【完結】聖女さまは今日もベッドの中~転生したぐうたらOL、子犬系見習い神官に甘やかされる~

空錠 総二郎

文字の大きさ
3 / 51

第3話 聖女、風呂で溺愛される(物理的に)

しおりを挟む
湯気。
それは、文明の勝利である。

私は異世界の浴室で、湯の中に沈んでいた。
温度はちょうどいい。香りも良い。
光る石が照明代わりに壁に埋め込まれていて、湯面にゆらめく光が美しい。
文明レベル、高い。異世界にしては高い。

「……はあ、極楽。」

私は目を細めて呟いた。
猫を助けようとして墜落→異世界転移→“聖女さま”就任。
激動すぎた昨日の疲れが、ようやく解けていく。

「ユウヒくん、神様ありがとう……」
「えっ、ぼ、僕が神様では……!」
「違う違う、“湯”をくれた文明への感謝。」
「な、なるほど……!」

扉の向こうから返事が返ってくる。
そう、彼は今、脱衣所で“見張り”中だ。
「聖女さまを一人にできません!」と言って譲らなかった結果がこれだ。

「ちゃんと外で待ってる?」
「はい! でも何かあればすぐに――」
「入ってこなくていいからね!」
「……承知しました!」

返事が律儀。ほんと犬だ、この子。

私は肩まで湯に沈む。
身体中のこわばりがとけていくのがわかる。
湯の香りは少し花のようで、すこし神殿の石みたいな匂いがする。
現実感がまだ薄いけど――まあ、気持ちいいからいいか。

◇ ◇ ◇

湯に浸かりながら、ぼんやりと考える。

――“聖女さま”。

なんか、私に似合わない肩書きだ。
仕事でも出世しなかったし、恋愛も停滞気味。
努力家でもないし、優等生でもない。
ただ、なんとなく日々をやり過ごしてきた。

でも、この世界では、誰もそんなことを責めない。
むしろ、“何もしないでいい”って言われる。

「……最高かもしれん。」

思わず呟いた。
湯気が頬をなで、疲れが抜けていく。
この世界、私の理想郷では?

――その時だった。

ガタンッ!

「聖女さまっ!? 大丈夫ですか!?」

扉が勢いよく開く。
そして、飛び込んできたのは――ユウヒ。

……神官服のまま。

「ちょ、ちょっと!? なんで入ってくるの!?」
「音がしましたのでっ!」
「ただ湯桶を落としただけ!」
「ほ、本当に!? お怪我は――っ」

湯気の中で目が合った。
その瞬間、ユウヒが真っ赤になる。

「し、失礼いたしましたあああああ!!」
全力で後退し、扉の向こうへ消えた。
その反動でドアがバタンと閉まる。

「……いや、反射神経すご。」

でも、少し笑ってしまう。
あれほど忠実なのに、こういう時だけ挙動不審になるんだ。
かわいいやつ。

◇ ◇ ◇

風呂上がり。
用意されていた白いローブに身を包むと、ユウヒが廊下で待っていた。
タオルを持って、まるで子犬が飼い主を待ってるみたいに。

「お、お疲れ様でした……!」
「ありがと。ちょっとビビったけど、助かったよ。」
「よかった……。本当にご無事で……。」

安堵の表情を見せるユウヒ。
彼は本気で心配してたんだ。
見てると、胸の奥がほんの少しだけ、くすぐったくなった。

「ほら、髪、濡れてます。」
「え、あ、うん。今拭く。」
「お任せください!」

そう言って、彼はタオルを手に取り、そっと私の髪を包んだ。
丁寧に、やさしく、まるで壊れものを扱うみたいに。

――手つきが、やけに上手い。

「……ねえ、ユウヒくん。慣れてる?」
「え? 何にです?」
「髪、乾かすの。」
「修道院で、孤児の子たちの世話をしていましたので。」

ああ、そうか。
だから、こんなに自然なんだ。
“人を癒やす”ってことが、もう彼の中に根づいてる。

「優しいね、ユウヒくん。」
「いえ、僕はただ……聖女さまをお守りしたいだけです。」

そう言って笑う顔が、近い。
湯気に残る熱のせいか、心臓が変に跳ねた。

(あれ……なんか、この世界、危険かもしれん。)

仕事のストレスも上司の圧もない代わりに、
甘やかし過多で心がとろけそうだ。

――いや、すでにちょっと溶けてる気がする。

◇ ◇ ◇

夜、ベッドの中。
髪も乾いて、香りはまだ少し残っている。
私はぼんやりと天井を見上げた。

「ユウヒくん。」
「はい、聖女さま?」
「……ありがとね。」
「いえ、当然のことです。」
「でも、あんまり過保護にされると、ダメ人間になるかも。」
「大丈夫です。僕が一生、お世話しますから。」

……はい、出ました。
この子、ほんとに言葉の重さを知らない。

でも、不思議とイヤじゃなかった。
むしろ、胸の奥が、静かに温かくなる。

もしかして――
これが“癒し”ってやつなのかもしれない。

私は布団をぎゅっと抱きしめて、目を閉じた。

湯気の残る世界で、
私は確かに、生きている。

次回予告

第4話 「聖女、初めての仕事(ただし睡眠)」
――お楽しみに!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~

天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。 どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。 鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます! ※他サイトにも掲載しています

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。 ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。 しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。 ★ファンタジー小説大賞エントリー中です。 ※完結しました!

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。しかしその虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。  虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【この作品は、別名義で投稿していたものを加筆修正したものになります。ご了承ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』にも掲載しています】

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...