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二章
00.プロローグ
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フレイアルドが貴族院を卒業した数ヶ月後、侯爵だった父が鬼籍に入った。
兄サリディウスは既に修道院に入っていたため、次男の自分が側室の子でありながら侯爵家の全てを受け継いだ。
シリューシャの食糧庫と呼ばれるほどの大農地を有する侯爵家は、領地から上がる税収だけで小国の年間歳入に匹敵すると噂される。
それをたった一人の少年が受け継ぐ。
妬み、嫉み、僻みーーあらゆる負の感情をフレイアルドは貴族達から向けられた。
簒奪だと罵る声も絶えなかった。
しかしバルトリアスの口添えとフレイアルド自身の優秀さによって、国王は異例ではあるが未成年による侯爵位の相続を許可した。
弱冠十六歳、未成年の侯爵の誕生に王国中が沸いたのである。
それからというもの、貴族達は常に猛禽の様な鋭い眼で新侯爵を監視していた。
父の葬儀を終えフェイルマーの名を継いだ自分のもとに現れたのは、執務の補佐を願い出る親族たちだった。
「フレイアルド、お前はまだ十六だ。侯爵家の執務などその手には余るだろう。我々に任せれば悪いようにはしない」
侯爵邸に前触れもなく訪れた親族数名は、やにさがった笑みでもっともらしくフレイアルドにそう言った。
執務机の反対側からそれを眺める自分の中には、面倒臭い、という感情しかなかった。
自分が十歳の時から既に侯爵家の執務に携わっていることなど、こいつらは知らないのだろう。
きっと知ろうともしていない。
フレイアルドは執務机の中から数枚の書類を出すと、それを黙って代表の様な顔をする男に手渡した。
家系図で見れば死んだ父の従兄にあたるその男は、ごく小さな領地しか経営したことがないはずだ。
訝しむ暇もなくそれを眺める男の顔は、読み進めるうちに青さを増していく。
フレイアルドは、それをただ無感情に眺めていた。
男は唾を飛ばす勢いで喚き出した。
「こ……これはなんだ!! 何故っお前がこんなものを」
「何かと問われましても、おじ上の身上書としか申し上げられません。何故あるか、とお聞きでしたら私が調べたからです」
ただの紙一枚。しかしその紙一枚には握る男の全てが載っていた。
生まれ、交友関係、経歴、治める領地の収穫量、主産業ーーその裏の稼業まで。
「エブンバッハとは随分派手に取引をされているようですね」
敵国との秘密の交易まで指摘された男は腰を抜かしかける。
しかし、果敢にもフレイアルドを睨みつけ反抗の姿勢をとった。
「そ、それがなんだ!! 交易が禁じられているわけじゃない!! これは適正な輸出でーー」
「確かに葉のままでしたら適正でしょうが、加工は禁じられていたはずです」
フレイアルドが指摘した事実に、周囲はざわめく。
その隙を逃さず控えていたマルクスに命じて、他の者の身上書も配らせた。
マルクスから奪う様に手にとった親族たちはみな、最初の男と同様に顔を青くさせたり、逆に赤くさせたりしている。
芸に失敗した道化師のようで、嗤えた。
「おじ上方のお気遣い誠に有り難いこととは存じますが、私は父からしっかりと侯爵家の全ての仕事を教わっておりますのでご心配は無用です。それでもと仰るのでしたら……」
フレイアルドは言葉を切る。
来た時とは人相のまるで違う親族を睥睨した。
彼らは既に蛇に睨まれた蛙だ。
「然るべきところへ、その身上書を提出しておきます」
「これ一枚じゃないのか!?」
読み終えた身上書を手の中で握りつぶしていた男が金切り声をあげた。
その愚かさにフレイアルドは嘆息する。
どこの世界に、せっかく掴んだ弱みを使わずに捨てる者がいるというのか。
椅子の背に体を預けたフレイアルドは、彼らにとって更に絶望的な事実を突きつけた。
「それらは抜粋です」
ぽかんと一様に口を開けたまま立ち尽くす男たち。
理解したのかしていないのか、穴が開くほどこちらを見ていた。
「……抜粋?」
「ええ。あなた方全員、叩くどころか撫でるだけで埃が出るのです。それだけで済むはずがない。まだ私に何かご用がありますか?」
そう言ってやれば全員、執務室の出口にむかって我先にと逃走する。
再び室内が静かになるまで然程時間はかからなかった。
マルクスがそっとフレイアルドを称賛する。
「お見事でございました」
父の頃から侯爵家で執事として仕えてきたマルクスを、フレイアルドは代替りに際して執事長に任じていた。
前任の執事長は父がフレイアルドを鞭打つ場面に居合わせても微動だにしない男だったので、ささやかな復讐である。
屋敷の人員も大幅に整理したため、マルクスはとても忙しい。その中でも自身の右腕として屋敷を切り盛りしてくれる彼にフレイアルドは頭が上がらなかった。
「まだこのような手合は続くはずだ。気を緩めるな」
「畏まりました」
フレイアルドの予想通り、親族たちはそれからも事あるごとに虫のように纏わりついてきた。
それら目に余るものや罪の重い者から順に消していく。
フレイアルドに逆らわず勤勉に働く者や毒にも薬にもならぬ者を残して親族は綺麗に片付けた。
消していった者達の怨嗟の声は、フレイアルドを時折苛む。
その度にサヨを想い、自身を叱咤し、前だけを見続けた。
全ての親族を真実掌握し終わる頃、フレイアルドは成人を迎えていた。
兄サリディウスは既に修道院に入っていたため、次男の自分が側室の子でありながら侯爵家の全てを受け継いだ。
シリューシャの食糧庫と呼ばれるほどの大農地を有する侯爵家は、領地から上がる税収だけで小国の年間歳入に匹敵すると噂される。
それをたった一人の少年が受け継ぐ。
妬み、嫉み、僻みーーあらゆる負の感情をフレイアルドは貴族達から向けられた。
簒奪だと罵る声も絶えなかった。
しかしバルトリアスの口添えとフレイアルド自身の優秀さによって、国王は異例ではあるが未成年による侯爵位の相続を許可した。
弱冠十六歳、未成年の侯爵の誕生に王国中が沸いたのである。
それからというもの、貴族達は常に猛禽の様な鋭い眼で新侯爵を監視していた。
父の葬儀を終えフェイルマーの名を継いだ自分のもとに現れたのは、執務の補佐を願い出る親族たちだった。
「フレイアルド、お前はまだ十六だ。侯爵家の執務などその手には余るだろう。我々に任せれば悪いようにはしない」
侯爵邸に前触れもなく訪れた親族数名は、やにさがった笑みでもっともらしくフレイアルドにそう言った。
執務机の反対側からそれを眺める自分の中には、面倒臭い、という感情しかなかった。
自分が十歳の時から既に侯爵家の執務に携わっていることなど、こいつらは知らないのだろう。
きっと知ろうともしていない。
フレイアルドは執務机の中から数枚の書類を出すと、それを黙って代表の様な顔をする男に手渡した。
家系図で見れば死んだ父の従兄にあたるその男は、ごく小さな領地しか経営したことがないはずだ。
訝しむ暇もなくそれを眺める男の顔は、読み進めるうちに青さを増していく。
フレイアルドは、それをただ無感情に眺めていた。
男は唾を飛ばす勢いで喚き出した。
「こ……これはなんだ!! 何故っお前がこんなものを」
「何かと問われましても、おじ上の身上書としか申し上げられません。何故あるか、とお聞きでしたら私が調べたからです」
ただの紙一枚。しかしその紙一枚には握る男の全てが載っていた。
生まれ、交友関係、経歴、治める領地の収穫量、主産業ーーその裏の稼業まで。
「エブンバッハとは随分派手に取引をされているようですね」
敵国との秘密の交易まで指摘された男は腰を抜かしかける。
しかし、果敢にもフレイアルドを睨みつけ反抗の姿勢をとった。
「そ、それがなんだ!! 交易が禁じられているわけじゃない!! これは適正な輸出でーー」
「確かに葉のままでしたら適正でしょうが、加工は禁じられていたはずです」
フレイアルドが指摘した事実に、周囲はざわめく。
その隙を逃さず控えていたマルクスに命じて、他の者の身上書も配らせた。
マルクスから奪う様に手にとった親族たちはみな、最初の男と同様に顔を青くさせたり、逆に赤くさせたりしている。
芸に失敗した道化師のようで、嗤えた。
「おじ上方のお気遣い誠に有り難いこととは存じますが、私は父からしっかりと侯爵家の全ての仕事を教わっておりますのでご心配は無用です。それでもと仰るのでしたら……」
フレイアルドは言葉を切る。
来た時とは人相のまるで違う親族を睥睨した。
彼らは既に蛇に睨まれた蛙だ。
「然るべきところへ、その身上書を提出しておきます」
「これ一枚じゃないのか!?」
読み終えた身上書を手の中で握りつぶしていた男が金切り声をあげた。
その愚かさにフレイアルドは嘆息する。
どこの世界に、せっかく掴んだ弱みを使わずに捨てる者がいるというのか。
椅子の背に体を預けたフレイアルドは、彼らにとって更に絶望的な事実を突きつけた。
「それらは抜粋です」
ぽかんと一様に口を開けたまま立ち尽くす男たち。
理解したのかしていないのか、穴が開くほどこちらを見ていた。
「……抜粋?」
「ええ。あなた方全員、叩くどころか撫でるだけで埃が出るのです。それだけで済むはずがない。まだ私に何かご用がありますか?」
そう言ってやれば全員、執務室の出口にむかって我先にと逃走する。
再び室内が静かになるまで然程時間はかからなかった。
マルクスがそっとフレイアルドを称賛する。
「お見事でございました」
父の頃から侯爵家で執事として仕えてきたマルクスを、フレイアルドは代替りに際して執事長に任じていた。
前任の執事長は父がフレイアルドを鞭打つ場面に居合わせても微動だにしない男だったので、ささやかな復讐である。
屋敷の人員も大幅に整理したため、マルクスはとても忙しい。その中でも自身の右腕として屋敷を切り盛りしてくれる彼にフレイアルドは頭が上がらなかった。
「まだこのような手合は続くはずだ。気を緩めるな」
「畏まりました」
フレイアルドの予想通り、親族たちはそれからも事あるごとに虫のように纏わりついてきた。
それら目に余るものや罪の重い者から順に消していく。
フレイアルドに逆らわず勤勉に働く者や毒にも薬にもならぬ者を残して親族は綺麗に片付けた。
消していった者達の怨嗟の声は、フレイアルドを時折苛む。
その度にサヨを想い、自身を叱咤し、前だけを見続けた。
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