は、契約上の義務ではない。彼は、道具である私に、人間的な配慮を施しているのだ。

（これが、彼の真の優しさなのか、それとも私を完全に支配するための手段なのか……）

　私は戸惑いながらも、ノアが用意してくれた薬学書を手に取った。彼のこの冷静で計算された寵愛は、私の冷えた心に、微かな温もりを灯し始めていた。

　一方、アラン王子の状況は、急速に悪化していた。

　エステルを奪われ、公衆の面前で屈辱的な態度を取られたアランは、冷静な判断力を失っていた。彼の頭の中は、エステルの冷たい瞳と、ノアの嘲るようなキスで満たされていた。

「エステルはノアに騙されている。あの男はエステルを利用しているだけだ！私がエステルを救い出さなければ……！」

　アランの執着は、もはや愛ではなく、病的な所有欲へと変貌していた。

　彼は側近に命じ、ノアの屋敷周辺の警備の隙を探らせた。

「ノアがエステルを閉じ込めている。エステルは私を待っているはずだ！」

　アランはそう確信していた。そして彼は、ノアの屋敷に忍び込み、エステルを強引に連れ戻すという、非常に危険な賭けに出ることを決意した。

　その夜、アラン王子は一人、闇に紛れてノアの私邸へと向かった。彼が手にしていたのは、護衛用の短剣と、エステルを説得するための甘い言葉だけだった。

（これで、エステルは私のものに戻る。ノアから救い出せば、エステルは再び私を愛してくれる！）

　アランはそう信じて疑わなかった。だが、彼の行動こそが、ノアの計画を決定的に後押しすることになることを、まだ知る由もなかった。