淡色に揺れる

かなめ

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ホテルの最後の夜(やけに熱い)

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夜の帳が静かに落ち、ホテルの庭は静まり返っていた。
闇の中、ひときわ早く現れた二人の人影が、ぽつりと並んで歩いてくる。

詩弦は目を疑った。
蓮だけじゃない。隣には彩里の姿もあった。

「は?」

ぽつりと漏れたその言葉に気にせず、彩里は満面の笑みで近づいてくる。

「やっほー詩弦。わざわざこんな夜に蓮ちゃん呼び出しって何の用?お説教とかやめてよ?」

その“しらじらしさ”に、詩弦は思わずめまいを覚えた。

(なんでよりにもよってコイツを連れてきてんのよ!)

心中で頭を抱えながら、詩弦は蓮に視線を向けた。

「白川、呼んだのに悪いんだけど、ちょっとだけ彩里と二人で話してもいい?ごめん」

少し驚いた顔をしたが、白川はすぐに了承してくれた。

「……はい、わかりました」

蓮は素直に踵を返し、ロビーのほうへと戻っていく。
その背を見送る詩弦の隣で、彩里がふっと微笑んだ。

「で、何話すの? 蓮に告白する気なんでしょ?宣戦布告かい?」

あっさりとしたその問いに、詩弦は黙ってうなずいた。

「そう」

「……へえ」

彩里の眉がピクリと動く。否定しないとはわかっていたが、まさか即答するとは予想していなかった。
よほど、こいつは覚悟を決めたのだろう。

詩弦は表情を変えず、まっすぐに言葉を続けた。

「その前に、あんたに言っておく」

そう前置いて、詩弦は静かに彩里と向き合った。目を逸らさず、しっかりと言葉を紡ぐ。

「私は白川が好き。だから、あんたの気持ちには応えられない」

沈黙が落ちた。夜の静寂が、彩里の反応を引き延ばす。

詩弦は言い終えてすぐ、彩里の顔色を探った。
しかし、目の前の彩里は何かに混乱しているように、ほんの数刻、言葉を失っていた。

そして、次の瞬間。

「……っ、ふふっ、ぶはっはっはっは!!」

彩里は突然、大声で笑い出した。
手をお腹に当てて、本気でおかしそうに。

「え?!なにそれ!? ちょ、あんた、私に好かれてると思ってたの!?」

「へっ?!?!なっ、ええ?!ち、違うの?!」

「そんなわけないじゃん!ばかみたい、あっはっはっはっは!!」

詩弦の顔がみるみる真っ赤に染まる。耳まで熱くなっていくのが自分でもわかる。
笑い転げる彩里に、照れ隠しのように叫ぶ。

「うるさいっ!!」

「いやまじで、そんなこと言う人現実にいるんだー、 『ごめんなさい、私には好きな人がいるの』なんてドラマの中だけかと思ってた~!」

「もうやだっ!」

詩弦はぷいっと横を向いて地面にしゃがみこんでしまった。膝を抱え、小さく丸くなる。

「はいはい、拗ねないの」

彩里は苦笑しながらしゃがむと、詩弦の体を軽々と抱き上げた。

「はっ!?ちょ、やめろ馬鹿!!バカでか女!!」

「ええ~ひどくない? それ身長でかい人に言っちゃダメなやつ!」

詩弦は必死に暴れるも、彩里はしれっとした顔で彼女を抱えたままくるくると回る。まるでダンスのように。

「放せ!!おろせ!!マジでやめろっ!!」

「やーだよー、せっかく仲直り(?)したんだし~」

そのときだった。

「キャーーーーー!!!」

甲高い悲鳴のような声が、茂みの向こうから聞こえた。

「なに?」

「誰?」

二人が振り返ると、草の陰から顔を出しているのは、仲間の野次馬5人衆だった。

「ちょ、えっ、彩里、フラれたの?」

「違うでしょ、詩弦が泣いてるくない!?」

「てか、またお姫様抱っこ。尊すぎ…」

「もうあたしこの庭に骨を埋めたい」

「永遠に保存したい、記憶に、永久保存したい!」

「もぉおおおおおおおお!!!!!」

詩弦は叫んで彩里の腕から飛び降りた。

「わ、びっくりし――」

「そんなことばっかしてるからバカ共が勘違いすんだよバーカ!!」

彩里の言葉を遮り詩弦は捨て台詞を言い残して、脱兎のごとく逃げ出した。

彩里はその場に呆然と立ち尽くす。

「……えぇ?」

野次馬たちは勘違いのまま駆け寄ってきて、口々に彩里を慰め始める。

「彩里、大丈夫か?」

「泣いていいぞ」

「なに、ちょっとまってまって何の話?」

彩里は置かれた状況にようやく気づいた。

(もしかして、みんな、私があいつのこと好きだって勘違いしてる?)

「そんなわけ、ないじゃん……」

夜の風が、静かに吹き抜けた。
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